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八十六話 少女達の決断

12月26日―後書きの加筆。

 ロロット達は、モノリユスの膝に砂が付いたことによって勝利した。

彼女達は勝利したにも関わらず、呆けた表情で固まっていた。

意外な結末によって、勝利を確信できないでいたのだ。


「終わったぞ」


彼女達に近づいたイアンが、改めて戦いの終わりを告げる。


「あ…アニキ」


「終わった…のね」


「こ、これで、また兄さんと冒険ができるの? 」


「ああ。しかし、おまえ達としばらく別れることになるかもしれん」


「「「…え? 」」」


三人は、耳を疑った。


「ここからは私が話します」


モノリユスが、三人の前に来る。


「あなた達三人は私達が預かります。強くなりたいでしょう? 」




――昨日の夕方。

モノリユスは、イアンにこう言った。


「彼女達、三人を私に預けませんか? 」


「なにっ? 」


「イアン様は自覚されていませんが、あなたに迫る危機はいくらでもあります。今までに、死にそうになった経験はありませんか? 」


「…けっこうあるな」


イアンには、いくらでもその経験をした覚えがあった。


「け、けっこうですか!? 」


イアンの答えは以外であったようで、モノリユスは驚く。


「ま、まぁ、イアン様には多くの危機が迫るのです。そして、どんどん増えていくでしょう」


「増える…何故、そう言い切れる? 」


イアンは疑問を口にした。


「あなたは……あなたには、妖精の力を借りることができますよね? その力を持つ者を目の敵にする連中がいます」


「そいつらが、おれを狙いにくると。そいつらはどんな奴らだ? 」


「分かりません。いるということは分かっているのですが、断定できないのです。もしかしたら、私達の知らない存在があなたを襲いに来るかもしれません。しかし、魔族には注意してください。魔族の中に、かつて我らと戦った者達がいます」


「そうか…気を付ける。話を戻そう」


イアンは、まだ分からないことだらけではあるが、この話を終わらせることにする。

本題は、ロロット達三人をモノリユスに預けるかどうかであるからだ。


「はい。彼女達を預かる理由は、その危機に対抗するために強くさせるのです」


「オレを守るためか? あいつらは、オレの部下でも家来でもない。オレの一存では決められないぞ」


イアンの声に、微量の怒気が含まれていた。

ロロット達を利用して自分を守らせる、そう受け取ったのだ。


「もちろん、彼女達の同意の上で預からせてもらいます」


「あいつらのためにもなるのだな? 」


「ええ、きっと」


「分かった」


「それで、イアン様にお願いしたいことがあるのですが……」





(こいつらの思いを確かめるために、ひと芝居打つと…戦う必要はないと思っていたが、得るものがあったみたいだな)


