七十四話 砂浜に建つ廃館
時はイアンが酒場の中へ入った時まで遡る。
イアンの後を追ったロロットは、酒場の中へ入った。
大人数の大男達が酒を酌み交わす中、イアンの姿を発見した。
イアンは、小柄な男と会話をしており、何事か話を付けたようで、奥の方へ移動して行くのが見えた。
自分を迷惑そうに見る視線に構わず、ロロットはイアンの元へ足を進めた。
「ふむ…そこに金髪の少女が向かっていったのだな? 」
「ええ、間違いないです」
近づくと、イアンと小柄な男の会話が聞こえてきた。
金髪の少女の目撃情報を得たようであった。
「アニキ、見つかったの? 」
ロロットは、イアンに話しかけた。
「ロロットか、たった今分かったところだ。キキョウやネリィはどうした? 」
「え? 」
イアンに訊ねられ、ロロットは振り向く。
後ろにキキョウとネリーミアの姿はなかった。
「あれ? ついてきてないよ」
「そうか…まぁ、そのうち合流できるだろう。では、俺達はそこへ向かう。ありがとう」
イアンは、小柄な男に礼を言った。
「いえ、礼を言うほどではありません……気をつけてください」
「んん? 」
小柄な男が神妙な顔をするので、イアンは何事かと立ち止まる。
「…デバ草原方面から一人で町に入ってきたことから、強者である可能性があります」
「…ああ、知っている。行くぞ、ロロット」
イアンとロロットは、酒場を後にした。
酒場を出て、広場に立つイアンとロロット。
周りを見回すが、キキョウとネリーミアは見当たらなかった。
「……キキョウとネリィ、いないね」
ロロットが隣に立つイアンに言った。
「ふむ……キキョウとネリーミアのことだ…何かに気づいて行動しているのだろう。俺たちも行くぞ」
「うん」
イアンとロロットは広場を後にし、砂浜へ向かった。
ハーバーンの名所である砂浜には、多くの人々が輝く砂浜を見るために訪れていた。
イアン達が向かうのは、人々が集まる所から離れた位置にある古びた館であった。
以前、その館は宿として使われていたものだが、老朽化に伴い、経営者が新しく館を建てたので使われなくなった
「うわっ、ボロボロ…」
ロロットが館を見て、顔を引きつらせた。
館の外見は、年月を得て朽ち果てていた。
「むぅ…思っていたよりもひどいな…本当にいるのだろうか」
イアンが、片眉を釣り上げる。
小柄な男が言うには、この館に金髪の少女が入っていったそうだ。
「立ち止まっては何も進まん。中に入るぞ」
イアンは、館の扉に手を掛けた。
ギギギギ…
立て付けの悪くなった扉が音を立てて開かれる。
扉の奥は、広々としており、両脇に二階へと上がる階段があった。
「……一階から探すとするか」
「うん」
イアンとロロットは、館の中へ入っていった。
一階には、エントランスの脇にカウンターがあり、どこかへ繋がる通路があった。
イアンとロロットは、通路を進んでいく。
通路の先にあったのは、ホコリが積もったテーブルが並ぶ食堂であった。
「ん? これは… 」
食堂を探索するイアンは、何かに気づき足を止めた。
「どうしたの? 」
立ち止まったイアンを見てロロットが近づく。
イアンは下を向いており、その視線を追っていくと、床に一筋の亀裂が入っていた。
「……? アニキ、これがどうかしたの? 」
ロロットは、イアンが亀裂をじっと眺めている理由が分からなかった。
「ふん! 」
イアンは、戦斧を取り出し、その亀裂の横に振り下ろした。
「えっ! なに? 」
突然のイアンの行動にロロットは驚く。
「……ふむ」
イアンは、戦斧をホルダーにしまい、納得したように頷いた。
「アニキ…? 」
「ん? ああ、何でもない。一階には、いないみたいだな。二階に行くぞ」
「う、うん」
イアンは、戦斧を振り下ろした理由をロロットに語らなかった。
誰もいなくなった食堂の床には、横に並んだ二つの亀裂があり、亀裂の長さと深さは寸分違わず同じであった。
従来の宿屋のように二階には、多数の客室があるが、一室だけ広い部屋があった。
「……ここにいそうだな」
イアンは、その部屋が怪しいと思い、部屋の前で立ち止まる。
「ロロット、弧炎裂斬刀を出しておけ」
「うん」
イアンに言われ、ロロットは背中から大刀を取り出した。
パチッ!
