七十一話 光る盗賊の目
イアン達の乗る船がカヤフォを出港し、半月と数日経った頃、ようやくバイリア大陸に着いた。
その後イアン達は、再びカジアルを拠点にし、冒険者として依頼をこなす日々に明け暮れていた。
ネリーミアも冒険者登録を済ませ、ロロットとキキョウ共に依頼を受けていた。
ネリーミアのランクは、やはりE+であった。
ちなみに、ハンケンの護衛依頼達成により、キキョウはDランクへと昇格し――
『申し訳ございませんっ!』
とイアンのランクコンプレックスを再びほじくり返した。
しかし、そんなイアンにもようやくランク昇格への兆しが見えたのであった。
E-ランク昇格制限期間が過ぎたのだ。
これでようやく金回りのいい依頼が受けれると喜ぶイアン。
しかし、期間を過ぎただけでは、ランクは上がらず、試験というものを受け、それに合格する必要がある。
そのため、イアンは挙げかけた両手を下げ、試験に向けて依頼をこなすのであった。
――その試験が明後日に迫った日。
イアンは、いつもの薬草採取を行う森林には行かず、町の中を歩いていた。
片手には、ハンケンから貰った金の斧が握られている。
彼の目的は、その斧が精霊の言っていたものと同じであるかを知ることである。
しかし、自分ではそれがわからず、こういったものに詳しいであろう人物の元へ向かっているのだ。
そして、イアンは目的の人物がいる店の前に辿り着き、その店の扉を開いて中に入る。
「安くできないのかしら? 」
「申し訳ございませんができません」
店の中に入ったイアンが目にしたのは、カウンターに立つ男に、金髪の女が話しかけているところであった。
金髪の女は、服装からしてどこかの貴族か富豪の奥方であろうと判断できる。
カウンターに立つ男は、ニコニコと表情を変えずに、金髪の女と話していた。
「…そう。なら、いいわ。別のお店を探すとします。では、ご機嫌よう」
金髪の女は、諦めたのか踵を返し、店の出入り口である扉を目指して歩いてゆく。
「またのお越しを」
カウンターに立つ男が、金髪の女の背中に向けて頭を下げた。
イアンは、ようやく話が終わったと、カウンターを目指して歩く。
「……にひっ! 」
「……!? 」
そのとき、自分を獲物に見る視線を感じ、イアンは思わず振り向く。
「ふん! 客への配慮が足りない店だったわ」
バタン!
イアンが振り向いた先には、先程の金髪の女が店を出て行く姿が目に入っただけであった。
「どうしました? イアンさん」
カウンターに立つ男がイアンに話しかけた。
「…いや、何でもない…急に来て悪いが見てもらいたいものがある。頼めるか、タトウ」
「ええ、もちろんですとも」
イアンがやってきたのはアクセサリー屋であり、目的の人物とは、かつてイアンが護衛したタトウであった。
「いやぁ、イアンさん。私は武器屋ではないのですが…」
タトウが困り顔で、イアンの差し出した金の斧を見る。
「すまんな。だが、武器屋に行ってもこの斧の真価があるのかが分からなかったのだ」
「…そうですか」
イアンは金の斧が、武器の威力が高いという普通の武器ではなく、何かしらの効果があると思い、アクセサリー屋であるタトウに店に来たのであった。
「残念ですが、何の力も感じられませんね……観賞用で作られたもの…或いは、私が感じれない領域の力があるかが考えられますね」
どうやら、タトウの目には、ただの金の斧に見えたようだった。
「そうか……しばらく、持ち歩くとするか。新しいホルダーを買わねば…」
イアンは、金の斧を手に持つ。
「ここに来たついでだ、タトウから貰った白いアクセサリーについてだが……」
イアンは、白いアクセサリーに精神操作の類の力を無効にする効果があるのをタトウに伝えた。
「ほう…精神ですか。そのあたりの魔法を行使できる者がいなかったので気づきませんでした」
タトウは、アクセサリーの効果が意外なものであったため、その目を丸く見開いていた。
「恐らくであるがな。どうする、タトウ? これをおまえに返すか? 」
