五十六話 亡骸道人 ガイコウ
朽ちた剣を振り上げながら、向かってくるゾンビに、ネリーミアは槍光球を放つ。
光の槍が、ゾンビの体に突き刺さり、そこから腐敗した肉を焦がしてゆく。
ネリーミアが倒したゾンビの数は、十体にまで及んだ。
確実に、ゾンビの数は減っている。
「はぁ…はぁ…まだ、たくさんいるね。頑張らないと…」
しかし、聖力を使い続けていたネリーミアは、息を切らしている。
「そぉれ、そうれ! さっさと亡骸となるがいい」
ガイコウがイアンに向けて、棍棒を振り回す。
鉄製の棍棒は、イアンの戦斧と比べると、遥かに長く、イアンは防戦一方であった。
「お断りだ」
カァン! ズバァ!
「ぬう!? おのれェ! 」
イアンの戦斧によって、棍棒は弾かれ、その隙を突いたイアンの戦斧が、ガイコウの服を切り裂く。
ガイコウの体を切り裂いたはずなのだが、ガイコウの皮膚は固く、服を切り裂くのみであった。
「硬いな」
イアンは、ちらりとネリーミアのほうへ、目を向けた。
「んん? ははは、わしが言ったとおりだろう? 数分、技を行使しただけであのバテようだ。長くは戦えまい」
イアンの視線の方向に気づいたガイコウが、再びネリーミアを嘲笑う。
「では、早くお前を倒すとしよう」
イアンはそう言うと、ガイコウへ接近し、右手に持った戦斧を左へ横薙ぎに振るう。
その攻撃をガイコウは、棍棒を縦に構えて防いだ。
「ふん! そう易々と倒されるものか」
「まだあるぞ」
イアンは、棍棒とぶつかり合う戦斧を右手から左手に持ち替える。
そして、引っ込めた右手で、ホルダーからもう一丁の戦斧を取り出し、体を右へ回転させた。
「うっぐあああ!? 」
体を回転させながら振るった、戦斧がガイコウの右脇腹に叩きつけられた。
戦斧はガイコウの体に刺さりもしなかったが、衝撃によりガイコウは悲鳴を上げた。
そのまま、イアンは、両手に持った戦斧を交互に、ガイコウへ振り下ろしていく。
ガイコウは為すすべもなく、棍棒で防御するしかなかった。
「ぐぬぅ…ええい、お前達! わしを助けんか! 」
ガイコウは、自分が操るゾンビに助けを求める。
ネリーミアに襲いかかろうと、砂の上を歩いていた半数のゾンビがイアンの元へ向かってくる。
「ちっ! そう上手くはいかないか」
イアンは、ガイコウから距離を置くと、左手に持った戦斧をホルダーに戻し、代わりに鎖斧を取り出した。
そして、鎖斧を投げつけ充分に鎖を伸ばした後、頭上で鎖斧を振り回した。
「ネリィ! ゾンビがそっちへ飛んでいくかもしれん。気をつけろ! 」
「え? うん、わかった」
イアンはそうネリーミアに注意を促した後、体ごと回転させて鎖斧を振り回した。
鎖斧が、向かってくるゾンビ達を次々となぎ倒してゆく。
「ひぃぃ! なんという奴だ」
ガイコウは、鎖斧に当たらないよう、体を丸めて蹲っている。
イアンは回転を止め、鎖斧を手早くホルダーへ戻す。
辺りには、ゾンビの残骸が散らかっていた。
「これで、しばらくは邪魔が無いな」
「うっ…」
イアンに目を向けられたガイコウは、思わす体を強ばらせてしまった。
ガイコウの顔は恐怖に染まっていたが、徐々にその顔色を怒りに染め上げていった。
「くそっ! どいつもこいつも! このわしをコケにしおって…ふざけるなああああ! 」
ボワァン!
