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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
三章 ザータイレン大陸
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五十八話 熱風息 ビヒュウキ

 村に金の生成を強要するビヒュウキがいると言われる建物の近辺に辿り着いた。

盛り上がった砂丘から身を隠し、建物の様子を遠目から伺う。

塀に囲まれた中に、建物が二つあるのが見える。

一つは、ガイコウのいた殿堂のような建物で、もう一つは金で作られた建物であった。

金で造られた建物は、殿堂に比べると細長く、まだ完成していないが恐らく、塔を建てているのが予想できる。

そして、ビヒュウキの配下らしき妖魔が、塀の中のあちこちにいるのが見える。

敵が来ないと踏んでいるのか、怠慢な仕草が見て取れた。


「あれが、ビヒュウキとやらの伏魔殿か…」


「ゴシ村の人を働かせてあんなものを……」


砂丘から顔を覗かせていたネリーミアが、眉をひそめる。


「ああ、くだらんな。ふむ……まあいいか、門を制圧して中に忍込むぞ」


「うん」


イアンとネリーミアは、二手に分かれて伏魔殿の門へ向かう。

門番の二体の妖魔は、左右の門柱の前に立っている。

妖魔の姿は、鳥の頭をしており、軽装な鎧と槍を装備している。

イアンとネリーミアは、二体の妖魔を挟みように接近し――


「……!? 」


「ぎゃ―!? 」


大声を出されぬよう、速やかに息の根を止めた。

イアンは、戦斧に付いた血を払うと、門扉に手をかける。


「オレが先に入って、敵を集める。ネリィは、少し経ってから入ってきてくれ」


「うん。気をつけてね」


ネリーミアの返事を聞くと、イアンは門扉を勢いよく開き、伏魔殿へ足を踏み入れた。


「「……? 」」


突然の侵入者に、妖魔達はイアンを見据えるが、状況が把握できていないのかボンヤリしている。

イアンは、その様子を不審に思いながら、数歩奥へ進む。


「ビヒュウキとやらを倒しに来た」


「……はっ! 曲者だーっ! 武器を取れ! 」


「「お、おおーっ! 」」


一人の妖魔が、ようやく襲撃されたことに気づき、他の妖魔達も槍を持ってイアンの元へ向かう。

イアンは、自分を取り囲む妖魔達を一瞥し、正面に視線を戻した。


「ビヒュウキは、出てこないのか? 」


「お、御大は、ゴシ村へ視察に行っている」


イアンの問いに、妖魔の一人が答えた。


「そうか……なら、ここには用は無いが、帰してはもらえないのだろうな」


「当たり前だ! 」


妖魔達が、一斉にイアンに向けて、槍を突き出した。

イアンは、正面に突き出された槍の穂を踏みつけ、地面に槍を叩きつけると同時に跳躍。

妖魔の後ろへ着地し、振り向きざまに、戦斧を横薙ぎに大きく振るった。


「「「うぐああああ!! 」」」


三体の妖魔は、背中を切り裂かれ、うつ伏せに倒れる。


「何て奴だ…」


「ひ、一人で乗り込んでくるだけはあるな…」


妖魔達は、イアンに怖気づきながら向き直る。


「一人では無いがな…ネリィ! 」


イアンが、門に向かって叫ぶと、開かれた門扉からネリーミアが姿を現した。


「あれ? 囲まれてると思ってたけど、これって……」


ネリーミアは、自分の想像していた光景とは異なっていたため、しばし呆然とした。


「ああ、挟み撃ちだ。ネリィ、ここにビヒュウキはいない。さっさと、こいつらを倒してゴシ村に戻るぞ」


それから、イアンとネリーミアによって、妖魔達は殲滅されたのであった。


 イアンとネリーミアは、伏魔殿を後にするとゴシ村へ向かった。

数十分でゴシ村に辿り着くと、村人達が跪いているのがイアンの目に入った。

その先へ視線を動かすと、一人の女がそこにいた。

女は、ロロットのような服の構造だが裾が長く、赤と緑で色鮮やかに彩られていた。

女の容姿は、絶世の美女とまではいかないそこそこの美人のようであった。


「んん? 」


女が、イアンとネリーミアの存在に気づいた。

イアンは、一歩足を踏み出し、その女に訊ねた。


「お前が、ビヒュウキか? 」


「いかにも…五御大が紅一点 、熱風息のビヒュウキとは妾のこと。そういうお主は何者じゃ? 」


「冒険者イアン。お前達、五御大を倒す者だ」


イアンはそう言うと、ビヒュウキに右手首の痣を見せつける。

それを見たビヒュウキは、眉をピクリと動かし、イアンの見る目の色を変えた。


「ほう…我ら五御大のうち、一人を倒した者か。倒したのはカオウロウキか? それともガイコウか? いずれにしても…」


ビヒュウキは、袖から小さな棒を取り出した。


「妾の熱風で焼き尽くしてくれよう」







 ビヒュウキが、戦う姿勢にはいったとき、村人達は、悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

それはイアンにとって都合の良いことなので、特に気を止めることはなかった。


「すぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…」


ビヒュウキは、息を大きく吸い込みだした。


「なんだ? まぁいい、早々に決着をつけるとしよう」


「…はっ! 待って、イアン! 」


ビヒュウキに戦斧を振り下ろすため、地面を蹴ろうとしたイアンをネリーミアが止めた。


「カカさんの言っていた事を思い出して! 恐らく彼女は、広範囲の魔法か何かを使うよ! 」


「なに――」


イアンがネリーミアに振り返ろうとした瞬間、ネリーミアはイアンの前に立ち、錫杖を前方に突き出した。


「間に合って! 聖法 守護光球! 」


ネリーミアの前方に光の玉が現れる。

それが平らな形になり、盾へと変化した。


「はああああ!! 」


ビヒュウキが棒に口を当て、息を吐き出した。

その息は、炎を纏った嵐となり、イアンとネリーミアに襲いかかる。

しかし、盾になった光球が炎の嵐を受け止めたので、イアンとネリーミアが灼かれることはなかった。


「ふぅ…一撃ではやられなかったか。後何回で、耐え切れなくなるか…すぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…」


