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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
三章 ザータイレン大陸
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六十八話 牢屋に収容したのは

シコウからサイタイ山を越え、南に位置する町――アエン。

そのアエンの町役人であるカンホを征伐すると決めた次の日。

書類に目を通していたバエンの元へ使者がやってきた。


「バエンさま、カンホさまより使者がお見えです」


「来たか…すぐに向かう」


バエンは使者にそう伝えると、立ち上がり、傍らにいた少女に声を掛ける。


「いよいよだ…行くぞ…ネリーミア」


ネリーミアはコクりと頷き、バエンと共に屋敷の外へ向かった。

バエンとネリーミアが屋敷の外に出ると、カンホの使者らしきが屋敷の前で立っていた。

使者の男の後ろには馬車があり、馬が引いているのは鉄の格子状に作られた檻であった。

牢屋は、人一人が入れる大きさで、ネリーミアを運ぶために用意しだった。


「バエンさま、(それがし)はカイホさまから遣わされた者でございます」


「うむ、遠くからご苦労であった」


使者が挨拶をしてきたので、バエンは挨拶を返した。


「では、魔物討伐の任について、情報提供を――」


バエンは手を前に出し、使者が話すのを制した。


「結構…その魔物と思わしき者は捕まえている。しかし、私にはこの少女が魔物には見えないのだが? 」


バエンは、後ろに隠れていたネリーミアを前に出す。

ネリーミアの腕には錠が付けられていた。


「おおっ! バエンさま、そやつは魔物でございます! 見たことも無い魔物というのは、人型の魔物であると伝えに来ましたが…流石はバエン殿、既に魔物を捉えていたのですね! 」


使者は声を弾ませながら、バエンを称える。


「そうか。では、この魔物の処遇をそちらに任せても? 」


「はい。ささ、バエンさま、魔物をこちらの檻へ」


「うむ。中へ入るのだ」


バエンは使者に促されたため、ネリーミアを檻の中に入れる。

ネリーミアは、特に抵抗することなく、檻の中へ入っていった。


「では、よろしく頼んだぞ」


「はい。バエンさま、ご協力ありがとうございました」


使者は、バエンに頭を下げると、手綱を引いて馬を走らせた。

バエンの言葉に返事をしたのは使者であったが、バエンが見ていたのは、ネリーミアだった。


「さて、これで私も動けるようになった」


バエンは身を翻し、屋敷へ戻っていった。





アエン――


シコウより南に位置する町。

シコウからアエンに伸びる街道の東にサイタイ山が存在する。

アエンは、商業が盛んな街で、シソウの国内にあるものはだいたいこの町で手に入ると言われている。

その町から少し離れたところに、牢城と呼ばれる罪人を収容する施設があった。

アエンの町役人であるカンホは、この牢城の管理者も兼任しているため、そこには本当の罪人の他、カンホに歯向かった町民等も収容されている。

その牢城の中心に位置する収容所に、男の笑い声が響く。


「はっははは! 」


カンホは、上機嫌で数々の牢屋が並ぶ通路を歩いている。


ガンッ!


そして、目的の牢屋に辿り着くと、その鉄格子を蹴り上げた。


「聞け、愚かな旅人よ! いや、王への貢物を壊した者よ。たった今、貴様の仲間の者がこの牢城へ到着したそうだ。これで、貴様達に責任を…罪人が揃ったわけだ。はははは! 」


イアンの収容されている牢屋の前で、再びカンホは笑いあげた。


「……」


イアンは、錠が掛けられた両腕を下に下ろして座り込んでいるだけで、何の反応も返さなかった。

カンホは、そのイアンの様子に構わず、通路を引き返していった。


「……ネリィ」


カンホが去ってから、イアンは誰に言うこともなく、そう呟いた。

しばらくすると、通路の奥から、複数の人の足音が響いてきた。

その足跡達の正体は、看守とネリーミアであった。

看守の後を歩くネリーミアの両手は、イアンと同じように手錠をかけられていた。


「……ん? ああ」


イアンは、歩くネリーミアを見て、納得をしたかのように声を出した。


「入れ」


看守は、ネリーミアに牢屋に入るよう促す。

またしても、ネリーミアは抵抗することなく、牢屋の中へ入っていった。

ネリーミアの入った牢屋に鍵を掛けると、看守は去っていく。

イアンは、前方の牢屋にいるネリーミアに声を掛けるため、口を開いた。


「うまくやったな、キキョウ」


キキョウと呼ばれたネリーミアは、ニィと頬を釣り上げると、その姿を歪ませた。


「ふぅ…嬉しいのか、悔しいのか…兄様には敵わないわ。どうしてわかったの? 」


「歩き方に違和感があったからな。ネリーミアなのにキキョウみたいな歩き方をしていた」


「そこまでは気にしていなかった…まぁ、何はともあれ」


歪んだネリーミアがキキョウの姿になった。


「お久しぶりです、兄様。あなたを助けに参りました」


ゴトッ!


