八十話 参上! 妖艶なる盗賊団
イアンなら大丈夫だろうと判断した、ロロット、キキョウ、ネリーミアは、三人で金の斧を取り返すのを目標に高原を目指した。
イアンが連れ去った後、彼女達の前にヤコイア族が現れることはなく、彼女達は順調に荒野を進むことができた。
彼女達は荒野を抜け、高原へと続くなだらかな坂にいた。
そこは、木や岩等がまばらにあるだけで、一面に青々と茂った草が広がっていた。
そこを歩いていた三人の中の一人であるキキョウが空を見上げる。
「そろそろ野宿の準備をしたほうがよさそうね」
空は、夕日によって赤く染まっていた。
「そうだね……でも、ここは少し見晴らしが良すぎるかな」
ネリーミアが周りを見回しながら言った。
遮蔽物が無いため、魔物や賊の警戒を全方位にしなければならなかった。
「焚き火をやっとけばいいんじゃない? 」
ロロットが頭の後ろで腕を組んだまま言った。
「魔物は追い払えるでしょうけど、賊は追い払えないわ。というか、心配しなくてもいいのよ」
「……ああ、キキョウの耳があったね」
ロロットは、手のひらをポンと叩いた。
キキョウには、気配を感じ取ることができ、その気配を発する者の位置、体の大きさ等を把握することができる。
彼女がいれば、夜の暗闇に目を凝らし、どこから来るかわからない敵に怯える必要は無かった。
「それだとキキョウは、一晩寝ずに過ごすことになっちゃうよ? 」
ネリーミアが、心配そうな目でキキョウを見る。
そんなネリーミアをよそに、キキョウは地面に腰を下ろした。
「大丈夫よ、一晩くらい寝なくても」
「こいつが大丈夫って言ってんだし、心配することないって。早く、パン食べよ」
ロロットも腰を下ろし、二人は持ってきたパンに口を付け始めた。
「そう…ならいいのかな? 」
ネリーミアは、いまいち納得してないまま、ひとまずパンを食べるのだった。
夜になり三人は就寝の準備をしたが、キキョウだけは日が昇るまで横になることはなかった。
その晩に彼女達の元に、魔物や賊が現れることは無かった。
太陽が昇り、次の日の朝を迎えた。
日の光を肌で感じ、ネリーミアは目を覚ました。
体を起こし、周りを見回す。
傍らでロロットが丸くなって寝ており、キキョウは本を読んでいた。
「ずっと、読んでいたのかい」
「ん? 起きたのね、ネリィ。そうよ、明かりが無くて少々骨が折れたわ」
「目が悪くなっちゃうよ…」
ネリーミアは、呆れた声を出した。
「さてと、先に進みましょうか。朝よ、起きなさい」
キキョウは本を閉じ、それをしまうと、扇でロロットの顔を叩いた。
「うむぅ…へ? もう朝? 」
ロロットは、目を擦りながら体を起こした。
「シャキっとなさい。まだ高原に辿りついていないわよ」
「言われなくても! 」
ロロットは、クルッと体を回転させて、地面に立った。
「みんな、準備はいいね? 」
ネリーミアが二人を見る。
「いいわよ」
「うん! 」
「じゃあ、行こうか」
三人は高原を目指し、再び足を進めた。
何事もなく、三人は坂を上っていく。
魔物も賊も現れず、順調に進んでいた。
「……止まりなさい」
しかし、それもここまでの話であった。
キキョウが敵を感知したのだと判断し、ロロットとネリーミアはそれぞれの武器を取り出した。
その間、キキョウは目を閉じて、気配感知に集中している。
「三人の獣人がこちら向かってくるわ 」
目を開けたキキョウが二人に顔を向ける。
武器を構えたロロットの口が開く。
「獣人か…どうする? 迎え撃つ? 」
大刀を縦に持ち、石突きを地面に下ろす。
「できれば僕は戦いたくないかな」
「そうも言ってられないわ。見なさい」
キキョウは、前方を指さした。
高原の方から三人の獣人が走ってキキョウ達に向かってくる。
