五十九話 人が集う村
ズイカ村――
ゴシ村から砂漠中央の北西部にある村である。
数年前に新しくできた村で、サナザーンに存在する村々から、交易目的で多くの人々が訪れる。
イアンとネリーミアは、ズイカ村に来ていた。
「すごい人の数だ。もはや町だな」
イアンが、村の通りを歩きながら言った。
村に入って、数分経たないうちに十人以上の村人とすれ違っていた。
イアンは、両脇に並ぶ建物を見回しながら歩いていると、ふと袖を引っ張られた。
振り返って見ると、ネリーミアが顔を俯かせて、イアンの袖を摘んでいた。
「…あっ! ごめん…人が多くて逸れないようにしたんだ…」
イアンの視線に気づいたネリーミアは、袖から手を離した。
「そうか? 逸れるほどの人ごみではないと思うが。それに、オレの髪色は目立つ。逸れても、すぐにみつかるだろう」
「それも…そうだね…あはは」
ネリーミアは、微笑んだ。
イアンは、その表情に違和感を感じたが、それを彼女に問いかけることはなかった。
それから、イアン達は前後に並んで村を歩く。
村人の視線は、度々彼らに向けられていた。
村の宿屋らしき建物があると聞き、それを目指して歩いていたところ、前方で何やら騒いでいるのが見えた。
女が男にすがりつき、何かを必死に訴えている。
男は女を鬱陶しいような目で見ていた。
近づくと、そのやり取りが耳に入る。
「あんた! いつまでもズイカ村に留まって、何をやっているの!? 早く村に帰ってちょうだい。お願いだから…」
「うるさいな。オレは、この村でやりたいことができたんだ。もう、他の村には行かねぇよ」
男はそう言うと、すがりつく女を振りほどいて歩き去る。
「あんた! …ううっ…うぅぅぅぅ……」
女はその場で蹲り、すすり泣いてしまった。
周りの村人は、そんな彼女が目に入らないかのように、平然としていた。
「あの…大丈夫ですか? 」
そんな中、ネリーミアは女に駆け寄り、声を掛けた。
「ううっ…大丈夫……ありがとう…」
女は、よろよろと立ち上がり、涙を拭いながら歩いて行った。
目的の宿屋に着いたイアンとネリーミアは、早速部屋を取るため、店主と話をする。
ここ最近、よそから来る人の数が多く、空き部屋は一室しか空いてないそうだ。
「他大陸の貨幣だが、この量でどうにかならないだろうか」
イアンは、3000Qに相当する硬貨を店主に見せた。
「おお! 他大陸の方がこの砂漠地帯に来るとは珍しい。この半分くらいで結構ですよ」
店主はそう言うと、硬貨の半分をイアンに渡してきた。
「済まないな。さて、どうするか…」
「イアン」
イアンが、この後に何をするか考えようとした時、ネリーミアが声を掛けて来た。
「僕…もう疲れちゃったよ。先に部屋に行ってもいい? 」
「そうか。店主よ、彼女に鍵を渡してくれないか」
「ええ。どうぞ、部屋があるのは、三階の突き当たりでございます」
「ありがとう。イアンは、どうするの? 」
ネリーミアは、鍵を受け取ると、イアンの方へ振り返る。
「少し、村を色々と見て回ろうと思う……行ってくる」
「いってらっしゃい…」
イアンは、宿屋を後にした。
「…ごめんね、イアン……少し、疲れちゃったんだ…明日になったら、また頑張るから…」
ネリーミアは、宿屋の出入り口の扉を見つめながら、申し訳なさそうに呟く。
「嫌いにならないでね…」
宿屋から出たイアンは、村を真っ直ぐ歩いていた。
まるで目的地が、決まっているかのように迷いなく。
「…この辺でいいだろう」
イアンは、目的の場所へ辿り着いた。
そこは、見晴らし良く、遠くにはズイカ村が見える。
イアンは、村の外に来ていた。
腰に差した棒を抜き、それに向かって声を掛ける。
「おい。お前は何なんだ? 」
(わっ!? なに? )
「…もう一度言う。お前は何なんだ? 」
(…えっ? なんだろう!? )
棒の先端が、ピコピコと赤く光り、イアンの頭の中に、少女の声が響く。
少女の声は、とても明るかった。
「…自分が何者か分からないのか…ふむ、お前は棒か? 」
(違うよ! )
イアンは、一つ一つ聞いていくことにした。
「棒じゃない…棒を介してオレと念話しているのか? 」
(棒? なんのこと? あと、なんでワタシの声が聞こえるの? )
「妖精と会話できる能力があるらしい。すると、おまえは妖精か? 」
(イエェェェェイ! やっと友達が見つかった! 顔! 顔を見せてー)
「聞けよ……まぁいい。オレの姿が見えないか…ひょっとすると、棒の中にいるか? 」
(ん? ……おおっ、思い出した! あの後、封印されたのか…ここから出して、友達!)
