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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
三章 ザータイレン大陸
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六十六話 サイタイ山の魔物

 シコウの町に着いた日から次の日。

支度を終えたロロットとキキョウは、屋敷の門の前で、バエンから魔物討伐についての説明を受けていた。

ハンケンもそこにおり、バエンの隣に立っている。


「…では、二人共…くれぐれも怪我をしないよう、気をつけて」


バエンがロロットとキキョウの二人に頭を下げる。


「ええ、ハンケンさま、しばらく護衛の依頼は中断することになるけど、どうかお気をつけて」


キキョウが、ハンケンに言う。


「心配すんな! バエンがいる」


ハンケンはバエンの肩をバシバシと叩く。


「まったく、おまえというやつは……ところで、ロロットと言ったか? その傷は、どうしたのだ? 特に害なく過ごしていたので聞きそびれてしまったぞ」


ロロットを見るバエンは心配そうな顔をしていた。


「あー…町にいたお兄さんに棒術を習ってたんだ」


ロロットは、バエンがあんまりにも自分を心配そうに見つめていたので、思わず事の真相を言ってしまった。


「ああ、そういうこと…別に勿体ぶらなくても良かったのに」


キキョウがぼそっと口にする。


「なんと! しかし、どんな手解きを受ければそこまでの怪我を……」


バエンが顎に手を当てて考え込む。


「うーん…なんて言えばいいんだろう…なんかグルグル回ってた」


「「「グルグル? 」」」


その場にいたロロット以外の人物の声が重なった。

ロロットの説明を受けてもなお、誰もその光景を正確に思い浮かべられる者はいなかった。


「ま、まぁ、すごい手解きであったのだろう。ちなみに、その男の名前を聞かせてはもらえないだろうか? 」


「シチンって言う人だよ」


バエンに訊ねられ、ロロットはシチンの名を口にした。


「そうか、シチンか。その男を私の兵達の指南役として迎えたいな」


「おっ! じゃあ、そいつの家に行こうぜ、バエン! 」


「うむ。そうしよう。では、ロロットとキキョウ、頼んだぞ」


「うん! 」


「お任せを」


ハンケンとバエンは、シチンの家に、ロロットとキキョウは魔物が潜むと言われているサイタイ山へ向かった。




サイタイ山――


港町シコウの南東に位置する山である。

その山に住む者はおらず、歴史の中でも人の手が加えられたことがないため、天然山と呼ばれ、国によって建造物を建てたり、畑を耕したりすることを規制されている。

その山の中に、見たことの無い魔物が向かったと、別の町役人から伝えられたため、その地域で一番力を持ったバエンに討伐の命令が下ったのである。

ロロットとキキョウは、バエンの代行としてこのサイタイ山に辿り着いた。

バエンが言った通り、着くのに時間はかからず、太陽はまだ真上を通過していなかった。

山を歩いていたロロットがキキョウに声を掛ける。


「キキョウ、気配で魔物がいないか分からない? 」


キキョウは目を閉じ、耳をピンと立てる。


「……大きな気配を感じないわ。もっと奥に入る必要があるみたいね」


「ふーん…まぁ、時間もまだまだあるし、気長に探し回ろうか」


ロロットは山の奥の方へ足を踏み出す。

その時、キキョウの右耳がピクッと動いた。


「待って…右方向で大きな何かが動いた! 」


キキョウはロロットの動きを制して、気配を感知するのに集中する。


「お出ましってやつね」


ロロットは、背中に背負っていた槍を取り出し、両手で構える。


「…………こっちに向かって――え? 」


キキョウの声が途中で途切れた。


「どうしたの? 」


「気配を感知できなくなったわ。まるで霧に包まれたように、何も感知できなくなった…何らかの方法で私の気配感知を妨害しているようね」


キキョウが、右手で細剣を抜き、左手で扇を構える。


「じゃあ、どこから出てくるか分からないってこと? 」


「そういうことよ」


ロロットとキキョウは背中を合わせて、武器を構える。

二人は周りを見回し、異形の姿を探す。

しかし、その目に映るのは森の木々ばかりで、耳に入る音は小鳥のさえずりだけであった。

武器を構える二人のいる一帯が影に包まれる。

雲により太陽の日差しが遮られたのだ。

辺りは暗くなり、二人はより一層目を凝らして周りの様子を伺う。

そして、雲が太陽を通り過ぎ、辺りが明るくなる。

しかし、ロロットとキキョウがいる所だけが暗いままだった。


「キキョウ! 」


「わかってる! 」


ロロットとキキョウは前方へ跳躍し、影の中から脱出した。

その瞬間――


ドォン!


