六十四話 さらば また会おう
ヴィオリカの銛が連続して突き出される。
突く度に、貫かんとする体の部位変わり、イアンは戦斧を盾にしてそれを防いでいた。
銛は絶え間なく突き出され、イアンは防御に徹していた。
そんなイアンの様子を見て、ヴィオリカはニヤリと口の端を釣り上げる。
「まさしく手も足も出ないようだな、人間」
「……」
イアンは、言葉を返すことなく、目線を迫り来る銛の切っ先に向ける。
ヴィオリカの銛は、戦斧より柄が長く、素早く扱えるため、イアンが苦戦するのは一目瞭然だった。
この場合、素早く振るえるショートホークで戦うのが、今のイアンとっては最上である。
そのことはイアンも承知であるが、今の状況では、武器を取り替えることができないのであった。
そこで、イアンは行動を起こすことにする。
イアンは距離を広げるため、後ろへ跳躍した。
「無駄なことだ」
しかし、ヴィオリカは片足を踏み込み、銛をイアンの顔面目掛けて突き出した。
「危うい! 」
イアンは顔を横へ傾け、間一髪で銛を躱した。
「ふふ…」
銛の切っ先がイアンの顔の横を通り過ぎた時、ヴィオリカが不敵な笑みを浮かべた。
ヒュッ!
「…っ!? 」
突き出され銛が、勢いよくヴィオリカの手元へ引き戻された。
跳躍したイアンだが、ヴィオリカの足さばきにより広げた距離を詰められてしまった。
再び、ヴィオリカの猛襲が始まるのだが、イアンは銛の一部に凝視していた。
「ははは! 気づいたか! いや、気づいていないだろうな。そら! 」
銛を凝視するイアンに、高笑いをしたヴィオリカは、イアンの右頬に銛を放った。
「くっ…! 」
咄嗟に銛の軌道が変更されたが、イアンは防御に間に合うことができた。
ギリギリであったため戦斧を持つ手が頬に触れた。
「…………むっ!? 馬鹿な!! 」
その後、ヴィオリカの銛を防御している最中、イアンは異変に気づき、思わず声を出してしまった。
その異変というのは、戦斧を持つ手にべったりと血が付いていたのだ。
「それが、我が三叉銛――ディベリネアの怖さよ」
ディベリネアを突き出しながら、ヴィオリカが呟いた。
ディベリネアの三つに分かれた切っ先の一つ一つに、かえし刃があり、それがイアンの右頬を引っ掻いたのだ。
「ディベリネアは、槍のように突くだけにあらず、鉤爪のように引き裂くこともできるのだ。はぁ! 」
連続して突き出されるディベリネアの速度がより一層速くなる。
「ぐぐ…」
凄まじさを増したディベリネアの勢いに押され、イアンは徐々に後ろへと追いやられる。
「イアン! 」
先程まで、カオウロウキの回復に徹していたネリーミアだったが、劣勢が続くイアンの姿に思わず声を上げてしまった。
その声はイアンの耳に届いたのか定かでは無いが、その時、イアンの口元から僅かに笑みがこぼれた。
「ははは! 仲間が貴様の心配をしているぞ! 」
ヴィオリカがイアンを挑発するように言葉を発し、ディベリネアを突き出す。
キィン!
何度目かのディベリネアが戦斧を弾く音が響いた。
そのとき――
「今だ」
イアンが思いっきり横へ飛び込んだ。
イアンは、絶え間なく放たれるディベリネアを受けながら、ヴィオリカの攻撃の律動をはかっていたのだ。
その結果イアンは、ディベリネアを突き出した後から次の攻撃をするために、ディベリネアを引き戻す動作が、絶え間ない三叉銛の猛襲の僅かな隙と判断した。
「ほう、少しは考えたな、だが…」
ヴィオリカが体を捻りながらディベリネアを引き戻す。
その際に、翼も大きく広げられた。
離された距離を詰めると同時に、必殺の一撃を放とうというのだ。
「「残念だったな」」
二人の声が重なった。
ヴィオリカが眉をひそめて、もう一人の声を発した人物であるイアンを見た。
イアンは既に、両足を地面につけ、右手に戦斧、左手にショートホークを持っていた。
「…なんのつもりだ? 」
「こうするのだ」
ヴィオリカの問いかけを受け、イアンは行動で返答を行った。
戦斧だけを振り回し、体を軸にして横へ回転しだしたのだ。
遠心力により、その回転の速度を上げていく。
「…失血で気でも狂ったか…今、楽にしてやる!! 」
ヴィオリカは、溜め込んだ力を一気に開放するように、跳躍と羽ばたきを行った。
ヴィオリカは、イアン目掛けて真っ直ぐ飛んでいき、ディベリネアを突き出した。
回転しながら、それを確認したイアンは上半身を思いっきり反らせ、ショートホークを持った左腕にも力を入れた。
すると、横回転をしていた戦斧は、縦回転をしている戦斧とショートホークへと変化し、回転速度も急激に速くなった。
「なっ…!? 」
ヴィオリカの口が大きく開かれるのと同時に、突き出されたディベリネアと回転する斧達が激突する。
キィン! キィン! キィン! ……
イアンの振るう斧達が、ディベリネアを下から連続して叩きつける。
回転するイアンは、ディベリネアを上へ叩き上げながら、ヴィオリカに接近し――
ゴッ!!