棒の先端の光が、激しく点滅する。
「どうすれば良いのだ? オレは録に、魔法を使えないのだぞ」
(うーん…折って! たぶん、それでいい! )
「わかった。ふん! 」
バキッ!
イアンは、言われたとおり、棒を二つに折ってみた。
すると、折れた棒から赤い光の玉が現れ、それがイアンの目の前に落ちた。
一瞬、強い光を放った後、そこに小さな少女が現れた。
少女の髪は、赤く波打った長い髪をしており、肌はネリーミアよりも少し黒い褐色である。
赤い衣類を身につけているが、露出している部分のほうが多く、幼い外見に似つかわしくない。
「……! 」
少女は、くるくると回転しだした。
どうやら踊りで喜びを表現しているらしい。
彼女の動きに合わせて、腕に着けられた装飾や腰から伸びる布がヒラヒラと流れるように動く。
「ふむ…リュリュと同じ背丈だが、羽根がないな」
「……! 」
「む…なんだ? 」
その少女は、イアンの周りをグルグル回りながら、イアンの体を触る。
「……!? 」
すると、イアンの胸をポンポンと、叩いて立ち止まり、見上げてきた。
その真っ赤な瞳は、疑問の色に染まっている。
イアンは、初対面の人に対しての恒例文句を言い放つ。
「オレは、男だ」
「……!? ……! 」
そう言われた瞬間、イアンから離れる。
少女は逆立ちをし、頭で体を支えながら回転しだした。
イアンは、舞い上がる砂が目に入らないよう腕で守り、それを見る。
それがなんとなく、驚きを表現しているのだろうと思った。
「…念話を使え。いちいち、踊りから察するのに手間がかかる…」
砂まみれになったイアンは、少女にそう注意するのだった。
イアンは、自分の体に付いた砂を払いながら、少女に念話で棒に封印されていた経緯を聞いた。
恐らく数年前、御大と名乗る化物が少女の住処を襲撃してきた。
少女は、突然の襲撃に驚き、あっさりと倒されてしまう。
その後、棒に封印されていたらしく、その期間は記憶無い。
イアンが声を掛けたことで、意識を取り戻した。
(…って、いう感じ! )
「ちなみに、おまえが封印されている期間、火と風を吹く妖魔がおまえを持っていたぞ」
(火? ああ…たぶん、その火はワタシの力だよ。ワタシの炎を風に纏わせていたと思うよ! )
「…そうだな、あいつが火を吹く時は、おまえを封印していた棒を口に当てていた…ん? おまえは火を操るのか」
(そう! 見ててー)
少女は、イアンの目の前で、両手を広げる。
すると、開いた両手のひらから、炎の玉が現れた。
「おお! 」
(すごいでしょ! 友達も何か出来るんでしょ?)
