七十二話 輝く砂浜の町 ハーバーン
ミッヒル島行きの船を探し出したイアン達は、数日の航海を経て、島に辿りつくことができた。
船が停泊した町はハーバーン。
ミッヒル島の最南端に位置する港町だ。
この町は、観光名所として栄えたことと、どこの国にも属さないというのが特徴であった。
観光の町として栄えた要因である砂浜は、砂の一粒一粒が真珠のように輝いているのが評判だ。
「あいつの情報を探るぞ」
船を降りるや否や、町の広場へ向かった。
イアンは、広場の入り口にあるアーチ型の門の柱にもたれかかる男に話しかけた。
「すまん、聞きたいことがあるのだが…」
「なんだい? 」
「金の斧を持った少女を見なかったか? 」
「金の斧……ああ、見たよ。綺麗な女の人が持っていたね」
男は、間を置かずに答えた。
「ただ、町の外へ行ったみたいなんだけど、行き先はわからないな」
「そうか…」
「…あっ! 女の人に話しかけていた人が酒場にいたんだけど、その人が行き先を聞いているかも知れないよ」
「なに? 酒場だな、ありがとう」
イアンは男に礼をいい、酒場へと足を向けた。
「待ってよ、アニキー」
ロロットがイアンの後を追う。
「……」
「…? どうしたの、キキョウ? 」
ネリーミアは、キキョウが動かないことに疑問を持ち、声を掛けた。
「どんな人が言っていたか分からないじゃない」
「あ、そうだね…」
「ちょっと、聞いてくるわ……すみません、そこの方」
「今日は、よく話しかけられるなぁ…なんだい? 」
キキョウは、金の斧を持った女の人に、どんな人が声を掛けたか訊ねた。
「ああ、そういえば言ってなかったね。禿頭の大きな男の人だよ」
「そうですか、ありがとうございます……さ、行くわよ」
「うん」
キキョウとネリーミアは、イアンとロロットが向かっていった酒場の方へ進んだ。
ハーバーンの広場の一角に酒場があった。
キキョウとネリーミアは、その酒場の扉を開けて中に入る。
酒場の中は昼間でるにも関わらず、人で溢れかえっていた。
皆、成人を迎えたばかりの男達であり、総じて酒を口にしていた。
彼らの視線が一斉に、キキョウ達に注がれる。
それもそのはず、キキョウとネリーミアはどう見ても未成年であり、この場にそぐわない存在なのだ。
「ここは、嬢ちゃん達の来る場所じゃねぇ、帰りな! 」
客の一人である大男が、キキョウに向かって、声を上げた。
「ううっ…」
ネリーミアは、多くの視線と大男の声にひるみ、キキョウの後ろへ隠れてしまう。
「用事が済めば、さっさと帰るわよ。禿頭の人はいらっしゃらないかしら? 」
キキョウはそれらに構わず、大男に訊ねた。
「…はぁ…ミーク、ガキが呼んでるぜ」
「ああ? なんだぁ? 」
大男が呼ぶ、ミークという禿頭が人ごみを掻き分けて、キキョウの前に立った。
「あなたね。金の斧を持った女の人と話をしていたと聞いて、その女の人の行方を知りたいのだけど…」
「ああ、あの人か…」
キキョウが訊ねた後、ミークは顔をトロンと惚けさせた。
「綺麗な人だった…揺れる金髪…白い肌…たわわに実った乳……嬢ちゃん達もそういう女になるのを目指せよ」
ミークが喋ったことは、女の人を褒めただけで、キキョウの問に答えていなかった。
「わかったわ。で、どこへ言ったか――」
「でも、俺には見向きもしなかった。筋肉ダルマはヤダって…うおおおおおん!! 」
ミークはキキョウの話を聞かず、泣き出してしまった。
「大の大人がみっともない……でも、彼に話を聞かないと…」
キキョウは、どうするか考える。
そして、何事かを閃くと――
「ネリィ、この男を慰めなさい」
「ええ!? 僕が? 」
ネリーミアに振った。
特に何かを思いついたわけではなかった。
「ネリィは優しいからなんとかなるわ」
「ぼ、僕に出来るかなぁ…」
ネリーミアは、キキョウの服を掴みながらも、ミークの前に立つ。
「あ、あの…えーと……だ、大丈夫ですか…? 」
ネリーミアが、震える声で話しかける。
「うおおおおん!! 」
ミークの耳に、ネリーミアの声が入っていないようだった。
「ううっ…聞いてくれない」
「肩を叩いたら気づくかも」
キキョウが、ネリーミアにそう促した。
「肩? …え、えい! 」
ネリーミアは、ミークの肩をトンと叩いた。
「うおおお――んん? 」
ようやく、ミークはネリーミアの存在に気づいた。
「ひっ…」
ミークと視線が合い、ビクッと体を震わせるネリーミア。
それでもミークから情報を聞き出すため、力を振り絞って口を開く。
「げ、元気を出してください……きっといつか、いい人に巡り会えます…よ 」
「……! お嬢ちゃんはなんて優しんだ! ありがとう、元気が出てきたよ! 」
ネリーミアの言葉で、元気になったミークは、ネリーミアの手を取ると、ブンブンと上下に振りだした。
「…ど、どういたしましてぇ……」
ネリーミアは、青ざめながら声をだした。
「ふぅ…やっと、話せる状態になったわね。それで、金の斧を持った女の人はどこへ行ったのかしら? 」
キキョウが、ブンブンとネリーミアの腕を振り続けるミークに訊ねた。
「…ん? なんか、草原地帯に行くって言ってたぜ」
「草原地帯? 」
キキョウは、聞きなれない言葉に首を傾げる。
