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七十八話 友よ

バトヘイト荒野を巻き上げながら、一頭の馬が疾走する。

イアンは、遠ざかるタロサ高原を見つめながら、馬の手綱を握るグエリモの背中にしがみついていた。


「おまえ、名前は? 」


グエリモが、進行方向に顔を向けたまま、イアンに訪ねてきた。

「イアンだ…一応言っておくが、オレは男だ」


「知っている」


グエリモが間を置かずに答えた。


「持ち上げた時に気づいた」


「……そうか」


イアンが眉をひそめた。

グエリモは、持ち上げるまでイアンを女だと思っていた。

彼は、声色からイアンが落ち込んでいると察し、申し訳なさそうな顔をイアンに向けた。


「むぅ…気にしていたか。すまない」


「いや、いい。慣れている」


「イアンは姿もそうだが……雰囲気というのか? 女という感じがする」


グエリモは上手く言えないのか、曖昧な言い回しであった。


「雰囲気? どうすれば、男らしくなるのだろうか? 」


「考えたこともないな…むむ…」


イアンとグエリモは、二人して頭を悩ませた。

しばらく唸っていると、思い出したかのように、イアンの口が開かれる。


「あ! あいつらを置いてきてしまった」


「あいつら? ああ、近くにいた奴らか……そいつらがどうかしたのか? 」


グエリモが、キョトンとした顔をイアンに向けた。

思いがけない反応が返ってきたため、イアンは呆気にとられ、しばし口を開いたままになった。


「……あ、あいつらはオレの連れだ」


ようやく、口を動かせるようになったイアンが答えた。


「連れ……仲間だったのか? 」


「一緒にいたのを見ただろう」


「ああ、いたな。しかし、人間はお前だけだったぞ」


「は?」


イアンはグエリモの言っていることが分からなかった。

しかし、彼が発した次の言葉で、イアンは彼の考えを理解することになる。


「逆に聞こう…何故、違う者同士で一緒にいたのだ? 」


彼は、イアンが違う種族と共にいた事に疑問を持っていた。

それは彼が、同じ人種、同じ土地で生まれた者達の集まりで成される、部族という括りで育ってきたため、異なった人種の集まりであったイアン達を集団と認識出来なかった。

そのため、気に入ったイアンだけを連れ、部外者と判断したロロット達を置いていったのである。


「一緒にいる理由……」


イアンはグエリモに問われ、改めて彼女達との関係について考える。

共に旅をする関係といえば、仲間という言葉が思い浮かぶが、イアンにはしっくりこなかった。

二人を乗せた馬は荒野を走る。

結局、イアンが答えることは無かった。






グエリモに連れられ、イアンは彼の村に着いた。


「着いたぞ、友よ。ここが俺の村だ」


「……」


グエリモが馬から降りた後、イアンも馬を降り、周りを見回す。

グエリモが村と呼ぶ一帯には、布をピンと張った物があちこちにあった。

よく見ると、一部分に布の無いところがあり、中に人が数人入れる空間があったため、それがこの村の家なのだと思った。

イアンは、村を歩く人に目を向ける。

村の人々の外見は、グエリモのように露出の多い格好をしていた。


「はて…」


ふと、イアンは疑問に思った。

村を見回したが、グエリモのような男の姿が見えず、目に映るのは女子供ばかりであった。


「ついてこい、イアン」


首を傾げるイアンに構わず。イアンの数歩先でグエリモを手招きしていた。


「ああ」


イアンは頭に浮かんだ疑問を振り払い、グエリモの後をついていくことにした。




 グエリモの後を歩いていたイアンは、この村の中で一番大きいであろう家に辿り着いた。

入口の部分には、鮮やかな模様が描かれた布の膜があり、中を見ることはできなかった。


「村長、グエリモだ! 客人を連れてきた! 」


グエリモが、鮮やかな布の幕に向かって声を出した。


「……入れ」


数秒ほど間が空いた後、厳格な雰囲気の声が返ってきた。


「入るぞ、イアン」


グエリモはそう言うと、幕をかき分けて中に入っていった。

イアンも彼に続いて、中に入った。

家の中は、中央に置いてある松明の明かりによって照らされていた。

床には、広い面積の布が敷かれ、家の奥に魔物の頭蓋骨を用いた装飾が施されていた。

その装飾の下に、腰を下ろす人物が目に入る。

その人物の頭には、派手な装飾の付いた被り物をしている老人であった。


「帰ったか、グエリモ」


「はい。斧を持つ者に出会ったので連れてきた」


グエリモは片手を広げ、村長の視線がイアンの方に向くよう促した。


「……」


村長は、ゆっくりと首を動かし、イアンの顔を見た。

村長の目は外見に見合わず、グエリモよりも力強い眼差しをしている。


「…………」


村長の視線を受け、かつてイアンが戦ってきた強敵達と対峙した時のように緊張していた。


「ふっ……」


村長とイアンが見つめ合い、しばらく続いた沈黙は、村長の吹き出された笑いによって破られた。


「その武器を持つ者は皆、お前のような目をしているのか…」


「…………」


イアンは、言葉を返そうと口を開きかけ、何も言わず口を閉じた。

村長の視線は、イアンに向いていなかったからである。


「グエリモ…この者を手厚く歓迎してやるがよい」


「ああ、もちろんだ! 行こう、イアン。飯を食いに行こう! 」


「おっとっと…」


