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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
三章 ザータイレン大陸
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六十四話 さらば また会おう

 ヴィオリカの銛が連続して突き出される。

突く度に、貫かんとする体の部位変わり、イアンは戦斧を盾にしてそれを防いでいた。

銛は絶え間なく突き出され、イアンは防御に徹していた。

そんなイアンの様子を見て、ヴィオリカはニヤリと口の端を釣り上げる。


「まさしく手も足も出ないようだな、人間」


「……」


イアンは、言葉を返すことなく、目線を迫り来る銛の切っ先に向ける。

ヴィオリカの銛は、戦斧より柄が長く、素早く扱えるため、イアンが苦戦するのは一目瞭然だった。

この場合、素早く振るえるショートホークで戦うのが、今のイアンとっては最上である。

そのことはイアンも承知であるが、今の状況では、武器を取り替えることができないのであった。

そこで、イアンは行動を起こすことにする。

イアンは距離を広げるため、後ろへ跳躍した。


「無駄なことだ」


しかし、ヴィオリカは片足を踏み込み、銛をイアンの顔面目掛けて突き出した。


「危うい! 」


イアンは顔を横へ傾け、間一髪で銛を躱した。


「ふふ…」


銛の切っ先がイアンの顔の横を通り過ぎた時、ヴィオリカが不敵な笑みを浮かべた。


ヒュッ!


「…っ!? 」


突き出され銛が、勢いよくヴィオリカの手元へ引き戻された。

跳躍したイアンだが、ヴィオリカの足さばきにより広げた距離を詰められてしまった。

再び、ヴィオリカの猛襲が始まるのだが、イアンは銛の一部に凝視していた。


「ははは! 気づいたか! いや、気づいていないだろうな。そら! 」


銛を凝視するイアンに、高笑いをしたヴィオリカは、イアンの右頬に銛を放った。


「くっ…! 」


咄嗟に銛の軌道が変更されたが、イアンは防御に間に合うことができた。

ギリギリであったため戦斧を持つ手が頬に触れた。


「…………むっ!? 馬鹿な!! 」


その後、ヴィオリカの銛を防御している最中、イアンは異変に気づき、思わず声を出してしまった。

その異変というのは、戦斧を持つ手にべったりと血が付いていたのだ。


「それが、我が三叉銛――ディベリネアの怖さよ」


ディベリネアを突き出しながら、ヴィオリカが呟いた。

ディベリネアの三つに分かれた切っ先の一つ一つに、かえし刃があり、それがイアンの右頬を引っ掻いたのだ。


「ディベリネアは、槍のように突くだけにあらず、鉤爪のように引き裂くこともできるのだ。はぁ! 」


連続して突き出されるディベリネアの速度がより一層速くなる。


「ぐぐ…」


凄まじさを増したディベリネアの勢いに押され、イアンは徐々に後ろへと追いやられる。


「イアン! 」


先程まで、カオウロウキの回復に徹していたネリーミアだったが、劣勢が続くイアンの姿に思わず声を上げてしまった。

その声はイアンの耳に届いたのか定かでは無いが、その時、イアンの口元から僅かに笑みがこぼれた。


「ははは! 仲間が貴様の心配をしているぞ! 」


ヴィオリカがイアンを挑発するように言葉を発し、ディベリネアを突き出す。


キィン!