「友達…オレの名は、イアンだ。今後そう言うといい」
(おおーっ! イアン! えとワタシはね……名前が無い)
少女は、しょんぼりと項垂れた。
「ふむ、やはりそうか。恐らくリュリュと同じ種族。少し待て…」
イアンは、腕を組んで考え込む。
「サラ……サラという名前はどうだ? 」
(サラ…うん! サラ! ワタシの名前はサラ! ありがとう、イアン! )
イアンは、目の前で喜ぶサラを見ながら、ある事を閃いた。
「そうだ。サラ、おまえの力をオレにも使えるようにできるか? 」
(できるよ! 右手出して)
「ほれ」
サラは、イアンの右手を触り、じっと見ている。
すると、サラの眉間に皺が寄った。
(…しょぼいね)
「……」
イアンは、何も言わなかった。
(あと、右手は誰かが使ってるね。残念!)
「は? おまえの力は使えないのか?」
イアンは、力が使えないと思った。
しかし、サラが首を横に振ったので、別の理由があるらしい。
(出すなら右手がいいでしょ? こればっかりは早い者勝ちかぁ……じゃあ、えいっ! )
そうサラは呟くと、イアンに抱きついた。
「……暑い…」
抱きついてきたサラの体温は異様に高かった。
(うん! これでワタシの力が使えるよ! )
サラが、イアンから離れる。
イアンは、先程思った疑問を口に出す。
「おまえの力は、右手から出せないのか? 」
(出せないこともないけど……)
「…オレの力が弱いせいか……」
イアンがため息をついて、項垂れた。
(そう! ……落ち込まないでってー。そのうち、使えるようになるから…たぶん)
項垂れたイアンは、重い顔をなんとか持ち上げた。
「で、なんて言えばいい」
(うーん…サラフレイム! サラフレイムって言えばいいよ! )
「よし…サラフレイム! 」
ボン!
イアンがそう言いながら、左手を突き出した瞬間、イアンの足下が小さく爆発し、イアンが空へ舞い上がった。
ズボォ!
そして、頭から勢いよく落下し、イアンは砂漠に刺さった。
砂漠に刺さったイアンを数秒見つめた後、サラの声がイアンの頭の中に響いた。
(……やっぱ、サラファイアで)
「ぷはっ……了解。それで今日は、あと何回使える? 」
砂から顔だしたイアンは、サラに訊ねた。
(四回かな? )
「おお! リュリュの魔法より多い。使いどころが分からないが…」
(片足二回で、合わせて四回。つまり、両足同時に使えるのは、あと二回だよ)
「片足一発で一回…一日、六回使えるのか? 」
(そいうこと! 大事に使おう! )
サラがイアンに向けて右手を突き出し、親指を上に立てる。
「大事に……何故、足下からなんだ? 」
(口や耳からのほうがよかった? )
「足下からでいい……」
イアンは、足下で良かったと思わざるを得なかった。
イアンがサラを連れて、ズイカ村に帰ってくる頃には、夜になっていた。
村に帰る前に、色々な話をして遅くなったのだが、一番の原因は、彼女の踊りに付き合わされたことだった。
サラは、サナザーンの南西部にある自分の住処に帰えるのが目的であるが、イアンがサナザーンにいる間は、イアンの手伝いをするために、一緒についてくるそうだ。
そう話が決まった後、イアンがズイカ村に戻ろうとしたら、急に踊ろうと言い出したのである。
「疲れた…宿に戻って休もう」
(えー…まだ、踊り足りないよー)
「頼むから今日は勘弁してくれ…」
イアンは、フラフラと村を歩く。
その前をサラが、炎で道を照らしながら歩いていた。
すると、イアンの足がピタリと止まる。
「……サラ、炎を消して隠れるぞ」
(ん? りょうかーい)
イアンとサラは、道の端に並ぶ、家と家の間に身を隠した。
すると、道をゾロゾロと村人達の行列が通っていった。
それらが通りすぎたのを確認し、イアンとサラは家の間から道へ戻る。
(お祭りかな? )
