六十七話 囚われたイアン
サイタイ山にて、行方知れずであった少女と再会し、言葉を失うロロットとキキョウ。
再会したことも驚きの一つであったが、何より、このような場所にいることが一番の驚きであった。
キョウも状況が飲み込めず、現れた少女と二人を交互に見て、オロオロとしている。
この場に訪れた静寂を打ち破ったのは、茂みの中から現れた少女――ネリーミアであった。
「えーと…ロロットにキキョウ…だっけ? 」
名前を呼ばれ、二人はハッと我に返る。
「う、うん! そうだよ」
「色々、聞きたいことがあるのだけど…まず、私達の方から言うわね。私達の乗る船は、ここから北西にあるシコウとういう港町に停泊中よ。ハンケンはその町に旧友と一緒にいるわ」
「ははは…そうあって欲しいと思っていたことが現実であって良かったよ」
ネリーミアは、気の抜けたように笑う。
「私も同じ気持ちよ。あなた達が、シコウを目指すと信じてたわ。ねぇ、ロロット」
「うん……でも、アニキが見えないんだけど……? 」
ロロットは、ネリーミアの後ろヘ回り、茂みの奥にイアンがいないか探す。
その様子に、ネリーミアは申し訳なさそうな顔をすた。
「ここに来るまで、本当に色々なことがあったけど、今の状況を話すよ……ごめん、イアンは捕まっちゃたんだ…」
「え? 」
「ふむ……」
ネリーミアの言葉に驚くロロット、しかし、キキョウはどこか納得したような顔をしていた。
「君は驚かないのかい? 」
そのキキョウの反応が意外なものであったため、ネリーミアはキキョウに聞いてみる。
「兄様が捕まったという状況には驚いているわ。でも、その騒動に私達も巻き込まれているかもしれないのよ」
「あっしも巻き込まれてますかねぇ」
キョウが口を挟む。
「うわっ! 変な虎が喋った! 」
キョウが喋ったことに驚くネリーミア。
「おまえは、話をややこしくしただけよ」
キキョウは迷惑そうな顔をしながら、キョウを睨む。
「そ、そんな~…」
項垂れる虎を数秒見つめた後、ネリーミアはキキョウに顔を向ける。
「巻き込まれている…君達がここにいる理由って? 」
「それは一度、シコウに戻ってから話しましょう」
「なんで? ここで言えばいいじゃない? 」
ロロットがキキョウに言う。
「それもいいけど、バエンさまを交えて話したほうがいいと思うの」
「ふーん…ネリーミアもそれでいい? 」
「うん。そもそも、イアンを助けるためにシコウへ行く予定だったからね」
「じゃあ、行こっか」
ロロット、キキョウ、ネリーミアの三人は、山の下り道へと足を向けた。
「えと、キキョウ様! あっしに何かできることはありあせんか? 」
キョウが、キキョウの背中に向かって声を掛けた。
「人は襲うな…これだけよ」
キキョウは、振り返ることなく、そう言った。
「へ、へい…おとなしくしてます…でも、キキョウ様方ーっ! 何かあれば遠慮なく言いつけて下されーっ! 」
キョウは、見えなくなるまでキキョウ達の背中を見つめ続けた。
キキョウ達が町に戻ってきたのは、昼を超えたあたりであった。
バエンの屋敷へ向かったが、バエンとハンケンは不在で、シチンの家に行ってからまだ戻ってきていないという。
キキョウ達は、バエン達が帰ってくるまで、屋敷の一室で待つことにした。
そして、数時間後――
「旦那さまとハンケンさまが帰られましたよ」
バエンの召し使いが、キキョウ達にそう伝えた。
その後ろから、バエンとハンケンが姿を現す。
「…!? 」
ハンケンは、部屋の中にいたネリーミアを見るなり、彼女の元へ足早に駆けつけた。
「ネリィ、無事だったか! 良かった、本当に良かった! うおおおおん!! 」
ハンケンは、ネリーミアに抱きつき、おんおんと泣き続ける。
「ハンケン、痛いよ…」
ネリーミアは、困ったように言いながらも、その表情は嬉しそうだった。
バエンは、二人の再会の邪魔にならないように、そっとキキョウへ近づいた。
「彼女が、ハンケンの言っていた少女かな? 初めて見る種族だ」
「そうです。彼女がダークエルフのネリーミアです。」
キキョウが、バエンの問いに答える。
「おお、そうか! 良かった……しかし、どのような場所に彼女はいたのだ? 」
