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七十五話 黒髪の青年

 ――イアン達がミッヒル島に来て二日目の朝。


宿泊街の中に、泊まれる宿を見つけ、そこで一夜を明かしたイアン。

四人の中で一番早起きである彼であるが、最近は違う。


「やああああ! 」


宿の敷地内にある庭でロロットが大刀を振り回していた。

大刀を手に入れてから、朝食の前や夕食後の空いた時間に素振りをするようになった。

これは、大刀の重量に慣れるのと筋力を上げるためにやっている。

順調に行っていけばそのうち、手元で槍などの長物を回す棒術、回転棍が出来るようになるだろう。


「…弧炎裂斬刀を回転させるか……本当に、うかうかしてられないな」


三階の窓からロロットの姿を見たイアンは、彼女を頼もしく思う反面、自分も技を磨かねばと、気を引き締めていた。


「そう思わないか? 」


イアンは振り向き、背後を通ろうとした人物に声を掛けた。


「…もちろん、ロロットなんかに遅れを取るつもりは無いわ、兄様」


キキョウがバッと開いた扇で口元を隠しながら、イアンに言った。

扇は目元を隠しきれず、そのうっすらと黒くなった部分がきっちり見えた。


「キキョウ、夜ふかしは程々にな」


「…!? 」


イアンは、自分の目を指さしながらキキョウに言うと、彼女は顔真っ赤にして通路の奥へ行ってしまった。


「まったく…隠れてこそこそとやらんでもいいだろう……」


イアンは、早足で去っていくキキョウの背中を見つめながら呟いた。

キキョウは、夜中に部屋を抜け出して、魔法や妖術、剣術の鍛錬を誰に見られることなくやるようになっていた。


「あっ! 兄さん、おはよう! 朝ごはんまで時間があるよね。それまで、僕の稽古に付き合ってほしいんだけど…」


イアンの元にネリーミアが駆け寄ってきた。


「ああ、いいとも……あの二人もオレに頼っていいのだがな……」


「…? どうしたの? 」


「いや、何でもない」


イアンはネリーミアを連れて、彼女の稽古に付き合うために宿屋の外に出た。





 稽古が終わり、集まって朝食を取った後、イアン達はメロクディースのアジトの手掛かりを探すため、広場に来ていた。

広場を行き交う人々に、声を駆け回るイアン達であったが、総じて首を横に振る者達ばかりであった。

アジトの手掛かりが分からないまま、昼時となり、イアン達は料理店で昼食を取ることにした。

その店が扱う食材は、この島近郊の海で捕れる魚で、イアン達は魚料理を食していた。


「ふぅ…これからどうしたものか…」


料理を食べ終わったイアンが呟く。


「とりあえず、島を回ってみればそのうち分かるんじゃない? 」


ロロットがイアンの呟きに答えた。


「いえ、闇雲に探すのは危険だわ。まだ、広場で情報を探るべきよ」


キキョウが、扇で自分を仰ぎながら言った。


「僕は……キキョウの意見に賛成かな。地形や彷徨いている賊の情報を知るだけでも、だいぶ違うと思うんだ」


ネリーミアが、キキョウに賛同する。


「……」


イアンとしては、ロロットの言ったように島を探索することを考えていたが、キキョウとネリーミアの意見も一理あると悩んでいた時――


「おい! 酒場の近くで喧嘩だってよ! 」


「本当か! いいねぇ、最近そういうのにご無沙汰だったんだ! 」


男達が騒ぎながら、走っていくのをイアン達は見かけた。


「喧嘩…この町は物騒ね」


キキョウが、男達を視線に入れずに呟いた。


「…見に行って来る」


イアンは、立ち上がると料理の代金をカウンターに置き、料理店から出て行った。


「アニキ、あたしも行く」


「僕も」


ロロットとネリーミアもイアンに続いて、外に出て行った。


「……はぁ…仕方ない、私も行くわ…」


キキョウは、ゆらりと立ち上がり、イアン達を追って駆け出した。




 イアンが広場に着くと、男達が言ったように酒場の近くで騒ぎがあったようで、そこには人だかりができていた。

何が起きているか見ようとするイアンであるが、人だかりの壁で見ることはかなわない。

そこで、中の騒ぎに耳を傾けると――


「おらああああ!! 」


男の叫び声が聞こえた。

その叫び声が聞こえた後、イアンの目の前にいた人だかりの壁が前方から開いていく。


「……!? うおっ! 」


開いたとこらから何かが飛んできたので、イアンは横へズレてそれを躱した。

飛んでいった方へ顔を向けると、広場の真ん中で長髪の大男が地面に横たわっていた。


「なんだぁ? もう、終わりか? 」


人だかりを気にもせず、黒い服を着た青年がズカズカと倒れた大男の元へ歩いていく。


「……ほう」


イアンが青年の姿を目にして、目を丸く広げた。

青年の格好もそうであるが、青年の髪は黒色で、瞳も真っ黒であった。

そのような外見を持つ者はいなくはないが、滅多に見ないもので、イアンにとっては初めて見たのである。


