六十二話 守り神か妖魔か
煌々と輝く太陽が、サナザーンの砂漠地帯を照りつける。
ズイカ村を後にしたイアン達は、北を目指して進んでいた。
ズイカ村で話を聞くと、北にある村に巨大な化物が現れていたという。
その化物が妖魔であり、五御大のうちの一人である可能性が高いため、北を目指して歩いているわけである。
(妖魔らしき化物を見た情報って、結構前のものだよね? もう村なんてないんじゃないの?)
サラがイアンの顔を見上げながら、念話を飛ばしてきた。
イアンは、サラの方へ顔を向けずに念話で返す。
(ズイカ村もそうだが、五御大に、村を破壊し尽くされた所は無かった。これから向かう村も残っているかもしれん)
イアンは、右腕を上げ、その手首に目を向ける。
そこには、二つの黒い痣があり、それは残りの五御大の数を表していた。
(ようやく呪いを解く兆しが見えたのだ。行くべきであろう)
(ふーん)
サラは、その会話に興味を無くしたのか、くるくると踊りながら歩き始めた。
その様子を見て、イアンはため息をつくが、ネリーミアは、不思議そうに眺めていた。
ネリーミアだけが念話を使えず、会話に入れないのである。
イアンは、ようやくそのことに気づいた。
「すまんな、ネリィ。あいつが、言葉を喋れたらな」
「ううん、気にしないで。でも、イアンはすごいよ。妖精…?と会話ができるんでしょ? どこかで習ったの? 」
ネリーミアは、会話に入れないことは気にはせず、イアンが念話を使えることを賞賛した。
「習った……といえばそうなるか? 同じように出来たら良いなと思ってやったらできたのだ」
「イアンは、こういう分野に長けているんだね。精霊教会の巫女みたいに」
「精霊教会? 巫女? 」
聞きなれない言葉が出てきたため、イアンはネリーミアに聞き返した。
「知らない? 精霊と呼ばれる神様みたいな存在を信仰する団体だよ。最初は、火、水、風、土の四精霊を信仰していたけど、後から雷、光、闇、の三精霊が加わって、今は七精霊を信仰し、教団も七つになったみたい」
「ほう……巫女というのは? 」
「巫女は、精霊と会話できたり、特別な力を持つ人が選ばれて、それぞれの教団の象徴的な存在って言ったらわかるかな? とにかく、偉い人だよ」
ネリーミアが、イアンになるべくわかりやすいよう伝えた。
「……教会…教団…あまり良い印象は無いな…」
イアンの脳裏に、マヌーワ信仰教団の存在が過ぎった。
「あはは…精霊教会は大丈夫だよ。世界の各地に教会堂があるから、寄ってみたらどうかな? きっと、イアンのためになるよ」
「ふむ…」
イアンは、考える。
ネリーミアの話では、イアンの持つ力と似たようなもの持つ巫女というのが精霊教会にいる。
その者と会えば、リュリュやサラに関する力を増幅できるかもしれない。
何より、精霊と名のつく団体ならば、金の斧の手がかりがあるのかもしれない。
イアンはそう考えをまとめ――
「旅の途中にあったら、寄ってみるのもありだな」
とネリーミアに言葉を返した。
その時、イアンの頭の中にサラの声が響く。
(イアン、こっち来て! すごいよ! )
サラのはしゃぐ声を聞き、イアンが前に目を向けると、前方の砂丘の上でサラがぴょんぴょん跳ねていた。
「ネリィ、サラが何かを見つけたようだ。行くぞ」
「うん」
イアンとネリーミアは、走り出した。
「「……! 」」
サラの元に辿り付き、前方に広がった光景を目の辺りにしたイアンとネリーミアは驚愕した。
砂漠地帯であるはずなのに、そこには森が広がっていたからだ。
(ねぇ、すごいでしょ!)
