八話 銀の斧
イアンは意識を取り戻した。
目を開けると、手には銀の斧を持ち、目の前には魔物の姿があった。
イアンは斧を杖にして立ち上がる。
魔物はイアンが立ち上がるのを確認し、突進の準備を行う。
同時に、イアンは銀の斧を天高く、振り上げた。
銀の斧から、力が流れてくるとはいえ、振り上げるのが限界だった。
一撃で仕留めなければならない。
それは、魔物も同じであった。
殺したと思った人間が立ち上がり、手には得体の知れない武器を持っているからだ。
しかも、その武器からとてつもない力を感じる。
自分を屠れる武器だ。
魔物はそう判断したため、自分が誇る最大の技、突進の準備を行った。
両者に一抹の静寂が訪れる。
「ブゴォォォォォォ! 」
先に動いたのは魔物だった。
咆哮を上げながら、イアンに迫る。
牙がイアンの腹に突き刺さる直前――
「うおおおおおおおお! 」
イアンが斧を振り下ろした。
銀閃が魔物に襲いかかる。
魔物は勢いを止めきれず、そのまま斧に切り裂かれ、イアンの後ろで真っ二つになり、事切れた。
直後、銀の斧は役目が終わったとばかりに、光の粒となって消えていった。
陽の光を肌に感じ、イアンは目を開ける。
イアンは、泉のほとりで横たわっていた。
どうやら、魔物を倒した後、力尽きて眠ってしまったようだ。
体を起こし、後ろを見ると、真っ二つになった魔物が横たわっていた。
ホッと息をつき、立ち上がろうとすると、何かが当たった。
イアンの傍らには、ロロットが自分の身長程度の木の枝を抱えながら、うつらうつらと座っていた。
「う…ん。あっ…! 」
イアンが起きたことに気づいたロロットは、距離を取る。
「……」
「……」
二人は沈黙する。
するとロロットが先に口を開いた。
「なんで…戻ってきたの? 」
あのまま家に戻らずに逃げていたら魔物と会わず、こんなことにはならなかった。
何故そうしなかったとロロットは聞いているのだろう。
「大人が、子供を見捨てるわけにはいかないだろう」
イアンがカッコつけて言う。
しかし―
「お姉ちゃんも子供じゃない」
とロロットが間髪いれず返してきた。
「お姉ちゃん? 誰のことだ? 」
いきなり何を言い出すんだコイツと思うイアン。
「? お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ」
イアンに指をさしロロットが首を傾げる。
イアンは後ろに誰も居ないことを確認し、溜息をついた。
「オレは男だ」
「えっ…えええええええええええ!? 」
ロロットの絶叫が森林に木霊する。
なんでも、イアンの声は女性が男の振りをしている時のようで、ロロットはイアンのことを男装している女性と勘違いしていたそうだ。
その後、村に行ったイアンは、生存者がいないか捜したが見つからなかった。
捜索を打ち切り、遺体を運んで墓を建てる。
墓といっても、焼いた遺体を埋めて、木の棒で作った十字架を立てただけの、簡易的なものだった。
イアンは、確認できた遺体の墓を全て建てた後、墓の一角で佇む。
傍らにはロロットもおり、彼女も村人の埋葬に付き合ってくれた。
イアンの目の前にあるのは、テッドの墓である。
他の村人とも面識はあるが、テッドはイアンが最後に話をした村人だった。
そして死んだ。
村はなくなり、薪を売る相手がいなくなった。
これからどうするか。
ふと、テッドの言葉を思い出す。
『大きくなったら、この村を出て冒険者になるんだ』
イアンは呟いた。
「そうだ。冒険者になろう」
イアンは家に戻り、旅支度を整える。
そして準備が整ったイアンは、腰に戦斧を下げる。
この戦斧は父の戦斧ではない。
村に行く前に、父の戦斧を捜すため、泉に飛び込んだが、底に辿り着くことが出来なかった。
夢の中で精霊様が黄金の斧を捜せと言っていたのを思い出す。
理由を言っていた気がするが、忘れてしまった。
しかし、黄金の斧があれば、力が手に入ると行っていた気がする。
その力とやらがあれば斧を捜すことなど、わけないだろう。
イアンはそう考え、ひとまず父の戦斧は諦めたのだった。
イアンが家の外に出ると、ロロットが近づいてくる。
「どこにいくの? 」
ロロットが聞いてくる。
「冒険者ギルドのある町に行く」
イアンはそう言うと、街道に向かって歩き出す。
側に気配を感じないのを確認し、振り返ると案の定、ロロットが顔を俯かせ立っていた。
「どうした? 来ないのか」
イアンが声を掛けるとロロットは、顔を上げた。
「いいの? 」
「良いも悪いも、大人が子供を置いて行けるわけないだろう」
イアンは再びカッコつけて言った。
「プッ…アハハハハハハ! 」
ロロットに笑われた。
予想外の反応に困惑するイアン。
「お兄ちゃんも子供じゃない!」
ロロットはイアンの元へ駆け出した。
こうして木こりを辞めたイアンの冒険が始まった。