「いえ…これはあなたが持っていた方がいいでしょう。これまであなたの前に立ちはだかった者達には、精神操作をやってきた者がいたのでしょう? 」
「……そうだ。これがなければ、死んでもおかしくない状況が……結構あった」
イアンは、これまでの戦いを振り返りながら答えた。
「そうしましょう。ところで、またイアンさんに渡したいものがあるのですが…」
「なんだ? 」
タトウは、カウンターの引き出しから、何かを取り出すと、それをカウンターの上に置いた。
「…これは……鍵? 」
カウンターに置かれたのは、三本の鍵であった。
鍵はそれぞれ、赤、青、緑を色が異なっている。
「ええ…しかし、なんの鍵であるかが分からないのですよ」
「オレも分からん……で、オレに渡せば、この鍵の正体が分かると…」
「私は信じております」
タトウは、にっこりと微笑んだ。
「はぁ…今度ばかりは本当に分からないかもしれないぞ」
「まぁ、それはそれでいいでしょう。元々、売れない物なので」
「まぁいい、とりあえず貰っておく。また、何かあったら来るぞ」
イアンは、鍵をしまうと扉に向かって歩き出した。
「またの…というか、イアンさん。アクセサリーを見ていかれませんか? 」
「依頼があるのでな。また、今度ゆっくり見させてもらう」
イアンは、タトウにそう告げ、アクセサリー屋を後にした。
いつもの林に来たイアンは、早速薬草採取に取り掛かった。
金の斧は、キャドウの宿屋まで持っていくのが面倒であったため、そのまま持ってきていた。
数日のブランクは、既に取り戻しており、作業は順調に進んでいった。
「……ん? 」
ふと、イアンは何かに気づいた。
五感を研ぎ澄ますと、音が聞こえるのがわかった。
♪~♪~
その音は笛の音であった。
その笛の音は心地よく、イアンはとても安らぐ気持ちになり――
「……」
特に何もすることなく、黙々と薬草を摘んでいた。
ガサッ! ガササッ!
「い――ったーい! 」
すると、木から落ちたのか少女が上から落ちてきた。
「ん? おい、大丈夫か? 」
イアンは、落ちてきた少女に駆け寄った。
少女は、ローブを羽織り、フードを目深に被っているため、その顔がよく見えなかった。
イアンが分かるのは、少女の身長が自分と同じくらいであることと、声により自分と同じくらいの年であることだった。
「いたた……あ、ああ、大丈夫。平気、平気」
少女は、打ち付けたであろう尻をさすりながら立ち上がった。
「…そうか。ところで、お前は木の上にでも登っていたのか? 」
イアンは、思いついた疑問を口にする。
「うん。いい天気だったから、木の上で笛を吹いてたんだ。でも、バランスを崩して落ちちゃった、あはは」
少女は、恥ずかしそうにしながら答えた。
「そうか、気をつけろよ」
イアンはそう言うと、再び薬草採取の作業を再開した。
「……」
「……」
少女は、この場から離れようとせず、薬草を採取するイアンをじっと見ていた。
「…お兄さん、お兄さん」
しばらくすると少女がイアンに話かけてきた。
「なんだ? 」
「あの金色の斧だけど、ちょっと見せてもらってもいいかな? 」
「ダメだ」
イアンは、即答で拒否した。
「なんで? 」
少女は、イアンが友達のようであるかのように、馴れ馴れしく聞いてきた。
イアンは、摘み終わった薬草をまとめ、立ち上がり――
「お前が怪しいからだ。その笛で、オレに何かしようとしたな? 」
ホルダーから戦斧を抜いて、少女に向けて突き出した。
戦斧を向けられた少女は、武器を向けられているにも関わらず、堂々としていた。
「へぇ…気づいてたんだ。効かなかったことには驚いたけど、笛の効果に気づいているとは思わなかったな」
「オレに精神操作は無意味だ…さて、とりあえずそのフードを外してもらおうか」
「あーあ、もっと見とくべきだった…」
少女は、右手を挙げた。
「なぁ! 」
袖に仕込んでいたのか、少女の右手には剣が持てれており、それをイアン目掛けて振り下ろした。
キィン!