二人が武器を構えていた所へ何かが落下し、砂塵に包まれる。

二人は、体勢を立て直し、砂塵に向かって武器を構える。


「ガルルル……」


砂塵の中から、獣の唸り声が聞こえ――


「ガァァァァ!! 」


雄叫びとともに砂塵から飛び出し、ロロットを襲った。


ガキィン!!


「…くぅ!? 」


ロロットはその獣の爪を槍で受け止めた。

そして、獣の姿をはっきりとその目で確認した。


「こ、これって…」


「虎…翼の生えた虎!? 」


その魔物は、虎の姿をしており、背中には大きな翼が生えていた。

その魔物は、爪をロロットに弾かれ、身を翻し、地面に着地した。


「キキョウ! こいつけっこう力が強いよ。なるべく、攻撃を躱すようにして! 」


ロロットがキキョウに向かって声を上げた。

ロロットの力が強く、それはキキョウには無いものである。

すなわち、ロロットはその魔物の一撃がキキョウには受けきれないものだと判断したのだ。


「そうする方が良さそうね。雪砲! 」


キキョウは、魔物に向かって雪の塊を放った。


「ガルァ! 」


魔物は、その雪玉を翼で払い飛ばし、キキョウの方へ体を向ける。


「真似鏡像を使いたいところだけど、視覚を騙したところで、此奴には無意味そうね…」


魔物と対峙をするキキョウは冷や汗を垂らしながら呟いた。


「ならば、風刃で切り裂く! ロロット、風刃を放つわ! 」


「わかった! 」


ロロットは、キキョウの放つ風の刃から逃れるため、横へ移動する。


「風刃!! 」


そして、キキョウは扇を横へ振り、風の刃を魔物に放った。


「ガア!! 」


しかし、魔物がひと吠えしただけで、風の刃は霧散してしまった。


「そんな…くっ! 」


ドォン!


自分の魔法がかき消されたことに驚愕している暇はなく、キキョウは魔物の爪を跳躍して回避する。

その行動は、ごく当たり前の動作であるが、そうであるがゆえに魔物は、跳躍して身動きの取れないキキョウにその獰猛な顔を向ける。


「うっ…」


その獲物を逃がさんとする魔物の目を見て、キキョウは自分の運命を悟った。


「おおおおおお!! 」


そこへ、ロロットが片手で槍を掲げ、グルグルと回しながら魔物に向かって走り込んできた。

その槍の回転速度は凄まじく、まるで丸い板を持っているように見えた。


ドスッ!


そして、魔物の前で槍の石突きを地面に叩きつけ、大きく跳躍した。


「おりゃああああ!! 」


ロロットは、キキョウに爪を振り下ろそうとする魔物の頭上へ到達すると、体を前方へ回転させ、真下にいる魔物の顔面に槍を叩きつけた。


バシッ!


「ガッ!? グゥゥゥゥ…]


