七十九話 ヤコイア村防衛戦
イアンとグエリモは馬に乗り、村の外へ出た。
数分馬を走らせた所で、イアンは馬から降りた。
「グエリモ、何か見えないか? 」
イアンは、馬上で目を凝らしているグエリモに声を掛けた。
「ああ、見えるぞ。馬が三頭、それぞれ一人ずつ馬に人が乗っている。他いも地面を走る人の姿が見えるぞ」
「そうか」
イアンは、グエリモに感心しながら、言葉を返した。
イアンの視界には、奥で小さな砂煙が舞っているだけで、人の姿を識別できなかった。
グエリモは、腰にあった小さい斧のような武器を取り出した。
「それは? 」
イアンは、その斧がどのような武器であるか気になっていた。
「これか。俺達はホークと呼んでいる」
グエリモは、ホークをイアンの方に向けた。
「どう使っているのだ? 」
「これで敵を殴りつけたりしている…他の使い方もできるが、今それを見せよう」
グエリモは、イアンに前を向くよう、顎を振って促した。
それに従いイアンは前方に顔を向けると、馬に乗る賊が近くまで来ていた。
イアンは、ホルダーから戦斧を取り出し、戦闘の準備を行う。
「俺が前に出る。イアンは、俺が取り逃がした奴らを頼む」
「わかった」
グエリモは、イアンが返事をしたのを確認すると、馬を賊の大群に向かって走らせた。
まだ距離が離れているにも関わらず、グエリモはホークを振り上げた。
「うああああ! 」
大声を上げた後、振り上げた腕を横薙ぎに振るった。
すると、持っていた斧がグエリモの手から放たれ、横に回転しながら、横へ飛んでいった。
「……なっ!? グエリモ、下がれ! 」
イアンは、誰もいない方に飛んでいってしまった斧を見て、グエリモが失敗したのだと判断した。
しかし、ホークは大きく円を描くような軌道で、賊の方へ進行方向を変えた。
「ぐあ―!? 」
「はえ―!? 」
「ぎゃあ―!? 」
ホークは。横に並んだ三頭の馬に乗る賊を次々と切り裂いてゆき――
パシッ!
先程と同じような軌道を描いて、斧はグエリモの手元に戻ってきた。
グエリモは、そのまま賊の大群に突っ込んでいく。
「……投げた斧が戻ってきた」
イアンはその光景に目を奪われ、立ち尽くしていた。
投げた武器が、手元に戻ってきたのが衝撃的だったからだ。
「イアン、すまん! 数人取り逃がした! 」
グエリモの声で、戦いの最中であったことを思い出したイアンは、頭を振り余計な思考を振り払う。
イアンの方へ向かってくる賊の数は四人であった。
「グエリモのように、投擲はできないが、オレにはこれがある」
イアンは、腰のホルダーへ左手を伸ばし、鎖斧を取り出した。
ジャララララ…
鎖斧を投げ、ボックスに格納されていた鎖を勢いよく伸ばす。
そして、左手で鎖を掴み、鎖斧を横薙ぎに振るった。
「「「「ぐああ―!! 」」」」
鎖斧は、賊をまとめてなぎ払った。
「…しばらくは、こいつで充分だな」
イアンが言った通り、前方でグエリモが賊を蹴散らし、そこから逃れてきた賊達をイアンの鎖斧でなぎ払うことが続いた。
賊の数も順調に減っていき、もうしばらく経てば、賊達を全滅出来そうな勢いである。
しかし、その勢いは落ちていくのだった。
「……むぅ」
イアンは、こちらに向かってくる賊の数が増えていくことに気がついた。
「ぎゃああああ!! 」
鎖斧を振り回し、賊をなぎ倒しながら、後ろに跳躍して距離をとる。
自分の方にやってきた賊を蹴散らした後、グエリモの方へ目を向ける。
馬上のグエリモの振るうホークに剣でぶつかり合っている賊がいた。
その賊は、周りの者と比べて一回り大きく、その中のリーダーなのか頭に緑色の帯を巻いていた。
「くそっ、邪魔しやがって! もうすぐでヤコイア族の村に着くのによォ!」
賊のリーダーは、吐き捨てるように言った。
「そうはさせん! 賊どもめ、我々の村に何の目的がある? 」
グエリモは、賊の剣を払いながら言った。
「この島で幅を利かせるには、てめぇら部族は邪魔なのさ! 村を襲って女子供をぶち殺せば、てめぇらに未来は無いだろ? 」
「なんて、卑劣な! 」
グエリモはホークを強く握りしめた。
その様子を見て、賊のリーダーはニヤリと怪しく笑う。
「へっ! その顔が絶望に変わるときが楽しみだぜ! おいっ! あいつはまだか! 」
「ここだーっ! うおおおお!! 」
賊のリーダーの呼びかけに、大男が両手に持った二本の鞭を振り回しながら走ってきた。
「遅いぞ! 早くこいつらをなんとかしねぇと、ガキ共がひどい目に遭うぞ!! 」
「うおおおお!! 許せえええん!! 」
大男はムチを振り回しながら、賊のリーダーとグエリモへ突っ込んでいった。
「くっ…!? 」
「うおお!? 危ねぇじゃねぇか! 俺の方に突っ込むんじゃねぇ! 」
グエリモと賊のリーダーは大男を避けた。
その時に、賊のリーダーは大男に対して文句を言った。
「どいつだ! か弱き少女に卑劣な行いをする部族は!! 」
大男は顔を真っ赤にしながら、血走った目をギョロギョロと動かす。
「お…この部族野郎の後ろにいる青い奴を何とかしろ! 」
その大男の形相に怯みながらも、賊のリーダーが指示を飛ばす。
大男は言われた通り、イアンに体を向け、両手に持った鞭を振り回しながら突撃する。
イアンは、向かってくる大男に備え、戦斧を構える。
「うおおおおううううあっ!? 」
雄叫びを上げながら突進していた大男が、顔を驚愕の色に染め、その足を止めた。
「……? 」
何事かと訝しむイアン。
「……お、おおお…」
大男は全身を震わせながらイアンに近づいていく。
「あ、あなたは草摘みの君……何故ここに? 」
「草摘みの君? 」
謎の言葉が出てきたため、イアンは首を傾げた。
大男は、懐から一枚の紙を取り出すと、それをイアンに渡した。
「……これは! 」
イアンはその紙を見て、目を丸くした。
その紙に描かれているのは、薬草を摘んでいる最中のイアンの姿だった。
ただでさえ女に間違われる容姿であるのに、更に女性のように書き加えられていた。
柄の淵に、[草摘みの君 No4]と記載されている。
「おい、これをどこで手に入れた」
「島の店屋で見かけました! それ以来、あなたのファンです! 」
「なんてことだ…」
イアンは、額に手を当てて嘆いた。
自分の姿の絵が売られていることが驚きであった。
「誰がこんなことを! 」
グシャ!