咄嗟の攻撃であったが、イアンは戦斧で剣を受け止めることができた。
「…!? なんだ、この武器は!? 」
剣を受け止めることができたが、少女の剣の切っ先は、イアンの右肩を掠め取っていた。
剣は、刃が丸く湾曲した形状で、受け止めた戦斧を飛び越えるようにイアンの肩を掠めたのだ。
「にひひ! この剣に、防御は無意味なのだー! そーれっ!」
カンッ!
少女が剣を回転させ、すくい上げるように振り上げたことにより、戦斧を弾き飛ばした。
「うっ! 」
戦斧を弾き飛ばされたイアンに為す術もなく――
「おりゃあ! 」
「ぐっ! 」
回転した少女から、放たれた蹴りにより、イアンは後方へ、突き飛ばされてしまった。
「うっ――はぁ! 」
そして、後方の生えていた木の幹に背中を打ち付ける。
「はぁー、久々の力技だったなー。よいしょっと! 」
少女は、落ちていた金の斧を拾い上げた。
「うわぁ! この輝き! まさにお宝っていうもんだね!」
少女は、掲げた金の斧を見上げ、満足そうに言った。
「これ、貰っていくね! 」
「…ダメだ。それを渡す訳にはいかん」
イアンは、蹴り飛ばされたダメージから立ち直り、少女の元へ駆け出した。
「おお! もう動けるの? 」
イアンは、微動だにしない少女に手を伸ばす。
伸ばされた手は、少女のローブを掴んだ。
「捕まえた……ぞ? 」
しかし、そこには少女の姿はなく、イアンはローブを手にしたまま立ち尽くす。
「やつは、どこへ」
「う・し・ろ」
少女の姿を探そうとしたイアンの耳元で、少女の艶やかな声がした。
ビュオ!
振り向こうと、顔を後ろに向けたイアンに、強風が吹きつけられる。
やがて、強風は止み、イアンは瞑っていた目を開けてみた。
視線に映るのは、森林の木々ばかりで、少女の姿を捉えることはなかった。
「上だよ! うーえ」
上部から少女の声が聞こえ、イアンは上を見上げた。
「やっほー! 」
木から伸びた枝に、腰掛けた少女がいた。
「…む? お前、どこかで…? 」
イアンは顕となった少女をどこかで見たような気がした。
しかし、少女の姿に見覚えがなかった。
少女の髪の色は金色で、後ろ髪を後頭部にまとめ上げており、そのまとめ上げられた髪はウネウネと波打っていた。
服は、胸元が開かれている黒い衣類を身につけていた。
「え? ナンパ? わたしに惚れちゃった? きゃははは! 」
金色の靴を履いた足をプラプラと振りながら、笑い声を上げた。
「お兄さんなら大歓迎! 今すぐにでも付き合ってあげてもいいよ! 」
「結構だ。盗人などと親しくなろうとは思わん」
イアンは、少女を睨みつける。
「あらら、残念! お兄さんとなら、お似合いのカップルになれると思ったのーにっ! 」
少女は、木の枝から身を投げ出し、下の地面に着地した。
「じゃ、この斧だけ頂いていくね、バイバーイ」
ビュオ!
