七十七話 高原へ向かう道
タロサ高原を目指し、デバ草原を歩くイアン達。
何事も無く進むことが出来ると思いきや、数時間経ったあたりで賊と遭遇し、戦闘を行っていた。
「ふっ! 」
イアンが賊の一人に向けて、左手に持ったショートホークの背を振り下ろした。
ギィン!
賊は剣でショートホークを受けた。
「はっ! 」
イアンは、左手に持ったショートホークを賊の横っ腹目掛けて振り回した。
賊は避けることも受けることもできず、うつ伏せに倒れ込む。
「五人目…」
イアンは、賊が昏倒したのを確認すると、周りで戦っている三人の少女に目を向けた。
「やああああ! 」
ロロットは、大刀を振り回して、多くの賊を吹き飛ばしていた。
「雪砲…爆風 」
キキョウは、真似鏡像で撹乱しながら、雪で賊を固めたり、風で吹き飛ばしていた。
「やあ! たあ! 」
ネリーミアは、ブロードソードで賊の剣と打ち合っていた。
賊を圧倒しているが、ネリーミアの背後から迫る他の賊がいた。
イアンはその存在に気づくと、ネリーミアの元へ駆け出した。
「ふっ! 」
「ぐえっ!? 」
そして、ネリーミアの背中に刃が振り下ろされる前に、賊をショートホークで殴り飛ばした。
「ぎゃあ! 」
「…え…兄さん!? 」
ようやく賊を昏倒させたネリーミアが、後ろに立つイアンに気づいて驚きの声を出した。
「後ろに賊が迫っていたぞ。もう少し周りを見ろ」
「うぅ…ごめん。次から気をつけるよ…」
「ああ。だが、今はオレがおまえの背中を守ろう」
「ありがとう、兄さん」
イアンとネリーミアは背中を合わせ、それぞれの武器を構えた。
剣の切っ先を向けてくる賊達は、まだまだ残っている。
襲いかかる賊を倒し続けて、数十分経った。
「……もういないわ」
気配探知を行うキキョウが目を瞑り、大きな耳をピンと立てながら言った。
五十人ほどいた賊は、全て地面に蹲っていた。
「はぁ…ようやく先に進めるな」
イアンは、両手に持った二丁のショートホークをホルダーに仕舞った。
「こう何度も襲われてたら、日が暮れちゃうよ」
ロロットが、頭の後ろで腕を組む。
「そうだね。最悪、草原で野宿することになるかもね」
ネリーミアがタロサ高原のある方向に顔を向けた。
イアン達のいるところから、だいぶ離れた位置にあり、辿り着くにはまだまだ時間がかかりそうである。
「……荒野を進むか…」
イアンは、唐突に呟いた。
「いいの? バトヘイト荒野には強い部族がいるみたいだけれど」
キキョウが、デバ草原の東側に広がるバトヘイト荒野に閉じた扇を向けた。
「だからこそだ。その部族とやらのおかげで、賊共は荒野に近づかないのだろう? ならば、荒野のほうが進みやすいはずだ」
「それはそうだけど…僕達が部族と会ってしまったらどうするの? 」
「倒せばいいじゃない。強いって言われてるけど、あたし達も強いからなんとかなるでしょ」
ネリーミアの問いかけに、ロロットが答えた。
「はぁ…単純ね。兄様はどうするの? 」
「通るだけと言えば襲ってこないだろう。では、行くぞ」
イアンは、淡々とキキョウへ答えると、荒野に向けて歩き出した。
それにロロットも続く。
「ふぅ…部族が私達より強かったり、大人数で来られたらどうするの…」
「怪我をしたら僕が治すから大丈夫だよ! 」
ネリーミアが錫杖を片手に、キリリとした表情をキキョウに向けた。
「……お願い、あなたまで後先考えない人と同じ考え方にならないで…」
キキョウは、ネリーミアの両肩を掴み、神妙な顔で訴えた。
「ごめん、ごめん。怪我をしないようにしなくちゃね」
「頼むわよ…本当に」
手を合わせて謝ってくるネリーミアを、キキョウは恨めしそうに見るのであった。
バトヘイト荒野――
ミッヒル島の東部に広がる荒れ果てた大地。
デバ草原とタロサ高原が隣接しているにも関わらず、土と砂が地面に広がっている。
デバ草原よりも人の往来がなく、ミッヒル島の賊達ですら近づかない土地である。
イアン達は、この土地から高原を目指して歩いていた。
イアンの目論見通り、賊は全く現れず、旅は順調に進んでいた。
しかし、それはつかの間のことであった。
「……! 」
キキョウの耳がピクっと動いた。
「兄様…こちらに向かっている気配があるわ」
「…数は? 」
「…一人…速さから、馬に乗っているわね。私達に気づいているみたい。真っ直ぐこちらに向かってくるわ」
「ほう…多人数であるオレ達に一人で向かってくるか」
イアンは、ホルダーから戦斧を取り出した。
太陽の光に当たり、その刃をギラリと光らせる。
「えっ!? 兄さん、戦う気なの? 」
ネリーミアが驚愕しながら、戦斧を見つめる。
「ここは危険な所だ。別に武器を手に持っていてもおかしくあるまい」
「そうかなぁ? 」
ネリーミアは首を捻った。
そうしている間に、部族らしき者が近づいてきた。
馬に乗っていたのは、青年であった。
身なりは、腰に獣の毛皮を身につけているだけで、服のような物は着ていなかった。
がっしりと鍛えられた体は浅黒く、顔はくっきりとしていた。
長い髪を後ろで一つに束ね、馬の走りに合わせてゆらゆらと揺れている。