「あああああああ!! 」
イアンは、自分の姿が描かれた紙を握り潰して投げ捨てた。
それを見て、大男が絶叫した。
「うるさい……そういえば、少女がどうしたとか喚いていたな。なんなのだ? 」
「あ、そうなんだよ! この荒野の部族共は少女を連れ去っては、ひどいことをするらしく……とにかくひどい奴らなんだよ! 」
大男は、クシャクシャになった紙を必死に伸ばしながら言った。
「ふむ……グエリモ」
「……なんだ? 何かあったか? 」
イアンは、賊のリーダーと武器をぶつけ合うグエリモに声を掛けた。
「おまえ達は、少女を誘拐しているのか? 」
「そんなわけないだろう…わけのわからんことを行っていないで早くそいつを倒せ」
グエリモの口から、呆れたような声が出た。
「そうか…そういうわけだ。というか、あいつらが村に辿りつけば、村の子供がひどい目に遭うのだが」
「んああああ!! 騙されていたかああああ!! 許せええええん!! 」
大男は頭を抱えて叫びだした。
その後、グエリモと賊のリーダーの元へ駆け出し――
「うおおおお」
ピシッ!
剣を持つ賊のリーダーの手に鞭を叩きつけた。
「いでえ!? 何しやが――」
「うるさああああい!! 」
ピシッ! バシッ! ビシッ! ビシッ!
大男は、二本の鞭を交互に動かし、連続で賊のリーダーを叩きつけだした。
賊のリーダーは為すすべもなく、叩きつけられていく。
「くっ…なんだこいつ!? 」
いきなり味方に攻撃した大男に戸惑うグエリモ。
そこへイアンがやって来た。
「こいつは賊に騙されていたようだ。もうオレ達の味方になったから、攻撃してはいけない」
「あ、ああ、わかった。ここはあいつに任せて、他の賊達を倒すとしよう」
賊のリーダーは大男に任せて、イアンとグエリモの二人は、他の賊の元へ向かっていった。
大男が賊のリーダーを倒したことで、残った賊達の中に強い者はおらず、村に迫る賊はいなくなった。
「はぁ…はぁ…これで少女達は守られたか? 」
「ああ…そうだな」
グエリモが、地面に仰向けになる大男に答えた。
「そう…か……よかっ…た…」
大男は安心したのか、ゆっくりと瞼を閉じていった。
「なんだこいつ」
グエリモは、大男を謎の生物を見るような目で見下ろす。
「……お! グエリモ、あれはおまえ達の村の戦士達ではないか? 」
イアンが、視界の奥に映る小さな砂塵を指さした。
「……そうだ。全員の姿が見える。あっちも無事に終わったみたいだな」
「では、ここはもういいか」
イアンは、戦斧をホルダーに戻し、グエリモに体を向けた。
「あまり長居をするわけにはいかない。このまま、高原を目指すとする」
「……一晩くらい休んでもいいんじゃないか? 」
グエリモの表情が少し暗くなる。
イアンは、グエリモに首を振って答えた。
「そうか……イアン、空を見上げろ」
イアンは、グエリモの言うとおりに空を見上げた。
イアンの目に映ったのは、夕日の赤で染め上げられた空であった。
「おまえが空を見上げた時、俺も空を見上げているだろう。その時、またこの空を見ることができる」
グエリモも空を見上げていた。
「…ああ。しかし、綺麗だな。こんなに綺麗な空を見られるのなら、ずっと見上げていようかな」
「はははは! 首が疲れてしまうだろう」
グエリモが言葉を発した後、二人は黙り、ただ空を見つめていた。
しばらくした後、イアンが口が開かれる。
「では、そろそろ行く……こいつも連れて行くか…」
イアンは、大男の襟を掴んだ。
「またな、友よ。旅の道中の無事を祈る」
「ああ。グエリモも元気でな」
イアンは、グエリモに別れの挨拶をすると、大男を引きずりながら、高原を目指して歩き始めた。
「グエリモは友……では、あいつらは…」
イアンは歩きながら、先へ進んでいったであろう少女達について考えていた。
「……まぁいい。そんなことより、あいつらは上手くやっているだろうか」
イアンは、彼女達との関係について考えるのをやめた。
その代わり、彼女達の心配をしていた。
現状の彼女達を見る限り、問題が起こりえるのは確実であると、イアンは思っているからだ。
次回は、先に高原を目指して進んだロロット達の話。