「「「とうっ」」」
ある程度近づいて来たところで三人は跳躍した。
「近づけば、鼻をつく…激臭のコスカリク」
跳躍した三人の一人が、キキョウ達から見て左側に着地した。
コスカリクと名乗った少女の髪は短く、黒い髪の一部に白い髪があり、尻尾の毛も同じようになっていた。
服装は、動きやすそうな冒険者服を着ており、両手にナイフを持っている。
頭の上部にある耳を、ピコピコと動かしながら腰を低くし、尻尾を上に上げた構えを取っていた。
「近づけば、耳をつんざく…爆音のライヤ」
右側に着地した獣人が名乗りを上げる。
ライヤと名乗った少女は長髪で、色は赤茶色であった。
二本の尻尾から、白い毛がレース状に伸びていた。
服装は、コスカリクと同じ服を着ているが、持っている武器は異なり、鉤爪状の刃を持った槍を手にしていた。
二本の尻尾をブルブルと震わせながら、コウカリクと同じ尻尾を強調した構えをしている、
「近づけば、目がくらむ…眩耀のフェンディ」
コスカリクとライヤの間に着地した少女が、満を持して名乗りを上げた。
フェンディと名乗ったの髪は、長髪を二つに束ね、頭の左右両側に垂れ下がっていた。
丸く大きな耳が頭の上部にあり、尻尾には毛が生えていなかった。
服装は他の二人と同じで、二本のブロードソードを右左それぞれの手に持っていた。
その二本のブロードソードは、賊が持つような無造作な剣ではなく、騎士団がもつようなしっかりしたものであった。
両隣の二人とは違い、直立した姿勢でブロードソードを胸の位置で交差させていた。
「「「三人合わせて、妖艶なる盗賊団!! 」」」
三人は声を合わせて、言い放った。
「「「……」」」
キキョウ達は呆気に取られ、目を白黒させていた。
賊達は自分達を妖艶と言ったが、彼女達は、どう見てもネリーミアと同い年か一つ上の年齢であるため、そんなに妖艶ではなかった。
「…決まった」
「ライヤ、跳躍のタイミングが完璧だったぞ! 」
「ありがとうねぇ、コスカリク。君の尻尾の角度も良かったよ」
賊は感極まっていたり、互いに讃え合っていた。
パチパチパチ!
「あなた達、とても良かったわ」
キキョウが拍手をしながら、フェンディに近づいていく。
ロロットとネリーミアは、突然のキキョウの行動に驚いたが、キキョウの尻尾の規則的に動いていることで、彼女の思惑を悟った。
「ちぇ、戦わないのか……」
「しーっ…声を出しちゃダメ。バレちゃうよ」
キキョウは賊達を褒め讃え、この場を戦わずしてやり過ごすつもりなのだ。
ロロットとネリーミアは、ニコニコと賊達に微笑みながらキキョウの後ろについて行く。
「ありがとう! 練習した甲斐があったよ」
フェンディは、キキョウにお辞儀をした。
他の二人もフェンディに合わせてお辞儀をする。
「本当に素敵だったわ。じゃあ、私たちは急いでいるからこの辺で…」
「うん! バイバーイ! 」
キキョウ達は、賊達の脇を通り過ぎた。
「って、待てええええ!! 」
キキョウ達の後ろから、賊の大声が聞こえた。
「うんうん、そうこなくちゃね! 」
「ちっ! アホが気づいたか」
「うーん…予想通りかな」
キキョウ達は、それぞれの武器を構える。
「あたし達が華麗な名乗りを何のためにやったのか考えろ! 」
フェンディは声を荒らげて訴える。
「見せたかっただけじゃないの? 」
ロロットが平然と言う。
「違う! それもあるけどそこじゃない! 今から、お前達に襲いかかるってこと! 」
フェンディが地団駄を踏む。
そして、フェンディは片方の剣の切っ先をキキョウ達に向けた。
「あたし達に出会ったのが運の尽き、コテンパンにして身ぐるみを剥いでやるわ! 覚悟しなさい!」
その声が合図となり、コスカリクとライヤが駆け出した。
キィン!
