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八十四話 接近戦 戦いを制すのは

ギンッ!


メロクディースの湾曲した剣とイアンのショートホークがぶつかり合う。

二人は、手を伸ばせば届くであろう至近距離で、それぞれの武器を振るっていた。


「おりゃ! 」


メロクディースが、湾曲した剣をイアンの頭目掛けて振り下ろす。


「ふん! 」


ガギィン!


イアンは、ショートホークを横に構え、更に湾曲した剣の刃の付け根の部分に押し当てる。

これにより、湾曲した剣の切っ先がイアンの頭に突き刺さることを防いだ。


「もうヘールテルの攻略法を編み出しちゃうかー」


剣を防がれたメロクディースが、へらへら笑う。

その顔にうっすらと、脂汗が浮かんでいるのを至近距離にいるイアンには丸分かりだった。

しかし――


「うおりゃー! 」


自分の武器の利点を無効にされて、黙っているメロクディースではなかった。

剣と斧で競り合っている最中、彼女はイアンの脇腹目掛けて蹴りを放った。


「ぐっ! 」


脇腹に蹴りが入り、呻くイアン。

その苦痛に歪む表情を見たメロクディースはニヤリと笑う。

そして、蹴った右足を戻し、イアンの顔面を蹴りあげようとする。


「させるか! 」


「げえっ! 」


イアンは、それを阻止するべく、メロクディースの右足を踏みつけた。

踏みつけられ、メロクディースは前のめりになる。


「ふんっ! 」


前のめりになったメロクディースの頭に、イアンは頭突きを叩き込んだ。


「いっ――!? 」


頭に激痛が走り、メロクディースは涙目になって痛がる。


「……すごい戦いね」


二人の戦いを見たキキョウは、苦笑いを浮かべる。


「うん。できれば、ああいう戦いはしたくないね」


「そうですな」


ネリーミアに賛同するミーク。


「え? めっちゃカッコイイけど。ああいうの憧れるなぁ」


「「「えぇ? 」」」


ロロットだけが感性が違うようで、キキョウ、ネリーミア、ミークが驚きの声を出した。


「なんであろうと、あのような戦闘方法は、限らえた環境下での戦いを好む者が仕掛けてくる場合があります。いつか、イアン様と同じ目に遭うかもしれませんよ」


モノリユスが、視線をイアンに向けたまま、周りに聞こえるように言った。




カン! ギィン! カァン!


二人の戦いは再び、武器のぶつけ合いになっていた。

一番の致命傷となりうるのが、武器による攻撃なのだ。

二人は、いかに武器を当てるか、いかに武器を防ぐかを考えながら武器を振るっているのである。

そのためには――


グイッ!


「うっ!? 」


あらゆる方法を駆使して、相手の体勢を崩すことも(いと)わなかった。

先に動いたのは、メロクディースであり、枷の付いた腕を引き、イアンの体勢を崩しにかかったのだ。

左手を引っ張られ、イアンは前のめりになってしまう。


「そこ! 」


メロクディースは、イアンの背中目掛けてヘールテルを振り下ろす。

イアンは、咄嗟に足を前方に投げ出した。

その結果、イアンは仰向けの状態となり、ショートホークを横に構える。


ガッ!


メロクディースのヘールテルを辛うじて受け止めたイアンだが、ヘルーテルの切っ先がイアンの左側の頬を傷つける。

そこから血が滲み、やがて滴り落ちるほどの量が切り口から流れ出る。

枷で拘束された者達のイアンを呼ぶ声が、部屋の中に響き渡る。


「にひ! 」


メロクディースは、ヘールテルをクルッと回転させ、イアンのショートホークをすくい上げた。


ゴッ!


