五十四話 村は何処に?
サナザーン――
ザータイレン大陸の東側に位置する広大な砂漠地帯。
この砂漠には国家が存在せず、小さな村々が散在している。
魔物による驚異もあるが、その環境の厳しさから、好んでこの地に訪れるものはいない。
イアン達は、その砂漠地帯の最東部の砂浜に流れ着いた。
イアンは腰を下ろし、海の先にある水平線を眺めていた。
そんな彼に近づく者がいる。
「ネリィ、これからどうする」
イアンは、隣に立ったネリーミアに訊ねた。
「ここを離れて、どこか村が無いか探しに行こう。恐らく、この周辺に僕たち以外に漂流した人はいない」
「何故、そう思う? 」
「周りを見てごらん。僕たち以外の人はおろか、船の残骸すら流れ着いてないよ」
イアンは、ネリーミアに言われたとおり、周りを見渡した。
確かに、船の欠片と思われる漂流物が見当たらなかった。
「ふむ……村を目指す理由は? 」
「こんな何も無いところに、食料を持たずに過ごすのは厳しいよ。とりあえず、生き残ることを考えよう」
「そうだな。甲板には、ロロットとキキョウがいたはず。二人がハンケンを守ってくれたに違いない。どこかで合流できるよう、生き延びねばな」
「うん」
イアンとネリーミアは村を探すべく、広大な砂漠へ足を踏み入れるのであった。
砂漠は、さほど荒れることがなく、イアンとネリーミアは順調に歩き続けていた。
しかし、歩き続けて数時間経つが、一向に村と思わしき家々を見かけることはなかった。
どこを歩いても、どこを見ても砂ばかりで、代わり映えの無い風景が余計にイアン達を疲労させる。
そんな、イアン達の前に四体の魔物が立ちはだかった。
「…なんだ、こいつら? 」
「恐らく、盗賊トカゲかな…」
「グルル…」
盗賊トカゲが、イアン達を威嚇する。
盗賊トカゲは、二本の後ろ足で立ち、前足の鉤爪で攻撃してくる魔物である。
名前の由来は、少数から多数のグループで襲いかかってくるため。
イアン達の前に、立ちはだかったのは四体。
その四体の盗賊トカゲが、イアンとネリーミアを囲むように散開した。
「こんな時に鬱陶しい」
「うん。できれば、戦いたく無かった」
イアンはホルダーから戦斧を取り出し、ネリーミアは腰から剣を抜く。
ネリーミアの剣は刃の幅が広く、ブロードソードと呼ばれる剣だった。
二人は背中を合わせ、武器を構えた。
じりじりと、盗賊トカゲ達が距離を詰めてくる。
「二匹を相手に戦えそうか? 」
イアンが、背後にいるネリーミアに声を掛ける。
ネリーミアは、イアンの声に頷いた。
「うん。大丈夫だと思う」
「そうか…では、仕掛けるぞ」
イアンはそう言うと、自分から見て、左にいた盗賊トカゲに接近し、戦斧を振り下ろす。
「グルルッ! 」
「流石に躱されるか」
盗賊トカゲは、横に跳躍してイアンの斧を躱した。
戦斧を振り下ろしたイアンに、もう一体の盗賊トカゲが迫って来た。
イアンの数歩手前で跳躍し、その鋭い鉤爪を突き出してくる。
「結構単純だな」
イアンは、体を横へ回転させ、屈みながら戦斧を振るった。
「グガッ―!? 」
盗賊トカゲの横っ腹に、戦斧が食い込む。
「ちっ! 」
イアンの頬に、盗賊トカゲの鉤爪が掠るが、それに構わず戦斧を引き抜く。
腹から大量の血が吹き出しながら、盗賊トカゲは絶命した。
「グ…グルッ! 」
戦斧を躱した盗賊トカゲが、イアンに勝てないと踏んだのか、ネリーミアの方へ向かっていった。
ネリーミアは、まだ二体の盗賊トカゲと戦っている。
彼女に、不意打ちを仕掛けようというのだ。
「行かせるものか」
ジャララララ…
イアンは、戦斧をホルダーへ戻すと、三番目のスロットから鎖斧を取り出した。
それと同時に、鎖斧を引っ張り上げ、ボックスに格納された鎖を伸ばす。
十分に伸ばされた鎖斧を振り回し、イアンに背中を向けて走っている盗賊トカゲに投げつけた。
「グッ!? グウウウウ!! 」
鎖が盗賊トカゲの体を巻き付く。
イアンが左手で鎖を手繰り寄せると、盗賊トカゲはイアンの元へ引き寄せられた。
「一発ぐらいはいいか、リュリュスパーク」
パリッ!