イアンは、昨日の夕方での話しを思い出しながら、モノリユスの説明を受けるロロット達を眺めていた。

一通り話し終えたのか、ロロット達がイアンの元に来る。


「アニキはどうしたらいいと思う? 」


ロロットは、イアンに意見を訊ねた。

キキョウとネリーミアは黙って、イアンを見つめる。

ロロットの問いに対する答えを自分のものとして、受け止める気でいるのだ。


「おまえ達個人で決めることだ。オレが決められることではない」


イアンは、どっちかに偏った意見を言うことは無かった。

その答えに、思わず顔を見合わせそうになるロロット達であったが、顔を俯かせて一人で考え出した。


「……決まった」


ロロットが顔を上げる。


「私も決まったわ」


「僕も」


ロロットに続き、キキョウとネリーミアも顔を上げる。


「では、答えを聞きましょう。私と共に来る人は? 」


「「「はい」」」


三人は、同時に返事をした。


「三人…全員私達が預かることになります。さあ、私達が乗る船に乗るのです」


モノリユスが、港に浮かぶ帆船を指さした。


「あれ……あれに乗るの? 確かあの船は、始発のものでは? 」


キキョウが、モノリユスに訊ねた。


「そうです。そろそろ出発するので走ってください」


モノリユスは、平然と言いのける。


「え!? 早いよ! 別れの言葉とか……アニキ、強くなって戻ってくるから…またね! 」


「くっ! 一時間は時間が欲しかったわ。兄様、今よりも強くなって見せるので、どうかご無事で」


「えと…一言、一言……兄さん、風邪をひかないようにね! って、僕だけなんか違う! またね! 」


ロロット達は、イアンに一言告げると、船に向かって走っていった。


「オレのことは気にするな! 自分のために強くなれ! 」


イアンは、三人の背中に向かって、声を上げた。

その後、イアンとモノリユスは走る三人の背中を見つめる。


「おまえは急がなくていいのか? 」


「その気になれば、あの程度の距離を一瞬で走ることができます。その前に…」


モノリユスは、イアンの手を取り、両手で包み込んだ。


「おい……」


「失礼しました。これで、イアン様は私の眷属を召喚できるようになりました」


モノリユスがイアンの手を離す。


「眷属? どういうことだ? 」


イアンが、モノリユスに包まれた左手を眺める。


「左手を掲げて念じると、私の眷属であるユニコーン…馬を召喚できます。今のイアン様では、一日に一回…出現できる時間は三十分が限界だと思います」


「また一日に数回…じゃなくて、一回か。あと、馬に乗ったことないのだが」


「なんとかなります。その辺は気にしないでください」


モノリユスが問題無いとばかりに言うので、イアンは納得せざる負えなかった。


「あと、私の名前を念じれば、通信することができますよ」


「通信? 名前を念じる? ……ああ、念話のことか。妖精みたいなことができるのだな」


聞きなれない言葉に頭を悩ませたが、イアンはそれを使ったことがあった。

モノリユスの言う通信とは、リュリュとの遠隔会話、イアンが念話と呼ぶものだった。


「はい。しかし、私達聖獣と妖精とでは、通信方法が異なります。聖獣と妖精とでは通信を行うことはできません」


「ほう…オレは両方できるのだな? 」


「はい。イアン様は……そういう力を持っているので」


モノリユスが言葉を詰まらせながら言った。


「ふぅ…これで、私がイアン様にできることは終わりました。では、これで――」


「待った」


この場から去ろうとしたモノリユスをイアンが止めた。

モノリユスがイアンに向き直る。


「オレを連れて行かないのはどうしてだ? おまえ達の元に、オレを置いておけば、容易に守ることができるのではないのか? 」


イアンは、疑問を口にした。

これは、モノリユスが三人を強くすると言ったときから思っていたことであった。

疑問に思っただけで、自分の身の安全を確保する目的はない。


「私はそうしたいと思っているのですが、そうもいかないのです。あとイアン様には、バイリア大陸に行ってほしいのです」


モノリユスが、神妙な面持ちで言った。


「実は、私はあなたを探しているわけではなかったのです。私は…私達は、あなたがトカク村で起きた惨事に巻き込まれ、亡くなってしまったのだと思っていましたので」


モノリユスが、悲しげな表情を浮かべる。

ニコニコと微笑んでいた顔は、今や泣き出しそうな顔になっていた。


「そうなのか……では、おまえ達は誰を探していたのだ? 」


「……失礼。私達が探していたのは、バイリア大陸…フォーン王国に来たという水の巫女に成りうる少女を探していました」


顔を腕で覆った後、いつもの微笑みを浮かべるモノリユス。


「水の巫女……聞いたことがある。確か、精霊教会の偉い人だったな」


「まぁ…そのような感じですね。水の精霊様から、フォーン王国に来たと通信があり、その少女を保護するために探していました。その途中で、イアン様の情報と混同してしまい、私はミッヒル島まで来たのです」