飛ばされたショートホークが遠くの方に落ちる。

その後、メロクディースはイアンの両側の二の腕に自分の足を乗せた。


「ぐっ…」


二の腕に、メロクディースの体重がかかり、イアンは苦悶の声を上げる。


「いやー良い眺め」


メロクディースは、イアンの顔を見下ろしながら嗜虐的な笑みを浮かべた。


「さーて、こっからどうしようかな? みんなの前で恥ずかしいことさせちゃおうかな? 」


一際大きな声で、メロクディースが言った。


「貴様…」


モノリユスを初め、周りの者がメロクディースを睨みつける。

メロクディースは、わざと聞こえるように大きな声を上げたのだ。


「にひひひひ」


モノリユス達の反応に満足したのか、メロクディースは頬を吊り上げながら笑った。

その間、イアンは目を瞑っていた。

体は脱力し、まったく抵抗をする様子が見られなかった。

そのイアンの姿を見たメロクディースは、自分の勝利を確信した。


「お仕置きタ―イム! 」


「そうだ……そういう言葉だったな。思い出したぞ」


メロクディースが、声を上げながら襲いかかろうとした時、イアンの目が開かれた。


「…!? 」


メロクディースは言い知れぬ恐怖を感じ、動きを止めてしまう。

それと同時にイアンが動いた。


「ふっ! 」


イアンは足を上げ、自分の頭の両側の床に下ろした。

仰向けの状態で腰を曲げ、メロクディースを太ももで挟み込むような姿勢になる。

その状態でイアンは――


「サラファイア! 」


両の足下から炎を噴出させた。


「うわあ!? 」


サラファイアの勢いにより、イアンはメロクディースごと上に吹き飛んだ。


「やった! これでアニキが脱出できた! 」


その光景に、ロロットが喜びの声を上げる。


「いえ、まだです! このままイアン様は、攻撃に移るつもりのようです! 」


モノリユスが声を弾ませながら声を上げた。

彼女の言う通り、イアンは宙に浮いた状態で動いた。

まず、メロクディースの体を足で挟み込みながら、体を反らす。

イアンは、メロクディースの腰の上に乗るような姿勢となった。

そして、メロクディースの両足を掴み、脇に抱えた。


「ぐえっ! 」


メロクディースがうつ伏せの状態で、床に体を打ち付ける。

ここからイアンの猛攻撃が始まった。


「ふんっ! 」


イアンは、メロクディースの腰の上から、両脇に抱えた彼女の足を引っ張った。


「ぎゃあああああ!! 」


腰を無理やり反らされているメロクディースが悲鳴を上げる。

先ほどの勝ち誇った表情はどこにもなく、苦痛で歪みきった顔をさらけ出していた。


「うわぁ…」


「な、なんてむごい技…」


「流石に可哀想になってきた…」


「見てるだけで、こっちが痛くなってきやすぜ…」


「あの技……もう彼女は逃げられない…」


メロクデイースのあまりにも悲痛な叫びと表情に、同情し始めるロロット達。


「まさか、自分がこのお仕置き技を使う側になるとはな……感慨深いものがあるな」


イアンが遠い目をしながら、グイグイと両足を引っ張り続ける。


「痛い!痛い!痛い! 私の負け…負けだから離してええええ!! 」


「……ダメだ。盗賊は信用できん」


「そんなああああ!! 」


「イアン様、彼女は本気で負けを訴えている様子。逆上する前に、この辺で開放してはどうですか」


「ふむ……わかった。おい、離してやるから枷を外すんだぞ」


モノリユスに開放を勧めらえれ、イアンはそれに従う。