イアンも二丁のショートホークを取り出す。
「よし、行くぞ」
イアンは、扉を開いた。
広い部屋の中は、何も置かれてなく広々としていたが、奥に段の上がった部分があり、その両脇に破れたカーテンのような物がぶら下がっていた。
「…劇場か」
イアンは、呟きながら前に進む。
「わーっ! ここまで来てくれたんだー、感激ぃーっ! 」
少女の声が部屋一帯に響き、イアンとロロットはそれぞれの武器を構える。
ボボボボボ!
部屋の隅に、金色の炎が現れ、その輝きで部屋の中を金色に染める。
イアンは、その炎を見回した後、段の上がった部分に目を向ける。
「にひひ! 」
段に腰掛ける金髪の少女がいた。
「やっと見つけたぞ……金の斧が見当たらないが? 」
イアンは、少女が金の斧を持ていないことに気がついた。
「んん? アジトに置いてきちゃったよ…それより…」
少女が立ち上がり、自分の胸に手を当てた。
「自己紹介しよっか。私の名前はメロクディース。盗賊やってまーす! 」
少女は、イアンに向かって片目を閉じて微笑んだ。
「盗人に名乗る名など…と思ったが仕方ない。オレは、イアンだ」
笑顔の少女に対して、イアンは仏頂面で答えた。
「イアンかー…うん! かっこいい名前ーっ! で、そっちのオチビちゃんは? 」
「…!? ロ、ロロット…」
いきなり自分に振られると思わなかったロロットは、驚きながらも自分の名を口にした。
「そっか…ロロットちゃんね……あれ? あと二人くらいいると思ったけど…ああ、そっちに行っちゃたか…ま、いっかー」
パチン!
少女は、指を鳴らした。
すると、周りに輝いていた金の炎が、金色の鎧へと変化した。
鎧は金属板で作られたような形状をしており、生半可な攻撃では通用しないものと伺える。
「今日は、自己紹介だけで十分かな。今度はアジトで会おうね、イアン」
「待て! 勝手に……」
ビュオ!
メロクディースに接近しようとしたイアンだが、彼女はあっという間に部屋を出てしまった。
ガチャ!
彼女が部屋を出た後、扉が閉まりだした。
「その子を倒さないと開かないゾ! 」
部屋一帯に、メロクディースの声が響いた。
「くそっ! 奴め、俺達が館に入ったことを感づいていたな」
イアンは、扉を睨みつけながら言った。
「それよりアニキ、金ピカの鎧をなんとかしなくちゃ! 」
「…そうだな。ロロット、後ろは任せた! 」
「うん、任せて! 」
二人は別々の方向へ駆け出した。
「ふっ! 」
イアンは、鎧の一体に近づき二丁のショートホークを振るう。
ガガンッ!バァン!
鎧の胴の部分に二連、回り込んで一撃を放つ。
倒木一連三連撃である。
「……! 」
三撃目により、鎧は床を擦りながら吹き飛んでいった。
「格好だけで大したことはないな」
イアンは、横たわる金の鎧を眺めた後、次の鎧に向かって駆け出した。
「はああああ! 」
ロロットが大刀を振りかぶりながら、鎧の一体に向かう。
ロロットの持つ大刀は、彼女の持っていた槍の数倍の重量を持っているため、手元でクルクルと回すのが困難であった。
そして、刃が反り返ったものであるため、今のロロットの戦い方は大刀を振り回して行うものである。
鎧は、その大刀を受け止めるべく、盾を構え待ち受ける。
「やああああ! 」
ロロットが、盾を構えているにも関わらず、鎧目掛けて大刀を横薙ぎに振るった。
ガッシャアアア!
盾で防ぐも、鎧は大刀に吹き飛ばされ、他の鎧も巻き込んでいった。
ロロットは、大刀を振り切った状態で、山となった鎧達目掛けて跳躍。
「止めっ! 」
ドォンッ!
大刀を床を砕く勢いで振り下ろし、鎧達をまとめて粉々にした。
ガンッ! バキッ! ガッシャアアアン!
イアンが駆けながらショートホークを振り、ロロットが大刀を豪快に振り回す。
斧と大刀により、鎧達は次々と金のガラクタへと変貌してゆく。
大量にあった金の鎧は、時間も経たずに全滅した。
「ふぅ…終わったな」
周りを見渡し、立っている鎧がなくなったことを確認したイアンが一息つく。
「すぅー…はぁぁぁ…」
ロロットも大刀をゆっくりと振り下ろし、戦いで高ぶった心を静めていた。
「…しかし、全部倒したというのに扉が開かんな…どれ、わざわざ手で開かんといかんのか? 」
イアンは、扉の前に行き、それに手をかける。
ガッ!