何度目かのディベリネアが戦斧を弾く音が響いた。

そのとき――


「今だ」


イアンが思いっきり横へ飛び込んだ。

イアンは、絶え間なく放たれるディベリネアを受けながら、ヴィオリカの攻撃の律動をはかっていたのだ。

その結果イアンは、ディベリネアを突き出した後から次の攻撃をするために、ディベリネアを引き戻す動作が、絶え間ない三叉銛の猛襲の僅かな隙と判断した。


「ほう、少しは考えたな、だが…」


ヴィオリカが体を捻りながらディベリネアを引き戻す。

その際に、翼も大きく広げられた。

離された距離を詰めると同時に、必殺の一撃を放とうというのだ。


「「残念だったな」」


二人の声が重なった。

ヴィオリカが眉をひそめて、もう一人の声を発した人物であるイアンを見た。

イアンは既に、両足を地面につけ、右手に戦斧、左手にショートホークを持っていた。


「…なんのつもりだ? 」


「こうするのだ」


ヴィオリカの問いかけを受け、イアンは行動で返答を行った。

戦斧だけを振り回し、体を軸にして横へ回転しだしたのだ。

遠心力により、その回転の速度を上げていく。


「…失血で気でも狂ったか…今、楽にしてやる!! 」


ヴィオリカは、溜め込んだ力を一気に開放するように、跳躍と羽ばたきを行った。

ヴィオリカは、イアン目掛けて真っ直ぐ飛んでいき、ディベリネアを突き出した。

回転しながら、それを確認したイアンは上半身を思いっきり反らせ、ショートホークを持った左腕にも力を入れた。

すると、横回転をしていた戦斧は、縦回転をしている戦斧とショートホークへと変化し、回転速度も急激に速くなった。


「なっ…!? 」


ヴィオリカの口が大きく開かれるのと同時に、突き出されたディベリネアと回転する斧達が激突する。


キィン! キィン! キィン! ……


イアンの振るう斧達が、ディベリネアを下から連続して叩きつける。

回転するイアンは、ディベリネアを上へ叩き上げながら、ヴィオリカに接近し――


ゴッ!!


「うっ!! 」


ヴィオリカの目の前に到達し、ディベリネアを持つ手に戦斧の背を叩き込んだ。

ディベリネアが天高く吹き飛ばされ、遠くの方へ飛んでゆく。


「もう一度言うか? 残念だったな」


イアンは回転を停止させ、戦斧をヴィオリカの首元に当てる。


「くっ…人間如きに……」


「はははは! その人間如きに、武器を飛ばされて悔しいか!? 魔族のお嬢ちゃん」


ヴィオリカがイアンを睨みつけた時、イアンの側面の方から声が聞こえた。

イアンは、声の聞こえた方向へ目を向ける。

そこには、ロシンギが、目の前に立つサラの頭に右手を置いて立っていた。

ロシンギの左手に何か持ち、得物は背中に背負っていた。


「終わったようだな、イアン。こっちも終わったぜ、ほれ」


ロシンギが左手を振り、持っていたものを投げてきた。

それはイアンとヴィオリカの前に転がり、それが何であるか理解した二人の目が見開かれる。


「ば、馬鹿な! 貴様のような…貴様達に……そんな…」


興奮して叫んでいたヴィオリカであったが、その声のトーンは小さくなっていく。

ロシンギが投げよこしてきたものは、魔族の男の首であった。

驚愕と絶望の色に彩られた魔族の男の顔は、悲惨な最期を遂げたことを物語っていた。


「へへ…ちょいと、本気を出したのさ。そんで…お嬢ちゃんは、まだ戦う気があるのか? 」


「……」


ヴィオリカは両目を閉じ、握り締めていた手をゆっくりと開いた。


「我輩は、貴様達と戦わない。武器を下げてくれ、首だけは拾わせて欲しい」


「ああ」


ヴィオリカは、ディベリネアと魔族の男の首を拾い上げ、翼を羽ばたかせ空に上がる。


「…貴様、名前を何といったか…? 」


空中で振り返ったヴィオリカの視線がイアンに向かう。


「イアンだ」


イアンもヴィオリカに顔を向けて、視線を合わせる。


「イアン…今回は貴様の勝ちだ。だが、次はこうはいかん。次に会う日まで、貴様の名を忘れんぞ」


そう言い放ったヴィオリカは天高く舞い上がり、空の彼方へ消え去った。


「へッ…厄介な女に目をつけられた…な…ぁ」


ヴィオリカがこの場から消え去った瞬間、ロシンギが倒れ込んだ。


「ネリィ! ロウキの傷は!? 」


「う、うん! もう大丈夫! 今そっちに行くよ」


ネリーミアの聖法術を受け、カオウロウキの傷は良くなっていた。


(イアン…こいつはもう…)