「わかったから、早く離してええええええええ!! 」


メロクディースの絶叫が響き渡った。





 イアンの技から解放されたメロクディースはその後、素直にイアンに従い、全員の枷を外した。


「はぁー、やっと自由になった」


手足が自由になったロロットが、手足をプラプラと振る。

イアンは周りを見回し、自分を含め全員の枷が外れたことを確認する。


「では、メロクディースとやら、金の斧は返してもらうぞ」


「……ただの金で作られた斧だけどいいの? 」


メロクディースがボソリと呟いた。

その呟きを聞いたイアンは、金の斧へ伸ばそうとした手を止める。


「なに? しかし、これから何かしらの力が――」


「無いよ」


イアンの言葉を遮る形で、メロクディースが言い切った。


「盗賊の言うことなど…と言いたいところだけれど、兄様、こいつの言うことは本当みたいよ」


イアンの傍らに来たキキョウが、口元を扇で覆いながらイアンに伝える。


「ふむ……しかし、ただの斧であろうとハンケンから貰ったものなのだが…」


「ええー、頂戴よぅ! 金の武器コレクションに加えたいー」


先程までの神妙な顔は何処へやら、メロクディースが普段のおちゃらけた姿でダダをこねる。


「盗んでおきながらこの態度……いくら少女でも許されない! イアンさま、情けはいりませんぜ。その斧を持って帰りましょう」


ミークが、メロクディースを睨みつけながら言った。

しかし、イアンは悩む。

ハンケンから貰ったものといえど、ただの斧であるならば正直いらなかった。

イアンは、ハンケンの弟子であるネリーミアに意見を聞くことにする。


「ネリィ、どうしたらいいと思う? 」


「え? 別にあげちゃってもいいと思うよ? 」


「いいのか? ハンケンから貰ったのだぞ? 」


「うん。でも、その金の斧はハンケンが持ってきたけど、元々寺院のものだし、彼女の言う通り、ただの金の斧だよ」


「うむ! いらない! 」


イアンは、ネリーミアがいらないという意見を出したので、金の斧を譲渡すると決めた。


「兄様、お待ちを。金の斧が不要な物といえど、ここまで遥々(はるばる)来たのよ? 何か見返りを要求するべきだわ」


キキョウがイアンに、金の斧を譲渡する代わりに、その見返りをメロクディースに要求するよう進言した。


「ふむ…確かにそうしたほうがいいな。おい、金の斧をやるから、何か寄越せ」


「いいよ、やったね! うーん、何がったかなぁ…………あっ! あれがあった! イアン、ちょっと待ってね! 」


ビュオ!


メロクディースは思い当たるものを思いついたのか、風のように部屋の奥の階段を駆け上がっていった。


「お待たせー」


息を着く間もなく、メロクディースが帰ってきた。


「早いな。何を持ってきたのだ? 」


「これ! ヤマビコの鈴をあげる」


メロクディースがイアンに差し出したのは、紐が括りつけられた緑色に鈴であった。


「ヤマビコの鈴? ただの鈴ではないんだな? 」


「もちろん! これはね、願いを聞いてくれる鈴なのだー」


メロクディースが胸を張って答える。


「ほう、願いを」


願いを聞くと聞いて、イアンは目を見開いた。

メロクディースは実践すると言い、イアンの手首にヤマビコの鈴を括りつけた。


「じゃあ、イアン。片足を上げてみて」


「わかった」


イアンは、メロクディースの言葉に従い、右足を上げた。


チリン!