「その件については、魔物の討伐の話と共にしたかったのですが……」
キキョウの視線が、ハンケンとネリーミアに注がれる。
「ああ…今はよしておこうか。彼等には時間が必要だ」
バエンは、キキョウの言わんとすることを察し、ハンケンとネリーミアを見た。
「キキョウ、ロロット、今日はご苦労だった。飯の用意は別の部屋で用意する。ついて参れ」
「承知しました…行くわよ、ロロット」
「うん」
キキョウとロロットは、バエンに連れられ、別の部屋に移動した。
結局、話をするのは明日ということになり、食事を取った後、就寝したのであった。
――次の日の朝。
バエンの屋敷の一室に、キキョウ、ロロット、バエン、ハンケン、ネリーミアの五人が集まった。
バエンに依頼された魔物討伐についての報告を行うのだ。
キキョウが、テーブルに座る皆を一瞥した後、口を開く。
「では、先日依頼された魔物討伐ついて…結果から申しますと、魔物を倒してはおりません」
「ふむ……その理由は? 」
バエンは、顎に手を当てて、キキョウへ問いかける。
依頼を遂行していないと言われたも同然であったが、この男は激昂することなく、その真意を問いたのだ。
「この魔物討伐というものに、誰かの思惑が絡んでいるように見受けられたからです」
「ほう……キキョウ、好きに話を進めよ。私に聞きだしたいことがあれば、申すが良い」
バエンは、この話の進行を完全にキキョウへ託した。
その事を察したキキョウは、バエンへ頭を下げる。
「ありがとうございます。では早速…バエンさま、見たことの無い魔物と言われたとき、どんな姿を想像しましたか? 」
問いかけられたバエンは、腕を組んで視線を上部へ彷徨わせる。
「……私は、猛獣のような魔物を想像するな…」
「そうですね…討伐というお達しでしたから、それが妥当でしょう。では、バエンさまが討伐に行ったとして、見たことも無い人種がいたら? 」
「「…! 」」
その質問を聞いたハンケンとネリーミアは、息を飲んだ。
バエンは再び、腕を組んで考える。
「……怪しいといえば怪しいので、捕まえておくな」
バエンのその言葉を聞き、キキョウは僅かに頬を釣り上げる。
「その捕まえた者を第三者……つまり、目撃者に魔物であると言われたら? 」
「そんな、人の姿の魔物など……待て、そうか! 」
キキョウの問いに笑って答えていたバエンだが、途中で何かに気づき口に手を当てる。
「そう、見たことも無い人種の者を人型の魔物であると思い込む…そして、その魔物として討伐の対象になっていたのは……」
キキョウは、閉じた扇をある人物へ向けた。
「ネリーミア、あなたのことね」
扇を向けられたネリーミアは、額に汗を滲ませながら頷いた。
「そう…みたいだね…もう、手を打たれていたなんて驚いたよ。でも、君達が来てくれたおかげで助かった」
「いえ…ハンケンさまに感謝なさい。ハンケンさまが、旧友であるバエンさまに会いに行こうとせず、船長の用意した宿に泊まっていたら……」
「私がサイタイ山へ向かい、君を捕らえていただろう…そして、私では、君が魔物であるか判断ができず、魔物の出没を連絡をした役人に身柄を引き渡していた」
キキョウの言葉の続きをバエンが言った。
「くそっ! 何だってこんなことに…ネリーミアが…イアンが何をしたっていうんだ! 」
ハンケンがテーブルを拳で叩き、今の二人の状況を嘆いた。
そのハンケンの言葉を聞き、バエンはキキョウに訊ねる。
「そうだ…何故このようなことになったか、教えてくれまいか? 」
「それは私もまだ知りません。これから彼女に聞かせていただきましょう」
キキョウは、ネリーミアへ視線を移す。
「うん、イアンと僕がシソウへ入ってすぐの頃……」
サナザーンを抜け、シソウに入ったイアンとネリーミア。
二人は、その国の北にある港町を目指して歩いていた。
彼等が歩いているのは山道であったが、そこは緑に溢れ、道も険しいものではなかった。
しばらくすると、奥の方で大勢の男達が馬車を取り囲んでいるのが目に入った。
「ネリィ…剣を抜けるようにしておけよ」
「うん」
イアンは、いつでも戦闘ができるようネリーミアへ促した。
