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八十八話 学び舎のミディエス

――ノードラミアス大陸北部――


三日月のような形をするノードラミアス大陸は、北部と南部に区切られている。

この大陸の中央の西側に、王都レムシトロークがある島に続く橋がある。

その橋から北側が北部、南側が南部と定めていた。

大陸北部は、穏やかな気候で、あちこちに森や川があり、人にとって住みやすい地域である。

そのせいか、村や町が多く点在していた。

北部の中央には、ファプタリスという北部で一番大きな町がある。

その町から北の方角、歩いて一日かかる距離の先に、緑に包まれた丘があった。

その丘はリペイオンと呼ばれ、ケドキロスという学者の学び舎が存在することで有名だった。

ケドキロスが海から子供を拾ってから、十一年の月日が経ち、その時に拾われた赤子は、十一歳の少女になっていた。



 リペイオンの丘の上を目指して、勾配のゆるやかな道を歩く少女がいた。

彼女は、三冊の本を片手で抱えている。

その少女目掛けて、いくつかの小石が飛んでゆく。


「痛っ! 」


少女は、小石が頭に当たったことで、驚いてしまい、抱えていた本を落としてしまう。


「へへっ! 怪我女(けがおんな)の頭に当たったぜ! 」


「ちぇ! おれのは当たらなかったな」


「ははは! 見ろよ、本を落としてるぜ」


少女が向かう先で、少年達がゲラゲラと笑う。


「……」


少女は、少年達に目もくれず腰を下ろし、落とした本を拾いにかかる。


「ちっ! なんだよ、あいつ」


「はは! お前の投げた石ころが、へなちょこだったんだろうぜ」


「はぁ? 」


少年の一人が、少女の元に向かっていく。

彼女の反応が気に入らないため、直接殴りに行くのだ。


「……ひっ」


しかし、少年の足は止まり、怯えた表情をする。

それは、他の少年達も同じで皆、少女の先に視線を向けていた。


「うっ……くそっ! 」


少女を殴りつけようとしていた少年は、踵を返して、他の少年達と共に走り去っていった。

その間、少女は片膝を付いた状態で、二冊の本を膝の上に置いていた。

そして、三冊目に手を伸ばしたところで、先に誰かに拾われる。


「まったく、少しはやり返したらどうだ」


本を拾った人物が、少女にその本を差し出す。

その人物は、少女よりも少し背の高い少女であった。


「ありがとう、パノリマ。でも、わたしはやり返さないよ」


少女はそう言いながら本を受け取ると、三冊の本を膝の上で抱えて立ち上がった。

パノリマと呼ばれた少女は、淡い橙色の髪が生える頭を掻いた。


「はぁ…おまえがそうだから、あいつらは突っかかってくるんだぞ。一冊くらい持つぞ? 」


パノリマは、少女に向けて、手を差し伸べた。

少女は、その手を見た後、微笑みながらパノリマの顔を見た。


「大丈夫。このくらいへっちゃらだよ! 」


そう言った後、少女は歩き始める。

パノリマは、少女の背中を見て一息ついた後、彼女の横に並んで歩き出した。


「一緒に歩くくらいならいいだろ? ミディエス」


「うん、ありがとう」


少女は同じ学び舎に通う子供達や教師であるケドキロスから、ミディエスと呼ばれていた、

ミディエスは、灰色の長い髪で、顔の半分と両耳が包帯で巻かれていた。

右腕も包帯でグルグルと巻かれており、その姿がまるで怪我人のようなので、心無い子供達から怪我女(けがおんな)と呼ばれていた。

パノリマは、ミディエスの唯一の友達にして親友であり、彼女を虐める子供を追い払ったりしている。

パノリマはミディエスより年齢が一つ上で、彼女もこの学び舎に入る前は孤児であった。






 ミディエスが通う学び舎は、従来の学問の他、剣術や魔法をケドキロスから教わる場所である。

このケドキロスの教えを受けた子供は、騎士団へ入団、魔法学校へ特待生として入学など、優秀な子供達ばかりであった。

ここの学び舎で学ぶものの中で、ミディエスは学問が一番得意であった。

他のもの、まず剣術はというと――


「やああああ! 」


カン! カン! カン!