「…!? 」


鈴にしては大きな音でヤマビコの鈴が鳴った。


「どう? 」


「…………何も起こらないが? 」


イアンを初め、ロロット達も周りを見回すが、何か起きたような痕跡は無かった。


「いや、今私の願いを聞いてくれたよ。この鈴は」


「は? 」


イアンが、間の抜けた声を出す。


「私が、イアンが片足を上げたら鳴って欲しいなって願いながら、ヤマビコの鈴を付けたの」


「つまり、自分の願ったタイミングで鳴らせる鈴…ということ? 」


キキョウが、メロクディースに訊ねた。


「……そうとも言う」


「ううむ…これはどうしたものか。もう一回お仕置きするか? 」


「いやああああ! それはやめて! イアンに渡せるものが、それしか無かったの! 」


イアンに凄まれ、メロクディースが部屋の隅まで高速で移動する。


「微妙なものを……む? なんだ? 外れないぞ」


イアンが、ヤマビコの鈴を外そうと紐を解きにかかるが、その紐がビクともしなかった。


「ああ、それはね、紐を結んだ人にしか解けないし、その紐を切ることはできないんだ」


「はぁ…なんだそれは。しかし、これ以外に無いのならば仕方ないな」


イアンは、メロクディースにヤマビコの鈴を外してもらい、手に持ったそれを残念そうに眺めた。


「いつか役に立つ時が来るってー」


メロクディースは金の斧が手に入り、ご満悦であった。


「はぁ……腑に落ちんが、この島での目的は果たした。カジアルに帰るとしよう」


「またねー、イアン! 」


踵を返し、扉に向かったイアンにメロクディースが手を振る。


「できれば会いたくないのだがな…」


イアンはそう言うと、ロロット達を連れて、外に出た。


「はぁ……イアンが行ってしまった。で、何かお話でもあるのかな? 聖獣殿」


メロクディースが、部屋に残ったモノリユスに声を掛けた。

モノリユスはイアン達と外へ行かず、一人部屋に残っていた。


「貴様、初めから…イアン様の金の斧を盗んだ時から、こうするつもりだったな」


モノリユスが、イアンには見せない鋭い顔で言った。


「……さぁ? なんのことやら。ただ、金の斧が欲しかっただけだよ」


「そうか……そう言うのなら、そうなのだと思うとしよう。だが! 」


モノリユスが、槍を取り出し、その先をメロクディースに向ける。


「我らの邪魔をするのならば、容赦せぬぞ! 」


「へいへい、しませんよ」


モノリユスの気迫にまったく動じず、メロクディースは適当な返事をした。


「分かったな」


モノリユスはそう吐き捨てると、扉を開いてアジトを後にした。


「やれやれ、頑張り屋さんだなぁ」


一人になったアジトの中で、メロクディースはそう呟いた。






メロクディースのアジトを出たイアン達は、一日半かけてハーバーンの町へ戻った。

夕刻を迎え、夜になる前に、町に辿り着くことができたイアン達は、宿屋に足を向ける。


「イアン様」


その途中、モノリユスがイアンに声を掛けた。


「なんだ? 」


「お話があります」


「そうか。おまえ達は先に宿屋に行ってくれ」


「ふーん…じゃあ、先に行ってるよ」


「お先に失礼します」


「また後でね、兄さん」


ロロット達は、イアンに背を向け宿屋に向かった。


「じゃあ、イアンさま。また、明日! 」


「明日っておまえ…明日、オレ達はバイリア大陸に行くのだぞ? 見送りにでも来るのか? 」


「違いますよ。俺もイアンさまに同行させてくださいよ」


「むう……勝手にするがいい」


イアンは、ミークが自分のことを僅かに女扱いしているので、あまり気が進まなかった。


「やった! 可憐なイアンさまにお仕えできる! 」


ミークは両手を掲げて喜びながら、町のどこかへ行ってしまった。


「やっぱり、断ったほうが良かったな。すまんな、モノリユス。ようやく、話ができるぞ」


イアンは、モノリユスに向き直った。


「いえ、些細なことはお気になさらず。話というのは……」


モノリユスが話し出す。


「なにっ!? 」


その出だしの部分でイアンは驚くも、モノリユスの話を神妙に耳を傾けていた。

モノリユスが一通り話終える。

しばらく考え込んだ後、イアンの口が開いた。


「……あいつらのためにもなるのだな? 」


「ええ、きっと」


「分かった」


イアンは、モノリユスの話に乗ることにした。





――次の日の朝。


「出発するぞ」


イアンは、寝ている三人を起こし、そう告げた。


「待って。まあ船の出港時間にはだいぶ時間があるのよ」


キキョウが目を擦りながら、イアンに訴える。


「分かっている。いいから来い」


イアンは、その訴えに構わず外に出た。

何も言葉を発しないイアンの後をついて行くと、三人は砂浜に来ていた。


「来ましたか」


そこには、モノリユスが佇んでおり、彼女の武器である槍を手に持っている。


「え? モノリユス? 何してんの? 」


ロロットがモノリユスに訊ねた。


「私は、イアン様に仕えることになりました。これから私がイアン様を守ります」


「はぁ…」


ネリーミアが、そうなんだと言わんばかりの生返事をする。


「理解できませんか? あなた達はここでイアン様とお別れなのですよ」


「「「…!?」」」


三人が驚愕の表情を浮かべる。

どういうことかとイアンに視線を向けるも、彼は腕を組み、口を固く閉ざしている。


「ど、どういうこと!? なんで、あたし達がアニキと別れなきゃいけないの? 」


「し、信じられない。兄様にとって私達は不要ということなの? 」


「その通りです。あなた達はいらないのです! 」


モノリユスがピシャリと言い放った。

三人は何も言い返すことができず、青ざめたまま動かない。


「私がいる限り、あなた達は必要ありません。しかし、あなた達がここで強さを示せば、考え直してあげましょう」


モノリユスが槍をロロット達に向ける。


「三人で一斉にかかってきなさい。私の膝に砂を付けることが出来たら、あなた達を認めましょう」




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