キキョウが手に持った錠を離し、イアンに頭を下げた。

キキョウは、両手に錠を掛けらるときに、ネリーミアの姿を映した像と実体である自分の体の位置をずらしていた。

これにより、像であるネリーミアは錠を掛けられているように見えていたが、実体であるキキョウは錠を両手で持っていただけであった。


「兄様とイトメ以外なら、うまく欺けるのに」


キキョウは口を尖らせながら言った。


「そのうちオレも分からなくなるくらい、上手くできるようになるだろう。して、これからどうする? 」


イアンは、キキョウにこれからどうするか訊ねた。

牢城と言われるだけあって、脱出が困難なのである。


「それは――」


ドンッ!


キキョウがイアンに説明しようとした瞬間、外の方から地響きが伝わってきた。


「なんだ? 」


「ふふ…どうやら、あちらも上手くことを運んでいる様子。兄様、そこから離れて」


イアンが横に移動したのを確認したキキョウは、扇を取り出し――


「風刃! 」


風の刃を放つため、扇を横薙ぎに振るった。

扇を振ったのは二回であったため、風刃は二つ放たれた。

上下に並んだ風刃は、キキョウがいる牢屋とイアンのいる牢屋の鉄格子を切り裂いた。


カラン! カラン!


切れた鉄格子が、音を立てて床に落下した。

そこから、二人は牢屋から通路へ移動する。


「まず、牢からの脱出は完了。兄様、動かないで」


キキョウは、腰に下げた鞘から細剣を抜くと、イアンに掛けられた錠に向かって、その刃を振り下ろす。


バキンッ!


錠は真っ二つになり、イアンの両手は自由になった。


「ふぅ…やっと、楽になった」


イアンは、自由になった両手をプラプラと振りながら言った。


「兄様、武器を取り戻して外へ脱出しましょう」


「ああ」


イアンとキキョウは、通路を走り抜けていった。





 イアンとキキョウが牢屋から脱出する少し前。

キョウは、ロロットを背中に乗せ、上空を飛んでいた。

キョウは、背中に翼を持っているため、空を飛ぶことができる。

ロロットは、日が登ると同時にキョウに会うためにサイタイ山に向かっていたのだ。


「ロロットさん、牢城らしきものが見えてきましたぜ」


「ん、そこの……真ん中に広いところがあるでしょ? そこに突っ込んで」


「わかりやした…………じゃ、行きやすよ。しっかり捕まっててくだせぇ」


キョウは、牢城の真上に到達すると、勢いよく急降下した。


「…ぐ」


ロロットは、吹き飛ばされないよう、キョウにしがみつく。


ドンッ!


そして、急降下したキョウが地面を粉砕しながら着地した。


「ふう…着きましたぜ」


「よっと! 」


ロロットは、キョウの背中から飛び降り地面に着地する。


「何事だーっ! 」


ロロットとキョウの周りに次々と看守達が集まってくる。


「ばっ、化物!? 」


看守達が、キョウの姿を目にし、恐れ(おのの)く。


「おう! あっしが本物の魔物よ! ガァァァァ!! 」


「ひぃぃ! 」


キョウに咆哮を浴びせられ、看守達は悲鳴を上げながら飛び上がった。


「キョウ、ここはもういいから、キキョウを探して」


「わかりやした。ロロットさん、お気をつけて」


ロロットに命令され、キョウは空へ舞い上がっていった。


「…じゃあ、暴れるか! 」


ロロットはキョウを見送った後、槍を構えて、看守達の元に飛び込んだ。





 牢城の上部にある牢城長室にカンホはいた。

イアンとネリーミアに責任を押し付けるための準備をしている。


「カンホさまーっ! 大変でございます! 」


その部屋の扉の奥から、看守の声が中にいるカンホへ声を上げる。


「何事だ!? 騒々しいぞ」


カンホは、部屋の扉を開け、前にいる看守を怒鳴りつける。


「申し訳ございません。しかし、一大事にございます」


「だから、何だというのだ!? 早く申せ! 」


「はっ! 牢城内に侵入者が現れました! 」


「なにっ! さっさと始末しろ。いちいち、その程度でわしに言いに来るんじゃない」


「い、いえ、それ以外にも報告がございます! アエンの町に応援を要請しようと、使いの者を向かわせたのですが、その途中に別の部隊が駐留しており、その部隊がこちらへ進軍してきているのです! 」