怒り狂って叫んだ後、ガイコウの周りが煙に包み込まれた。
煙の中から、トカゲのような足が四本突き出され、徐々に煙が晴れてゆく。
完全に煙が晴れた後、そこにいたのは全長が六メートル程の亀が佇んでいた。
甲羅は、岩のようにゴツゴツとしており、生半可な攻撃では歯が立たないと見て取れる。
二メートルくらいの長い尻尾の先には、複数の大きな棘が生えており、刺されようものならただでは済まないだろう。
「これが本当のわしの姿だ。ここまでわしを追い詰めた人間は、お前が初めてだぞ」
亀の姿になったガイコウが、イアンを睨みつけながら言った。
イアンは、妖魔が人の姿に化けていることを知っていたので驚きはしなかったが――
「……え? なんか大きい亀がいる!? イアン、大丈夫? 」
ゾンビと戦っているネリーミアが、ガイコウの姿に驚き、心配してイアンに声を掛けた。
「ああ、こっちは何とかするから、ネリィはゾンビに集中してくれ」
「ふん! そうも言ってられなくなるぞ! 」
ガイコウは前に踏み出して、イアンに噛み付こうと首を伸ばす。
イアンは、横へ跳躍して躱した後、ガイコウの足に戦斧を振り下ろす。
ガキィン!
戦斧は弾かれ、その反動によりイアンの腕に痺れが生じる。
甲羅だけではなく、体を覆うウロコまでもが硬く出来ていた。
「ハハハハ! この姿になったわしを傷つけられる存在などありはしない! 観念するのだなァ! 」
イアンに向けて、ガイコウの鋭利な尻尾が振り下ろされた。
イアンは、間一髪でそれを躱す。
そこから、ガイコウの猛攻撃が始まった。
ガイコウは、噛み付き攻撃と尻尾攻撃を繰り返し行い、イアンを追い詰めていく。
「イアン、こっちは大体終わったよ! 今、助けにいくからね」
ネリーミアがイアンの元へ駆けつけようとしたとき、鎖斧の攻撃が浅かったのか、傷を修復したゾンビが起き上がり、ネリーミアの行く手を阻んだ。
「うわっ! もう傷が治っちゃたの!? 」
「傷……待てよ」
ガイコウの攻撃を躱しながら、イアンは閃いた。
村長の話では、ガイコウはこう言っていたのだ。
『あの娘はなんというやつだ! この俺様に傷を付けおった! 』
村長の娘は何かしらの方法か、どこかの部位に攻撃を行い、ガイコウに傷をつけたのだ。
方法というのは、戦いの素人である村娘が思いついたとは考えにくいため、ガイコウの弱点となる部位をイアンは探すことにした。
しかし、頭、甲羅、足、尻尾とどこも鱗に覆われており、攻撃が通りそうな部位は見当たらなかった。
「ハハハ! 何を呆けておる、そのまま喰ろうてくれるわァ! 」
ガイコウは、イアンに食いつこうと、首を伸ばした。
「くっ…むっ!? 」
そのぐねりとひねりながら伸ばされた首、その首元に傷跡があるのに、イアンは気づいた。
イアンはホルダーから戦斧を左手で取り出し、二丁の戦斧を構えながらガイコウへ向かう。
ガイコウの口が閉じられる瞬間、イアンは体を地面に擦りつけて地面に滑り込んだ。
「なっ!? お前、まさか!! 」
ガイコウが、自分の首下に潜り込んだイアンに向けて、驚愕の声を上げた。
「ああ、そのまさかとやらだ」
イアンは、ガイコウの首元まで到達すると、そこにできた傷跡に向けて、左手に持った戦斧を振り上げた。
戦斧は深々と突き刺さり、ガイコウの首元から大量の血が溢れ出す。
「うぎゃああ!! 」
「まだだ」
イアンは、突き刺さった戦斧に向けて、右手に持った戦斧の背を殴りつける。
「うぎゃああ!! お、おのれェ、押しつぶしてくれるわァ! 」
「むぅ…あと少しだったのだが」
イアンは、素早くガイコウの首下から脱出した。
ガイコウは、四肢を投げ出すように広げ、体を地面に打ち付けた。
「ぐおお! おのれェ…」
ガイコウは、戦斧が刺さった首元をさらに痛めて苦悶した。