「そうか…オレは間違われていたのか。すると、やってほしいこととは、オレもそいつを探すのに協力してほしいと……そういうことだな? 」


イアンは、モノリユスが自分にやらせたいことを察した。


「その通りでございます。三人の付き添いで、私がフォーン王国に行けないのです。イアン様には、申し訳ないのですが、私の代わりに捜索をお願いしても良いですか? 」


モノリユスが申し訳なさそうに、イアンに頭を下げる。


「わかった。オレも協力しよう。それらしき少女を見かけたら、おまえに…通信をしたらいいのだな? 」


イアンは、二つ返事で了承した。


「はい。そうしたら、フォーン王国で捜索を行っている私の仲間を向かわせます。アルネーデという白い聖獣です」


「白い聖獣……もっと特徴はないか? 白い聖獣ならば、おまえもそうであろう」


イアンは、難しい顔をする。


「特徴ですか。そうですね……踊りを見てくれと迫ってくる白い奴がいたら、たぶんそいつがアルネーデです」


「……そうか」


イアンは、アルネーデという人物が、めんどくさい奴なんだろうなという印象を持った。


「おっと、そろそろ出港の時間です。名残惜しいですが、しばしのお別れになります。彼女達の修行が終わるのは早くて一年…いえ、もっと掛かるかもしれません。では、最後に…あなたに会えて嬉しゅうございました」


モノリユスは、まくし立てるように言葉を並べた後、港を目指して風の如く疾走した。


「自分について知らないことが色々あるようだな…」


イアンは、モノリユスとのやりとりを思い出し、そう呟いた。

そのやりとりの中で、モノリユスは言葉を濁すような言い方をしていたのに、イアンは気づいていた。


「誰に聞くこともなく、自分で自分を調べるしかないか……しかし、父さんは知っていたのだろうか。何故、オレに何も言ってくれなかったのだろう…」


イアンは、一人呟いた。

あまりにも自分のことを知らず、何も教えてくれなかった父に対して、そう問いかけずにはいられなかった。





 その後、イアンはバイリア大陸フォーン王国ノールド行きの船に乗り込んだ。

行きとは違い、帰りはイアン一人である。

イアンは、転落防止柵に寄りかかり、海を眺めていた。


「フォーン王国行き…確かこの船に…あっ! イアンさまーっ! 」


否、イアンとミークの二人になった。


「本当に来たのか」


「イアンさまの行く所なら、例え火の中水の中ですぜ! 」


ミークは、自分の胸をドンと叩く。

彼は本気で言っていた。


「そうか…おまえはどうしてオレについて来る? 」


イアンは、ミークに問いかけた。


「それはもう、イアンさまの可憐さに心を奪われたからですよ! 」


「だから、オレは男だと言っているだろう……そうか、みんな自分の意思でオレについてくるのだな」


「……イアンさま? 」


遠い目をして、海を眺めるイアンに、ミークは首を傾げた。


「なぁ、オレはおまえ達に何をしてあげればいいのだろうか? 」


イアンは、海を眺めながら呟いた。


「……くくっ! はははははは! 」


「…? 」


急にミークが笑いだしたので、イアンは首を傾げながら、ミークに顔を向ける。


「ああっ! 申し訳ない! イアンさまがおかしなことをいうものだから、つい…」


「おかしいか? けっこう真剣に悩んでいるのだが…」


「悩む必要などありませんぜ! イアンさまは、何もしなくていいんです」


イアンは、ミークの言うことが分からず、どういうことか聞こうとするが、それより先にミークが言う。


「イアンさまの言うとおり、俺達は好きでイアンさまについて行くのです。勝手についているのと変わりませんぜ! だから、見返りを考える必要は無いのです。見返りなんて求めちゃいませんから。きっと、嬢ちゃん達も同じでしょうな」


イアンは、心の中がスゥと軽くなったような気がした。


「そうか…そうなのか」


「はい。ところで、嬢ちゃん達の姿が見当たりませんが? 」


ミークが、キョロキョロと周りを見回す。


「ああ、しばらく別れることになった。強くなるために、修行しに行ったのだ」


「そうですかい。それじゃあ、イアンさま、俺達も嬢ちゃん達に負けないよう、強くならないといけませんな! 」


「ああ」


イアンとミークは、海に目を向ける。

色々と、やることと考えることが増えたが、イアンは一歩前に進んだような気がした。




四章終了。


これでしばらくロロット、キキョウ、ネリーミアの三人の出番は無いです。

この三人の中に好きなキャラがいる人には、大変申し訳ございません。

次に彼女達が出るのは、だいぶ先のことになります。

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