六十三話 乱入者
砂漠の真ん中に広がる森の中。
その開けた場所で、イアンは五御大の一人、ロシンギと対峙していた。
この場にもう一体、妖魔がいるが、その一体は他の五御大とは違うようだ。
ロシンギは、セロイ村の村人から、守り神と呼ばれるその妖魔に指を指す。
「こいつは、カオウロウキ。残り少ない五御大の一人……もう二人しかいないのに、五はおかしいか」
ロシンギはそう言うと、ガハハと笑いだした。
「…この右手首に付けられた呪いを解くには、五御大と呼ばれる妖魔を倒す…そうだな? 」
イアンは、ロシンギに右手首の痣を見せる。
「ああ、それも方法の一つだ。だが、五御大が解こうと思ったら一人につき、一つの呪いを解くことができる。カオウロウキはそれをやったのさ」
「そこが分からないのだ。何故、自分から解いた? 」
「けっ! そんなもん本人にしかわかんねぇよ……ま、戦いたくなかったんだろう」
ロシンギは、カオウロウキの巨体を見つめる。
カオウロウキは近くにいるのに、ロシンギの目は遠くを見ているようだった。
「そうか…では、残りの一つも解いて欲しいのだが? 」
「ハッ! それはタダでは聞けねぇ、お願いだぜ! 」
ダァン!
ロシンギが、槍を地面に叩きつけた。
草の下にある砂が舞い上がる。
ロシンギは、イアンと戦うつもりのようだ。
しかし――
「……場所を変えるぞ。そこのチビが本気を出したら、森を焼き尽くしちまいそうだ」
「チビ…サラのことか…」
イアンが、振り向いてサラを見る。
いつもの無邪気なことを言うサラの表情ではなく、凛とした顔で微かに、熱気を放っていた。
(サラ、どうした? )
(イアン…あいつ、強いよ)
イアンの頭の中に、サラの引き締まった声が響いた。
再び、正面に顔を向けると、こちらに背を向けて歩いているロシンギの姿が見えた。
ロシンギは、異様な存在感を放っており、彼に目線を引き寄せられる。
(雰囲気は、他の奴とは違うな。これは、気が抜けないな)
イアンが念話を飛ばす。
しかし、サラは答えずに、ロシンギの後を追っていた。
「サラ、どうしちゃったの?」
サラのただならぬ雰囲気に、ネリーミアがイアンに駆け寄ってきた。
「……さぁな」
イアンは、そう呟くだけだった。
「この辺でいいだろ」
前を歩いていたロシンギが立ち止まる。
彼に、連れてこられた場所は森の外、つまり砂漠であった。
後ろを振り向くと、少し離れた所に森が広がっているのが見える。
「ここでなら存分に暴れられるぜ? 」
「…本当に、他の五御大とは違うのだな」
槍を構えるロシンギに、イアンが言った。
「けっ! 俺とロウキは、元々は別の括りだったが、思うところがあって、奴ら三人の仲間になったのよ。今は、少し後悔してる」
ロシンギは、腰に手を当てながら、吐き捨てるようにいった。
「聞いてもいいか? カオウロウキとやらは、セロイ村で何をやっているのだ? 」
「ロウキでいいぞ……奴はな、森になっちまったのさ」
「森…? 」
思わずイアンは呟いた。
ロシンギは、そのイアンの反応に対してなのか定かではないが、フッと呆れるように息をだした。
「数年前…奴がこの村に来たとき、山賊共が村を襲っていたんだと…そんで、邪魔だった山賊共を追い払ったロウキは、村人たちから良い奴って思われちまった。それから、奴は自分の体を顧みず、村を豊にするために自分自身を森の一部として、砂漠に広がる森を作った。ロウキから聞けてわかったのはこんだけだ。ロウキはもうまともに喋れねェ…力の使い過ぎだ」
「…何故、そこまでのことを? 」
イアンが、疑問を口に出す。
「知るかよ……でも、嬉しかったんじゃねぇか? だれかに感謝されたり、必要とされることが…」
ロシンギが、遠くを見つめながら言葉を返した。
その目線は、イアン達の後方に広がる森、その中のカオウロウキを見つめているのだろう。
「そうか…で、五御大に入った理由は? 」
「知れたこと…強くなりたかったのさ」
「そうか…お前は、他の五御大と違ってわかりやすいな」
イアンはそう言うと、ホルダーから戦斧を取り出す。
その様子を見て、ロシンギはニヤリと笑い出した。
「へへっ! それは、褒め言葉と受け取っていいんだよな、お嬢ちゃん」
(ぷっ…くくく)
「……」
頭の中で、サラの笑い声が聞こえ、イアンは一気に冷めた顔をする。
ロシンギは、イアンの顔を見て、目を見開いた。
