七十六話 鎚 対 斧
対峙していた二人が、ほぼ同じ地面を蹴って駆け出した。
一人は柄の長いハンマー、もう一方は戦斧を片手に持っている。
二人は、それぞれの武器を横に振り回した。
ガッ!
ハンマーと戦斧がぶつかり合う。
競り合いは程々に、互いの武器を弾き、次の攻撃を行う準備をする。
戦斧を持つイアンは足を踏み込み、急激に距離を詰める。
しかし、黒髪の青年はハンマーを槍のように突き出し、イアンの接近を妨げた。
そのまま、黒髪の青年が攻勢となり、イアンに向けてハンマーを振り回す。
ガッ! ゴッ! ドッ!
打ち付けるハンマーの一撃の一つ一つを、イアンは戦斧で弾いて防いだ。
「……おお…」
二人の戦いを、集まった町の人々と共に、ロロット達は見ていた。
「凄まじいわね…流石、力押しの武器同士の戦いね」
ハンマーを弾く戦斧を目にしながら、キキョウが呟いた。
「うん…僕なら五分も耐えられないかな」
ネリーミアがキキョウに言葉を返した。
この間にも、ハンマーと戦斧が幾度となくぶつかり合っている。
「彼等はいつ決着を着けるつもりなのかしらね」
三人の元へ、黒髪の青年の仲間であろう金色の髪の少女が近づいてきた。
「……どういう意味? 」
キキョウが、金色の髪の少女を横目に見ながら、言葉の真意を問う。
「見て気づかない? 二人共、武器を振り下していないわ」
三人は、二人の戦いを見る。
二人共、武器を横から振るっていた。
決して、振りかぶった後、武器を振り下ろす動作をすることはなかった。
「確かに! 」
「うん…でも、どうしてだろう? 」
ロロットが驚き、ネリーミアが疑問を口にする。
「武器を振りかぶった時と、振り切った時にできる隙が命取りになるからよ。だから、互いに必殺の一撃を出せないでいるの」
金色の少女が二人の戦いを見ながら言う。
その顔に、焦りの色など微塵もなかった。
「あの男には、この状況を打開する力があるのね? 」
キキョウは、平然とする金色の髪の少女の顔から黒髪の青年に秘策があると踏んだ。
「…ええ、力というより技と言った方が正しいか。この戦い、タクロウが負けることはないわ」
平然とした顔のまま金色の髪の少女が言い切った。
そして、少女の声が聞こえたのか牽制しあっていた二人の戦いに変化が訪れる。
「むっ!? 」
変化のきっかけは黒髪の青年であった。
彼は、ハンマーを振りかぶったのである。
イアンは、その隙を見逃さんとばかりに、黒髪の男に向かって跳躍した。
「…!? 」
跳躍するイアンの顔が青ざめた。
従来の斧やハンマーを振りかぶる体勢は、柄を肩に乗せるようにし、打撃部である先端が下に下がるものである。
しかし、黒髪の青年が構えるハンマーの先端は、上に向いていた。
「へっ! 今頃気づいたか! 」
黒髪の青年のハンマーがイアンの腹に向かっていく。
青年は、円を描くように下へ振り、地面をすくい上げるような勢いで振り上げた。
ガッ!
イアンは、辛うじて戦斧で防ぐも――
「おっ…らああああ!! 」
黒髪の青年の振り上げに耐え切れず、イアンは放物線を描いて飛んでゆく。
「ぐっ…変な振り方を……」
地面に着地したイアンは、屈んだ状態である。
「…!? 」
「楽しかったぜ! 」
目の前に影ができ、イアンが顔を上げると、ハンマーを振り下ろすために、振りかぶっている黒髪の青年がいた。
「ちっ! タクロウ、そこまでよ! 」
金色の髪の少女が駆け出す。
「アニキ! 」
「兄様! 」
「兄さん! 」
ロロット達は、イアンの窮地に悲鳴を上げた。
彼女等に構わず、ハンマーは振り下ろされる。
「くっ…! 」
走りながら手を伸ばす金色の髪の少女は、間に合わないと判断し、目を瞑りかけた。
しかし、閉じていく視界から驚くべき光景を目の当たりにし、目を見開いた。
イアンが、立ち上がったのだ。
そのうえ、戦斧を両手で持ち、ハンマーを受けるつもりなのか、戦斧を横に構えている。
「今更、おせええええ! 」
黒髪の青年が獰猛な笑みを浮かべながら叫ぶ。
「あ? 」
黒髪の青年の顔から、笑みが消える。
イアンは片足を前に出し、構えた戦斧を前方、つまり黒髪の青年側へ移動させた。
ガッ!
戦斧にハンマーが振り下ろされたが、戦斧に当たった部分は、ハンマーの柄の部分だった。
「うっ…おおおお! 」
イアンは、ハンマーに押し負けないよう必死に耐える。
すると、戦斧が当たった部分が支点となり、そこを中心にハンマーは前に向かって回転しだした。
黒髪の青年は、ハンマーに引っ張られるように――
ダンッ!