「にしては、雰囲気が暗くないか? 明かりも無しにやるわけがなかろう」
(じゃあ、なんなの? )
「オレはこの村に来たばかりだ。知らんよ」
イアンは、得体の知れない村人の行動を不審に思いながらも、宿屋に足を向けたのだった。
イアンが宿屋に入ると、まだ店主はカウンターにいた。
「イアンさま、夜遅くまでお疲れさまです」
「ああ。店主よ、聞きたいことがある、さっき村人達が大勢でどこかに行ったのを見かけたが、あれは何かの行事か」
「ええ、そうですよ。この村は広い。何処かに魔物か盗賊か何かが潜んでいないか、皆で見回りをしているのです」
店主は、カウンターに広げた帳簿をパラパラと捲りながら、教えてくれた。
「そうか…あと、泊まる人数の追加をお願いしたいのだが…いいか? 」
「ええと…はい。追加の分の対価を払う必要もございません」
「悪いな。では、部屋に戻らせてもらう。三階の突き当たりだったな」
「ええ、ごゆっくりどうぞ」
イアンは階段を上がり、部屋に入った。
ベッドは二つしか無く、そのうちの一つにネリーミアが眠っていた。
「……サラ、ベッドを使っていいぞ。オレは――」
(えっ!? イアン眠らないの? じゃあ踊ろっか! )
イアンの言葉を最後まで聞かずに、サラはイアンの手を取る。
「話を聞け。誰が眠らないと――」
(やっぱり、イアンも踊り足りなかったんだよね!? じゃあ、一緒に踊ろう! 朝まで! )
「待て。付き合ってやるから朝までは――」
――朝。
ネリーミアは、顔に陽の光が当たるのを感じ、目を覚ました。
体を起こすと、項垂れて床に座るイアンとその隣で気持ちよさそうに眠っている少女が目に入った。
「…イアン、大丈夫? それにその子は? 」
ネリーミアの声に反応し、イアンが顔を上げる。
「ああ、なんとかな。一睡も出来なかったが大丈夫だ。それとこいつはサラという……おい、起きろ」
(…んあ? )
サラは、イアンに小突かれ目を覚ました。
(うーん! あれ? 寝てた? )
「日が昇ったあたりから、おまえは寝たぞ」
(そっかー…あっ! イアンのお友達が起きてるね! わーい! )
サラは、ネリーミアが起きたことに気づくと、勢いよくネリーミアに抱きついた。
「わわっ!? 急に何? イアンはこの子と話していたみたいだけど…」
「ああ。こいつは喋れなくてな……そうだな…オレには、こいつの声が聞こえるのだ」
「へぇー…今、この子が言っていることも分かる? さっきから、僕の胸を触ってくるんだけど…」
(うん! ちゃんとおっぱいがあるね! )
「……わかるが言いたくない…おまえが男じゃないか確かめているのだ…すまんな」
「そ、そう…」
ネリーミアは、微妙な顔をして顔を俯かせた。
その後、何かを思い出したかのように、顔を上げた。
「そうだ! イアン、言いたいことがあるんだけど、いいかい? 」
「ん? なんだ? 」
「僕、この村に住むって決めたんだ」
「うむ……は? 今、何を言った? もう一度言ってくれないか? 」
イアンは、聞き間違いだと思い、再度ネリーミアに言うように促した。
「この村でやりたいことができたんだ。イアンもそうでしょ? 」
「……!? 」
(えっ? なに? どういこと? イアン、イアンったら!)
イアンは、思考が追いつかず、何を言われたか認識することができなかった。
サラがイアンに駆け寄り、体を揺すりながら念話を送り続けるが、しばらくイアンが返事をすることはなかった。
2016年7月10日――文章修正。
「…しょぼいね」 → (…しょぼいね)
2019年3月6日 誤字修正
(そう! ……落ち込むまないでってー。そのうち、使えるようになるから…たぶん) → (そう! ……落ち込まないでってー。そのうち、使えるようになるから…たぶん)
◇ご報告ありがとうございます◇




