八十三話 翻弄する黄金
太陽が昇り、高原の野原を徐々に照らしてゆく。
その陽の光を肌で感じたイアンは、むくりと起き上がった。
「おはようございます、イアン様」
イアンが起きるやいなや、モノリユスがイアンの前で跪き、朝の挨拶をしてきた。
「……おはよう。しかし、モノリユスよ。そう畏まられると、落ち着かないのだが」
イアンは、頭を掻きながら言った。
イアンに対するモノリユスの態度が、まるで王族や貴族を扱うようなもので、そういう扱い方をされるのに慣れていないイアンにとっては、居心地が悪くなっていた。
「いえ……たとえ、イアン様が御自分の立場を理解されていなくても、私はこのまま態度を改めるつもりはございません」
しかし、モノリユスは頑として譲らなかった。
「むぅ……では、その跪くのだけをやめてくれないか? おまえは、オレの部下や配下でもないだろう…」
「うぐっ……わ、わかりました……」
イアンの言葉のどこかに思うところがあるのか、モノリユスはあっさりと了承した。
片膝を地面に付くのもやめ、ペタンと座り込む。
「……」
イアンは、その姿が叱られた子犬のように見え、彼女が落ち込んでいるように見えた。
「して、モノリユスよ。これからオレ達は、奪われた金の斧を探しに行くのだが、おまえはどうする? 」
「はい。もちろん同行させていただきます」
「そうか」
イアンは、モノリユスにそう返すと、寝ているロロットとキキョウを見た。
ネリーミアはともかくとして、この二人が起きしだい、ここから出発しようとイアンは考えていた。
「うっ…」
イアンの考えを聞き届けたかのように、キキョウの瞼がゆっくりと開けられた。
「キキョウ、起きたか」
「…あれ? 兄様? 」
キキョウは、体を起こして周りを見回した。
見知らぬ場所、はぐれたイアンの姿、見知らぬ人物を目にし、彼女はそれらを元に状況を分析した。
「……あの戦闘で私は気を失ったのね。そして、そこの白い御人に助けられ、ここで休息を取っていたら、兄様と…ミーク? に合流した。ということでいいのかしら? 」
スラスラと言葉を並べるキキョウだが、どこか気落ちしているようにイアンは見えた。
「まぁ、そんなところだ。立てるか? 」
「ええ」
キキョウは、イアンに助けられながら立ち上がった。
立ち上がったキキョウは、モノリユスの元に歩いて行った。
「私の名はキキョウ。窮地から救ってくださり、ありがとうございました」
そして、キキョウはモノリユスに頭を下げ、礼を言った。
「いえ……礼を言われるようなことではないわ」
モノリユスが、ニコニコと微笑みなら言った。
「……」
その時、キキョウの体がピクリとこわばった。
後ろ姿しか見えないイアンには分からないが、キキョウは頭を下げながらモノリユスを睨みつけていた。
「ううっ……え? キキョウが起きてる!? 」
すると、ネリーミアが瞼を擦りながら起き上がり、立っているキキョウの姿に驚いた。
「これで後はロロットだけか…」
「兄様、ロロットは待たなくてもいいのよ」
イアンの呟きに、キキョウが答えた。
「……? 」
イアンは、どういうことか分からず、首を傾げる。
キキョウは、ロロットの元へ行き――
「こら、猿! いつまで起きているのよ! 」
ドカッ!
キキョウは、ロロットの頭を思いっきり蹴り上げた。
「おいおい…」
イアンは、キキョウが言った意味を理解し、呆れた声を出す。
「ふがっ! 朝か……」
そして、ロロットはキキョウに蹴られた部分を手で押さえながら、体を起こした。
「あれ? アニキ? あと、知らない人がいる…」
「ロロット、ここに至った経緯は追々話す。ネリィ、ミークを読んできてくれ。出発だ」
「うん」
全員が出発できる状態になったため、ようやくイアン達は、メロクディースのアジトの捜索を開始した。
高原は広く、見渡す限り野原が広がっている。
この中にあるメロクディースのアジトを探すのは、一朝一夕では見つからないと思われた。
「あ! ……あれじゃないの」
ロロットが、何かに気づき、それに向かって指を差す。
イアン達がその方向に顔を向けると、視界の奥に金色の建物が見えた。
その建物は、高原を囲む山脈の一角、その手前に建っていた。
「あからさま過ぎる…しかし、あれなんだろうなぁ」
他にそれらしきものが無いため、とりあえずイアン達はその建物へ向かった。
そこへ辿り着いたイアン達は、金色の建物を見上げる。
金色の建物は塔のような造りで、一番下の階が広く造られているのが推測できた。
イアンは、その建物の入口である扉を開いた。
「……ほぉ」
建物の中に入ったイアンが、周りを見回しながら感嘆の声を上げた。
床も壁も金色の建材が使われており、どこを見ても金色が目に入る。
部屋の隅に柱が円状に等間隔に伸び、その柱に囲まれた部屋の真ん中のスペースは、広くなっていた。
「むっ! あれは…」
イアンは、その広いスペースの真ん中に、台座があるのに気づき、その掲げられている金の斧が目に入った。
その金の斧は、イアンが奪われた金の斧で間違いなかった。
「さて……キキョウ、これをどう見る? 」
「十中八九罠でしょうね。これはこれで対応が困るわ」
イアンに問われ、キキョウが苦笑いを浮かべながら答えた。
「あの金の斧を取れば、なんかの仕掛けが動いちゃうってこと? 」
「そうだね。でも、どうしようか? 」
ロロットもこれが罠だと理解し、ネリーミアはこの状況をどうするか周りに意見を聞いた。
「ああ~…こういう頭を使うのは苦手だ~」
ミークが頭を掻き毟る。
その時――
ビュオオオ!