グエリモは、イアンの腕を掴むとグイグイ引っ張りながら、村長の家を後にした。



 その後、イアンはグエリモに連れられ、彼も家に連れて行かれた。


「できたぞ、食え」


「ああ…すまんな」


彼の家の傍で、グエリモが肉を焼いており、焼きあがった肉をイアンが頬張ってた。


「…うまい」


グエリモの焼いた肉は、今までイアンが食してきた肉の中でトップクラスの美味しさであった。


「そうか! もっと食え! 」


イアンの賛辞を受け、グエリモの表情は更に明るくなる。


「聞きたいことがあるのだが」


イアンは、肉を頬張りながらグエリモに声を掛けた。

先程、振り払った疑問を聞くつもりだ。


「この村には、若い男はおまえしかいないのか? 」


「他の戦士は、荒野を走り回っている」


肉を焼きながら、グエリモが答えた。


「村の男全員でか? 」


「ああ、荒野の近くウロウロしている者がいるらしい」


「気にするほどのことか? 」


「気にする。その者共は頻繁に、荒野の近くに訪れるのだ」


グエリモの顔が険しくなった。

彼等は、荒野と草原の境目に現れる者に対して、敵意を抱いていた。


「そんな状態の中に、オレ達は荒野に入ってしまったのか…」


イアンは、神妙な顔つきのまま呟いた。

自分達もグエリモに襲われる可能性があったからだ。


「イアンは大丈夫だ。他の戦士が見つけていても村に連れてきている」


グエリモが先程のように、表情が明るくなった。

しかし、イアンは神妙な面持ちのままであった。


「この村は、斧に対して何かあるのか? 」


イアンは疑問を口にした。

グエリモは、出会った当初からイアンを友と呼び、村長は待遇を良くするよう言った。

それは、イアンが斧を持っているからであるが、それだけなのである。

ここまで良くされるほどのことでは無いはずなのだ。


「昔、斧を持った少年がこの村に来て、村の者達では敵わなかった魔物を倒したそうだ」


グエリモが目を輝かせながら語る。


「その少年は、斧を持つ者に悪い奴はいないと言っていたらしい」


「……そいつの言うことを信じていたのか。実際はそうでもないだろ?」


グエリモは、首を横に振った。


「いや、そうでも――」


グエリモがイアンへ言葉を返そうとしたその時――


「ピィィィィ! 」


鳥の鳴き声が空から聞こえ、グエリモが口を止めて空を見上げた。


「あれは、草原の近くに向かった戦士の鷹だ」


グエリモはそう呟くと、砂を蹴って火を消し、鷹の飛んでいった方向へ駆け出した。


「イアンはそこにいろ! 戻ってきたらまた話そう!」


グエリモは、腰を上げたイアンに対して、声を上げた。

村を走り、グエリモは村長の家に駆け込んだ。


「村長! 戦士達に何かあったのか!? 」


村長は、布を両手に持ち、それを険しい表情で眺めていた。


「グエリモ…戦士達が草原の賊が戦闘になったようだ」


村長は、布を見つめたまま口を開いた。

グエリモは黙って、村長の声に耳を傾ける。


「奴らは、大勢の者と徒党を組み、戦士達に襲いかかってきた。そして、戦士達が戦っている隙に、賊の何組に荒野へ侵入されたぞ」


「なんだって!? 」


グエリモは、思わず声を上げて驚いた。


「……おまえは、村の皆を連れて……ぐぅ!? 」


「村長! 」


立ち上がろうとした村長が、前のめりに倒れ始めた。

グエリモは村長の傍に駆け寄り、村長の体を支えた。


「ぐ…わしは置いてゆけ。わしも戦士なのだ、足止めくらいにはなれる」


「無茶な…村長が村の皆を連れて行くんだ」


村長がグエリモに体を支えながらも立ち上がる。


「相手は多人数だ。一人では――」


「一人でなかったらいいか? 」


その時、家の入口から少年の声が響いた。


「イアン…俺の家にいろと言っただろう! 」


その少年、イアンにグエリモが叫ぶように声を出した。


「何かあったのだろう? オレにできることがあるなら手伝うぞ」


「客人のイアンには、何もすることはない」


キッパリと言い放ったグエリモは、イアンを追い出すために、家の入口へと足を進める。


「では、友人として出来ることはないか? 」


「……! 」


そのイアンの言葉に、グエリモは足を止めた。

そして、イアンの顔を真っ直ぐに見つめる。


「友人とはなんなのだろうな…」


「……」


イアンの呟きに、グエリモは顔を俯かせた。

少しの間、ふるふると体を震わせ後、グエリモは引き締まった顔をイアンに向けた。


「友よ、力を貸してくれ!」


「うむ」


イアンは、大きく頷いた。


「すまんな…旅の道中ではなかったのか? 」


村長は、イアンに向けて声を掛けた。


「なんとかなるだろう…それより、目の前のことだ。グエリモ、村の外で待ち構えた方がいいぞ」


「わかった! 村長、行って来る」


グエリモとイアンは、村長の家を後にした。

その後、村長はゆっくりとした足取りで家の外を出ると、空を見上げた。


「姿と口調は違うが、おまえにそっくりだな……アデルよ」


村長は傍にいる者に話しかけるように呟いた。

彼の傍にいる者は誰もいない。

よって、返事が返ってくることはなかった。

村長が見上げた空の色は、かつて年の離れた友と共に、見上げた空と同じ青い色をしていた。




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