大勢の男達の身なりは、見窄らしく、片手には剣を持っていたからである。
確認を取るまでもなく、彼等は山賊達である。
「ん? なに見てんだ、見せもんじゃねぇぞ! 」
山賊の一人がイアンとネリーミアの存在に気づき、近づいてくる。
イアンは、ホルダーへ右腕を伸ばし、戦斧を抜く準備をする。
イアンが、チラリと馬車の方へ目を向けると、馬車で馬の手綱を握りながらブルブルと震えている男の姿が見えた。
「一人に寄って集って、大勢集まっていないと何もできないのか? 」
「てめぇ! 女のくせに言うじゃねぇか、俺達の恐ろしさを……」
山賊がイアンの挑発に乗り、詰め寄ってたとき――
「山賊共ーっ! このカンホが来たからには、好き勝手はさせんぞーっ! 」
カンホと名乗る男が馬に乗り、自分の兵隊を引き連れて現れた。
カンホとその兵隊は甲冑に身を包んでおり、甲冑は縦長の小さい鉄片を貼り合わせたものであった。
「ゲェッ! 役人共が来やがった! 野郎共、引き上げだーっ! 」
「させんわ! 囲めーっ! 」
盗賊の親玉であろう男が号令を出すが、カンホ率いる騎馬の軍勢により、逃げ道を阻まれる。
「クソッ! こうならヤケだ、役人共を蹴散らせーっ! 」
囲まれた山賊達は、騎馬に向かって剣を振り上げる。
「わははは! 何だ、その剣の振りは! そおら! 」
カンホが向かってきた山賊に剣を振るう。
「ぎゃあ―!? 」
山賊は、胸を切り裂かれ、噴水のように血をまき散らしながら絶命した。
「うぐぅ―!! 」
「がああ―!! 」
戦場と化した山道の一帯に、肉を切り裂く音とその断末魔が響く。
「あわわわわ…」
その渦中で、馬車に乗っていた男は、頭を抱えて蹲っていた。
ネリーミアは、その存在に気づき、イアンに声を掛けた。
「イアン、あの人が……」
「む、あそこにいては危ないな。オレが周囲を警戒する、ネリィはあの者を誘導するのだ」
「うん! 」
ネリーミアとイアンは、山賊と騎馬が入り乱れる戦場へ飛び込んだ。
「大丈夫ですか? ここは危険です。こっちへ」
ネリーミアは、蹲る男の元へ辿りつき、手を差し伸べる。
「あわわわわ…」
男は顔を上げ、ネリーミアの手を取る。
「うわああああ!! 」
そこへ、山賊が剣を振り回しながら突進してくるが――
「ふっ! 」
ドゴッ!
「がっ―!? 」
イアンの戦斧により、山賊は吹き飛ばされ、男とネリーミアの元へ着くことはなかった。
「走れ、二人とも」
「うん、行こう! 」
「あわわわわ…」
イアンは、走るネリーミアと男を守りながら、戦場の外を目指した。
イアンとネリーミアが馬車の男を連れて、戦場を脱出してから数分後。
山賊達は、一人残らず打ち倒され、辺り一帯に山賊の死体が転がっている。
「わはははは、山賊程度こんなものよ」
カンホは、馬で死体を踏みつけ、高笑いをする。
周りにいるカンホの兵達もニヤニヤと頬を釣り上げる。
「凄まじい戦だったな…」
「うん…一方的な戦いだったね…」
イアンとネリーミアは、カンホ達を遠くから見つめ、そう呟いた。
「ああああああああ!! 」
馬車の男の叫び声が木霊する。
馬車は男は、壊れた場所の前で座り込んでいた。
カンホとその兵、イアンとネリーミアの視線が馬車の男の方へ向く。
「何だというのだ、まったく。ほれ、申してみよ」
カンホは嫌々、馬車の男に近づいた。
馬車の男は、壊れた馬車の中に指を差すばかりで、口を開閉するのが精一杯の様子だった。
「はぁ…」
カンホは馬を下り、うんざりしながらも、馬車の中を覗く。
「んん? なんだこれは……」
カンホは馬車の中に、破片が散らばっているのに気づいた。
その破片の一つをつまみ上げ、しげしげと見る。
「…模様……はっ! ま、まさか」
カンホは、何かに気づき、破片をかき集める。
そして、破片の一部に、壺の口の部分らしき形状のものがあるのを発見し、顔を青ざめさせた。
「これは…貴様は王に献上する品を運んでいたのか! 」
「あわわわわわ…」
馬車の男は、カンホに怒鳴られ、コクコクと頷いた。
「なんてことだ……これでは、わしが責任を負うことになってしまう…」