一際体の大きい少年に、ミディエスが訓練用の木剣を打ち下ろす。

彼女と少年が、木剣を打ち合っている場所は、学び舎の傍にある広場で、こうして剣術の稽古に使ったり、魔法の練習に使われていた。

少年は、木剣を構え、ミディエスの攻撃にビクともしなかった。


「オラァ! 」


少年が、ミディエスの木剣目掛けて、自分の木剣を振り上げた。


カァン!


「ああっ! 」


木剣は弾き飛ばされ、ミディエスの後方にある茂みに落ちていった。

ミディエスは、少年の剣撃の勢いに押され、尻餅をついてしまう。


「ははははは! 無様だな怪我女! ほら、剣を拾いに行ってこい! 」


少年は、ミディエスの胸ぐらを掴もうとするが――


「やめんか! クヘラス! 」


「いでぇ!? 」


ミディエスと少年の戦いを見ていたケドキロスに、頭を小突かれた。

少年の名前はクヘラス。

ミデイエスとは、同い年の子供であるが、彼は孤児ではない。

ファプタリスに両親が住んでおり、騎士団に入団するべく、両親に学び舎に入れられた少年であった。

体格がよく、この学び舎一の暴れん坊で、度々ケドキロスとパノリマに諫められている。

クヘラスもミディエスを虐める子供の一人だ。


「早く木剣を取りに行って来い! 」


ケドキロスが茂みに指を差す。


「えーっ! でも、ミディエスのだぜ? なんで、おれが…」


「つべこべ言わず取りに行かんか! わざとやっただろう、おまえは! 」


「ぐっ……くそぅ」


クヘラスは渋々、木剣を取りに茂みに向かった。


「あはは…クヘラスは強いなぁ」


ミディエスは立ち上がると、茂みに向かって歩いていく。

自分も、木剣を探しに行ったのだ。

そんなミディエスの背中を見つめながら、ケドキロスはため息をつく。

ミディエスの剣の腕は、片手しか使えないのもあるが、剣術を学ぶ子供達の中で一番弱かった。

では、魔法はどうか――


「はぁ! 」


黒みがかった青色の髪を持つ少女の掛け声で、水流が現れ、離れた位置にある丸太に向かって飛んでいく。

水流は丸太に命中し、立っていた丸太は水流の勢いによって倒れた。

丸太は複数並んで立てられており、その一つを水魔法で倒したのだ。


「うむ、流石キルーケだのぅ。魔法に関しては、お前が一番だ」


見ていたケドキロスが、キルーケと呼ばれた少女に感心する。


「ありがとうございます。先生」


キルーケは、ケドキロスの方に体を向けてお辞儀した。

黒みがかった青色の髪を持つ少女の名前はキルーケ。

彼女もミディエスと同じ年齢であり、キルーケもケドキロスに拾われた孤児であった。

四歳の頃、親に捨てられ、この地を彷徨っていたキルーケをケドキロスが拾ったのだ。

ケドキロスの言う事をよく聞くため、彼女に対するケドキロスの評価はけっこう高かった。


「よし、キルーケは下がっていいぞ。次は、ミディエス」


「はい! 」


子供達が集まって座る中、ミディエスが立ち上がり、ケドキロスの元に行く。


「くくっ…」


「くすくす…」


ミディエスは、まだ何もしていないのにあちこちで、笑う声がした。


「では、ミディエス。あの丸太に魔法を当てるのだ」


「はい! 」


ミディエスは返事をした後、左手を前に突き出し――


「はぁ! 」


という掛け声と共に、拳大の水の玉が出現した。


「……」


ミディエスは、左手を突き出したまま動かない。

水の玉が丸太に当たるまで、集中し続けなければならないからだ。

その状態は、数分間にまで続く。

なぜなら、水の玉の速度がとてつもなく遅いのだ。


「ぷぷっ…」


「くっ…くくっ! 」


吹き出したり、笑うのをごまかすように頭を下げる子供達。

そんな中、ケドキロスは黙って見ていた。


パシャ!