その様子を見ていたイアンは、右手に持った戦斧をホルダーにしまい、鎖斧を取り出した。
「苦しそうだな。今、楽にしてやる」
イアンは、ガイコウとの距離を数メートル離し、鎖斧を後方へ投げつける。
そして、伸ばされた鎖斧をガイコウの首元に向けて、振り下ろす。
「張縄伸斧撃」
「うぎゃああああああ!! 」
上から受けた衝撃により、さらに戦斧がガイコウの体内へ入り込んでゆく。
血は止まることなく、ガイコウの周りの砂を赤く染め上げる。
「…ぐっ…おのれ、ただでは死なぬ! 」
ガイコウは、力を振り絞って顔をイアンの方へ向け、舌を伸ばし始めた。
伸ばされた長い舌は、イアンの右手首に巻きつく。
「なんだ? 」
イアンは、戦斧をホルダーから取り出すと、ガイコウの舌を断ち切った。
巻き付いた舌を剥がすと、右手首に四つの黒い痣のようなものができていた。
「ぐ…ふふふ、これでお前は、この砂漠地帯から出られなくなった。その呪いを解くには、残りの五御大を倒さねばならぬぞ。せいぜい…苦しむがよ…い…」
ガイコウはそう呟いた後、首を地面に下ろして息絶えた。
「アア……ア…………」
ゾンビ達もガイコウが死んだことによって、ただの死体となり、その腐敗した体は骨になり、塵となって消えていった。
「……」
その光景を見て、イアンはトカク村とソステ村のことを思い出すのだった。
「仕方のないことだが…どうしても、早く来ていればと考えてしまうものだな…」
「イアン……でも、これでホレ村は救われたよ。村長の娘さんもきっと……」
ネリーミアは、イアンの元へ駆け寄って、そう言葉をつむぎ出した。
「ああ、そうだといいな」
イアンは、空を見上げた。
空は青々と晴れ渡り、イアンの着ているものと同じ服が、風に吹かれて高く舞い上がっていくのが見えた。
村に戻ったイアンは、妖魔であるガイコウを倒したと村長に告げ、盛大にもてなされた。
次の日になると、イアンとネリーミアは早々に村を後にし、砂漠を歩いている。
次の目的地は、ホレ村から北西の位置にある村である。
村長から聞いた話ではその村にも、妖魔の被害があるようで、イアン達はその妖魔を倒すために向かうのである。
「すまんな、ネリィ。あの時、オレが避けていれば、こんな遠回りしなくても良かったのに」
イアンは、隣を歩くネリーミアに謝った。
イアンは、五御大と呼ばれる妖魔を全員倒さないと、砂漠から出られない呪いをかけられたため、妖魔を倒すために砂漠を転々と彷徨わなければならなくなっていた。
「ううん、気にしないで。それに、困っている人はほっとけないからね。ハンケンもきっとそう言うさ」
「……そうか。ハンケンやロロットとキキョウに早く合流するためにも、残りの五御大とやらを倒さねばな」
イアンはそう言うと、前を向く。
五御大は残り四体、イアンが、サナザーンを脱出する道のりはまだ長い。
11月14日 誤字修正
……え? んかお大きい亀がいる!? → ……え? なんか大きい亀がいる!?
2019年3月6日 誤字修正
しかし、聖力使い続けていたネリーミアは、息を切らしている。 → しかし、聖力を使い続けていたネリーミアは、息を切らしている。
鉄製の棍棒は、イアンの戦斧と比べると、遥かに長く、イアンは防戦一方気味であった。 → 鉄製の棍棒は、イアンの戦斧と比べると、遥かに長く、イアンは防戦一方であった。
戦斧が、ガイコウの体に刺さりもしなかったが、衝撃によりガイコウは悲鳴を上げた。 → 戦斧はガイコウの体に刺さりもしなかったが、衝撃によりガイコウは悲鳴を上げた。
ガイコウはそう呟いた跡、首を地面に下ろして息絶えた。 → ガイコウはそう呟いた後、首を地面に下ろして息絶えた。
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