六十話 消えたネリーミア イアンは村の謎を追う
窓から差した陽の光がイアンの顔を照らす。
目に光が入ったことにより、瞼を閉じる。
「……はっ! ……ネリィ? 」
ようやく我に返ったイアンだが、部屋の中にネリーミアの姿は見えなかった。
(あっ! イアンが戻ってきた! )
イアンの頭の中に、サラの声が響いた。
顔を横へ向けると、サラがしゃがみこんで座っていた。
イアンも壁に背をつけて座っているので、目線は同じ高さになる。
「サラか…ネリィは…? 」
(あのお姉ちゃんのこと? あの後、部屋を出ていちゃったよ)
「そうか…ネリィがあんなことを言うなんて…」
(やりたいことができたって言ってたね)
「やりたいこと……む? どこかで聞いた気が…」
イアンは、記憶の中を探ってみたが、答えが出ることはなかった。
「ええい、ネリィの様子がおかしいのは確かだ。精神を操られているのかもしれん」
(精神を操る? それは無いと思うよ。だって、ワタシとイアンは何とも無いし)
サラは、首を横に振って、イアンの考えを否定した。
「そこなのだ。オレの持っているアクセサリーに、精神を操る類のものを無効にするやつが……」
(イアン?)
イアンは、言葉を途中で中断させた。
そして、タトウにもらった白いアクセサリーを取り出す。
それは、胸ポケットに入っていた。
「オレ達は、精神を操る魔法を受けていない…」
イアンは、思い出したのだ。
このアクセサリーが発動する時に生じる現象――熱を発しながら白く光るのを。
今回、それは起きていない。
つまり、精神を操るような魔法などを受けていないことになるのだ。
「ネリィは、精神を操られていない? では、本心で言ったのか? ますます、わからなくなってしまったぞ」
(とりあえず、外に出てみない? 何かわかるかも)
サラが立ち上がり、イアンに手を差し伸べた。
「…そうだな……ここにいても仕方ない」
イアンは、差し伸べられた手に支えられながら立ち上がった。
イアンとサラは階段を下り、一階に来た。
その時、カウンターで店主と女性が話をしているところが目に入る。
店主は機嫌が悪いようで、女性は申し訳なさそうにしていた。
数分話をした後、女性は宿屋の出入り口に向かった。
「む! あの時の… 」
「イアンさま、おはようございます。どうやら、朝まで起きていらしたようですが? 」
その女性に見覚えがあり、話しかけようとしたところで、店主に呼び止められた。
店主がカウンターに肘をつき、帳簿を眺めている。
店主はイアンに対しても、機嫌が悪かった。
朝まで踊ったことで、周りの客に迷惑がかかったのだと、イアンは思った。
「悪い、周りに迷惑をかけたな。もう、部屋で踊らないから許してくれ」
(痛っ!? むぅ…)
イアンは、頭を下げて、店主に謝罪した。
それと同時に、ボウっとしていたサラの頭を小突いた。
「……まぁ、いいでしょう。今夜はちゃんと休んでくださいね」
「ああ、そうする」
イアンは店主にそう言うと、サラを連れて宿屋を後にした。
宿屋から出たイアンとサラは、村中を歩き回ったが、怪しいものは何も見つからなかった。
その途中に、ネリィも探していたが、彼女がイアンの前に姿を現すことはなかった。
何の手がかりも全く見つからず、八方塞がりであった。
(ネリィーは、操られていなくて、本当にこの町に居たいのかもね)
道の隅で考え込むイアンの頭の中に、サラの声が響く。
「それは…無いはず…そうか、ここに留まりたい理由が分かれば、何か掴めるかもしれん」
(諦めないねぇ)
イアンの傍らで、サラの口から熱気が出される。
これが、彼女のため息である。
「諦められるものか…ネリィは依頼人の連れだ。必ず、連れて行く」
決意を固めたイアン。
すると、目の前に商人らしき風貌の男が横切った。
イアンは、その男に村について聞くことにした。
「聞きたいことがあるのだが…いいか? 」