「奴が攻撃をする前に…」


「ダメ、間に合わない! 戻って、イアン! 」


「くっ…」


「はああああああああ!! 」


イアンは、素早くネリーミアの後ろへ移動したため、炎の嵐に巻き込まれることはなかった。

しかし――


「ぐっ…ぅ! さっきよりも強く!? 」


ネリーミアは、炎の嵐に押され、後ろへ下がってしまう。


「いや、近づけないのなら、遠くから…鎖斧で」


イアンは、戦斧をホルダーへ戻し、伸ばされた鎖斧を炎の嵐が止んだと同時に振り下ろした。


「むっ! 奇妙な武器を使いおって。ふぅぅぅぅぅぅ!! 」


鎖斧に気づいたビヒュウキは、息を鎖斧に向けて吹きかけた。

息は、強風となって鎖斧を押し戻す。


「……ほう。弾かれてしまったか」


攻撃を防がれたというのに、イアンは平然としていた。

ボックスの突起を押し、鎖を素早く巻き戻す。

そして、ネリィの後ろに立ち、耳打ちを行った。


「ネリィよ、次も耐えられるか? 」


「うん。だけど、だんだん強くなってるから、その次からは分からない」


「充分だ。次の嵐が止んだら二手に分れるぞ」


イアンは、そう言いながら鎖斧を手に持ったまま、ショートホークを二丁取り出した。


「何をする気? 」


「多方向から奴に攻撃を仕掛ける。奴は一方向にしか攻撃できない」


「はあああああああ!!! 」


すると、三度目の炎の嵐が再び訪れた。


「くっ…うううう! 」


それをネリーミアが必死に耐える。

盾になった光球は激しく点滅し、今にも消えそうである。

しかし、炎の嵐は止んだ。

ネリーミアは、持ちこたえることができたのだ。


「今だ、走れ! 」


イアンとネリーミアは、それぞれ別方向へ走り出した。


「力が底尽きて、特攻…ではない。お主ら、妾を挟み撃ちするつもりか! 」


ビヒュウキが、二人を交互に見ながら声を上げた。

ビヒュウキは、息を吹くことで炎の嵐を作り出す。

つまり、息を吹く方向にしか攻撃ができないということになる。

イアンは、その欠点に気づき、二手に分かれて挟み撃ちを仕掛けようとしたのだ。

しかし、ビヒュウキは欠点を突かれたというのに、特に取り乱すことはなかった。


「一人ずつ倒せばいいこと。まずは、お主からだァ! すぅぅ…」


「そら! 」


「行くよ! 」


ビヒュウキが息を吸い込む瞬間、イアンが二丁のショートホークを投げつけて、その反対からネリーミアがブロードソードを両手で構えて走り出した。

イアンは、息の射線から外れるため、横へ円を描くように大きく回る。


「うううううう!? 」


息を吸いながら、どこへ息を吹こうか迷いだした。

彼女が、息を吹けるのは一方向。

しかし、どれか一方に吹きかけてしまうと、他方向からの攻撃を受けてしまうのだ。


「はあああああああああ!! 」


その状況で、彼女が選んだのは上空へ逃げることだった。


「うわああ! 」


ネリーミアが、上から吹き付けてくる炎から逃れるため、急いで後退する。


「ここまで追い詰められたのは、初めてだ。妾の真の姿を見せてやろう! 」


上空へ舞い上がったビヒュウキは、両手を合わせ、棒を咥えると――


ボワァン!


煙に包まれて、人の姿から真の妖魔の姿に変身した。