槍を顔面に受けた魔物は、吹き飛ばされ地面に転がる。


「よっと! 大丈夫、キキョウ? 」


尻餅をつくキキョウの目の前に着地したロロットは、キキョウに手を差し伸べる。


「え、ええ、助かったわ」


キキョウは、ロロットの手を取り、立たせてもらう。


「よし! じゃあ、止めを刺すよ」


ロロットは魔物の方へ体を向け、前方へ数歩踏み出した後、再び槍の石突きを地面に叩きつけた。

槍は地面に対して垂直に立ち、ロロットは槍を両手で持ったまま、グルグルと槍の周りを回りだした。

やがて、ロロットは足を空中へ投げ出した状態で体を真っ直ぐ伸ばし、槍を軸に大きく回転をするようになった。


「こ、これが、ロロットの言っていたグルグル…」


キキョウは、腕で顔を庇いながら呟いた。

ロロットの回転の勢いは凄まじく、一帯に風を撒き散らす竜巻と化していたのだ。


「そう! これが、昨日あたしが教わった棒術の奥義――大車輪! 」


グルグルと回転するロロットが声を上げた。


「…んな!? ま、待ってくれ! あっしが悪かった! だから、もう殺さないでくれ! 」


ロロットが、攻撃を放つ寸前で、魔物が起き上がり、ロロットとキキョウに頭を下げてきた。


「「え? 」」


二人は、魔物が喋れたことに驚愕し――



「お…あああああああああ!! 」


ロロットは、攻撃が不意に中断されたため、回転の制御に失敗し、あらぬ方へと吹き飛んで行ってしまった。


「…失敗すれば、ああなってしまうのね…傷だらけになるわけだ。はぁ……」


キキョウは、ロロットが傷だらけである理由に納得し、ため息をついた。




 吹き飛んだロロットが新しい傷を作って、キキョウの元へ帰ってきたため、キキョウは魔物の話を聞くことにした。


「まず、お前はなんなの? 」


「へぇ…あっしは妖翼虎(ようよくこ)のキョウと申します。はい」


キョウは体を伏せながら言った。


「そう……で、言葉を解せるのなら、襲いかからなくても良かったのでは? 」


キキョウは腕を組み、片方の二の腕を指でトントンと叩く。


「は、腹が減ってて…その……」


キョウの声がどんどん小さくなる。


「はぁ? はっきり喋りなさいよ!」


ボロボロのロロットが、ドスの聞いた声を出し、キョウを脅す。

キキョウは心の内で、ロロットもうまく喋れない時があるのを指摘する。


「ひぃ! ごめんさい! あなた方を喰おうと襲い掛かりました! 」


キョウは、顔面を地面に擦りつける。


「はぁ…言葉を喋る知能があるくせに…」


キキョウは、キョウを呆れた目で見つめた。


「どうする、キキョウ? 討伐って、必ず倒さなきゃいけないのかな? 」


ロロットが、キキョウに聞く。


「この場合はどうしたら……」


キキョウが考え込む。

そこへ、キョウが口を挟んできた。


「あの~、討伐って聞こえたような、もしかしてあっしのことですか? 」


「おまえ以外に何がいるんだよ! 」


ロロットがキョウに言い放つ。


「ひいいいい!! ご勘弁を! 人を襲ったのは今回が初めてなんです。もうしませんから許してください! 」


キョウが何度も頭を地面に叩きつける。


「ん? 人を襲ったのは今回が初めて? 」


キキョウは、何かおかしなことになっているのを感じ取った。


「おまえ、最近人に見られたことはある? 」


「へ? 今回が初めてですが? 普段は人目につかぬようしているので」


キョウが、キョトンとした顔を上げる。


「…私に気配を感知されたのも襲った理由のひとつね? 」


「へ、へい、腹が減っていたときにちょうど、あっしの気配を勘ぐる者が現れたので…」


「自分の存在を知った者を殺すと同時に自分の腹を満たそうとしたのね。あとお前は、気配をうやむやにできるのね」


「へい、自分の存在を隠すために身につけました」


キョウが自信有りげな表情を浮かべる。

その能力を身につけるのに相当努力をしたのだろう。


「話を戻すわ。お前は、私達と会うまで誰にも見られていないのね? 」


「へい! 断言できますぜ」


キョウは、キリッとした顔で答えた。


「どういうこと? 」


ロロットが状況を読めず、キキョウに訊ねる。


「町役人が嘘を付いているか、キョウの他に魔物がこの山にいるっていうことになるわ」


「えっ? えーと…とりあえず、近くにその魔物がいないか探ろうよ」


「ええ……キョウ、おまえは気配をうやむやにした状態でも他者の気配を感じ取れる? 」


「できませんぜ! 」


キョウが言い切った。


「バカッ! さっさとそれを解きなさい! どこに魔物がいるのかわからないのよ! 」


キキョウに怒鳴られ、キョウは慌てて体を動かす。


「あわわわ! 今すぐ解きます……あっ! 何かの気配を感知しました! 」


「よし、それはどこから? 」


「あっし達の後ろの茂みからです」


「「……」」


ロロットとキキョウが固まる。


ガサッ!


茂みの中で何かが動く音がし、我に返った二人は、慌てて武器を構える。

そして、その何かが茂みの中からその姿をあらわにした。


「…あれ? 君達は……」


「おや、知り合いのようですが? 」


キョウがロロットとキキョウに訪ねるが、二人は驚愕の表情を浮かべるだけで、何の反応も示すことができなかった。

茂みの中から現れたのが、イアンとともに姿を消したネリーミアだったからだ。




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