六十九話 窮地に陥ったロロット 憧れを抱いて立ち向かう
牢城からアエンの町の間の街道。
そこでは、二つの軍が衝突していた。
アエン側から牢城へ攻めている軍がバエン、それを迎え撃つ軍をカンホが指揮を執っている。
「攻めよ! カンホの精鋭部隊は、アエンで捕らえてある。あとは雑兵ばかりだ、恐るな! 」
バエン軍の一部隊の先頭で、柄の長い単体棍棒を回転させながら、シチンは兵に激を飛ばした。
シチンは棒術の指南役としてバエン軍に迎え入られたが、部隊長として戦っていた。
バエンは、シチンが戦で活躍してくれるのではと思い声を掛けたところ、シチンは二つ返事で部隊長を引き受けたのであった。
「うおおおお! 」
シチンの元に、剣を振り上げながらカンホ軍の兵が向かってくる。
「それっ! 」
「なにっ! ぐあああ! 」
シチンは、カンホ軍の兵の剣を回転した棍棒で弾き飛ばした後、腹に目掛けて棍棒を打った。
カンホ軍の兵は、腹に衝撃を受けて昏倒する。
「おおっ! 」
「やりますな、シチン殿! 」
そのシチンの戦いを目にしたバエン軍の兵達から感嘆の声が漏れる。
「なっ、なんて奴だ! 」
「あんな豪傑がバエンのところにいるなんて聞いたことがないぞ! 」
逆に、カンホ軍の兵はシチンの戦いぶりを目撃し、戦慄を覚える。
「皆、オレに続けぇ! でりゃああああ!! 」
シチンは、棍棒を振り回しながら、カンホ軍へ突撃した。
「ぐあ! 」
「ぎゃあ! 」
「うっ!」
シチンは、カンホ軍の兵達をバッタバッタとなぎ倒していく。
バエン軍の兵達も、シチンの後ろでカンホ軍達へ槍を突き出していた。
「ううむ、シチン殿を兵に迎え、部隊長を任せて正解だった」
バエンは、自軍の後方からシチンを見て頷いた。
「いけぇー! いいぞーっ! わはははは! 」
その横で、ハンケンがシチンに声援を送っていた。
「ハンケン、はしゃいでいる暇はないぞ。シチン殿がカンホ軍のど真ん中で暴れているのだ。カンホ軍の側面を叩きに行く頃合だぞ」
「おっと、そうか。とにかく、おれはでかい声を出してりゃいいんだろ? よっしゃ、みんなおれについて来い! 」
ハンケンの号令を聞き、兵達がついてゆく。
「はぁ…ただ、でかい声を出すだけではなく、戦況を見極めて指示を出して欲しいのだがな。ネリーミア、ハンケンにそれを伝えに行ってくれ」
バエンはため息をつき、ハンケンの元へ駆け出そうとしたネリーミアに声を掛けた。
「はい。僕が戦況を判断し、ハンケンに指示を飛ばしてもらいます」
ネリーミアは、バエンの方へ振り返って答えた。
「うむ。ハンケンを守りながらで大変だと思うが頼んだぞ」
「はい! 」
ネリーミアは、ハンケンの元へ駆け出していった。
「…やはり、子供を持つなら女の子だな……いや、今は戦に集中しよう。我々も進軍だ! 」
バエンはそう呟いた後、残りの兵を率い、ハンケン達の反対方向を目指して進軍した。
牢屋を出たイアンとキキョウは、取り上げられた斧を取り戻すため、牢城の中にある建物の中にいた。
そこには、様々な武器が置かれており、イアンの武器もそこにあった。
「ホルダーに、斧を収めたままとはありがたい」
イアンは、腰にホルダーを着ける。
戦斧が二丁、鎖斧が一丁、ショートホークが二丁で、イアンの持つ全ての斧を取り戻した。
「では、行きましょう。今なら誰も近くにいないわ」
キキョウは、イアンがホルダーを付け終わるのを確認し、建物の扉に手をかける。
「待ってくれ。もう一つ、オレの持っていた武器があるんだ」
イアンが建物の奥に向かう。
「もう一つの武器? 兄様、もしやサナザーンで手に入れた武器で? 」
扉から手を離し、キキョウはイアンの元へ向かう。
「ああ、オレが使う武器ではなく……おお、あった」
イアンは、幾つもの槍が立てかけられているところに、反り返った白い刃を持ち、赤く長い柄の武器がそこにあった。
「先端の刃が反り返って……薙刀? でも、刃の幅が広すぎる…兄様、その武器は何? 」
キキョウは、自分の知っている武器の一つだと思ったが、刃の形状が異なっていたため、初めて見る武器だと判断した。
「弧炎裂斬刀という。大刀と呼ばれた男が使っていた武器だ…よっと」
イアンは、武器の説明をしながら、弧炎裂斬刀を背中に背負う。
そのイアン動作から、その武器の重量が相当なものであるとキキョウは思った。
「ロロットなら扱えるかも…そういうことね」
「そういうことだ。よし、牢城から脱出するぞ」
その時――
バァン!
