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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
三章 ザータイレン大陸
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六十一話 ネリーミア

 ズイカ村の一角で、村にいた人々が一斉に松明を付け始める。

多数松明の数は、円状になっており、その中にイアンとサラがいた。

明かりが無かったため、武器を持っているのは分かるが、人々の顔がよく見えなかった。

松明の明かりに照らされて、ようやくその顔があらわになる。


「やはりな…」


人々の顔を見て、イアンは心の中でそう呟いた。

人々は皆、目を瞑っており、中には口を開けている者もいる。

その顔はまるで、寝ているように見えた。


「寝ている人を操る…まぁ、だいたい予想通りだったな」


(でも、起きてるときは、こんな感じじゃなかったよね? どういうこと? )


サラの疑問の声が、イアンの頭に響く。


「恐らくだが、起きている間は操れないのではないかと思う……しかし……」


イアンはそう念じると、目の前の人物を見据える。

その人物の顔は、覆面のように黒い帯で包まれて良く見えない。


「魔法が解けた後、村から出られないように精神か何かを弄って、村に縛り付けているな」


(昼間は村で普通に暮らさせて、夜になったら操って武器を作るの繰り返し…ってことね…おっと! )


サラがそうイアンに念じたとき、何かに気づいた。


(イアン、中の人達もこっちに向かってきてるみたい! どうするの!?)


背後に立つ建物には、武器の製作所がある。

その中から、こちらに近づいてくる多数の足音をサラは聞いたのだ。


(……あまり、やりたくないが……サラ、オレに掴まれ)


(……?)


疑問に思いながらも、サラはイアンにしがみついた。

そのままイアンは、しゃがみ込んだ。


「サラファイア! 」


ボン!!


イアンは、両足の足下から炎を出し、一気に上空へ跳躍した。


(おおーっ! 上に逃げるっていう手があったね! )


イアンの頭の中に、サラの弾んだ声が響く。


ズシッ!


そしてイアンは、家屋の上に着地する。


(ぐぅ…加減を調整せねば……飛びすぎた)


体を震わせながら、イアンは心の中で愚痴る。

イアンは、炎の勢いでその民家三戸分の高さまで飛んでしまい、着地の衝撃が凄まじかったのだ。


(ええっ!? 大丈夫? 着地するときにも使ったほうがいいよ)


(それだと、あと二回しか使えないではないか。もう動ける…このまま、宿屋に向かうぞ)



(う、うん! )


イアンとサラは、宿屋を目指して走り出す。

しかし――


(!? イアン、止まって!! )


「…! なにっ!? 」


ボウッ!


サラの念話により、イアンが走る速度を落とすと前方に、黒い炎が降り注ぎ、屋根をえぐりながら燃えている。


(闇魔法…やっぱり使えるんだね…)


「後ろか? 」


イアンが、後ろを振り向くと、視線の先に人影が映る。

右手に剣を持ち、左手をこちらに突き出しているのが、微かに見える。


「サラ…闇魔法とは何だ? 」


(魔族とかネリィーみたいなダークエルフが得意な魔法だよ。破壊に特化した魔法で、物を壊したり、生命に直接危害を加えたりできるよ。それより、早く! みんなが来ちゃうよ!)


サラに促され、視線の奥に目を向ける。

幾つもの松明の明かりが、こちらに向かってくるのをイアンは見た。


「サラ…皆を食い止めに行ってくれないか? 」


(えっ!? みんなは操られているだけだから、殺しちゃダメなんじゃないの? )


サラの目が見開かれる。


「もちろん殺してはいけない。死なない程度に、火で追い払ったりできるだろ? 」


(うーん…やってみる。とりあえず燃やしちゃダメってことね、いってきまーす! )


サラは、ヒラリと地面へ舞い降りる。


(よっと! むむむ…えーい!! )