「お前の相手は、このコスカリクだ! 」
「はぁ…結局くなるのかぁ…」
コスカリクのナイフとネリーミアのブロードソードがぶつかり合う。
「風刃! 」
キキョウは扇を横に振り、風の刃をライヤに放った。
「へぇ、魔法かい」
ライヤは跳躍して、風刃を躱すとキキョウ目掛けて鉤爪状の槍を振り下ろす。
それをキキョウは、後ろに跳躍して躱した。
「他にも色々あるわよ」
「へぇ、楽しみだねぇ」
ライヤは、鉤爪状の槍を振り上げ、キキョウへ向かっていく。
「やああああ!! 」
ドォン!
ロロットが振り下ろした大刀により、地面が粉々になる。
「うっひゃあ! なんて馬鹿力! まともに受けられないなぁ」
大刀を躱したフェンディが、その破壊力を目の当たりにし、目を丸くさせた。
その後、ロロットが大刀を振り回すが、フェンディに当たることはなかった。
「くそっ! すばしっこい…」
「当ったらないよーだ! それっ、隙あり! 」
大刀を躱しながらロロットに接近したフェンディは、ロロットに向けて剣を横へ振るう。
ガッ!
ロロットは、大刀を巧みに振り回し、フェンディの剣を大刀の柄で受け止めた。
「な、なかなかやるじゃない」
フェンディは、剣を受け止められ、驚愕の表情を浮かべる。
「ずっと戦ってきたんだ。腕には自信がある! 」
ロロットは、大刀を持った両手に力を入れ、フェンディの剣を押し返そうとする。
「ぐぐぐ…本当に力が強いのね」
ドオオオオオオオオン!!
その時、雷鳴のような耳をつんざく音が聞こえた。
ロロットが、キキョウの方を見ると――
「……あ…」
目を見開いたまま、立ち尽くすキキョウの姿が見えた。
キキョウにライヤが迫る。
「ああっ! 避け――」
ドカッ!
ロロットの声は間に合わず、キキョウは何もしないまま、ライヤの鉤爪状の槍に吹き飛ばされ、地面に転がった。
「くっ……さ…うっ、オエエエエッ!! 」
「…!? 」
ビチャビチャと液体が跳ねる音が聞こえ、ロロットはネリーミアの方を見た。
そこには、蹲るネリーミアがいた。
地面には彼女の吐瀉物が広がっていく。
「ふん! 不用意に私の背後に立つからだ」
コスカリクは、ネリーミアに体を向けると、ネリーミアの頭を思い切り蹴飛ばした。
「ははっ! お前の仲間はみんなあれをやられたみたいね」
フェンディは状況を察しているのか、ロロットに顔を向けたまま笑った。
「…うおお! 」
ロロットは、更に力を込め、フェンディを押しつぶそうとする。
「…ぐうう! いい目をするね! そういう目にはこうだ! 」
フェンディの目がキラッと光る。
「……!? 」
フェンディの顔を見ていたロロットの視界が真っ白に染まった。
ロロットが思わず仰け反ってしまい、フェンディが競り合いから逃れてしまった。
真っ白に染まった視界は、段々と暗くなっていく。
「……!? ……!? 」
キョロキョロと辺りを見回すが、どこを見ても真っ黒であった。
「誰を探してるの? あたしはここだよ! 」
ロロットは、声のした方に顔を向けると、顔面に強烈な衝撃を受け、地面をゴロゴロと転がっていく。
「うああ…」
地面に倒れふしたロロットがうめき声を上げる。
今もなお視界は黒いまま、フェンディの声だけが聞こえた。
「これがあたし達の戦いかた。五感の一つでも潰してしまえば、どんなに強いやつだって大したことないのよ」