「あれ? 俺、なんか変なことを言ったか? 」
「あの…ロシンギさん。彼…イアンは男です」
ネリーミが、ロシンギに声を掛けた。
その言葉を受け、ロシンギが額に手を当てる。
「あっ…そうなのか! いやー、すまなかった! 好みの顔だったが、まさか男だとは…」
「好み…そうなのか? 」
イアンが自分の顔をペタペタと触る。
「ああ、やっと俺の下の槍の出番が来たかと思っていたんだぜ? 」
ロシンギが、自分の下半身に顔を向けた。
その顔は、少し悲しげに見えた。
「…? 何を言っているだ? 」
「僕に聞かれても…体のどこかに武器を隠し持っているんじゃないかな? 意味がわからないけど…」
(わかんない)
イアンは、ロシンギの言っていることがわからず、ネリーミアとサラに聞いても見るも、二人もわからないようだった。
「…まぁいいか。残念だったな、オレが女じゃなくて」
「……いや…良かったぜ。これで心置きなく、ぶっ殺せるんだからよォ」
ロシンギは、槍を片手で振り回す。
「お前…オレが女だったら、殺さなかったのか…? 」
「おうよ! 」
ロシンギは言い切った。
そんなロシンギの様子を見て、イアンは戦斧を構える。
しかし、サラが前に進み、イアンの目の間に立った。
(サラ? )
(イアンじゃ、あいつに敵いっこないよ。だから、ここはワタシに任せて…)
ゴウッ!
サラの体から、炎が吹き上がる。
炎は激しく燃え上がり、その熱気に押され、イアンは後ろへ下がる。
「…くっ! サラ…」
「…イアンだったか? 俺は、イアンとも戦いたかったんだがな……おい、イアン!」
「なんだ? 」
「俺が勝っても、お前らには手をださねぇ。呪いも解く。だが、俺が負けても、ロウキには手を出さないでくれ」
「……わかった。サラ、悪いがこの勝負、おまえに任せる」
(任せて! )
「よっしゃあ! じゃあ始めるとすっか!! 」
ロシンギが体を捻り、サラが舞の構えを取ったとき――
「ほう…強い力の気配を辿って来てみれば…大刀の方か…」
「んあ!? 誰だァ、勝負に水を差すバカは!? って…おいおいおい……」
ロシンギは、声が聞こえた方、頭上へ顔を向け、目を大きく見開いた。
その顔はニヤついていたが、目は笑っておらず、額から冷や汗が垂れていた。
イアン達もロシンギが見ている方へ顔を向ける。
(…!? )
「あ、あれって…」
サラとネリーミアが驚愕し――
「こんな時に、魔族か…」
とイアンが呟いた。
ロシンギとサラが対峙しているところから上空。
そこに二人の魔族が空に浮いていた。
一人は男で、その盛り上がった筋肉で、着用している燕尾服のような衣類がはち切れそうである。
頭に毛は無く、その顔から荘厳な雰囲気を漂わせていた。
両手には、小手のような物を付けており、拳の部分に棘らしき突起物が突き出ている。
もう一人の魔族は少女で、黒いドレスのような衣類を着用していた。
髪は灰色で、彼女の胸元まで伸ばされた髪は、一つに束ねられ、首元の辺りから縦に髪が巻かれている。
白い手袋を着用しており、片手に三又の黒い銛を持っていた。
三つに分かれた刃の先端には、それぞれにかえしが付いている。
二人には、頭に角が生えているほか、背中に蝙蝠のような翼を生やしている。
二人の魔族は、空からロシンギを見下ろしていた。
「お前がここにいるということは…植栽草林はあそこか…」
男の魔族が、森の方へ目を向ける。
「野郎! 」
ロシンギがそう呟き、槍を構えると、反り返った刃が赤く光りだした。
「ロウキのところに行かせねぇぞ!! 」
ロシンギは、槍を振り下ろした。
赤い光が刃となって、魔族の男目掛けて飛んでゆく。
「ふん! 邪魔をするか大刀! 」
魔族の男は、赤い刃をヒラリと避け、ロシンギに向かって急降下した。
ガッ!!
魔族の放った拳をロシンギは、槍の柄を前に突き出して防御した。
「てめぇら、今さら何のようがあってここに来た!? 」
互いの武器でせり合いながら、ロシンギが魔族の男に問う。
「魔王様復活のため、力を蓄えておるのだ。植栽草林の力は、ぜひとも魔王様に献上したい」
放った右の拳を前へ押しながら、魔族の男が答えた。
「けっ! 散々、ロウキのことをバカにしやがって! 」
「今は違う。あの樹木草花、あらゆる植物を操る能力は、魔王様の生命力を飛躍的に向上できる…あの男にはもったいない」
「バカにすんなって言ってんだろうがああああ!! 」
ガキィン!