カンホは、顎に手を当て、どうすれば責任から逃れられるかを考え込む。
そこへ、兵の一人が近づいた。
「カンホさま、あちらにいる旅人を利用されては」
カンホは、バッと顔を上げ、イアンとネリーミアをその視界に入れた。
キョトンとしている二人を目にし、カンホの口の端が釣り上げっていく。
「そこの者、近う寄れ。共に山賊を打ちのめした褒美をくれてやる」
カンホは、うすら笑いを浮かべながら、イアン達に手招きをする。
「イアン、あの人が呼んでるみたいだよ」
「ふむ…褒美をくれると言っていたな……とりあえず、行くか」
イアンとネリーミアは、カンホの元へ向かう。
「……待て、ネリィ」
「えっ? どうしたのイアン? 」
イアンは立ち止まると同時に、ネリーミアへ静止を促す。
「何故…オレ達を取り囲む? 」
イアンが、カンホへ問いかける。
「兵達よ、その者たちを引っ捕えろ! 」
カンホの命令を受け、騎馬に乗る兵達が一斉にイアン達へ棒を突き出す。
「くっ…! 掴まれ、ネリィ! 」
「わわっ!? 」
イアンは、ネリーミアを抱き寄せ――
「サラファイア! 」
と両足の足下から炎を噴出させた。
イアンは、ネリーミアを抱き抱えたまま、騎馬の壁を飛び越える。
「怯むなーっ! 再び奴らを取り囲め! 着地地点に先回りするのだ! 」
カンホは、兵達に命令を下す。
兵達は素早く動き、イアンの着地地点を取り囲むように並ぶ。
「…捕まるのは必然か……」
待ち構える兵達を見下ろし、イアンは観念したように呟いた。
「どうする、イアン? 」
「おとなしく捕まる…が、オレだけでいい…」
「そんな! 」
ネリーミアは、イアンの言葉に衝撃を受ける。
イアンを置いて、自分は逃げろと言っているのだ。
「少々、手荒になってしまうが勘弁してくれ……オレのことは心配するな。なんとかなる」
「……わかった。必ず逃げのびて、イアンを助けにいくから、イアンも心配しないでね」
ネリーミアは、イアンの目をじっと見据える。
イアンは、僅かに頬を緩ませた。
「そうか……では、さらば…ではないな、また会おう」
イアンは、ネリーミアを抱えたまま体を捻り――
「サラファイア! 」
両足の足下から吹き上がる炎の勢いを利用し、ネリーミアを投げた。
「ううっ…」
勢いをこらえながら、エリーミアは空を水平に飛んでゆく。
ネリーミアのかろうじて開かれた目から見えるイアンは、ネリーミアの方へ顔を向けたまま、落下していった。
「その後、僕はなんとか地面に着して、サイタイ山に入ったのさ…」
「そうか…町役人とは、カンホ殿のことであったか」
ネリーミアの話が終わった後、バエンがそう呟いた。
その呟きを耳にしたキキョウは、バエンに訊ねる。
「その男をご存知なのですか? 」
「ああ、共に仕事をしていた時期があったのだが、今回のように自分のミスを隠すためなら、他人を利用してでもやる奴だった」
「チクショウ! そいつはイアンに、責任を押し付けようとしているのか! 許せねぇ! 」
ハンケンが、額に青筋を浮かべる。
彼が、カンホに対して怒りを表しているのが明白であった。
「ああ、これを機に奴には、職を降りてもらうことにしよう」
「…でも、そう簡単にいくかな…ネリーミアの言ったことをみんなが信じてくれるか…」
決意を固めたバエンに、ロロットが自信なさげに言葉を発する。
「それは問題ない。さっき私は、やつの素性を語っていたであろう? そう、奴の悪事の数々を知り、その証拠もおさえてあるのだ」
バエンは、不敵な笑みを浮かべながら、ロロットに言った。
「おおっ! 何とかなりそうだね! 」
「うむ、奴を逆賊として征伐する準備をするとして、どうイアン殿を救い出すかが問題だが……」
「それは、私にお任せを」
腕を組んで考え込もうとしたバエンに、キキョウが声を出す。
「おおっ! キキョウよ、何か策があるのだな! 」
「ええ、まず……」
キキョウが、自分の頭の中にある策を言葉にして、この場にいる全員に伝える。
そして、キキョウのイアンを助ける策の説明を終ると皆は、来るべき時に備えて就寝したのであった。
作戦を決行するのは、カンホの使者がバエンの屋敷に辿り着くときである。