「なんだと! どこの部隊だ!? 大将の顔を見ていないのか! 」


「お、恐らく、北のバエンさまの軍であると、使いの者が申しておりました」


「バエンか! あやつめ、黒い肌の小娘の言うことを信じおったな……どうする…内にも外にも敵がおるではないか…」


カンホは、部屋の中を腕を組んで歩き回る。


「どけ」


「わわっ!? 」


部屋の前で立っていた看守を押しのけて、一人の獣族が部屋に入ってきた。


「おおっ! ゲンブン殿! 」


カンホは、その獣族を目にすると、大喜びで獣族に近づく。

獣族の頭には、二本の角が生えていた。


「へへへ、カンホさんよぅ、侵入者は俺に任せて、外の軍は頼んだぜ。あんたの部下達は、もう準備を整えているぜ」


「そうか! では、ゲンブン殿、侵入者を頼みましたぞ! 」


「俺にかかれば、ひと捻りだ。では、行ってくる。報酬の方は弾んでくださいよ? 」


「もちろん! 」


ゲンブンは部屋を後にし、牢城の中心で暴れ回っているロロットの元へ向う。

ゲンブンはカンホの雇った傭兵であった。






 上に掲げた槍をクルクルと回転させ、周辺にいる看守を威嚇するロロット。

地面には、槍で殴られて伸びた看守達が横たわっていた。


「ち、小さいのになんて剛力なんだ…」


震える剣を構えた看守の一人が呟いた。


「……次は、誰? 」


「ひっ! 」


ロロットと目があった看守が悲鳴を上げる。

横たわっている同僚と同じように、槍で殴られる自分を想像してしまったのだ。

看守達は、ロロットを取り囲んでいるものの、誰一人としてロロットに戦いを挑もうと思っている者はいなかった。


「……まだかなぁ」


ロロットは、看守に聞こえない程度の声で呟いた。

ロロットが待っているのは、イアンが牢城から脱出することと、バエンが牢城を包囲すること。

そのどちらの合図もされず、敵を引きつける役目のロロットは動けないのであった。


「おうおう! ガキ相手にビビってんじゃねぇよ、おめぇら」


「ゲ、ゲンブン殿! 」


看守達がその男を見て、声を弾ませる。


「……! 」


ゲンブンと呼ばれた男がいるであろう方向へ、ロロットは振り返った。

そこにいたのは、大剣を担いだ大男だった。


「二本の角…牛獣人? 」


ロロットは、その頭にある二本の角を見て、ゲンブンが牛の獣人であると思った。


「当たりだ。俺は牛獣人のゲンブンってんだ」


「…! 」


キィン! ドンッ!


「よろしくな」


ゲンブンは、振り下ろした大剣を再び肩に担いだ。


「うぅ…」


ロロットは崩れた瓦礫を押しのける。

周りを見回し、自分が牢城の壁面から出てきたことに気がついた。

遠くにゲンブンがいることを確認した後、違和感を感じ、手元へ視線を移す。


「うそ…わたしの槍が……」


持っていた槍は二つに折れてしまい、短くなった槍と棒をロロットは握り締めていた。


「ははは! 武器が折れちまったか! そいつは悪いことをしちまったなぁ! 」


ゲンブンは悪びれる様子もなく、そう言い放った。

ゲンブンは、自分の名前を言った瞬間、ロロットへ突進するかの如く接近し、その勢いのまま大剣を振り下ろしていた。

ロロットは槍で防御したが、ゲンブンの力に負け、牢城の壁面に叩きつけられたのだった。


「…これが俺達、牛獣人の力だ。次は体を壊しに行くぞ、エテ公」


ゲンブンは、大剣を前に振り下ろし、その切っ先をロロットに向ける。

ゲンブンとロロットの距離は遠く離れていたが、ロロットはゲンブンの姿が巨人のように大きく見えた。




2019年3月6日 誤字修正&文章改正


その町から少し離れたところに、牢城と呼ばれる在任を収容する施設があった。 → その町から少し離れたところに、牢城と呼ばれる罪人を収容する施設があった。


看守の後を歩くネリーミアの両手には、イアンと同じように見えた。 → 看守の後を歩くネリーミアの両手は、イアンと同じように手錠をかけられていた。


「なにっ! さっさと始末しろ。いちいち、その程度でわしに言いに言いに来るんじゃない」 → 「なにっ! さっさと始末しろ。いちいち、その程度でわしに言いに来るんじゃない」


看守達は、ロロットを取り囲んでいるものの、誰一人としてロロットに戦いを挑もうと思っている者さえいない。

                      ↓

看守達は、ロロットを取り囲んでいるものの、誰一人としてロロットに戦いを挑もうと思っている者はいなかった。


◇ご報告ありがとうござました◇


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