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八十五話 強さの提示

 ハーバーンの砂浜は、早朝ということもあって、イアン達以外の人物がここに訪れることはない。

モノリユスは、まるで、この砂浜の主であるかのように堂々と立っていた。

ロロット、キキョウ、ネリーミアの三人を前にしてこの自信だ。

彼女の実力を知らない者でも、この佇まいを見れば誰でも彼女を強者と判断するだろう。

しかし――


「膝を付かせたら勝ちなんだね。取り消すなら今のうちだよ! 」


「ロロットの言う通り。三人相手によく言ったわね」


この二人には、そう判断することができなかった。

それほど、頭に血が上っていたのである。

ロロットとキキョウが武器を取り出し、戦闘体勢に入る。


「二人共、油断しないで! モノリユスさんは、手ごわいよ…」


ただ一人、自分達を圧倒した賊達を、一撃で戦闘不能に陥れた彼女の実力を目の当たりにした、ネリーミアが二人に注意を促した。

ネリーミアもブロードソードを抜き、両手で構える。

彼女も戦う姿勢を取るのだが、手に持つブロードソードは震え、顔面蒼白でモノリユスを見つめていた。


「うっ!? うああああ! 」


ネリーミアの様子を見て、怖気が走ったロロット、声でそれを紛らわしながらモノリユスに向かっていく。

大刀を振り上げ、モノリユス目掛けて容赦なく振り下ろした。


カン!


金属同士がぶつかり合った軽い音が響き渡る。


「えっ? 」


「嘘でしょ…」


ロロットとキキョウが驚愕の声を出す。

モノリユスは、ロロットの大刀を槍で受け止めていた。

しかも、足を平げて踏ん張りもせず、直立した状態で受け止めていた。


「くそっ! 舐めんな! 」


ロロットは大刀を引き戻し、横、下、上とあらゆる方向から大刀を振るった。


カン! カン! カン!


いずれの大刀も、モノリユスは手に持った槍を動かすのみで防いでゆく。


「そこです」


ロロットが大刀を振り上げたタイミングで、モノリユスが槍を突き出した。


「う…くっ! 」


ロロットは慌てて大刀を縦に構え、防御の姿勢に入り――


コーン!


「ううっ!? 」


モノリユスの槍を防ぐも、力負けをしてしまい、後方に大きく飛んでしまった。


「剣の打ち合いでは勝目はなさそうね。でも、魔法はどうかしら」


吹き飛ぶロロットを尻目に、キキョウは扇を振るって、連続で雪砲を放った。

放たれた雪砲はモノリユスの顔目掛けて飛んでゆく。


「この程度」


モノリユスは、槍を持たない左手で雪砲を払った。


「むっ! 」


モノリユスは、自分の周りを複数のキキョウに囲まれていることに気づいた。

雪砲でモノリユスの視界を遮っている間に、キキョウは真似鏡像を行使したのだ。


「さあ、これだけを相手に、いつまで余裕でいられるかしら」


「……」


キキョウの声を無視するように、モノリユスは瞼を閉じた。


「斜め右後ろ…風がそこで遮られている」


モノリユスは、そう呟くと同時に振り返り、キキョウの一人に、槍を横薙ぎに振るった。


「ぐっは!? 」


バシャア!


一瞬の出来事により、何も反応できないまま、キキョウは吹き飛ばされて海に落ちる。

残りのキキョウが、ゆらりと揺れながら消えていった。


「二人が……」


ロロットの怪力をものともせず、キキョウの妖術が通用しないのを見たネリーミアは愕然とする。


「……」


モノリユスが、ネリーミアを見つめる。

それだけで、ネリーミアは首元に刃物を押し付けられている気分になった。


(体が(すく)んで…でも、このままだと)


ネリーミアはチラリとイアンに視線を向ける。

ここで何も成せなければ、彼と別れることになる。

そう考えたネリーミアは、今にも泣き出しそうになった。

その時、イアンと視線が合う。

イアンは腕を組んだまま微動だにせず、無感情な目をネリーミアに向けていた。


(なんで…そんな…)