「……開かない…どういうことだ? 」
扉は、まるで壁を引っ張っているようにビクともしなかった。
「アニキ! 鎧が! 」
その時、ロロットが鎧の異変に気づいてイアンを呼んだ。
その声にイアンが振り向くと――
「なにっ! ……そうか…まだ、終わっていなかったのだな」
金の鎧が部屋の奥の段の前に引き寄せられるように集まっていた。
やがて、鎧達は新しい形に変わっていき、そこに巨大な金の鎧が現れた。
全ての鎧が巨大な鎧の中に吸い込まれると、杖のように床に立てていた大剣を片手に持つ。
そして、兜の隙間から赤い光を灯しだした。
「…ここからが本番というわけか。ロロット、まだいけるな? 」
イアンがショートホークをしまい、戦斧を取り出しながらロロットへ言った。
「うん! また粉々にしたらいいんだよね! 」
ロロットが大刀を振り下ろして構える。
イアンは、ロロットが大刀を構えたのを確認すると、鎧を見据え戦斧を構えた。
「では…行くぞっ! 」
イアンは巨大な鎧目掛けて駆け出した。
ロロットも遅れて走り出す。
「……! 」
鎧は、イアン達の接近を察知したのか、右手に持った大剣を横薙ぎに振るってきた。
イアンは、大剣の刃を跳躍して躱す。
「むっ! ロロット…! 」
ロロットは回避をせず、大剣を受け止めようと大刀を構えていた。
ガッ!
大剣と大刀がぶつかり合う。
「ぐぐぐぐ…」
ロロットが大剣を受け止めたが、それは一瞬のことであり――
「うっ…! 」
ドォン!
大剣は薙ぎ払われ、吹き飛んだロロットが壁に激突した。
「ロロットが力負けした……」
巨大な鎧の肩に乗ったイアンは、崩れた壁の下で、ブンブンと首を振るロロットを見て呟いた。
ロロットが無事であることにホッとし、イアンは鎧の頭である兜に目を向ける。
「まず一撃」
イアンは、戦斧を両手に持ち、大きく振りかぶったそれを兜目掛けて振り回した。
ガッ…!
「なに!? 」
戦斧はビクともせず、イアンの両手に痺れが走る。
鎧は、肩にいるイアンを潰そうと左手を伸ばしてくる。
「くっ…サラファイア! 」
ボンッ!
イアンは、左手から逃れるため、両の足下から勢いよく炎を吹き出させる。
床に向かって、イアンが飛んでいく。
鎧の左手は、誰もいなくなった肩の上を叩いた。
ズザザザ…
イアンは、床を横に滑りながら着地する。
「はぁ…より強い攻撃をせねば……」
立ち上がったイアンは、後ろから風が来るのを感じ、後ろへ振り向いた。
イアンの後ろで、ロロットが大刀を軸に横に回転をしていた。
ロロットの大技の大車輪である。
「あの時の大技! これなら… 」
イアンは、大車輪による勢いの攻撃ならば通じると思い、前を向く。
「…!? 」
前を向いたイアンに怖気が走った。
鎧が大剣を振りかぶっていたのである。
「はああああ! 」
そんなイアンに構わず、ロロットは大刀を斜めに傾け、兜目掛けて飛ぼうとする。
「間に合うか! サラファイア! 」
両の足下から炎を噴出させ、イアンが勢いよく横へ飛ぶ。
空中で体の向きを変え、戦斧を持っていない手を腰の後ろにあるホルダーに伸ばす。
「ふっ! 」
ジャララララ!
そこから鎖斧を取り出すと、斜め上に目掛けて鎖斧を放った。
その時、ロロットが兜目掛けて飛び出し、鎧は大剣は振り出した。
ガッ!
鎖斧が深々と天井に突き刺さる。
それと同時にイアンも床に着地した。
「えっ! アニキ、何を!? 」
前方に鎖が伸びていることに気づいたロロットが叫ぶ。
「ロロット! それに掴まれ! 」
イアンは、持っていた戦斧を放り、両手で鎖も持ちながら、ロロットに聞こえるよう叫んだ。
必死に叫ぶイアンの声はロロットへ届き、ロロットは大刀を片手に持ち、空いた左手で鎖を掴んだ。
「うっ…! 」
ロロットが鎖に掴まった勢いに引っ張られるイアン。
鎖に掴まったことで、大剣に切り裂かれることがないように見えたが、勢いで鎖がたわみ、ロロットが前方にきてしまっていた。
ロロットのすぐ横に大剣が迫っている。
「う…おおおお! サラファイア! 」
イアンは片足を蹴り上げ、その足下から炎を噴き出させる。
ボッ!