青年は、イアン達の近くに来ると、馬を減速させた。
「……」
足を止めた馬の上から、青年はイアンをじっと見ている。
「……ふむ」
イアンも青年の顔をじっと見つめる。
青年の顔はイアンにしか向かず、心なしか頬が赤くなっているように見えた。
「おまえ……斧を使うのか? 」
青年が唐突に口を開いた。
「……ああ、斧が一番使いやすいからな」
イアンは、青年の問いかけに戸惑いつつ答えた。
「そうか…」
青年はそう呟いた後、馬から降り、イアンの目の前にやって来る。
「……ん」
青年は、イアンに向けて右手を差し出した。
「…あ、ああ…」
イアンは、握手を求められていると思い、戦斧をホルダーに戻し、右手で差し出された青年の手を掴んだ。
「うむ! 」
青年は頷くと、イアンの脇を左手で掴んで持ち上げた。
「「「「!? 」」」」
イアンも含め、ロロット達もその動作に目を丸くする。
驚くイアン達に構わず、青年はそのままイアンを運び、馬に乗せた。
その後、自分も馬に乗り――
「危ないから、おれに掴まるといい」
とイアンに告げてきた。
「ん…あ、ああ」
イアンは言われるがまま、青年の背中に掴まる。
「はっ! 」
「ヒヒーン! 」
青年は手綱を引き、馬を走らせる。
青年とイアンの乗る馬は、青年がやってきた道を引き返すように走ってゆく。
「「「え…? 」」」
ロロット達は、何が起きたか分からず呆け――
「えええええええ!? アニキが連れ去られた! 」
「私としたことが……意味が分からなすぎて動けなかった…」
「に、兄さああああん!! 」
ようやく自体を飲み込めた彼女達は、慌てふためいたのであった。
「……で、オレをどこに連れて行く気だ? 」
バタバタするロロット達を眺めた後、振り向いていた顔を戻し、青年に訊ねた。
「おまえは斧を使う。悪い奴でもない」
青年はそう言った後、イアンに顔を向けた。
「おれの名はグエリモ。ヤコイア族の戦士だ。友よ、おまえをおれの村に案内する。歓迎しよう」
グエリモと名乗った青年は、笑みを浮かべながら言った。
「……そうか」
いまいち状況が分からないまま、イアンはとりあえず頷いておいた。
グエリモの腰には、イアンの持つショートホークのような武器があった。
イアンがグエリモに連れ去られた後、ロロット達はイアンを追うことなく立ち止まっていた。
「……もう私の気配を探れる距離の外に出てしまったわ……追うにもどこに行ったかわからないし、どうしましょうか…」
目を閉じていたキキョウは、気配探知を諦めた。
「追うにも馬には追いつけないし…むむむ」
ロロットが頭を抱える。
しかし、何も思いつかなかった。
「それにしても、兄さんは何で連れて行かれたのかな? あの人から敵意を感じなかったのも不思議だし……」
ネリーミアは、青年に対して感じていたことがあったようだった。
「敵意を感じない? そういえば…」
キキョウは青年の言葉を思い出す。
『おまえ……斧を使うのか? 』
青年は、イアンに斧を使うのかと聞いていた。
初対面の者に掛ける第一声にしては奇妙であった。
「斧……ロロット、あの男の身につけていた武器を覚えている? 」
「ええ? うーん……小さい武器? アニキのショートホークみたいな感じだったような……」
ロロットが、視線を上に向けながら答えた。
「兄様と同系統の武器……そう…もしかしたら、兄様は気に入られたのかもしれないわ」
「どういうこと? 」
ネリーミアがキキョウに訊ねる。
「はっきりとは言えないけれど、同じ武器を持っていた兄様を気に入って、自分の村にでも連れて行ったのでしょう」
「…そうかもしれないね。丁寧に兄さんを馬に乗せてたし、その可能性はあると思うよ」
ネリーミアは頷いた。
「でもあたし達は置いていかれた! 」
ロロットが頬を膨らます。
「斧を使わない私達は眼中に無いみたいね…」
「ははは…僕達も斧を使っていればよかったかな……これからどうしようか……」
ロロット達は考え込んだ。
イアンをどうやって見つけ出すかを考えているが、真っ直ぐ進んだと信じ、追いかけるということぐらいしか思いつかなかった。
「……あたし達だけで高原に進むっていうのはどう? 」
キキョウとネリーミアが考え込んでいる中、ロロットが口を開いた。
そして、ロロットが提案したものは、イアンを追いかける方法ではなかった。
「先に進むということ……この荒野を歩き回るよりは良さそうね」
「少し不安だけど、そのほうがいいかもね」
キキョウとネリーミアは、ロロットの提案に肯定的であった。
「二人共、賛成ってことだね。よぉーし、こうなったら金の斧も取り返そうよ! 」
二人に賛同されたことで自信が付いたのか、ロロットは意気込んでいた。
「相手は兄様を出し抜いたのよ? でも…そうね、私達だけで出来たら最高ね」
キキョウは、吊り上がる頬を隠すように扇を口元に寄せた。
「二人共、やる気だね。僕も力が沸いてきたよ」
ネリーミアも二人に負けじと両手の拳をギュッと握る。
彼女達は、一斉にタロサ高原に体を向け、そこを目指して歩き始めた。