サラは炎を体に纏わせ、炎の玉と化し、明かりの集団に向かって突っ込んでいった。


「……大丈夫か? 」


イアンは、松明の小さな明かりが飛び散る光景を見て、少し不安になる。

その後、正面に向き直ると、目の前に覆面の者がいた。


「さて…その顔に巻いた帯を外してもらうぞ。まだ、依頼が終わってないからな」


イアンは、ホルダーから戦斧を取り出した。





 夜のズイカ村の家屋の屋根。

その上から、鉄と鉄がぶつかり合う音が響く。

一方は戦斧、もう一方はブロードソードである。


「寝ている癖に、しっかり動くのだな…」


覆面の者の動きは、かつて共に戦っていた時の動きと、寸分の狂いもなく同じ動きであった。

改めてその動きを見ると、攻撃からの防御、フェイントを混ぜた攻撃、間合いの取り方のいずれもしっかりとこなされ、誰かの手解きをきちんと受けたのがよく分かった。


「ベルギアもあまり変わっていなかった…操られている分、弱くなってもいいだろうよ…さて…」


イアンは、戦斧を振り上げ、ブロードソードを弾く。

覆面の者が仰け反って動けない隙に、その体にイアンの手を当てる。


「……」


「……」


覆面の者は、振り上げられたブロードソードを逆さまに持ち替え、上からイアンを突き刺そうとする。

それを避けるため、イアンは後ろに跳躍した。


「ちっ…ダメか」


イアンが試みたのは、精神操作の解除である。

イアンの持つ白いアクセサリーは、精神等を支配される類の術から所持者を守るというもの。

それだけではなく、所持者が触れた者にかかった術も解除できるのだ。

しかし、覆面の者は正気に戻らなかった。


「寝ている間は無理か? となると、目を覚まさせないとダメか…」


イアンが思考に耽っている間、覆面の者はブツブツと何事か呟いていた。

それは、魔法の詠唱であり、発動する準備は既にできてしまっていた。

覆面の者は、イアンに向けて左手を突き出す。


ボォォォ!


左手のひらから、黒い炎が生み出され、イアン目掛けて飛んでいく。

イアンは、それが触れる直前で横に回避した。


「遅い。聖法術の他にも、闇魔法とやらを使えるようだが、それがどうしたというのだ」


イアンは、覆面の者目掛けて走り出す。


「……むっ! 」


何かに気づいたイアンは、途中で足を止め、身を翻しながら後方へ跳躍した。


ボウッ! ボウッ! ボウッ!


イアンの前方に、連続して黒い炎の玉が降り注いだ。

黒い炎により、屋根はえぐられてしまう。

イアンが後方に下がらず、先へ進んでいたら黒い炎の餌食になっていただろう。


「危うい…しかし、どこから飛んできたというのだ? 」


イアンは、周りを見回す。

前方には覆面の者が立っており、新しく魔法を放った動作はしていなかった。

左右後方には、魔法を放てる者はおろか、誰もいなかった。

イアンが正面に顔を戻すと、詠唱が終わったのか、覆面の者から再び黒い炎が放たれる。

三つ同時に放たれ、上、右、左の三方向からイアンを囲むように飛んでくる。


「数を増やせば当たるとでも……なにっ? 」


イアンが黒い炎の群れを潜り抜けた瞬間、それぞれの炎が破裂し、多数の黒いの炎の玉と化した。

その黒い炎の玉たちは、一斉にイアンに襲いかかる。


ボボボボボボ!


黒い炎の玉は、家屋の屋根を粉々にして行く。

イアンは、走り回って、黒い炎の玉を躱していたが――


「むっ! 」


前方から、ブロードソードが迫って来るのに気づき、身を低くして躱す。

イアンが逃げている間に、覆面の者は近づいていたのだ。

これはイアンにとって攻撃を行う絶好のチャンスでもある。

しかし、イアンが攻撃を行うことはなかった。

黒い炎の玉の追撃が続いていたからだ。

やむを得ず、イアンは、黒い覆面の者の横を走り抜ける。

再び、覆面の者は、黒い炎の玉をイアン目掛けて放った。


「くそっ! 完全に奴の術中にハマってしまった」


黒い炎の玉の追撃により、イアンは回避に集中しなければならず、覆面の者が近づいてきても攻撃を行えない。

傍から見たら、イアンは黒い炎の玉の嵐の中におり、袋の鼠状態だった。


「キキョウみたいなことをやりおって……ふむ」


攻撃を躱しながら、愚痴るイアン。

その愚痴がきっかけか定かではないが、その時、イアンは一つの策を思いついた。

しかし、策というより博打のようなものであるが。


「玉が邪魔だな…この際、多少は目を瞑るか」


イアンは足と止め、体を屈ませながら、覆面の者に体を向ける。


「サラファイア! 」


ボンッ!


足下から炎が吹き出し、イアンは覆面の者に向かって、屋根に対してほぼ水平に飛んでいく。


「ぐぅ…」


前方に漂っていた黒い炎の玉が、体を掠め、イアンは苦悶の声を上げる。

その甲斐あってか、イアンは覆面の者に辿り付き、正面から覆面の者の腹に組み付いた。


ゴッ!