ロロットが鎖に掴まった勢いを打ち消し、イアンは両手に持った鎖を振り下ろすように動かした。
「うわっ!? 」
ロロットが驚きの声を出す。
前方にたわんでいた鎖が勢いよく、反対側にたわんだからだ。
そのおかげで、大剣はロロットを切り裂くことはなく振りきられた。
「ロロット! 再び大車輪だ! 」
イアンが叫ぶ。
鎧が大剣を振りきった今が攻撃のチャンスなのだ。
「うん! 」
ロロットは、鎖を掴みながら一回転し――
「はああああ! 」
回転の勢いを利用して、兜目掛けて飛んでいった。
あっという間に兜の目の間に到達し、ロロットは大刀を振り下ろす。
ドッガアアアアン!
大刀は耳を劈く雷のような音共に、兜はひしゃげ、その下にある鎧を叩き潰した。
「よっと! 」
「ふん! 」
ジャララララ…
ロロットが床に着地し、イアンが鎖斧を手元に戻す。
その間に鎧は崩れていき、金の炎に姿を変えて消えていった。
ガチャ! ギィィィ…
金の炎が消えた瞬間、扉が音を立てて開かれた。
「ロロット、怪我はないか」
イアンは、ロロットへ駆け寄り声を掛ける。
「大丈夫。アニキのおかげで助かったよ」
「ああ……しかし、奴を追うのは一筋縄ではいかないな。今回の冒険も長くなりそうだ」
イアンは、開かれた扉の先を見つめながら、そう呟いたのであった。
イアンとロロットは館を出ると、辺りは夕焼け色に染まっていた。
二人は、広場の方へ向かった。
夕方になり、広場は閑散としており、見覚えのある二人がベンチに座っているのを目にし、イアンとロロットは駆け出した。
「キキョウ、ネリィ…どこにいたのだ? 」
イアンがベンチに座る二人に声を掛ける。
その際、二人は立ち上がろうとしたが、イアンは手でそれを制した。
「金髪の女を追ってデバ草原へ。こっちは嘘の情報だったのだけれど…兄様のほうは、金髪の女に会えた? 」
だるそうなキキョウが答えた。
「女……奴には会えたが逃げられてしまった。どうやら、奴のアジトとやらに向かう必要があるようだ…が、キキョウよ、何かあったのか? 」
キキョウの様子がいつもと違うため、イアンが心配そうに訊ねた。
「草原に行ったら賊に襲われて、キキョウに毒の矢が刺さってしまったんだ。僕が解毒をしたから大丈夫なはずなんだけど……」
キキョウの変わりにネリーミアが答えた。
ネリーミアはキキョウが辛そうにしているのに苦笑いを浮かべている。
「そうか…すまなかった。オレがおまえたちを置いていったばかりに」
イアンは、申し訳なさそうな顔をした。
「いいのよ、兄様。こうして、無事に合流できたのだから……ああっ、毒だったから体がだるーい。うーん、うーん」
キキョウがすごくだるそうにする。
「そうか、仕方がない。キキョウはオレが背負って行こう」
イアンは、キキョウの前で腰を下ろし、背中をキキョウへ向けた。
「やっ…すみません、兄様」
キキョウは、申し訳なさそうにイアンの背中に飛び乗った。
「うむ」
キキョウを背負いながら立ち上がるイアン。
背負われているキキョウの二つの尻尾はゆらゆらと揺れていた。
「こいつっ! 」
「あはは…そういうこと…」
ロロットが顔をしかめ、キキョウが呆れた声で笑いだした。
「…? なんだ、お前たち? 」
「ああっ! 早く宿でゆっくりしないと毒が再び…! 」
ロロットとネリーミアの言葉が気になり、振り向こうとしたイアンの耳にキキョウの悲鳴が聞こえた。
「なに!? それはいかん! おまえたち、さっさと宿を探しに行くぞ」
イアンは、キキョウを背負って広場を出て、宿泊街に向かった。
「…あいつ、そのうちひどい目に会えばいいんだ」
ロロットが背負われるキキョウに向かって、吐き捨てた。
「まあまあ、キキョウは今日頑張ったからね」
ネリーミアがロロットを宥める。
「あたしも頑張ったもん! ふん! 」
ロロットはそう言うと、イアン達を追って歩き出した。
「…ここは簡単に騙される兄さんが…まあ、いっか……はぁ…」
ネリーミアはため息をついた後、イアンの元へ駆け出した。
こうして、ミッヒル島での一日目が終了したのであった。
11月 25日 誤字修正
「ロロット、弧炎列斬刀を出しておけ」→「ロロット、弧炎裂斬刀を出しておけ」