「――グっ!? 」
イアンは、引き寄せた盗賊トカゲに右手を当て、リュリュスパークを浴びさせる。
雷撃により、体の内部を焼き尽くされた盗賊トカゲはピクピクと痙攣し、地面に転がった。
「確か…ここだったか」
イアンは、鎖を格納するボックスの突起部分を指で押す。
ジャララララ…
鎖が勢いよくボックスへ格納され、ある程度鎖が格納されたのを確認し、イアンは鎖斧をホルダーに戻す。
それと同時に戦斧をホルダーから取り出し、ネリーミアに加勢するべく駆け出した。
ネリーミアに、鉤爪を振るい続ける一体の盗賊トカゲの後ろから、イアンは戦斧を振り下ろした。
「―ギャ!? 」
脳天を戦斧でかち割られ、死体となって砂漠に横たわる。
「イアン! 」
「これで三体始末した。後はあいつだけだな」
イアンとネリーミアは、最後に残った盗賊トカゲに武器を向ける。
「グルゥ……グルアッ! 」
盗賊トカゲは一声鳴いた後、一目散に逃げていった。
イアンは追撃しようと、鎖斧を取り出そうとするが、それをネリーミアが手で制した。
「いいのか? 」
「うん。魔物でも、戦意の無い相手に攻撃するのは良くないよ。それにイアンの傷を治すのが優先だよ」
ネリーミアはそう言った後、腰に下げていた金の棒を取り出した。
よく見ると先端に、金色の輪状のものが複数付いており、ジャラジャラと音を立てている。
イアンは、それが何なのか聞いてみた。
「それは? 」
「これは、錫杖と言って聖力を増幅させる道具だよ。聖力っていうのは、聖法術を使うのに必要な力なんだ」
「ほう…そんなものがあるのか」
「うん。まだ僕が聖法術を使うには、これが必要になるんだ。あっ! 魔法使いが使っている杖の同じようなものかな」
「……ほう」
「少し、じっとしててね」
ネリーミアは、左手に錫杖を持ち、右手をイアンの頬にかざした。
「はぁ…! 」
ポワァ…
ネリーミアの右手の周りが、淡い光に包まれる。
そして、みるみるうちにイアンの頬の傷が癒えていった。
やがてネリーミアは、手をイアンの頬から離した。
「終わったよ。今のは、聖法術の一種で、傷を癒す治癒術というものだよ」
「…おお! 塞がってる。すごいのだな、治癒術というのは」
イアンは頬を触り、傷が無いことに驚いた。
「ありがとう、ネリィ。しかし、魔法使いが使う杖か…オレの知り合いは使ってなかったぞ? 」
イアンは、ガゼルが魔法を使う時を思い浮かべた。
彼は、杖を持たずに魔法を放っていた。
「うーん…杖の代わりになるものが別の形をしていたか、その人に才能があるかのどちらかかな? 」
「才能? 」
「うん。生まれつき魔法の才能がある人は、イメージしただけでその魔法が使えるみたいだよ」
「ほう……ガゼルは凄かったのだな」
イアンは、うんうんと頷いた。
「ちなみに、その人って何歳かな? 」
「ん? ……確か十二歳だったか…って、大丈夫か? 」
イアンが、上げた視線を元に戻すと、ネリーミアの顔が暗くなっていた。
「う、うん…大丈夫。僕も頑張らないと…」
「……? 」
ネリーミアは落ち込んでいた。
イアンは、何故彼女が落ち込んでいるか検討がつかなかった。
太陽が真上を通り過ぎてから、少しの時間が流れた。
未だにイアン達は、砂漠を彷徨っていた。
海はもう見えなくなり、元来た道さえもわからなくなっている。
「ネリィ、何か見えないか? 」
「……残念だけど、何も見えないね」
このやり取りを何回も繰り返しながら、二人は歩いていた。
しかし――
「…おお!? あれは…」
イアンは、前方の砂丘から人が現れたのが見えた。
「ネリィ、人だ。人がいたぞ」
「本当? 近くに村があるかもしれないよ」
二人は早足で、その人物の元へ向かった。
その人物は、イアン達の存在に気づくと歩いてこちらに向かってきた。
「やあ、こんな所に来るなんて珍しい」
その人物が、先に話しかけてきた。
その人物は、二十を超えた歳の男性のようで、マントを羽織っていた。
その男が、じろじろとイアンとネリーミアを見ているが、イアンは気にせず男に訊ねた。
「ああ、この大陸に漂流してしまってな。この近くに村は無いか? 」
「へぇー! 村を探しているのかい? ぜひ、うちの村に来てくれ! 歓迎するよ! 」
「助かる。ネリィ、これで食い物にありつけるぞ」
「…うん、これでひとまずは安心だね」
イアンとネリィは、男の後ろについて歩いて行った。
男に連れられて、村に辿り着いた。
その村の名前はホレ村といい、イアン達が流れ着いた砂浜から、南寄りの東にある。
イアンとネリーミアは、その村の村長の家に招かれた。
村長は、イアンとネリーミアにテーブルの席に座るよう促した。
「よくお越しくださいました。どうぞ召し上がってください」
「おお…! 」