勢いのまま、覆面の者を巻き込んでイアンは、サラファイア発動地点から数メートル移動した。

飛んでいた黒い炎の玉は、イアンに追いつけず、虚しく屋根を破壊していくのだった。

イアンは、覆面の者を押し倒し、その体に右手を当てる。


「まだ暗いが、起きる時間だ。弱めのリュリュスパーク! 」


「……あっ!? 」


パリッと、小さな雷撃が覆面の者に放たれた。

振りほどこうとしていた手が止まるのを確認したイアンは、覆面の者に巻かれた帯を解く。

淡い紫色の髪をしたネリーミアの素顔があらわになった。

つまり、覆面の者の正体は、ネリーミアだったのである。


「ぐっ…手間を取らせおって…」


イアンは、黒い炎の玉を受け、体力が著しく消耗しているため、体勢を崩す。


「…あれ? ここは…イアン……? 」


どうやら正気に戻ったようで、ネリーミアがぼんやりと、イアンを見ていた。


「…ん……はっ!? 」


顔に手を当てて、体を起こした瞬間、バッと立ち上がり、イアンに詰め寄ってきた。


「返して! なんで帯を外したの!? 」


「やはり、これはおまえの意思か…言っただろう、顔を晒さなければ依頼は受けんと」


イアンは、帯を高々と掲げ、ネリィの手が届かないようにする。


「僕はこの村に残るっていったじゃないか! もう関係ないんだよ! 」


ネリーミアは、必死に手を伸ばしながら喚く。


「…触れてもこれは治らないか……しかし、今の状態だと、ネリィの本音が一部聞けるようだな」


必死に帯を取ろうとするネリーミアを眺めながら、イアンはそう呟いた。


「何故、顔を隠す? 」


「僕が…ダークエルフがみんなに嫌われているのを本当に知らないのかい!? 僕はね、姿を見られただけで、みんなにいじめられるのさ! だから、早くそれを…」


「ほう…やはり、前に言った理由は建前か……今ここにいるのは、オレとおまえだけで、オレはおまえのことが嫌いではないぞ? 」


そうイアンに言われて、ネリーミアは周りを見回した。


「……そうだけど…イアンが、そう思ってくれてるのも…」


ネリーミアは、両手でイアンの体を掴み、顔を俯かせる。


「…嬉しかった……それと同時に、イアンが僕を嫌いになるのが怖かった。だから、イアンに言われて、顔を出すようにしたんだ」


ネリーミアの声に、涙声が混じって来る。


「嫌われるのが怖くて、頑張ってたけど……耐え切れなくなったんだ…やっぱり、人の視線が怖い…いじめられる……」


「耐え切れなくなった…か…」


イアンは、この町に来た時の事を思い出す、ネリーミアはイアンの袖を摘んでいた。

イアンは気に留め無かったが、その行動が助けを求めている信号だったのだ。

今更それに気づいたイアンは、その時に気付かなかった自分を悔やんだ。


「すまなかった…気づいてやれなくて……だが、このまま顔を隠し続けていたら一生、顔を出せなくなる」


「…でも……」


イアンは、そっとネリーミアの頭に手を添え、イアンの顔に向けさせる。


「次は気づけるようにする……だが、気づかない時もあるだろう。だから、辛くなったら、ちゃんと言ってくれ。オレがなんとかしてやるから」


イアンは、ネリーミアの目をしっかりと見据え、伝えた。

イアンの瞳は揺れず、ネリーミアの瞳を真っ直ぐ見つめていた。


「…………うん…」


ネリーミアは、ゆっくり頷いてくれた。





 ネリーミアに肩を貸してもらいながら、イアンは宿屋に辿り付いた。

サラが頑張っているようで、人が集まってくる気配がない。


「ネリィ、もういいぞ、下がっていてくれ。できれば、サラの方へ行って欲しい」


「……大丈夫? 僕が回復したけど、今日はもう…」


「だろうな。だから、一撃で決める」


イアンは、ネリーミアを背に、宿屋の扉を開いた。

宿屋の中は以前と変わらず、カウンターに店主が立っている。


「やれやれ、迷惑な客を泊めてしまうとは…このバクギ、一生の不覚…」


店主が、帳簿をパラパラと捲りながら言った。


「…お前は、こいつに見覚えがあるか? 」


イアンは、右手首にできた三つの痣を店主に見せた。


「ええ、我ら五御大のうち二人を倒したようですね」


「そうかなら、このうちの一つを解除してもらおう……その前に、お前はこの村で何がしたかったのだ? 」


「…いいでしょう。冥土の土産に教えてあげます。この村で私は、自分の意のままに動く軍隊を作ろうと思いました。しかし、私の能力は、眠った者を操る能力。人が起きている昼間はどうしよもありません」