バタン!
と強風が吹き荒れ、入口の扉が閉じられた。
「ちっ! 」
それと同時にモノリユスの目が鋭く光り、イアンを突き飛ばした。
「ぐっ…!? 」
イアンは、部屋の中央に着地した。
そして、突き飛ばしたモノリユスの方に、目を向ける。
「くっ…イアン様、厄介な輩に物を盗まれましたね」
悔しげに呟くモノリユスの両手両足には、金色の枷がはめられていた。
「えっ? わっ!? 」
「な、なんてこと……」
「いつの間に…」
「み、身動きが取れない。イ、イアンさまぁ! 」
ロロット、キキョウ、ネリーミア、ミークのイアン以外に、金色の枷がはめられていた。
皆、身動きが取れないため、床に倒れ込んでしまう。
「おまえ達……むっ! 」
ロロット達の元へ向かおうとしたイアンだが、後ろに人の気配を感じ、足を止めた。
振り返るとそこには――
「やっほー、イアン。会いに来てくれて嬉しいよ。でも、二人きりで会いたかったかな」
片手で金色の枷を弄ぶ、メロクディースの姿があった。
イアンは、素早く二丁のショートホークを取り出し、メロクディースを睨みつける。
彼女の片手には以前、イアンの意表を突いた湾曲した剣を片手い持っていた。
「にひっ! 」
メロクディースは、ニヤッと頬を吊り上げ、持っていた金色の枷を投げ捨てる。
その後、ゆったりとした動作で、イアンに向かって歩き出した。
警戒したイアンは、後ろに跳躍して距離を取る。
「にひひ! 警戒しすぎ。よっと! 」
メロクディースは笑った後、台座に掲げられた金の斧を拾い上げた。
金の斧が台座から離れたが、特に何も起こらなかった。
「何にも細工とかしてなかったのにね~十中八九罠でしょうねとか言っちゃって、動かないからそうなるんだよ~」
「くっ…腹立つ言い方だわ」
からかわれ、キキョウは歯を食いしばる。
メロクディースは、金の斧を台座に戻した。
「それにしてもイアン、珍しいのと一緒にいるんだね。正直、驚いたよ」
メロクディースがモノリユスに視線を向ける。
その顔はニヤニヤしながらも、目は笑っていなかった。
「私を上回る速度……貴様、只者ではないな」
モノリユスもかつてないほど、鋭い表情をする。
「ただの盗賊だよ。金ピカに目が無いただの盗賊。悪いけど、聖獣殿はそこで黙って見ててね」
「くっ…イアン様、申し訳ございません」
モノリユスは、悔しげに呟いた。
「いや、おまえのおかげで助かった。今、こいつを倒して枷を外してやるからな」
イアンは、メロクディースに向かって駆け出した。
そして、ショートホークを彼女に目掛けて、振り下ろす。
「当たらない…よっ! 」
「ぐあっ!? 」
メロクディースは体を横へずらし、イアンのショートホークを躱した後、後ろへ体を反りながら回転すると同時にイアンの顎を蹴り上げた。
「アニキ! 」 「イアンさま! 」
ロロットとミークが悲鳴を上げる。
「くっ! 」
イアンは頭を振り、吹き飛びかけていた意識を戻し、目の前のメロクディースを見据える。
「そぉーれっ! 」
クルッと回転し、着地するやいなやメロクディースはイアンに向かって跳躍した。
片手に持った、湾曲した剣が振り下ろされる。
「イアン様! それを受けてはいけません! 」
その剣の利点を察したモノリユスが叫ぶ。
「わかっている」
イアンは、メロクディースの下をくぐるように前方へ走り――
「きゃっ! エッチ! 」
右手に持ったショートホークをしまい、メロクディースの左足を掴んだ。
「うおおおお! 」
そして、投げ飛ばそうと右腕を前に振るうが――
グッ!