「がっは! 」
地面に投げ出され、背中を強打した。
イアンは、仰向けに倒れる黒髪の青年の首元に、戦斧をあてがう。
「オレのほうが強い…鎚や斧なんて関係無かっただろ? 」
「ちっ! ああ、お前のほうが強い。まさか、攻撃を利用されるとは思わなかったぜ」
イアンは、戦斧を黒髪の青年の首から離し、戦斧を左手に持ち替えて、右手を差し出した。
「へっ…! 」
黒髪の青年はイアンの手をとり、立ち上がる。
「オレは、イアンという。おまえは? 」
「俺は、タクロウ。親しい奴は、タクって呼ぶぜ」
二人は、握手をしながら自分の名を口にした。
「アニキが勝った…」
ロロットが呟いた。
「兄さん、どこか怪我をしてないかな? 」
ネリーミアがイアンを心配し、錫杖を取り出した。
「ふぅ…一時はどうなるかと思ったわ」
金色の髪の少女がため息をつく。
「兄様が勝ったわ…残念だったわね」
キキョウが、勝ち誇ったような顔を金色の髪の少女に向ける。
「ええ…そうね」
金色の髪の少女は悔しがることはなく、その返答は淡白であった。
その反応が思ったものと違ったため、キキョウはつまらなそうな顔をする。
「負けないって言い切ったのに…」
「ええ、負けてしまったわ…でも、鎚だけがタクロウの武器ではないわ」
金色の髪の少女はそう言うと、踵を返して、どこかへ立ち去ってしまった。
――夕方。
握手を交わした後、タクロウがイアンに訊ねる。
「俺と同じ髪の色をした人物を見かけたことはないか? 」
「いや…おまえが初めてだ。おまえは、誰かを探しているのか? 」
「ああ…そいつと決着をつけるためにここに来た」
イアンの問いに返答をした後、タクロウは顔を上げて空を見た。
タクロウの視線は空よりも先へ向いているように、イアンは見えた。
しばし空を見上げた後、タクロウがイアンに顔を向けた。
「お前はここに何をしに来たんだ? 」
「盗まれた物を取り返しに来た」
タクロウに返答をしたイアン。
「そうか、大変だな……じゃなくて! あー…言い方変えるわ。お前は何をしたい? 」
タクロウの問いにイアンは、答えを返そうと口を開いたが、そこから言葉が出てくることはなかった。
今のイアンがするべきだと思うことは、金の斧を手に入れることと、泉に沈んだ父の戦斧を取り出すことであった。
それを口に出そうとしたが、それらを達成した後のことが頭を過ぎり、イアンは言葉を失ったのである。
元々イアンがしたいことは無かったのだから。
タクロウは、そんなイアンを哀れみの目で見つめた後、口を開いた。
「ただ生きてるだけじゃつまらないぜ、イアン。じゃあな」
タクロウはイアンの肩をポンと叩き、この場を去っていった。
「……」
イアンは、タクロウが去っていった方へ振り向かず、ただ俯いていた。
そんなイアンをロロット達は、何と声を掛けていいか分からず、同じように顔を俯かせた。
「……いや、いい。終わった後のことはその時考えればいい。おまえ達、宿に帰るぞ」
「う、うん」
「…承知」
「…うん」
イアン達は、自分達の泊まる宿のある方向へ足を向けた。
ロロット達は、足元に伸びるイアンの影を見つめながら歩いていた。
――次の日の朝。
宿で朝食を取った後、メロクディースの手掛かりを探すため、広場に訪れたイアン。
イアンは、昨日の夕方のように沈んだ雰囲気はなく、いつもの調子に戻っていた。
それにより、ロロット達は安堵した。
今日も手掛かりを探すため、広場を歩き回っているが、なかなか見つからない。
そのまま、昼を過ぎようとしていたところ――
「え? 金髪の少女? 知らないなぁ……アジトを探しているならタロサ高原が怪しいと思うぜ」
ようやく情報を持った人物に会えた。
「何故だ? 」
イアンは更に聞き、多くの情報を得ようとする。
「何度かタロサ高原の方から、ピカピカと光っているのを見たんだよ。ありゃ、怪しいね」
男は、腕を組みながら答えた。
「ピカピカ…どう思う、キキョウ? 」
イアンは、キキョウに意見を聞いてみた。
「断定はできないけれど、盗んだ財宝の輝きかもしれないわ」
「そうか……タロサ高原に行くにはどう行けばいい? 」
キキョウの意見を聞いたイアンは、高原へ行くための経路を男に聞いた。
「デバ草原を真っ直ぐ高原を目指して歩けば着くぜ。バトヘイト荒野からでも行けるが、オススメはできないね」
「何故だ? そんなに環境が悪いのか? 」
イアンは、疑問を口にした。
「そこまでひどくは無いが、あそこには部族がいて、そいつらが恐ろしく強いのさ」
「そうか…では、バトヘイト荒野には近づかないようにする。ありがとう、助かった」
イアンはお礼を言い、男から立ち去る。
「草原にも、高原にも賊はいるから気をつけろよーっ! 」
後ろから、男の声が聞こえてきた。
バトヘイト荒野も危険だが、他も似たようなもののようである。
「さて、昼食を取った後、早速タロサ高原に向けて出発するが、異論はあるか? 」
イアンは、ロロット達に体を向けた。
「無いよ」
「無いわ」
「無いね」
三人の中で、異論を唱える者はいなかった。
それを確認したイアンは、ロロット達を引き連れて、まず料理店に足を向けた。