「この島には、今俺達のいる町の他に三つに分かれた地形があるんだ。それぞれ、デバ草原、タロサ高原、バトヘイト荒野と呼ばれている」
「ふーん…デバ草原に向かったのね」
「ああ…だが、行くんなら気をつけろよ。この町を一歩でも出たら無法地帯だ」
ミークは、神妙な顔をしてキキョウへ言った。
「…? どういう意味? 」
「この島のハーバーン以外の場所は、人が踏み入れる所じゃねぇ。魔物や賊がうろうろしてんぞ」
「そう…わかったわ。私達の質問に答えてくれてありがとう」
キキョウは、ミークに礼を言う。
ミークは、気にすんなとでも言っているような顔をした。
「で、話が終わったのだけど…ネリィの手を離してもらえないかしら? 」
「ん? ああ、悪いな嬢ちゃん」
「……う、うん」
ネリーミアは、腕をブンブン振られ、疲れたのかぐったりとしていた。
「あとは兄様を見つけ出すのだけれど……酒場の中にはいなさそうね。外へ出ましょうか、ネリィ」
キキョウとネリーミアは、酒場の外へ出た。
デバ草原に続く街の外に出たキキョウとネリーミア。
そこにイアンの姿があると思っていた二人だが、そこにイアンとロロットの姿は見当たらなかった。
「二人共、どこに行ったんだろう? 」
どういうことかと、ネリーミアが呟く。
「恐らくだけど…私達とは別の情報を掴まされたのかも…」
キキョウが、ネリーミアの疑問に答えた。
「別の情報? 」
「兄様は、ミークの容姿を聞いていなかったわ。もしかすると、別の誰かに話しかけて、間違った所へ向かったのかもしれないわ…」
「ええ!? 大変だ! どうしよキキョウ? 」
「どうしよもないわ…まったく、私達を待っててくれれば、こうはならなかったのに」
キキョウは、頬を膨らませる。
「仕方がない…二人でデバ草原に向いましょうか」
「…そうしよっか」
キキョウとネリーミアは、イアンを探すことより、金の斧を持った女の行方を追うことを優先し、デバ草原へ向かった。
デバ草原――
ミッヒル島の西部に広がる草原地帯。
人の往来がまったく無いため、街道等の舗装された道はなく、草花が草原一面に広がっている。
所々に、人間の成人の腰あたりまで伸びる草が存在している。
キキョウとネリーミアは、その草原に足を踏み入れた所で、立ち尽くしていた。
二人が、立ち尽くしている理由は、草原に何もなく、どこを目指して行けばいいか検討がつかないからだ。
「…とりあえず、前に進んでみましょう。見晴らしがいいから、帰る時も困らないでしょう」
「うん。こんなに何も無いところなら、どこからでも町が見えそうだね」
キキョウの提案にネリーミアも賛同し、二人は草原の中へと進んでいく。
しばらく、歩き続けていると、腰まで伸びた草が生える一帯に二人は足を踏み入れていた。
「うわ、高い草だなぁ。しゃがめば、僕の姿なんて見えなくなっちゃうね」
ネリーミアが、草をかき分けながら言った。
その言葉を聞き、ネリーミアは気配探知を試みる。
「……ネリィ、よく気がついてくれたわ…体を伏せなさい」
「え…う、うん」
ネリーミアは、戸惑いながらもキキョウの言葉に従い、膝を折ってしゃがんだ。
キキョウは、ネリーミアがしゃがんだことを確認すると、扇と細剣を取り出した。
「風刃! 」
左手に持った扇を振りながら体を横に回転させた。
フゥゥゥゥ!
キキョウのいるところから、全方向に風の刃が放たれ、背の高い草を切り裂いていく。
キキョウを中心に、膝あたりまで背の縮んだ草が生える一帯に、キキョウとネリーミア以外の存在が姿を顕にした。
「キキョウ、これって…」
ネリーミアは、それらの姿を見て、鞘からブロードソードを抜く。
濃い緑色をした衣類を見に包んだ者達の持つ、短剣の刃がギラリと光る。
「ええ、賊ね……さて、これは偶然か、仕組まれた罠か……」
キキョウは細剣と扇を構えながら、考えを巡らす。
しかし、判断材料が少なすぎて結論付けるのは、まだ時期尚早であった。
そのため――
「この人達にも話を聞くとしましょうか」
「そうだね。とりあえず、おとなしくしてもらおっか」
キキョウとネリーミアは、背中を合わせ、それぞれの武器の切っ先を賊達に向けた。
2016年11月14日――誤字修正
…はぁ…ミーク、ガキが読んでるぜ → …はぁ…ミーク、ガキが呼んでるぜ
2019年3月6日 誤字修正&文章改正
「…あっ! 女の人に話しかけていた人がいたんだけど、その人が行き先を聞いているかも知れないよ」
↓
「…あっ! 女の人に話しかけていた人が酒場にいたんだけど、その人が行き先を聞いているかも知れないよ」
キキョウとネリーミアは、イアンとロロットが入っていった酒場へ向かった。
↓
キキョウとネリーミアは、イアンとロロットが向かっていった酒場の方へ進んだ。
広場に出たキキョウとネリーミア。→ デバ草原に続く街の外に出たキキョウとネリーミア。
そこにイアンの姿があると思っていた二人だが、そこにイアンとネリーミアの姿は見当たらなかった。
↓
そこにイアンの姿があると思っていた二人だが、そこにイアンとロロットの姿は見当たらなかった。
「兄様は、ミークの男の容姿を聞いていなかったわ。 → 「兄様は、ミークの容姿を聞いていなかったわ。
◇ご報告ありがとうございます◇