「……」


「そこで、眠っている間に、村に縛り付けるよう、記憶を一部書き換える術を身につけました。それを実践した結果、この町が出来上がり、軍隊も着々と出来上がってきています」


「今日でそれも終わりだがな」


「いいえ…あなたはここで始末させて頂きます。五御大を二体も相手にしたのでしょう? 伏魔殿はご存知で? 」


「伏魔殿…知ってるぞ。だから、どうした? 」


「ふふ…伏魔殿とは、五御大の住処だけではなく、力を増幅させるもの……私の強化された真の姿をご覧あれ」


パンッ!


店主――五御大のバクギが帳簿を閉じた。


ゴゴゴゴゴゴ…


その後、宿屋が急に揺れだした。


「…これは、外に出たほうが良さそうだな…」


イアンは、宿屋から飛び出し、振り返った。

宿屋の形が、徐々に変化していき、巨大な妖魔になった。

体長は、宿屋の高さと同じで、十メートルを越えるほどある。

体は、ブヨブヨとしており、顔には長い鼻を持って、二本の足で立っていた。


「五御大が一妖、夢操座商(むそうざしょう) バクギ。このまま踏み潰して差し上げます」


バクギの巨大な片足が持ち上げられる。


「踏みつぶせるものならばな、サラファイア」


ボンッ!


イアンは、足下から放たれた炎により、バクギの顔の高さまで到達した。


「操った者の目から見ていたので知っていましたよ」


バクギは、顔を振りかぶる。

長い鼻で、イアンを弾き飛ばそうというのだろう。


「これは知らないだろう? 来い、シルブロンス! 」


イアンの足のあたりに、銀色の光が生まれ、そこから銀色の斧―シルブロンスを取り出した。


「なっ!? なんですか、それは!? まっ、眩い! 」


シルブロンスは、銀色の光を放ち続ける。


「気休めにしかならんが言っておく、今まで戦ってきた五御大の中で一番お前が……」


イアンは、シルブロンスを振り下ろす。

銀閃が、バクギの顔目掛けて飛んでいく。


「手間取ったぞ」


「グギャアアアアア!! 」


ズシーン!


銀閃によりバクギの顔は真っ二つになり、仰向けに倒れ出した。


「…後は……どうするかな……」


イアンは、空中に漂いながら呟いた。

着地する術は、イアンに残されていなかった。


(イアーーーーーーン)


すると、イアンの頭の中で叫びながら、炎の玉が飛んできた。

イアンの元まで来ると、炎が掻き消えサラの姿あらわになる。


(お疲れ! 後は任せて! )


「ああ…頼ん……だ…」


イアンは、サラに抱えられたのに安心し、ゆっくりと瞼を閉じていった。





 夜が明け、朝になると人々は、元いた村へ帰っていく。

泣いてばかりいた女性も、笑顔になり夫と共に、自分の村に帰っていった。

やがてズイカ村から人が消え、伏魔殿の周りにできた家屋だけが残った廃村と化してくだろう。

その廃村の様子を眺めながら、イアン、ネリーミア、サラの三人は歩いていた。


(せっかく建てたのに勿体無いね)


(仕方なかろう。皆、早く自分の家に帰りたいのだ。おまえも家に帰りたいのだろう?)


(そうだけど…イアンがまだサナザーン(ここ)にいる間は一緒にいるからね! )


(わかった、わかった……ん? )


イアンとサラが念話をしていた時、イアンの袖が引っ張られた。


「どうした、ネリィ? 」


「うん…少しこのままでいいかい? 」


ネリーミアが、イアンの袖を掴んだまま、イアンの傍らに並ぶ。

イアンは、周りを見回し、人々の視線がこちらに向いているのに気がついた。


「……オレは、何をしたらいい? 」


なんとかすると言った癖にこのザマである。

しかし、ネリーミアは首を横に振った。


「ううん、こうしているだけでいいの……イアンと一緒にいると勇気が湧いてくるから……」


「うぅむ……そうか? 本当に辛くなったら言うんだぞ」


「うん! 」


(あはは! ネリィー赤ちゃんみた――ぶごぉ!? )


イアンは、空いた手で、サラの頭にげんこつを食らわせた。


「…? サラがなんか言ったの? 」


「ん? ちょっとな……」


サラが不貞腐れ、ネリーミアはイアンに寄り添って共に歩いていく。

時折、イアンが、ネリーミアに顔を合わせると、彼女はニッコリと微笑み返してくるのだった。




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