「ん? ああ、いいよ。僕に何を聞きたいんだい? 」
商人風の男は、快くイアンに微笑みかけた。
「この村に留まりたい理由はなんだ? 」
「留まりたい理由? 」
商人風の男は、首を傾げる。
イアンも、思っていた反応と違っていたため、内心疑問に思った。
「留まるつもりは無いよ。さっさと村に帰るつもりさ」
商人風の男は、後ろに背負った布で包まれた荷物を見た。
イアンは、それが何なのか聞いてみる。
「中には何が入っているのだ? 」
「食料…が入っていたと言ったほうがいいかな。この村に来ると、やたらと食料が売れるんだ。毎回来るたび、売り切れだよ、ほら」
商人風の男が、包を下ろし、その中身を見せてくれた。
中に何も入っていなかった。
「…ほう、そうか……もう一つ質問なんだが、この村には、夜になると複数の村人で、村を見回るという行事があるようなのだが、どう思う?」
「へぇ! この村はそんなことをやっているんだ…うちの村でもやるようにしようかな? 」
「なに? 知らないのか。何度も来ているのだろう? 」
イアンは、その行事をどう思うか聞いてみたかったのだが、この男は行事の存在すら知らなかった。
「何度も来ているけど、夜になる前に村を出てしまうからね。今まで知らなかったよ」
「そ、そうか…聞きたいのは以上だ。呼び止めて悪かったな」
「いやいや、綺麗なお嬢さんとお話ができて楽しかったよ。じゃあ、僕はこれで…」
商人風の男は、イアンに向けて手を振ると、この場から立ち去っていった。
「……」
(ププッ! あのお兄さん、イアンを女の子と思ってるよ!)
「…おまえも最初は、そう思ってただろ」
(ぎゃっ!? )
イアンは、サラの頭を小突いた。
サラは、頭を抑えながらイアンを見る。
(ううぅ…で、どうするの? 何もわからなかったよ)
「いや、そうでもない。だが、情報が足りないな……ん? 」
その時、男の怒声らしき音がイアンの耳に入った。
(ん? 向こうがなんか騒がしいね)
サラにも聞こえていたらしく、声の聞こえた方を向いている。
「とにかく、行ってみよう」
イアンとサラは、声が聞こえた方向へ向かった。
すると、女性が地面に手をついて、蹲っていた。
イアンには、その女性に見覚えがあった。
「大丈夫か? 」
イアンは、女性の元に行き、声を掛ける。
女性は、イアンに手で感謝の意を表し、立ち去ろうとした。
「待ってくれ…聞きたいことがあるのだが、いいか? 」
「ううっ…ほっといてください。私に話せることはありません」
女性は、顔に腕を当てながら、イアンに言った。
「…まぁいい、勝手に喋るぞ。また、あの男と話していたのだろう? 男が、この村に留まりたい理由とは何か? 」
「そんなこと私だって知らないわよ!! 」
イアンの問いに、女性は怒声で答えた。
その時に、顔を覆っていた腕は振り払われ、女性の顔があらわになる。
「おまえ…寝てないのか…? 」
女性の目は涙で真っ赤になり、目元に隈が出来ていた。
「一晩中涙が止まらなくて寝れやしなかったわ。あの人が帰らないって言うから……ううっ…」
女性は、再び泣き出してしまった。
「うぅむ……最後に一つだけ。おまえは、寝てはいないが宿に泊まっていたな? 」
女性は、両腕で涙を拭いながらも、しっかり頷いた。
「そうか、ありがとう。あの男が元に戻るといいな」
イアンは、そう言うと宿屋に足を向けた。
――夕刻。
イアンは、宿屋の三階の突き当たりにある部屋―自分の取った部屋にいた。
宿屋に着いたのは昼頃なのだが、今まで何もせず、ただベッドに寝転んでいるだけであった。
そのイアンの様子を見続け、ついにサラの声がイアンの頭に響く。
(ねぇ、イアン? さっきから、ずっとそうしてるけど、村を調べなくてもいいの?)
(ん…今出来ることは特にない。時間が来るまでここで待機だ)
イアンは、念話で答えた。
隣のベッドに座っていたサラは、思わず目を見開いた。
(あれ!? イアンも念話を使えるの?)
