七話 あなたが落とした斧は
―ポチャン――
「はぁ…」
木を切り倒すため、斧を振り続けていたら、手が滑って斧を泉に落としてしまった。
最近、何か大事なことを忘れている気がしてぼうっとする。
オレは気持ちを切り替えるため、頭を振る。
そして、斧の行方を探そうと、泉に目を向けるが、もうどこに落としたかわからない。
仕方がない。新しい斧を取りに行くか。
そう思っていると突然、泉が光りだした。
「あなたが落とした斧は、この銀の斧ですか? 」
泉から光に包まれた綺麗な女性が現れ、銀色の斧を手に持って聞いてくる。
おお…。この泉にも精霊様がいたのか。
しかし、精霊様の持つ斧は、オレの落とした斧ではない。
「違います」
「ではこちらの斧ですか? 」
精霊様が違う斧を見せてくる。
今度は、木を切り倒すのに使われる伐採斧だ。
「それです。その斧です」
精霊様から斧を受け取る。
ん? しっくりこない。
別の誰かが使っていた斧のようだ。
「すみません。オレの斧ではありません」
「あなたが落とした斧は、どんな斧ですか? 」
精霊様の手には何もない。
「オレが落とした斧は…」
あれ? オレは何の斧を使っていたんだ?
木を切っていたから伐採斧だよな?
そう思い、さっき切っていた木に見ようとすると。
木はどこにもなかった。
それどころか辺りを見回すと、周りは地平線が広がる大草原になっていて、目の前に泉があるだけだった。
オレは何をしていたんだ。
うっ。思い出そうとすると頭に激痛が走る。
痛みを感じた瞬間、何かが見えた。
誰かがオレに向かって何か言っていた。
「ぐうぅぅ…」
その人の言葉を聞き取ろうとすると再び頭に激痛が走る。
もう少しで分かる気がする。
「ぐうぅあああああああ! 」
尋常じゃない痛みが頭はおろか全身に走る。
もう少しで分かる。
もう少し―
もう少し――――――
痛みが無くなると、オレはどこかの部屋にいた。
目の前には男が立っていた。
顔には靄がかかっているようで、その男がどんな顔をしているかわからない。
男は片膝をつき、オレの頭を撫でながら喋りかけてきた。
『ちと野暮用でな、しばらく旅に出る』
オレは男の言葉に黙って耳を傾ける。
『お前のためでもあるのだぞ。じゃ、そろそろいくか』
男は立ち上がり、腰に下げた一丁の斧を机に置き、背を向ける。
『ああ、そうだ。忠告というか警告がある』
男は振り返る。今度は、はっきりと顔が見える。
そうだ、この人はオレの父さんだ。
アデルは、腰に下げたもう一丁の斧を肩に担ぎ、苦い思い出を思い出したような顔をして言った。
『泉に斧を落とすなよ。ロクなことがない』
その言葉をきっかけにオレの脳裏に、父が去った後の出来事が駆け巡っていった。
そしてあたりが光に包まれると目の前に泉があり、精霊様が佇んでいた。
「あなたが、落とした斧は、どんな斧ですか? 」
精霊様が微笑みながら聞いてくる。
すべてを思い出したオレは、力が及ばず死んでしまった悔しさと、温かさと懐かしさを感じさせる精霊様の微笑みで、胸が一杯になる。
溢れ出す涙を拭いながらオレは言った。
「オレが…落としたのは、戦斧です…。父がオレに残した…大切な斧です! 」
「よく言えましたね」
精霊様はオレを抱きしめて、頭を撫でてくる。
しばらくそうした後、精霊様はオレを離し、見据えてくる。
「でもその斧は私の力ではどうすることもできません。あなたが自分の力で取りに行くのです」
泉の水面に、グリン森林の光景が映る。
そこには、魔物と横たわるイアンの姿があった。
「死んだオレには何もできません」
「いいえ、あなたはまだ死んでません」
「じゃあ、まだ…」
――戦いは終わってない。
精霊様の手が光り、そこに銀の斧が現れる。
最初に精霊様が持っていた斧であった。
「今の私には、これぐらいのことしかできません」
精霊様の出した銀の斧を手に取る。
見た目の割に軽かった。
「その斧は私の力で作りました。強力な力を持っています。あなたの役に立つでしょう」
精霊様はオレに泉に入るよう促す。
斧から力が流れてくるのを感じ、意を決して泉に飛び込む。
泉の中でもがいていると、精霊様の声が聞こえた。
「世界に良くないことが起こり始めています。黄金の斧を捜しなさい。その斧はあなたにさらなる力をもたらすでしょう」
9月20日―誤字修正――木を切り倒すもに使われる伐採斧だ。→木を切り倒すのに使われる伐採斧だ。