イアンとキキョウがいる建物の扉が勢いよく開かれた。
「敵か! キキョウ、気配を察知できなかったか? 」
「いえ、兄様、あいつは味方よ」
キキョウがそう言った後、キョウが姿を現した。
「へぇ、あなたがイアンさんですかい。なんと、美しい」
「喋った!? あと、うるさい、黙れ」
イアンは、キョウが喋ったことに驚愕しながらも、しっかりキョウの言動に反応した。
「ええぇ…」
キョウは、褒めたつもりなのに怒られ、肩をがっくりと落とす。
「キョウ、兄様と私を乗せて、外へ運びなさい」
キキョウは、キョウに命令した。
「へ、へい…ですが、ロロットさんが大変なことになっていますぜ」
「なに? ロロットも来ていたのか。それに大変なこととは? 」
ロロットが来ていると聞き、イアンはキョウに近づく。
「とりあえず、私と兄様を背中に乗せて、空を飛びなさい」
「へい、二人共外へ」
イアンとキキョウは外へ出て、キョウの背中に乗り空を目指した。
ゲンブンがロロット目掛けて勢いよく直進する。
ロロットの目の前に到達すると、振りかぶった大剣をロロットの頭目掛けて振り下ろした。
「…んっ! 」
ロロットは、それを横に飛んで躱そうとするが――
「はっ! 遅いつってんだろ! 」
ゲンブンが振り下ろしている大剣を横薙ぎに振った。
ガキィン!
ロロットは、折れた槍を交差させて大剣を防ぐも、勢いにより吹き飛ばされる。
ガガガガ!
二つの棒を地面に突き刺し、吹き飛ばされる勢いを弱める。
そして、大剣を受け止めた衝撃で脳が揺れ、ぼやける視界の中、ゲンブンの姿を捉えていた。
「ふん! 」
ロロットのその姿を見て、ゲンブンが鼻を鳴らす。
「さっきから、何度も打ち続けているが、中々壊れねぇな、お前」
「うあああああ!! 」
ロロットは頭を振り、意識を明確にすると雄叫びを上げながらゲンブンに向かう。
そして、刃のついた方の棒をゲンブン目掛けて突き出した。
「へっ! 」
ゲンブンは、ロロットの突き出した棒を躱し、その棒を持つロロットの手ごと掴み上げた。
「ううっ! 離せぇ! 」
「離してやるよ、オラァ! 」
ゲンブンは、掴み上げたロロットを地面に叩きつけた。
「…かっは! 」
ロロットは、強く背中を打ち付けられた。
「呆けてる暇なんてねぇぞ! オラァ! 」
ゲンブンは、地面に仰向けで倒れているロロット目掛けて、大剣を振り下ろした。
「…! う…ぐっ! 」
ロロットは、両手に持った二つの棒を交差させて、大剣を間一髪で防いだ。
「ようし…このまま、押しつぶしてやる! 」
ゲンブンは大剣に力を入れ、ロロットを押しつぶすように体重をかける。
「ううううう…! 」
ロロットは、大剣を押しかえそうとするも、逆に大剣が迫ってくる一方であった。
しかし、それでもなおロロットは、両手に持つ折れてしまった槍の残骸に力を入れ続けていた。
ゲンブンはそのロロットの姿、なにより、揺れることのない真っ直ぐな目が気に入らなかった。
「何故、この状況で折れねぇ…武器は壊され、逃れられることのできないこの状況で、お前はどうして力を出し続けていられる? 」
「…どんなに……状況でも諦めない…それがあたしの目標だから…」
ロロットはその問いかけに、歯を食いしばりながら答えた。
「チッ! バカが! 寝ぼけたこと言ってんじゃねええええ! 」
ゲンブンはロロットのその何もかもが腹立たしく、一気に大剣へ力を入れた。
その時――
「…っ!? 」
ゲンブンは、ロロットの目が一瞬光ったように見え、今まで感じたことのない感情に支配された。
「うあああああ! 」
ロロットは、ゲンブンが力を込めたと同時に両手の棒に力を入れ、ゲンブンの方に自分の体を押し出した。
大剣の先が、仰向けになったロロットの頭上の地面に突き刺さる。
そしてロロットは、身を捻って立ち上がると、ゲンブン目掛けて跳躍した。
「くっ…! うあああああ! 」
ゲンブンは先程感じた感情により、大剣を素早く手放すことができ、空中のロロットを殴り飛ばそうと右の拳を振るった。
その感情とは恐怖であり、ゲンブンはロロットに恐れを抱いたのだ。
「やあっ! 」
ロロットは、右手の持った方の棒の折れた部分であるささくれをゲンブンの拳に向けた。
グシッ!