ネリーミアはイアンに対して、何故そんなに平然としていられるのかと、思わずにはいられなかった。

しかし、イアンは何も答えない。


「……!? 」


イアンの目を見ていたネリーミアは、彼の視線が左右に揺れ動いていることに気づいた。

ネリーミアは、イアンの視線を追うように周りを見回し、彼が何を見ていたかを察した。


(兄さんは、ロロットとキキョウを交互に? )


イアンの視線が指していたのは、ロロットとキキョウのいる方向であった。

しかし、それが何の意味があるのか、ネリーミアには分からなかった。

再びイアンの目を見るネリーミア。

イアンは未だに、視線を左右に振っている。


(まだやってる…そんなに周りを見る必要が……あ! )


そこで、ネリーミアは、あるイアンとのやりとりを思い出した。


『…え…兄さん!? 』


『後ろに賊が迫っていたぞ。もう少し周りを見ろ』


『うぅ…ごめん……次から気をつけるよ…』


『……ああ』


そのやりとりは、高原へ向かう途中の賊との戦い。

ネリーミアが賊に背後を取られ、イアンが救援に来た時のやりとりであった。


(周りを見ろ……兄さん、そういうことだったんだね! )


ネリーミアがキリッと顔を引き締める。

その顔の変化をモノリユスが見る。


(ダークエルフの娘の表情が変わった。イアン様が何かしたようですね。まったく、手助けはしないとおっしゃったくせに…)


モノリユスはため息をつき、心の中で悪態(あくたい)をついた。

しかし、モノリユスの表情は僅かに緩んでいた。


「くっそー! こっから本気出す! 」


「ゲホッ! ゲホッ! この仕打ち…百倍にして返すわ」


ロロットが、吹き飛ばされた位置から戻り、キキョウが海から這い上がってきた。


「二人共、集合! 」


二人が復活したのを確認したロロットは、二人を呼び寄せる。

ロロットとキキョウは反撃の出鼻をくじかれ、憤慨しながらネリーミアの元に来る。


「なに! 」


「いきなりなんなの! 早くあいつを倒すのよ! 」


「二人共、落ち着いて。闇雲に戦っても勝ち目は無いよ」


「じゃあ、どうしろっての? 」


ロロットがネリーミアに詰め寄る。


「一斉攻撃を仕掛けよう。力を合わせて、全員で戦うんだ」




 ネリーミアの言葉に、ロロットとキキョウは冷水を掛けられた炎のようにおとなしくなった。


「一斉攻撃……それなら勝てるのかな? 」


「やる価値はあるわ。でも……こういう策は私が提案したかった。でも私は頭に血が上って……」


「ほ、他に何か思いついた作戦は無い? キキョウの考えたやつのほうが、きっと効果的だよ! 」


落ち込むキキョウを励まそうとするネリーミア。


「いえ、恥ずかしいことに、何も思いつかないわ。ネリィ、あなたが提案した一斉攻撃をやりましょう。ロロットもいいかしら? 」


「いいよ。それで、どう動けばいいの? 」


ロロットがネリーミアに訊ねる。


「二人で挟み撃ち、僕が側面から攻撃。これで行こう」


「分かった」


「承知」


ロロットとキキョウは、ネリーミアの意見に了承すると、モノリユスに向かって走り出した。


(ほう、作戦会議をしたかと思えば、挟み撃ちですか)


走る二人はそれぞれ、モノリユスの両側に辿りつき、彼女を挟むように立つ。


「やああああ! 」


「はあ! 」


そして、ほぼ同時にモノリユスを側面から襲いかかる。


キン! ギン!


モノリユスは、左右からせまる刃を交互に弾き飛ばした。


「ぐっ! 」


ロロットよりも力の弱いキキョウが大きく仰け反ってしまう。

モノリユスは、その大きな隙を逃さんとばかりに、キキョウ目掛けて、槍を横薙ぎに払った。


「させないよ! 」


ギンッ!