(まあな。これができなければ、おまえを呼ぶこともできないだろう? あと、身振りで反応するなよ)
(どうして? )
(敵がオレ達を監視しているのかもしれん。下手に口を開けないのだ)
(ああ、そうなの? 今やることは無いって言ってたけど、イアンが今わかっていることってなーに? )
サラが首を傾げる。
イアンはそれを目配せで注意し、サラの問いに答える。
(この村の中で眠ると、村から出たくなくなるらしい)
サラの真っ赤な目が丸くなる。
(へぇーっ! なんでそう思うのー? )
(まず、オレ達と商人の男、あの女性はこの村で眠っていない。しかも、この村に残りたいとは思っていない)
(うんうん)
(それで、寝てしまったネリィは、この村に残ると言い出したのだ。これで眠ると発動する魔法か何かがあると推測できるだろう)
(ふーん……あっ! もしかして、イアンが言ってたアクセサリーは……)
(ああ。魔法が掛からなかったから発動しなかったのだ)
(おおーっ! ……で、何をするの? )
(それは、もうしばらく待て…まだ時間が掛かる)
(……? )
サラは首を傾げそうになるのを止め、イアンと同じようにベッドに寝転んだ。
――夜。
イアンとサラは、家の屋根の上を進む。
時折、下の様子を伺いながら走っていた。
下にいるのは、村人の集団で、イアンは彼らが出てくるのを待っていたのだ。
彼らが行う見回りがどういうものか。
あとは、それが分からなかったので、彼らを追っているのだ。
何故、屋根の上を進んでいるのかというと、イアンが何者から追跡されるのを恐れ、部屋の窓からこっそりと外へ出たからである。
(ねぇ。イアン? 屋根の上から行かなくてもいいんじゃないの? )
サラが、家と家の間を飛び越えながらイアンに訊ねた。
(下にいると見つかるぞ…見ろ、やつら周りを警戒しているぞ)
イアン達の下、道を歩く村人達は周りをキョロキョロと見ていた。
イアンとサラは、屋根の上から彼らを見下ろす。
村人達は、誰もいないと判断したのか、近くの建物の中へゾロゾロと入っていった。
しばらくした後、イアンとサラは地面におり、建物の入口である扉に近づく。
イアンは、扉に手を掛け、ゆっくりと扉を開いた。
顔を少し、覗かせて中の様子を見るとそこは――
(槍…剣…数が多い。ここは武器庫か? )
(うーん…耳を澄ませてみて)
(……なるほど、武器製造所か)
イアンが、耳を澄ますと、奥から鉄を打つ音が聞こえた。
ここは、武器を製造する場所であった。
数々の槍や剣を目にした後、ゆっくりと扉を閉める。
すると、サラがイアンに疑問を投げかけてきた。
(でも、武器を作るってそんなにこそこそやるようなものなの? )
(確かにそうだな……待てよ!)
イアンがハッと顔を上げる。
(サラよ、武器が沢山いる状況とは何だ? )
(え? 武器が沢山あるんでしょ? 人が沢山戦って……えっ…? イ、イアン、これって…)
(恐らくだがな。人を集める、村に執着させる、武器を沢山作る……この村の裏にいるやつは、戦争でもするつもりなのか? )
(どうしよう、イアン!)
(……今…というかずっと怪しかった奴がいる。そいつを問いただしに行きたいが……どうやら簡単には行かないな)
(えっ!? どうして? )
イアンとサラの周りを次々と現れた村人達が囲んでいく。
「ふぅ…もう念話を使う意味もないな…さて…」
イアンは、村人の集団の一点を見つめる。
そして、集団をかき分けて、イアンの前に現れた人物に向かって言った。
「…顔がよく見えないが…そうか。今のおまえのほうが、正直者なのかもしれないな…」
「……」
イアンに声を掛けられた人物は、何も答えなかった。
その人物は、騎士のような服で、片手にはブロードソードを持ち、顔に黒い帯が巻かれてるため、どんな表情をしているか分からなかった。