「はぁ…はぁ……当たり…ました…」


ようやく、丸太に水の玉が命中する。

ミディエスは、疲れたのかその場にペタリと座り込んだ。


「よくやった、ミディエス! 今日は、二秒ほど早く当たったな! 」


「はぁ…はぁ…ありがとうございます。先生の教えの賜物です」


ケドキロスに両肩を叩かれ、ミディエスは息を荒げながら、微笑みを浮かべる。

ミディエスは魔法を学ぶ子供達の中でも。一番へたに見えた。

では、一番得意という学問はというと、そこそこ出来る程度で、子供達の中で突出している訳ではなかった。

ただ一つ言えることは、ミディエスだけが剣術と魔法、その二つを学ぶ唯一の子供であることだ。

他の子供達は必ず受ける学問と、剣術か魔法のどちらかを選んで、二つのことを学ぶ。

つまり、ミディエスは、学問・剣術・魔法の全てを学んでいるのだ。





 リペイオンの丘の上、そこに立つ学び舎の近くには、子供達が寝食を行う寮がある。

夕方になり、暗くなる前に帰ろうと、ミディエスがその寮を目指して歩く。

今日は、メディエスの一つ上の子供、一番上の子供達が最後の成績を決めるために、ケドキロスと共に出かけてしまっているので、パノリマはいない。

そのため、ミディエスは一人で寮に向かう。


ザアアアア!