その姿は、二メートルほどの大きさの鶏で、人の姿の時に着ていた吹くと同じ、赤と緑色の体毛を持っていた。


「すぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!! 」


そして、これまでにないほどに、息を吸い込んだ。

腹部が大きく膨らみ、人の姿の時とは、比べものにならないくらいの、炎の嵐が噴出されると予想できる。

上空から炎の嵐を吹きつけ、村ごと焼き尽くそうというのだ。


「ぅぅぅう? 」


ビヒュウキは息を吸い込みきり、大きく体を仰け反らせたとき、視界の隅に何かが見えたような気がした。

そちらに顔を向けると、そこに斧があった。


「張縄伸斧撃」


「――!? っあああああ!! 」


鎖斧が、ビヒュウキの翼の付け根から、首下に深々と突き刺さる。

体を仰け反り、上を向いていた彼女は、炎の嵐を上向きに吹き出しながら落下する。


グシャア!


ビヒュウキは、とてつもない勢いで落下した。


「あが…ががが……」


ズバッ!


上空から落下しても、まだ息のあったビヒュウキに、イアンは戦斧でとどめを刺した。


「残念だったな。オレの斧は空にも届く」


すると、ビヒュウキのクチバシから棒がころころと砂の上に転がる。


「そういえば、これをずっと持っていたな。一体なんなのだ? 」


(……ん…)


「ん? 」


イアンは、それを拾い上げてると、どこからか声が聞こえた気がし、周りを見渡す。


「…? どうしたの、イアン? 」


キョロキョロと周りを見るイアンに、ネリィが訊ねた。


「いや…何でもない。ビヒュウキは、倒した。これで後三体か…」


イアンは、棒をベルトに差し込み、右手首の痣を見た。

四つあった痣は、三つに減っていた。






 イアンは、ビヒュウキを倒したことをゴシ村の村人達に伝えた。

信じられないといった顔をしていたが、彼女の死体を見て納得した。

村人達は歓喜し、お祭り騒ぎにとったが、その中にカカの姿は見えなかった。


「カカはどこへ? 」


イアンが村人の一人に聞くと、その表情を暗くし、ある方向に顔を向けた。

その方向へ、イアンも顔を向けると、そこには黒い塊が砂の上にあった。


「あなたたちは見ていたでしょうか? 私達がビヒュウキに跪いていたの」


イアンとネリーミアは黙って頷く。


「今日、ビヒュウキがこの村に来て、数分経ったとき、剣を掲げたカカが現れたのです。襲いかかろうとビヒュウキに向かいましたが、彼はご覧のとおり殺されてしましました」


「それで、自分たちが巻き添えで被害が及ばぬよう、頼み込んでいた…か? 」


「その通りです……カカさんは、どうしてビヒュウキを襲おうとしたんのでしょうか? 何もしなければ殺されることもなかったのに…」


「……何もしなかったのが許せなかったのかもな。カカを戦士の墓に眠らせてやれ。気休めくらいにはなるだろう」


イアンは、そう村人へ伝えると村の外へ向かう。

ネリーミアも村人達に会釈した後、イアンに続く。

ゴシ村は、ビヒュウキの支配から解放された記念すべき日になる。

それと同時に、村の戦士が一人もいなくなった日でもあった。




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