「うっ!! 」
ヴィオリカの目の前に到達し、ディベリネアを持つ手に戦斧の背を叩き込んだ。
ディベリネアが天高く吹き飛ばされ、遠くの方へ飛んでゆく。
「もう一度言うか? 残念だったな」
イアンは回転を停止させ、戦斧をヴィオリカの首元に当てる。
「くっ…人間如きに……」
「はははは! その人間如きに、武器を飛ばされて悔しいか!? 魔族のお嬢ちゃん」
ヴィオリカがイアンを睨みつけた時、イアンの側面の方から声が聞こえた。
イアンは、声の聞こえた方向へ目を向ける。
そこには、ロシンギが、目の前に立つサラの頭に右手を置いて立っていた。
ロシンギの左手に何か持ち、得物は背中に背負っていた。
「終わったようだな、イアン。こっちも終わったぜ、ほれ」
ロシンギが左手を振り、持っていたものを投げてきた。
それはイアンとヴィオリカの前に転がり、それが何であるか理解した二人の目が見開かれる。
「ば、馬鹿な! 貴様のような…貴様達に……そんな…」
興奮して叫んでいたヴィオリカであったが、その声のトーンは小さくなっていく。
ロシンギが投げよこしてきたものは、魔族の男の首であった。
驚愕と絶望の色に彩られた魔族の男の顔は、悲惨な最期を遂げたことを物語っていた。
「へへ…ちょいと、本気を出したのさ。そんで…お嬢ちゃんは、まだ戦う気があるのか? 」
「……」
ヴィオリカは両目を閉じ、握り締めていた手をゆっくりと開いた。
「我輩は、貴様達と戦わない。武器を下げてくれ、首だけは拾わせて欲しい」
「ああ」
ヴィオリカは、ディベリネアと魔族の男の首を拾い上げ、翼を羽ばたかせ空に上がる。
「…貴様、名前を何といったか…? 」
空中で振り返ったヴィオリカの視線がイアンに向かう。
「イアンだ」
イアンもヴィオリカに顔を向けて、視線を合わせる。
「イアン…今回は貴様の勝ちだ。だが、次はこうはいかん。次に会う日まで、貴様の名を忘れんぞ」
そう言い放ったヴィオリカは天高く舞い上がり、空の彼方へ消え去った。
「へッ…厄介な女に目をつけられた…な…ぁ」
ヴィオリカがこの場から消え去った瞬間、ロシンギが倒れ込んだ。
「ネリィ! ロウキの傷は!? 」
「う、うん! もう大丈夫! 今そっちに行くよ」
ネリーミアの聖法術を受け、カオウロウキの傷は良くなっていた。
(イアン…こいつはもう…)
サラの顔が暗くなる。
イアンは、ロシンギへ近づき、仰向けに寝転がせた時、サラの言ったことを理解した。
そこへ、ようやくネリーミアが到着する。
「ロシンギさん、どこが……」
ロシンギの姿を見て、ネリーミアは言葉を詰まらせた。
ロシンギの左側の腹から左足の部分が無くなっていたからだ。
「…仕方ねぇさ…奴は確実に仕留めるべきだった……それに…元々敵同士…おめぇらが気にすることはねぇ…さ」
ロシンギは、ニッと口を横に開いて笑った。
「気にはしていない…だが、やつ……奴らは、強いのか? 」
イアンは、腰を下ろしてロシンギに訊ねた。
「ああ…強いぞ、お嬢ちゃんの方も…おとなしく退いてくれて助かったぜ…」
「そうか……見えるか? ロウキは無事だ」
「ああ……無事だな……ほれ……右手首だったか……」
ロシンギは、イアンが差し出した右手首に右手をかざした。
すると、黒い痣は全て消え去った。
「…これで…おまえは砂漠から出られる。約束は果たしたぜ…」
「ああ…他に言い残すことはないか? 」
「俺の死体はロウキの傍に…あと…こいつをもらってくれ」