魔族の男とロシンギは、互いに後退し、距離を取った。
その後、何度も槍と小手がぶつかり合う。
「…なかなかやりおるわ。ヴィオリカ、森へ向かい、植栽草林の心臓を奪いに行ってこい」
「御意」
ヴィオリカと呼ばれた魔族の少女は、翼を羽ばたかせ、森の方へ向かった。
その様子を見たロシンギは、舌打ちをし、イアンの方へ顔を向けた。
「イアン! 奴を追って、ロウキを守ってくれ! 呪いは後で解いてやるから! 」
「その言葉…信じるぞ。サラ、おまえはここに残ってロシンギの援護だ。行くぞ、ネリィ」
(了解。魔族に攻撃すればいいんだね! それっ! )
「うん。急ごう、イアン! 」
サラが炎を魔族の男に放ち、イアンとネリーミアはヴィオリカの後を追った。
「ちぃ、炎の眷属が加勢に入ったか…だが、負けん! うおおおおお!! 」
炎を躱した魔族の男は、サラを睨み付けた後、自分を奮起させるため叫んだ。
「うるせぇ、うるせぇ。吠えるんなら自分の家で吠ろっての……頼んだぜイアン…」
ロシンギは、走り去るイアンの背中に向けて呟いた。
イアンとネリーミアは、森の中を疾走する。
そして、カオウロウキのいる開けた場所へ辿りついた。
「やめて! 守り神さまをいじめないでぇ! 」
「どけ、小娘。怪我をしないうちに」
木の体を傷つけられたカオウロウキと、ヴィオリカの前に立ちはだかるキイの姿がイアンの目に入った。
「あいつ! 」
イアンは、戦斧を振りかぶりヴィオリカを目指して走り出す。
「むっ、貴様! 」
「あっ! イアン! 」
ヴィオリカはイアンの存在に気づき、振り下ろされた戦斧を飛んで躱した。
イアンは、地面の砂に突き刺さった戦斧を持ち上げ、空いた左手でキイを抱き寄せる。
そこへ、ネリーミアが駆け寄ってくる。
「イアン! 」
「キイを頼む」
イアンは、抱えたキイをネリーミアに渡した。
「お願い、イアン! そのおねえちゃんが守り神さまをいじめるの! だから守り神さまを守って! 」
「もうその依頼は、別のやつから受けている。任せておけ」
「ここはイアンに任せて、キイは村に行って」
ネリーミアは、キイを地面に下ろし、目線を合わせて言った。
「うん! 絶対守り神さまを守ってね! 」
キイはそう言うと、村の方へ駆けていった。
ヴィオリカは翼を羽ばたかせ、地面に着地する。
イアンは、前に出て戦斧を構える。
「貴様が我輩の相手か…そこのダークエルフと共にこないのか? 」
ヴィオリカが三又の銛の切っ先をイアンに向けて、言い放った。
「一対一のほうが良かろう。それに、ネリィにはやることがある。ネリィ、ロウキの傷を癒してくれないか? 」
「うん! やってみるよ」
ネリーミアは錫杖を取り出すと、カオウロウキが傷を負った場所へ移動し、聖法術を唱え、傷を癒し始めた。
「なにっ!? 聖なる者の術…治癒の魔法? しかもダークエルフである貴様が? 」
ネリーミアを見て、ヴィオリカが驚愕した。
「…お前もネリィをバカにするのか? 」
イアンが語気を強めて、ヴィオリカに凄む。
「いや、苦難の道を進む彼女を我輩は、素直に尊敬する! 」
ヴィオリカは、ビシッと背筋を伸ばし、ネリーミアに向かって言った。
「そうか…お前は分かるやつだ」
イアンは、うんうんと頷く。
「うーん…そこまで褒められると、くすぐったいね…」
ネリーミアは頬を掻いた。
「…さて、無駄話はこの辺で…貴様を倒さねば、そこを通してもらえないとみた…」
ヴィオリカは、ゆっくりと三又の銛をイアンに向ける。
「そうだ。オレが、お前を止める。通りたかったら、オレを倒すのだな」
イアンも改めて、戦斧を構える。
二人は、数秒そのまま対峙した後――
「はああああ!! 」
「ふっ! 」
キィン!
同時に前に踏み込み、互いの武器がぶつかり合った。