少女は、イアンに向けて手を振った後、風にでもなったかのように、走り去ってしまった。
イアンは、少女の走り去った方に体を向け、立ち尽くす。
イアンが摘み、まとめていた薬草は、少女の起こした風により、バラバラに散らばっていた。
――夕方。
キャドウの宿屋の食堂に、イアンと帰ってきたロロット、キキョウ、ネリーミアの四人が席に座って、夕食を取っていた。
四人の出す雰囲気は暗く、その原因となるのがイアンである。
「…はぁ……」
度々、イアンはため息をついていた。
イアンがこれほど落ち込むのは、三人にとって前代未聞であり、どうすることもできず困惑していた。
「クク……皆さん、元気が無いですね。特にイアンさん」
暗い四人の元へキャドウが通り、イアンに話しかけた。
「…ああ……探していたものかもしれない斧が盗まれたのだ」
イアンは暗い表情のまま、キャドウに言った。
「クク…斧とは、金の斧ですか…そういえば、あの斧を持った人物が、港の方へ歩いていく姿を見かけた人がいたようなのですが…」
「…港……なに! 詳しく教えてくれ」
思わぬところで、盗まれた金の斧の手がかりを掴み、一気に元気になるイアン。
「クク…港の方に行ったとしかわかりませんよ…クク…目立つ容姿を持つようなので、港にいる人に聞けば、その足取りがわかるかもしれませんね」
「そうか。港に向かったということは、どこか別の大陸にでも行ったのか? こうしてはおれん。明日、旅に出られるよう支度をせねば」
イアンは、席を立ち上がり、自分の部屋がある二階へと上がっていった。
「ふぅ…なんかよくわかんないけど、アニキが元気になって良かった」
ロロットが、疲れた顔をする。
「そうね。あの兄様の姿は見ていられなかったわ。コソ泥は、八つ裂きにしましょう」
パキッ!
キキョウの持っていたグラスの水が凍る。
「兄さんの事だから朝一で出発するんじゃないかな? 僕達も明日に備えて準備をしようか」
三人も明日の支度を整えるため、二階へと上がっていった。
「クク……何か…忘れてる気がしますね…」
キャドウは、自分以外誰もいなくなった食堂で一人呟いた。
――早朝。
ネリーミアが予測した通り、イアンは太陽が昇る前に起き、寝ていた三人を叩き起こして、カジアルを出発した。
そのおかげ、太陽が昇り始めた頃に、港町ノールドに辿り着くことができた。
「おい、そこの騎士」
イアンは、入国審査のために駐屯している騎士に声を掛けた。
「オレくらいの背で、金色の髪の変な髪で、胸を強調したいのか胸の部分が開かれた黒い服を身に付け、金の靴を履いた奴を見かけなかったか? 」
「じょ、情報量が多すぎて逆にわかりにくいです」
騎士は、顔を引きつらせながら答えた。
「金の斧を持った奴を見かけなかったか? 」
「金の……ああ、見ましたよ」
騎士は、盗まれた金の斧を見かけたようであった。
「そいつがどこに行ったか分からないか? 」
「たしか……ミッヒル島行きの船に乗っていたような…」
「ありがとう! 」
イアンは、金髪の少女の行き先を聞き、踵を返して騎士から離れる。
「なにか分かったの? 」
騎士とイアンのやり取りを見ていたロロットが、イアンに訊ねた。
「ミッヒル島…というところへ行ったらしい」
「ミッヒル島…このバイリア大陸の南に浮かぶ島のことね。島と呼ばれているけれど、フォーン王国並に広い島よ」
キキョウが、ミッヒル島についての情報を口に出した。
「うーん…探し出すのに苦労しそうだね」
ネリーミアが苦笑いを浮かべた。
「苦労しようが、必ず見つけ出してやる。皆、ミッヒル島行きの船を探せ」
「うん! 」
「承知」
「わかった」
イアン達はバラバラに動き、船を探しだした。
盗まれた金の斧を取り返すため、ミッヒル島を目指すイアン。
それだけの理由で、その島を訪れることになるが、この島で過ごしたことがきっかけとなり、再び彼の運命は大きく変わることになる。
どのような運命を辿るか定かではないが、イアンがロクな目に合わないということは、この島に来る前から予想できるだろう。
2017年7月8日 誤字修正
半月と数日経 → 半月と数日経った頃