何故かサラは得意げである。
「……砂漠に森…ネリィ、どう思う? 」
「うん。たぶん、何かの力を使ったんだろうね」
「そうか、とりあえずはいるぞ」
「うーん…危険な気もするけど…って、サラもう行ってるね…」
サラは意気揚々と森を目指して、先を歩いていた。
「砂漠ばっかりだったからな。さて、銘木が無いか探しに行くぞ」
イアンもサラに続いて歩き出した。
「……目的変わってない? 」
ネリーミアは、頬を掻いた。
イアン達は森に入り、周りを見回していた。
中から見てみると、砂から草や木が生えているのが分かる。
「なかなか良い木があるではないか」
イアンは木に触れ、うんうんと頷く。
「砂漠でこんなに立派になるなんて…妖魔の仕業? でもなんで……」
ネリーミアは、顎に手を当てながら呟いた。
「……確かに、妖魔がこの森を作ったとしても、なんの目的があるのかが見えないな」
「とりあえず、村を探そうか」
「ああ…サラがいないが、どこへ言った? 」
イアンは先へ進もうとするが、サラの姿が見当たらなかった。
仕方がないので、念話を飛ばそうとした時――
(おーい、イアン! ここだよ! )
イアンの頭の中に、サラの声が響いた。
「どこだ? あと勝手にウロウロするな、一応敵地だぞ」
(ごめん、ごめん。上を見て)
「上……そこか」
イアンが見上げると、高い位置から伸びた枝に腰を下ろしたサラの姿が目に入った。
サラは、何かを頬張りながら、こちらに手を振っている。
「わぁ…イアン、見て! 木に沢山の実がなっているよ」
ネリーミアも、サラの存在に気づいて見上げ、木々達に実がなっているのが目に入った。
「全部の木が、実のなる木だと……切れないではないか…」
「切ってどうするの? 」
しょんぼりするイアンに、ネリーミアは呆れながら声をだした。
パキッ!
木の枝を踏むような音がイアン達に耳に入った。
近くから聞こえたのではなく、遠くから聞こえたので、イアン達が出した音では無いことは明白であった。
イアン達は、一斉に音のした方向へ体を向けた。
「…あ……」
そこにいたのは、背丈がサラと同じくらいの小さな女の子がそこにいた。
さて、このような場面では、どのように行動すると良いのだろうか。
女の子に、敵意を出さず話しかけ、あわよくば村まで案内してもらうことが最善であろう。
しかし、今のイアン達の中に、それが可能な者がいるかというと微妙である。
サラは喋れないので論外、ネリーミアは、女の子から隠れるように、イアンの後ろに若干寄っている。
暫定でイアンが話しかけることになるが、会話においてイアンが最善というのは、異常事態である。
「おい、そこを動くな」
「ひっ…! 」
イアンが声を掛けると、女の子は身を縮こませた。
話す相手によって、口調を変えるという配慮をしないイアンは、早速女の子を怖がらせてしまった。
「イ、イアン、もっと優しい口調で話さなきゃ」
後ろから、ネリーミアがイアンに助言した。
「むぅ…どういうのだ」
「…ぼ、僕みたいな喋り方とか」
ネリーミアは、少し上擦った声で答えた。
「そうか……ねぇ、君。オ、僕たちは、この森にある村に行きたいんだけど、案内してもらってもいい…かな? 」
(プッ…あはははははは!! 変なのー!)