ネリーミアがキキョウを庇うように立ち、ブロードソードで槍を受け止めた。

モノリユスは、その行動に感心するが――


「力は、まだまだです」


と言い、二人まとめて薙ぎ飛ばそうと、手に持つ槍に力を入れる。


「そこだ! 」


モノリユスが、ネリーミアと競り合っている隙に、ロロットが大刀を振り下ろしにかかった。


ガリガリガリ! ドスッ!


「うっ!? 」


モノリユスは、ブロードソードとぶつかり合う槍を無理やり引き摺り、柄の先で、振りかぶって隙だらけのロロットの腹を突いた。

この状態のまま、モノリユスは横回転し、三人まとめて吹き飛ばす。


「ううっ! 」


「くっ! 」


「うっ! そんな! 」


吹き飛ばされた三人は、ゴロゴロと砂浜を転がった後、ようやく勢いが収まり、うつ伏せに倒れた。


「くそっ! 三人で一斉にかかってもこうなるの!? 」


「まだ届かなのね…どうする? 次は魔法や妖術を加えてみる? 」


「まだ、慣れてないのに魔法とかはまずいかも……次は――」


「無駄です! 」


再び作戦会議を始めるネリーミア達に、モノリユスの声が響き渡った。

その声に怒気が含まれており、ネリーミア達はビクッと体を震わせる。


「三人で一斉にかかっても、魔法を駆使した連携をしても、私に膝をつかせることもできない。それは分かっているはずです」


ネリーミア達は、何も言い返せなかった。

モノリユスが言うとおり、彼女達は心のどこかで勝てないことを悟っていた。


「いくらやっても無駄です。あなた達が勝つことはありえません! 」


モノリユスが一際大きな声で言い放った。

ひどく突き放すような言い方である。


「……でも」


あまりも無情な言葉を吐かれ、戦意を根こそぎ削がれたかに思えたが、ポツリとロロットが言葉を漏らした。

その後に続く言葉を言っても、どうにもならないと思い、口を閉ざしてしまう。

だが、それでも言わずにはいられないと、彼女の口は開かれる。


「そうだとしても、諦められないんだ! アニキと一緒にいる……アニキを守るって決めたから! 」


ロロットに感化され、キキョウとネリーミアも自分の思いを口にする。


「そうよ! 諦められないの! 忌み子と呼ばれているのを知ってもなお、普通に接してくれた人……兄様の傍にいると誓ったから! 」


「僕もそうさ! 兄さんと会わなかったら、一生顔を隠し続けていたのかもしれない。こんな僕に、手を差し伸べてくれた兄さんを守るって決めたんだ! 」


「「「だから、勝つまで戦い続ける! 」」」


三人の思いは等しく、同じ方向に向いていた。

その思いを重ねるかのように、彼女達は身を寄せ合う。

誰一人として折れることがないよう、一丸となって戦おうというのだ。


「……」


そんな彼女達を黙って見つめる。

三人の瞳は揺れることなく、モノリユスの目を見ていた。


「はぁ…」


「「「……! 」」」


モノリユスがため息をついたのを見て、とうとう自分から攻撃を仕掛けてくると思い、三人は身構える。

しかし――


「降参です」


「「「……え? 」」」


三人は、モノリユスが何を言ったか理解できず、間の抜けた声を出した。


「降参します。いくらやっても無駄……あなた達が諦めるのは、ありえないと思ってしまいました」


モノリユスは微笑みながら、片膝をつき――


「申し訳ございませんでした。あなた達の強さ…思いの強さは本物です」


と謝罪した。

モノリユスの左膝が砂浜に下ろされ、彼女の膝に砂が付いたのだった。




2016年8月11日 文章改正

「私の斜め右後ろ…風がそこで遮られている」 → 「斜め右後ろ…風がそこで遮られている」


とモノリユスは呟く同時に振り返り、 → モノリユスは、そう呟くと同時に振り返り、

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