ロシンギの右手が背中に伸び、赤い柄の槍をイアンに差し出した。
イアンがそれを手に取ると、その重量をその身に感じた。
「重いな…」
「へへ……こいつは弧炎裂斬刀っていうんだ。こいつは、プレゼントってやつよ。男が惚れた女によくやるんだろ? 」
「馬鹿か…オレは女ではない。あと、こんなものを貰って喜ぶ女がいるものか」
「…ははっ…ごほっ…ごほっ…違いねぇ…」
ロシンギが血を吐き出す。
そろそろ限界のようだ。
「だが、使ってくれそうなやつに心当たりがある。そいつに渡すまで、オレが預かっておこう」
イアンは、弧炎裂斬刀を背中に背負い立ち上がった。
「…ああ…そいつは…いい…な…………」
ゆっくりとロシンギの瞼が閉じられた。
風が森を吹き抜け、ザワザワと葉と葉の擦れ合う音が森全体に響き渡った。
その後、カオウロウキの傍に一つの墓が建てられた。
その墓に刻まれているは、カオウロウキの親友の名である。
カオウロウキは、ほぼ無くなってしまった自我の気まぐれで、微かに残った記憶の中からその親友を探した。
記憶の一つ一つは断片的なものがほとんどであったが、一つだけ綺麗な状態のものが残っており、それを覗いてみる。
自分に手を差し伸べている子供の姿が映った。
記憶を覗いているカオウロウキは、その記憶通りに言葉は発した。
『ぼく、カオウロウキ』
すると、目の前の子供はニッと笑い、こう言った。
『そうか…ロウキ、良く聞けよ。俺はロシンギだ! 』
――三日後。
砂漠からシソウへと向かうため、イアンとネリーミアとサラは砂漠を歩き続け、ようやく国境に辿り着いた。
砂しか無かった地面には、まばらであるが草が生えており、視線の奥に森があるのが確認できる。
(そろそろかな…)
イアンの頭の中で、サラの声が響いた。
振り返ると、サラが立ち止まっている。
「おまえには世話になったな。いつか、おまえを呼び出せるようになったとき、また力を貸してくれ」
(うん! その時が楽しみだけど……イアンがお婆ちゃんになってたらショックだなぁ)
サラが腰を曲げて、杖をついて歩くふりをする。
「…オレが一番ショックを受けるぞ。いつ女になったのだ」
「あはは…どういうやり取りをしているかだいたいわかるよ」
イアンとサラのやり取りを見て、ネリーミアが呟いた。
(ああ! ネリーミアにまたねって言ってたことを伝えてね! )
「ネリィ、サラがまたねと言っているぞ」
「うん。また、いつか! 」
(じゃあ、ばいばーい!! )
サラは、炎に包まれ、空の彼方へ飛んでいった。
「では、オレ達も進むとしよう。依頼はまだ終わってない」
「うん。港のある村はそう遠くないと思うよ」
イアンとネリーミアは、前へと歩き出した。
「ん……」
イアンは、強く照らされていた日差しが、少し弱くなったのを感じた気がした。
1月11日―誤字修正
だが、次はこうないかん。 → だが、次はこうはいかん。
こいつは弧炎裂斬刀ってうんだ。 → こいつは弧炎裂斬刀っていうんだ。
2019年3月6日 誤字修正
銛は絶え間なず突き出され、イアンは防御に徹していた。 → 銛は絶え間なく突き出され、イアンは防御に徹していた。
その後、カオウロウキ傍に一つの墓が建てられた。 → その後、カオウロウキの傍に一つの墓が建てられた。
イアンの頭お中で、サラの声が響いた。 → イアンの頭の中で、サラの声が響いた。
◇ご報告ありがとうございました◇