サラの顔が暗くなる。

イアンは、ロシンギへ近づき、仰向けに寝転がせた時、サラの言ったことを理解した。

そこへ、ようやくネリーミアが到着する。


「ロシンギさん、どこが……」


ロシンギの姿を見て、ネリーミアは言葉を詰まらせた。

ロシンギの左側の腹から左足の部分が無くなっていたからだ。


「…仕方ねぇさ…奴は確実に仕留めるべきだった……それに…元々敵同士…おめぇらが気にすることはねぇ…さ」


ロシンギは、ニッと口を横に開いて笑った。


「気にはしていない…だが、やつ……奴らは、強いのか? 」


イアンは、腰を下ろしてロシンギに訊ねた。


「ああ…強いぞ、お嬢ちゃんの方も…おとなしく退いてくれて助かったぜ…」


「そうか……見えるか? ロウキは無事だ」


「ああ……無事だな……ほれ……右手首だったか……」


ロシンギは、イアンが差し出した右手首に右手をかざした。

すると、黒い痣は全て消え去った。


「…これで…おまえは砂漠から出られる。約束は果たしたぜ…」


「ああ…他に言い残すことはないか? 」


「俺の死体はロウキの傍に…あと…こいつをもらってくれ」


ロシンギの右手が背中に伸び、赤い柄の槍をイアンに差し出した。

イアンがそれを手に取ると、その重量をその身に感じた。


「重いな…」


「へへ……こいつは弧炎裂斬刀(こえんれつざんとう)っていうんだ。こいつは、プレゼントってやつよ。男が惚れた女によくやるんだろ? 」


「馬鹿か…オレは女ではない。あと、こんなものを貰って喜ぶ女がいるものか」


「…ははっ…ごほっ…ごほっ…違いねぇ…」


ロシンギが血を吐き出す。

そろそろ限界のようだ。


「だが、使ってくれそうなやつに心当たりがある。そいつに渡すまで、オレが預かっておこう」


イアンは、弧炎裂斬刀を背中に背負い立ち上がった。


「…ああ…そいつは…いい…な…………」


ゆっくりとロシンギの瞼が閉じられた。

風が森を吹き抜け、ザワザワと葉と葉の擦れ合う音が森全体に響き渡った。




 その後、カオウロウキの傍に一つの墓が建てられた。

その墓に刻まれているは、カオウロウキの親友の名である。

カオウロウキは、ほぼ無くなってしまった自我の気まぐれで、微かに残った記憶の中からその親友を探した。

記憶の一つ一つは断片的なものがほとんどであったが、一つだけ綺麗な状態のものが残っており、それを覗いてみる。

自分に手を差し伸べている子供の姿が映った。

記憶を覗いているカオウロウキは、その記憶通りに言葉は発した。


『ぼく、カオウロウキ』


すると、目の前の子供はニッと笑い、こう言った。


『そうか…ロウキ、良く聞けよ。俺はロシンギだ! 』






――三日後。


砂漠からシソウへと向かうため、イアンとネリーミアとサラは砂漠を歩き続け、ようやく国境に辿り着いた。

砂しか無かった地面には、まばらであるが草が生えており、視線の奥に森があるのが確認できる。


(そろそろかな…)


イアンの頭の中で、サラの声が響いた。

振り返ると、サラが立ち止まっている。


「おまえには世話になったな。いつか、おまえを呼び出せるようになったとき、また力を貸してくれ」


(うん! その時が楽しみだけど……イアンがお婆ちゃんになってたらショックだなぁ)


サラが腰を曲げて、杖をついて歩くふりをする。


「…オレが一番ショックを受けるぞ。いつ女になったのだ」


「あはは…どういうやり取りをしているかだいたいわかるよ」


イアンとサラのやり取りを見て、ネリーミアが呟いた。


(ああ! ネリーミアにまたねって言ってたことを伝えてね! )


「ネリィ、サラがまたねと言っているぞ」


「うん。また、いつか! 」


(じゃあ、ばいばーい!! )


サラは、炎に包まれ、空の彼方へ飛んでいった。


「では、オレ達も進むとしよう。依頼はまだ終わってない」


「うん。港のある村はそう遠くないと思うよ」


イアンとネリーミアは、前へと歩き出した。


「ん……」


イアンは、強く照らされていた日差しが、少し弱くなったのを感じた気がした。




1月11日―誤字修正

だが、次はこうないかん。 → だが、次はこうはいかん。

こいつは弧炎裂斬刀ってうんだ。 → こいつは弧炎裂斬刀っていうんだ。


2019年3月6日 誤字修正


銛は絶え間なず突き出され、イアンは防御に徹していた。 → 銛は絶え間なく突き出され、イアンは防御に徹していた。


その後、カオウロウキ傍に一つの墓が建てられた。 → その後、カオウロウキの傍に一つの墓が建てられた。


イアンの頭お中で、サラの声が響いた。 → イアンの頭の中で、サラの声が響いた。


◇ご報告ありがとうございました◇


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