イアンが、ネリーミアの真似をしながら話しかけた後、頭の中でサラの爆笑が響いた。
「……」
ネリーミアに顔を向けると、微妙な顔をして顔を少し俯かせていた。
「……こっち…」
しかし、イアンの頑張りは報われたようで、女の子は村に案内してくれるようだ。
(よっと…じゃ行こっか)
サラは、枝から降りると女の子の後に続く。
イアンとネリーミアもそれに続いた。
「…イアンには似合わないね……次は、頑張って僕が話しかけるよ」
「……頼む」
セロイ村――
数年前までは、他のサナザーンの村と同じように、砂岩で造られた家々が立ち並ぶ村であった。
しかし、ある出来事が起こったきっかけで、村は木々たちに囲まれ、豊かな村へと変貌した。
木材が手に入ったことで、木造の家々も立ち並ぶようになった。
女の子に案内され、イアン達はセロイ村の女の子の家にいた。
女の子の家は、前の名残であろうか、砂岩で建てられた家であった。
「僕の名前は、ネリーミア。さっき君に話しかけたのがイアンで、こっちの女の子がサラ。君は? 」
ネリーミアが、自分たちを女の子に紹介した。
「キイはね、キイっていうの」
キイが自分に指を差しながら言った。
キイは、ビクビクと震えておらず、イアン達に慣れたようだった。
「お父さんかお母さんは? 」
「お仕事に行ってていないの」
「ああ、そうだね。そういう時間帯だよね。えと…この村が、森に囲まれれいる理由って分かるかな? 」
「理由……守り神さまのこと? 」
キイが、首を傾げながら答えた。
その言葉に、ネリーミアは首を傾げる。
「守り神? 」
「うん。キイが生まれる前に、この村に現れた神様だって。村の奥にいるよ」
キイの言葉を聞き、ネリーミアはイアンの顔を伺う。
イアンは、ゆっくりと頷いた。
「そこに案内してもらえるかな? 」
「いいよ」
イアン達は、キイに案内され、守り神のいるところに向かった。
守り神がいる場所は、開けた場所で、奥に守り神と思わしき巨大なものがあった。
「もしかして、あれが? 」
ネリーミアが、巨大なものに顔を向けながら、キイに聞いた。
「うん。あれが守り神さまだよ」
守り神の体長は、巨大化したバクギに引けを取らないほど大きく、体は木で出来ていた。
目らしきものが見当たらないが、高い位置の木々に囲まれた空間に、赤い光の玉が二つあるため、それが目であると予想する。
「恐らく、真の姿のままなのであろう」
イアンが、小さく呟いた。
「…キイ、案内してくれてありがとう。後は大丈夫だから、もう行っていいよ」
「うん…」
キイは、おずおずと村の方へ戻っていった。
「さて…近づいてみるか」
イアン達は前へ進み、守り神と呼ばれた妖魔の目の前に着いた。
イアンは、戦斧をホルダーから取り出し、妖魔に向かって声を出す。
「守り神と呼ばれているようだが何が目的だ」
しかし、妖魔は何も答えない。
イアンは、右腕を掲げ、その手首にできた痣を見せつけた。
「この痣が何かわかるか? 」
「……アア…」
妖魔が反応を示した。
その同時に、妖魔の目らしき赤い光の玉が、青くなり――
「むっ…これは!? 」
イアンの右手首にできた痣の一つが消えた。
「ネリィ、確かめてくれ」
「う、うん! 」
イアンは、右腕をネリーミアに見せる。
「……ちゃんと解除されてる…えっ!? どういうこと…」
「五御大の目的は、魔王に代わってこの世界を征服すること…その足掛かりがこの大陸だ」
ネリーミアの疑問に、誰かが答えた。
しかし、その誰かが言ったことは、疑問の答えになっていない。
そのようなことに構わず、その誰かは話を続ける。
「村の支配とか力のつけ方は、各々の方法で、というのが俺達の取り決めで、足並みを揃えることをしなかった。だから、お前みたいな奴にやられたんだろうな」
「その言い草…まさか! 」
(イアン! 後ろ!)
イアンが、サラに促され後ろへ振り向く。
そこには、赤い髪をした男が立っていた。
ロロットの服のように、体に掛けた赤い着物を白い帯で着付けていた。
肩に背負った得物は、先端に反り返った刃を持っており、柄が赤く彩られている。
槍の類であるとイアンは推測した。
「おうよ! 五御大が一妖、大刀のロシンギ様とは俺のこと」
ドンッ!
ロシンギが槍を地面に叩きつける。
この場にいる五御大は、一人と一体である。




