七十三話 交わした視線
デバ草原にて、局地的な強風が吹き荒れる。
その強風の原因は、キキョウである。
「爆風」
キキョウが、扇を賊達に向け、突風と共に空気の塊が撃ち出される。
空気の塊は賊達の足元で弾け、彼等を空へ打ち上げる。
「ぐっ―! 」
空へと上げられた後、賊達は地面に落下する。
体を打ち付け、その場に蹲る盗賊達。
「うわぁ、キキョウは強いね…」
キキョウの戦ぶりを間近で見ていたネリーミアが感嘆の声を出す。
キキョウの風魔法により、ネリーミアは特にすることがなかった。
「ふぅ…」
賊達をあらかた吹き飛ばしたキキョウが一息つく。
「少し、飛ばしすぎたみたいね…」
風魔法で圧倒したキキョウ。
しかし、魔法の連発により、彼女の疲労の色が濃くなっていた。
「大丈夫? 」
ネリーミアは、キキョウに声を掛けた。
傷を癒すことができるが、疲労を回復することができないため、ネリーミアは声を掛けることしかできなかった。
「ええ、心配いらないわ。これで、全員倒したはずよ」
キキョウは、ネリーミアに言葉を返すと、地面に横たわる賊の一人に近づいた。
「あなた達は、どういった集まりなのかしら? 」
「……」
話しかけたキキョウだが、賊は返答をせず、体を横にしていた。
耳が地面についてしまうほど、ぐったりとしている。
「…やりすぎちゃったのかな? 」
「そうかしら? 結構、手加減は――」
キキョウの言葉が最期まで発せられることはなかった。
賊の口元が釣り上がるの目にしたからだ。
その表情から、まだ戦いが終わっていないことを読み取ったキキョウは、気配を探るのに集中させた。
その時――
ヒュッ!
「…ああっ!? 」
キキョウの左腕に矢が刺さった。
「キキョウ! 」
崩れ落ちるキキョウをネリーミアが支える。
矢が刺さったキキョウの腕から、真っ赤な血が滴り落ちる。
ブロードソードを抱えたままキキョウを抱き寄せるネリーミアは、矢が飛んできた方向へ顔を向けた。
誰もいないように見えたが、視線の奥で馬に跨る誰かが、こちらに向かっているのが見えた。
その誰かの影の一点がギラリと光る。
「…! 」
その光に気づいたネリーミアは、咄嗟にブロードソードを盾のように構えた。
キィン!
金属と金属がぶつかり合う音が響いた。
ネリーミアのブロードソードに当たったのは矢で、放ったのは馬に乗る賊であった。
「キキョウ、しっかり! 馬がこっちに来るよ! 」
ネリーミアが抱えたキキョウに呼びかける。
「……ああ…ああああ…」
キキョウは、なんとかネリーミアに声を出そうと顔を上げたが、声は言葉にはならなかった。
「…!! 」
ネリーミアは、驚愕で目を見開いた。
キキョウの目はあらぬ方向を向き、青ざめた顔をしていたからだ。
その原因が矢にあるのではと思い、キキョウの左腕の傷に、そっと手を当てる。
「……間違いない、毒だ! 」
ネリーミアは、傷口から毒素を感知した。
矢尻に毒が塗ってあったのだ。
幸い毒の量は少ないが、早く治療を施すべきである。
ネリーミアは、ブロードソードを持ったままの右手で、腰にある錫杖を取ろうとするが――
「うあっ! 」
錫杖を取り出すのを中断し、馬の突撃から逃れるため、キキョウを抱えたまま横に跳躍した。
人を抱えたまま跳躍したため、ネリーミアは上手く着地ができず躓いてしまう。
「ああっ! 」
ネリーミアは転び、キキョウと共に地面にうつ伏せで倒れてしまった。
「ううっ…」
上からキキョウがのし掛かり、中々立ち上がることのできないネリーミア。
そこへ再び、騎馬が突撃を仕掛けに来る。
「まずい…避けないと…」
ネリーミアは、キキョウを抱えて立ち上がろうとするが、避けるには間に合わない距離まで馬が迫っていた。
「くっ…! 」
どうすることもできないネリーミアは、キキョウを庇うように抱きしめ、目を瞑った。
「…………あれ? 」
馬の駆ける音が、真横を通り過ぎるのを聞き、ネリーミアは目を開ける。
馬の通り過ぎていった側へ横に顔を向けると、そこには――
「…キキョウ……君ってやつは…」
ネリーミアとキキョウの姿があり、形を歪ませながら消えていった。
馬が突撃したのは、キキョウの作り出した真似鏡像であった。
「ううう…」
キキョウは、顔をネリーミアに向ける。
真っ赤なキキョウの瞳が、ネリーミアの緑色の瞳をまっすぐ見据える。
数秒目線を交わした後、キキョウは力尽きたように目を閉じた。
「……わかったよ、キキョウ」
ネリーミアは、抱き抱えていたキキョウを地面へ寝かせる。
「なるべく、早く終わらせるようにするから、頑張ろう」
眠っているであろうキキョウへ囁く。
そして、ブロードソードを両手で持ち、賊が乗る馬に向かって駆け出した。
賊は、方向転換を行うため、馬の足を止めた。
「…間に合わないっ! 」
走るネリーミアは、馬が走り出す前に、賊に攻撃を与えたかった。
それが間に合わないと悟ったネリーミアは、ブロードソードから右手を離し、錫杖を取り出した。
「明光球! 」
ネリーミアは、光に包まれた錫杖を振ると、光の玉が賊の顔目掛けて飛んでいき――
カッ―!