「ううっ…お、俺を…吹き飛ばした…? 」


倒れた大男が半身を起こしながら呻いた。


「おう、まだ立てるじゃねぇか。おら、続きをやんぞ」


黒髪の青年は、獰猛な笑みを浮かべる。


「…! お、俺の負けだ! 悪かった! 」


倒れた大男が、黒髪の青年に向け、手を広げる。


「ああ? なんだって? 」


黒髪の青年が大男の胸ぐらを掴もうと手を伸ばす。


「よしなさい、タクロウ」


「ああ? 」


黒髪の青年は、少女の声に従ったのか定かではないが、伸ばした手を止めた。

金色の髪の少女が、タクロウと呼ばれた青年の元へ歩み寄る。


「その人にもう戦意は無いわ。それ以上は、ただの暴力よ」


青年の元に辿り着くと、青年の目をその切れ長の目で見据えながら言った。


「ちっ! わかったよ……おら、どっかいきやがれ」


「…ううっ」


大男は、足を引きずりながらこの場を去った。


「ふむ…おい、何があったのだ? 」


イアンは、去っていく大男を見つめた後、近くにいた野次馬の男に訊ねた。


「あの大男の兄ちゃんが、そこの黒髪の坊主に因縁をつけたのさ。それで、喧嘩? いや、喧嘩にもならなかったな。坊主の一撃でこの有様よ」


「ふむ…一撃か……」


野次馬の男の説明を聞いて、黒髪の青年に目を向ける。

中肉中背といった体つきのように見え、一撃で大男を吹き飛ばしたとは信じられなかった。


「大丈夫かな、あの人…」


「自業自得よ、ほっときなさい」


ネリーミアとキキョウが会話をする。

ネリーミアは苦笑いを浮かべ、キキョウはいつものすまし顔である。


「…アニキの方が強いね」


その二人の会話に入らず、ロロットは一人呟いた。


「…! 」


その呟きが聞こえたのか黒髪の青年がロロットに顔を向ける。

その後、キョロキョロとロロットの周りを見回し、イアンが目に入ると――


「へぇ…」


口の端をつり上げ、先程よりもさらに獰猛な笑みを浮かべた。


「……! やめなさいっ、タクロウ! 彼は――」


イアンを見た金色の髪の少女が、叫ぶように黒髪の青年に呼びかけるも、彼の手によって口を塞がれてしまった。


「うるせぇよ…せっかく面白い奴を見つけたんだ。横から、ぎゃあぎゃあ騒ぐなよ」


黒髪の青年はそう言うと、イアンの元へ歩いてくる。


「この猿! おまえのせいで兄様が変な奴に絡まれたじゃない」


「はぁ? なんだ、狐ぇ…」


「ちょ…二人共…」


ロロットとキキョウが喧嘩を始め、ネリーミアが止めに入る。

彼女達に構わず、イアンは目の前に来た黒髪の青年の目をじっと見据える。


「……お前の武器は斧か…」


黒髪の青年が、イアンに言う。


「そうだ…おまえは? 」


「俺の獲物は、こいつだ」


ブゥン!


黒髪の青年は、どこから取り出したのか、柄の長い物をクルンと回しながら手に持った。

その武器は、柄が細長く、先端がハンマーのように両側に突起する打撃部があった。


「ハンマー? 」


イアンは、その武器がハンマーのように見えた。


「…! おうよ! こいつはハンマーだ! お前はわかるやつだなぁ! 」


黒髪の青年は、上機嫌になった。


「ハンマーをハンマーと呼ばれて嬉しいのか? 」


「ああ、嬉しいね! こいつをそう呼ぶのは俺ぐらいしかいなかったからな! 」


「…? どういう――」


イアンが黒髪の青年に訪ねようとしたが、青年にハンマーを向けられた。


「おしゃべりはここまでにしようか……お前、ハンマー……(つち)と斧のどっちが強いか、興味はねぇか? 」


黒髪の青年の鋭い視線がイアンに突き刺さる。


「ほう…興味深い……が、鎚には鎚の良さ、斧には斧の良さがあるというものだ」


「ふぅん…」


黒髪の青年が、向けたハンマーを下ろしかけるが――


ガチッ!


イアンが戦斧を取り出し、ハンマーに向けて振り回した。

戦斧とハンマーがぶつかり、互いに交差する。


「お前とオレのどっちが強いか…そっちを決めないか? 」


イアンが、僅かに口の端をつり上げながら言った。


「最高に、いい返事だ! じゃあ、始めるとすっか! 」


ガキィン!


二人は、互いに武器を弾き、距離をとってそれぞれの武器を構えた。


「…あれ? 始めるの? 」


「兄様! この際、コテンパンにしてしまいなさい」


ロロットとキキョウが取っ組み合いをしながら、声を出した。


「ああああ…あっちもこっちも喧嘩を……」


ロロットとキキョウの喧嘩を止めきれないネリーミアが悲鳴を上げる。


「はぁ…あの娘も大変ね」


金色の髪の少女が、ネリーミアに哀れみの視線を送る。


「気が済むまでやればいいけど……」


金色の髪の少女の視線が黒髪の青年に向けられる。

彼女は、その視線をさらに鋭くしてこう言った。


「絶対にその人を殺しちゃダメよ、タクロウ…」




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