その時、ミディエスに向かって、大量の水が押し寄せてきた。


「うわっ…ぷっ! あぷ! あっぷ! 」


押し寄せる大量の水にミディエスは為す術もなく、左手と両足をジタバタさせる。


「あはははは! 無様ね、ミディエス! 」


水が押し寄せてきた方向から、キルーケが腹を抱えながら現れた。


「うわっ! ああっ! 」


ミディエスは、既に水が引いているにも関わらず、ジタバタしていた。


「それ! 」


「わぁ!? 」


キルーケは、ミディエスを蹴り、ゴロンとミディエスは回転し、尻餅をついた状態になる。

その状態のミディエスに、キルーケが飛び乗り、仰向けになったミディエスの頭を両手で叩き始めた。


「お前、気に入らないのよ! 学問も剣術も魔法も…何かもダメなくせに! 」


「ううっ…」


ミディエスは頭を抱え、キルーケから頭を守る。

キルーケも、ミディエスを虐める子供の一人であり、ミディエスに対して、彼女が一番憎しみを持っていた。


「あんな丸太も倒せないような、しょぼい魔法一つで先生に褒められたり、あの学び舎最強の……」


「やめろーっ! 」


キルーケが腕を振り上げた時、彼女を止める声がした。

その声の主は、遠くに見え、誰の姿か判別できないが――


「えっ!? パノリマさん? なんで? 」


キルーケは、声でパノリマであると分かった。


「くうっ……パノリマさんに言ったら殺す! 」


キルーケは、ミディエスにそう吐き捨てると、寮に向かって走り出した。


「大丈夫か!? ミディエス! 」


駆けつけたパノリマが、ミディエスを助け起こす。


「パノリマ…どうしてここに? 」


「私が一番早く試験を終わらせたのだ。そうしたら、先生が先に帰っていいと」


「えっ!? 結果は? 結果はどうだったの? 」


ミディエスは、腰を下ろすパノリマに詰め寄る。


「あ、ああ、結果は合格で高成績らしい。騎士団の入団試験も問題ないそうだ」


「す、すごい! やったね、パノリマ! 」


ミディエスが両手を上げて、喜びの声を上げる。


「ありがとう、ミディエス! いや、今は喜んでいる場合じゃない! 誰にやられた! 」


パノリマは、緩んでいた顔をキッときつくさせる。


「……」


「どうした? 何故、何も言わない…まさか、口止めされているのか? 」


「そうじゃないよ」


ミディエスは、そう言いいながら立ち上がった。


「それより、帰って一緒にご飯食べよう」


ミディエスは、そうパノリマに微笑みかけると、寮に向かって歩き出した。


「ああ…」


腑に落ちないパノリマであったが、ミディエスの隣に向かい、彼女と共に歩くのだった。





 寮には、ケドキロスの使う部屋がある。

一番上の子供達の試験を終え、ケドキロスは帰っているなり、寮にある自分の部屋に来ていた。

部屋のドアの前に、白い衝立(ついたて)を置き、これからこの部屋にやって来る人物に備えていた。


「先生、ミディエスです」


ドアにノックがされた後、ミディエスの声が聞こえた。


「来たか。入っていいぞ」


「はい」


ミディエスはドアを開け、ケドキロスの前に来る。


「なんだ…パノリマも一緒か」


ミディエスの後ろには、パノリマの姿があった。


「ええ。私も気になるので」


「まぁ…おまえならいいだろう。いつも言っているが、他言無用だぞ? 」


「はい。もちろん」


「よし。では、始めるかのぅ。ミディエス」


「はい」


ミディエスは、ケドキロスの前に置かれた背もたれの無い椅子に座ると、服を脱ぎだした。

服を脱いだ彼女の体は、包帯で巻かれたいた。

包帯で巻かれた背中の部分には、背骨が突き出しているかのように膨らんでいる。

ミディエスは、自分に巻かれている包帯を全て解き始めた。


「……」


それを見ながら、パノリマは黙って見ている。

しかし、その顔は僅かに歪んでいた。

それは、ミディエスの境遇に対しての哀れみの表情ではなく、友達として何もして上げられない自分への憤りであった。


「終わりました」


そして、ミディエスの姿が顕になった。

彼女の顔の右側は、ツルツルとした青黒い肌で、右目は獣のような目をしている。

耳も人間の耳の形はしておらず、魚のヒレのようになっていた。

右手が櫂のような平べったい形で指はなく、肩から右手の先までが彼女の顔の右側と同じ肌をしている。

包帯で巻かれていた時の背中の膨らみの正体は、彼女の臀部あたりから生える尻尾で、先端が双葉のような形状をしていた。

ミディエスの姿は、異形そのものであり、彼女が包帯を巻いていた理由はこの姿を隠すためである。

このミディエスの姿を知るものは、ケドキロスとパノリマだけである。


「……ふむ」


ケドキロスは、ミディエスの右肩を見つめる。


「やはりな……」


そして、手で顔を覆いながら天を仰いだ。


「先生! ミディエスに何か変化が!? 」


パノリマが、ケドキロスに詰め寄る。


「ああ、もしやと思って印を付けてみた……青黒い肌がその印に近づいておる。この異形の姿が広がりつつあるのだ」


「そんな…」


パオリマは、思わず後すざりしてしまう。


「まだ進行は遅い…しかし、どうにかする方法を探さねば……」


ケドキロスは、拳を強く握り締めた。

何もできない自分に憤るパノリマ同様、彼もこうして異形化の進行を確かめるだけで、どうすることもできなかった。


「二人共、ありがとうございます」


その時、ミディエスが二人にお礼を言った。

ケドキロスとパノリマは、顔を上げてミディエスを見る。


「先生は、捨てられたわたしを拾い、色々なことを教えてくれます。パノリマは、こんなわたしを友と呼び、いつも傍にいてくれます。わたしは今、幸せです」


ミディエスは、そう言った後、二人に向けて微笑んだ。

それは、自分のことで悩んでいる二人に対し、感謝の気持ちが込められた言葉であった。

しかし、感謝と共にもう一つ、異形化に対する諦めの意が込められており、ケドキロスとパノリマの心をキツく縛り上げるのだった。




ミディエスは、包帯の下に下着を着けています。


1月3日―誤字修正

パノリマはミディエスの年齢が一つ上で → パノリマはミディエスより年齢が一つ上で


2016年6月8日―誤字修正……多数

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