「……!? 」
賊の目の前で、強烈な光を放った。
賊は、顔を腕で庇うが間に合わず、光により目を眩ませた。
「はぁぁぁぁ!! 」
その隙に、ネリーミアは跳躍し、両手に持ったブロードソードを縦に向け、賊目掛けて殴りつけた。
「がぼぉぉぉ!? 」
賊は悲鳴を上げ、馬から落下する。
「…これで、終わりだね」
賊が地面に体を打ち付けたのを確認したネリーミアは、着地すると同時にブロードソードを鞘にしまう。
戦闘が終わったことにより、キキョウの元へ向かうため、振り返った。
その時――
「ヒヒーン! 」
「…!? なっ! 」
後ろから馬の鳴き声が聞こえ、咄嗟に振りけったネリーミアだが、眼前に馬の前足の蹄が迫っていた。
「うああああ! 」
「えっ!? 」
しかし、馬の蹄がネリーミアを蹴り上げることはなかった。
ネリーミアと馬の間に、大男が割り込み、その太い両腕で馬を押さえ込んだからだ。
「大丈夫か!? お嬢さん! 」
「君は、ミークさん? 」
馬を押さえ込んだ大男は、酒場にいたミークであった。
ミークが駆けつけたことにより、無事にキキョウの元へネリーミアはキキョウの元に辿り着くことができた。
そして、解毒を行う聖法術を行使し、キキョウは毒の苦しみから解放されたのだった。
「どうして、あなたがここに? 」
キキョウは、倒れていた賊をまとめて縛りあげるミークに訊ねた。
「嬢ちゃん達が心配になって、探しにきたんだ」
ミークは、縄をグイっと引っ張り上げながら答えた。
「心配……キキョウ、ミークさんは嘘をついてないんじゃない? 」
キキョウの隣で、ネリーミアが言った。
「ええ、そのようね。では、偶然私達は襲われた……とは考えにくいわ」
人の通りが少なく、広大な草原で愚直に獲物を待ち続けていたとは考えにくい、キキョウはそう思ったのだ。
「やい、お前達! 誰に頼まれた!? 」
ミークが、賊達へ怒鳴りつける。
「聞いても無駄よ。さっき聞いても口を割らなかったわ。それに今、誰がこいつらに待ち伏せを依頼したか検討がついたわ」
「僕も分かっちゃったな。用心深い人みたいだね。僕らが追っていることに気づいているじゃないかな? 」
「ええ? 俺にはわかんねぇぜ。一体誰が賊に命礼したんだ? 」
ミークだけが、分からなかった。
「金髪の女よ。私達が追っていることを知っていたのかは分からないけれど、追跡者を始末するために偽の情報を流したようね」
キキョウがミークに説明した。
「ほお……あっ! もしかして、俺って利用されてた!? クソ女がああああ!! ごめんよ、お嬢ちゃん達! 」
ミークは呆け、驚き、怒り、最後にキキョウ達に向かって謝罪した。
「ミークさんは悪くないよ。むしろ、助けてくれてありがとう」
ネリーミアが、ミークに優しく声を掛けた。
「ううっ…なんて優しいんだ。嫁にするなら、嬢ちゃんみたいな幼い娘が一番だ! 」
「…ミークさん、それは…うーん、どうなんだろうね…」
ネリーミアは、苦笑いを浮かべた。
「はぁ…他人の好みにケチつけるわけじゃないけれど、私もどうかと思うわ…さて」
キキョウは、立ち上がる。
「一旦、町へ戻りましょう。もしかしたら、町の中に金髪の女がいるかもしれないわ」
「うん。兄さんと合流できるまでそうしてよっか」
キキョウとネリーミアは、町に向かって歩き出した。
解毒をしたキキョウだが、ネリーミアに肩を貸してもらいながら歩く。
「……ネリィ、諦めないで」
「うん、もう諦めないよ」
二人は、顔を見合わせずに会話をしたが、見ている方向は同じであった。