「いでぇえ!? 」
棒のささくれが拳に刺さり、ゲンブンは痛みで硬直する。
ロロットは、拳に刺した棒から手を離し、左手に持っていた刃がある棒を両手で持ち、ゲンブンの右肩目掛けて刃を振り下ろした。
「ぎゃああああ! 」
「うりゃああああ! 」
ロロットは、ゲンブンの悲鳴を横で聞きながら、突き刺した刃をグリグリとねじ込む。
ロロットは反撃を恐れ、ゲンブンの体を蹴り、身を翻して地面に着地する。
「……えっ! 」
着地し、顔を上げたロロットの眼前にはゲンブンの拳が迫っていた。
「くっそがああああ!! 」
「がっ!? 」
ロロットは、ゲンブンの拳に殴り飛ばされる。
「はぁ…はぁ…くそっ! なんてザマだ」
ゲンブンは、右肩に刺さった棒を抜き、大剣が刺さっている前方へ向かう。
「ぐぅぅ……」
ロロットは、地面に体を擦らせながらも蹲るように地面に着地した。
頭を持ち上げ、開いた両手を見れば、ボロボロになった手のひらがあるだけで武器はもう残されていなかった。
「んん? くっはははははは! やっとか、やっとお前の弱さに気づいたか」
ゲンブンは、ロロットの姿を大声で笑い飛ばした。
「散々手こずらせてくれたが、最期にいいもん見せてくれたぜ」
ゲンブンは、大剣を構える。
その体勢は、突進を行うのに最適なもので、全力でロロットをぶった切ろうというのだ。
しかし――
ヒュッ! ズドン!
何かが飛来し、ロロットの前方にその何かが突き刺さった。
「なんだ!? 上からだと! 」
ロロットは、ゲンブンの言葉を聞き、上を見上げる。
そこには、キョウにまたがるキキョウと――
「久しぶりだな、ロロット……その顔はなんだ? まだ、戦いは終わってないぞ 」
不敵に笑うイアンの姿がそこにあった。
「ア……アニキ! 」
ロロットは、顔を拭った後、改めてイアンに顔を合わせる。
生気が戻ったロロットの顔を見て、イアンは満足気に頷いた。
「くっ…! 何がいやがるんだ!? 」
ゲンブンからは、太陽の光により、イアン達の姿が見えなかった。
ロロットは、顔を下げ、目の前に刺さった武器を見つめる。
「ロロット! 武器が無いのであろう? 使え、それは弧炎裂斬刀という」
上空からイアンがロロットへ言う。
「弧炎裂斬刀…」
ロロットは、突き刺さった大刀の名を口にしながら掴んだ。
「…重い」
それだけで、ロロットは大刀の重量を感じ取れた。
「ロロット! 」
再び、自分の名を呼ぶイアンの声が聞こえ、ロロットは空を見上げた。
「キキョウから聞いたぞ。すごい技を使えるようになったらしいな」
イアンのその言葉で、ロロットは自分が何をすべきか悟り――
「うん! 」
と元気よく頷いた。
ロロットは、突き刺さった大刀の柄を両手に持ちながら、その周りをグルグルと回りだす。
そしてロロットは、大刀の柄に横からぶら下がった状態で回転しだした。
「はっ! 何をするか知らねぇが、お前が俺に勝てるわけがねぇんだよ! 」
ゲンブンは、大剣を構えながらロロット目掛けて突進する。
この時、ゲンブンは大技を繰り出そうとするロロットに恐怖を覚えていたが、それを振り払って突進していた。
「はあっ! 」
ロロットは、突き刺さった大刀を回転しながら引き抜き、ゲンブン目掛けて飛んでゆく。
大刀の赤い柄により、ロロットは赤い軌跡を描きながら飛んでゆく。
両者共に真っ直ぐ向かい、ゲンブンは大剣を振り上げ、ロロットは大刀を振り下ろした。
キーン!
強烈な金属音が響き渡り、ロロットとゲンブンは互いにすれ違う。
その様子を上空にいるイアンも含め、その場にいる全員が固唾を飲んで見守っていた。
ロロットは、大刀を振り抜いた状態で着地する。
「……ん? 」
ロロットの持つ大刀の刃が、微かに赤く光っているのにイアンが気がついた瞬間――
パキッ! バキッ!
片方の角と大剣が折れ、ゲンブンはその場にうつ伏せで倒れ伏した。
ロロットは振り返り、倒れたゲンブンの姿を視野に入れると――
「い…やったああああ! 」
大喜びで大刀を頭上に掲げた。
「はぁ…あのボロボロの状態で、まだ元気が有り余っているようね…」
キキョウが、ロロットを呆れた声を出す。
しかし、その顔はどこか嬉しそうに見えた。
「キキョウの言った通り、すごい技だったな。オレ達もうかうかしてられないぞ」
イアンは、腕を組んで頷いた。
「…おや? お二人共、あれを見てくだせぇ」
キョウは何かに気づき、イアンとキキョウに下を見るよう促した。
下方の牢城まえには、カンホらしき人物を縛り上げるバエンとこちらに手を振るハンケンとネリーミアが見えた。
「どうやらあちらも片付いた様子…キョウ、ロロットを連れてシコウへ向かうのよ。後始末は、バエンさま達に任せましょう」
「へい! 」
キョウは、はしゃぐロロットの元へ向かう。
これで、ようやくイアン、ロロット、キキョウの三人が揃ったのであった。
2月13日―誤字修正。
ロロットのその姿を見て、ゲンブンを鳴らす。→ ロロットのその姿を見て、ゲンブンが鼻を鳴らす。