「なに!? 」
イアンが彼女の左足を話した瞬間、メロクディースがイアンの右手に左足を絡みつかせた。
振り下ろされたメロクディースは、体を反って受身を取る。
メロクディースは、胸を床に付けた状態で体を反り、前方のイアンの右手に左足を絡みつかせている状態である。
「むいっ! 」
その体勢のまま、反った体を元に戻す勢いで、イアンを後方に投げ飛ばした。
「かはっ! 」
イアンは、体を柱に打ち付けられ、ずるずると崩れ落ちる。
「ふぅ…焦った焦った」
メロクディースは素早く立ち上がり、額の汗を拭うような動きをした。
「あの金色の女の子、曲芸師みたいな動きをする」
ミークが、目を見開きながら呟いた。
彼が言ったとおり、メロクディースの身体能力は並外れていた。
その身体能力を利用し、変則的な攻撃を繰り出すのが、メロクディースの戦いの一つである。
(さーて、ここからイアンがどう攻めて来るか……)
メロクディースは、脱力した姿勢のまま、崩れ落ちたイアンを見据える。
イアンは、ショートホークを右手で握り締めながら立ち上がる。
そして、メロクディースにショートホークを向けた。
そうしたまま、イアンは動かなかった。
「あれあれーどうしたのかな? 怖気づいちゃったの? 」
メロクディースが、大袈裟な身振りをしながら言った。
そんなあからさまな挑発に、イアンが乗るはずもなく、両者は視線を合わせたまま動かない。
「ふーん…じゃあ、こっちから行くよ! 」
痺れを切らしたメロクディースが、イアンに向かって駆け出した。
イアンは動かず、じっと前を向いている。
イアンの目の前まで到達したメロクディースが、湾曲した剣を横に振るう。
「…!? 」
イアンが切り裂かれることはなかった。
メロクディースがイアンに剣を当てる寸前で、後方に退いたからだ。
「兄さんが傷つけられなくて良かったけど、どういうことかな? 」
「恐らく、イアン様が動かないことに警戒したのでしょう」
ネリーミアの疑問に答えたのは、モノリユスであった。
「イアン様には何か策が……そうか! 」
モノリユスは、何かに気づき声を上げた。
枷で動けない者達の視線が、モノリユスに向けられる。
「イアン様は、奴が近づいて来るのを待っている、これは間違いないでしょう。あとは見ていれば分かります」
モノリユスは、メロクディースに気づかれまいと、重要な部分を濁して周りに説明した。
(だよね~絶対何か企んでるよね~)
モノリユスの声を聞き、メロクディースは心の中で呟いた。
メロクディースは、イアンの体を観察し、その企みを暴こうと試みる。
(うーん…おかしいところは……おっ! )
メロクディースは、イアンのある一点に注目した。
イアンは、腰の後ろに左手を回していた。
この状況では、左手に何かを隠しているようにしか見えなかった。
(ははーん! イアンの奴、左手に何か持っているんだね? )
メロクディースは心の中でそう呟きながら、表情は真剣なままを保ち――
「バレバレだよ! 」
と声を上げた瞬間、高速でイアンの背後に回り込んだ。
「えっ!? 」
背後に回り込み、イアンの左手を見たメロクディースが、驚愕の声を上げた。
イアンの左手には何も無かったのだから。
「バレたか」
イアンはそう言いながら振り返り、メロクディースの左手を掴んだ。
右手に持ったショートホークは、彼女には振り下ろさず、後ろに放り投げる。
「うええ!? 」
またもイアンに驚かされ、メロクディースは混乱する。
イアンは、服の中から右手で何かを取り出すと――
カチッ!
メロクディースの左手首に取り付け、自分の左手首にもその反対側を取り付けた。
イアンが取り付けたのは、金色の枷であった。
メロクディースが放り投げたそれを、柱に打ち付けられ崩れ落ちた時に拾い、服の中へ隠していたのだ。
金色の枷は、二つの腕輪を鎖で繋いだもので、イアンとメロクディースは互いに鎖で繋がれた状態になった。
「これで、奇抜な動きも高速移動もできまい」
左腕を引っ張りながら、イアンは片側のホルダーからショートホークを右手に持った。
「盗賊を騙すなんて……でも、私は普通に強いよ」
メロクディースは、右手に持った湾曲した剣を握り締める。
鎖に繋がれ、至近距離となった二人は、逸らすことなく相手の目を見据えるのだった。