テーブルに座るイアンとネリーミアの目の前に、この村のご馳走であろう料理の数々が並べられた。
「いいのか? よそから来たオレ達にこんな…」
「気になさらないでください。旅人を歓迎するのは、村長として当然です」
村長は、ニコニコと微笑んでいる。
「そうか…では、ご馳走に――」
「待って」
料理に手を伸ばそうとしたイアンをネリーミアが止めた。
イアンが、ネリーミアに顔を向けると、彼女は神妙な面持ちで料理を見つめていた。
「ど、どうなさいましたか? 」
村長が、ネリーミアの雰囲気に動揺しながら訊ねた。
「…この料理を一口食べてくれないかな? 」
「よ、用心深いお方ですな! ご安心を、毒など入っ――」
「じゃあ、一口ぐらい食べてくれてもいいよね!? 」
ネリーミアは、語気を強めて言い放った。
イアンはネリーミアと知り合って間もないが、彼女にしては珍しい態度だと、目を丸くしていた。
ネリーミアに強く言われた村長は、体を震わせて顔を俯かせてしまった。
周りに居た村人もソワソワと顔を見合わせている。
「……」
村長と村人の様子を見たネリーミアの顔つきが暗くなった。
テーブルの上に乗っている彼女の拳が、強く握り締められる。
「…ネリィよ、何かあったら頼んだぞ」
イアンはそう言うと、並んだ料理の一つを自分の手前に引き寄せた。
「イアン!? 分からないの? この人達は―」
「食べてみれば分かる…それでいいだろ? 」
「やめて! イアン! 」
イアンは、ネリーミアに構わず料理を口へ運ぼうとする。
ネリーミアが止めようと手を伸ばしたとき――
「申し訳ございませんでした!! 」
村長が腰を折って謝罪しだした。
その場のイアン以外の人が、驚いて村長を見る。
平然と構えるイアンは、料理を皿に戻し、ネリーミアを見る。
「…ネリィよ、今日は何だか食欲が無いな」
「……はぁ…君って人は…村長、さっきはごめんね。僕、今は食欲が無くて、少し量を減らして欲しかったんだ」
ネリーミアは、村長に向かって頭を下げた。
「そういうことだ。我が儘を言って悪いが、この料理を片付けてくれ」
「…うっ…ううっ……! 」
「村長! 」
村長はその場に泣き崩れてしまった。
村人が駆け寄るも、しばらく村長は、床に蹲ってすすり泣いていた。
料理は片付けられ、一旦部屋を後にした村長が戻ってきた。
未だにその目は真っ赤に腫れ、申し訳なさそうにしている。
「先程は申し……いえ、お気遣いありがとうございました」
「さぁ? なんのことだか。で、何か事情があるのだろう? 」
「ええ、実はこのホレ村から、毎年生贄を差し出すよう妖魔に言われているのです」
「妖魔? 」
「知能の高い魔物のようなものでございます。ある日……」
村長は、妖魔に生贄を差し出すようになった経緯を話しだした。
一年ほど前に、妖魔がこの村に訪れ、村を破壊されたくなければ、若い娘を生贄を差し出せと言った。
当初は反発こそしたが、その強大な力を前に村の戦士達は戦いに敗れてゆき、村長は妖魔に従う道を選んだ。
村長が生贄を誰にするか悩んでいると、一人の女性が自ら生贄になると村長へ声を掛けた。
その女性は、村長の娘であった。
村長の娘は、生贄となり妖魔の隙を付いて倒すというのだ。
村長は、心の中では反対しつつも、他の村の娘を差し出す訳にはいかず、泣いて自分の娘を見送った。
次の日、怒り狂った妖魔が村に現れ、こう言った。
『あの娘はなんというやつだ! この俺様に傷を付けおった! 許さん、これから毎年生贄を差し出せ! さもなくば皆殺しだ』
そして明日が毎年訪れるであろう生贄を差し出す日になるのだ。
「ちょうどその前日に現れたネリーミアを生贄に差し出そうと、オレ達を見つけた村人がこの村に誘い込んだのだな」
「はい、その通りでございます。お二人を今年の生贄に捧げよと考えておりました。しかし、あなた方のような、お優しい人を生贄には出来ません」
「二人……で、どうするのだ? 」
「私自ら生贄となり、この年限りで止めて頂くようお願いします! 」
村長は、自分の胸に手を当てて答えた。
「えーと…若い女性が生贄の条件だったんじゃ…」
ネリーミアが村長に訊ねる。
「いえ、誠心誠意謝ればなんとか――」
「ならんだろ。それより、いい方法がひとつある。オレに、妖魔とやらの討伐を依頼することだ」
イアンが、村長の声を遮って提案した。
「い、依頼!? あなたは一体…」
「俺はイアン、冒険者をやっている物だ。腕には自信があるぞ」
「おお! で、では、その依頼をお願いしたいのですが、どれくらいの物が必要ですか? 村中の物をかき集めてでも用意しますゆえ」
村長がソワソワと動き回る。
イアンは、村長から視線を外し、代わりにネリーミアに顔を向ける。
「寄り道してしまうが、いいか? 」
「もちろん! 人助けになることだからね。僕も手伝わせてもらうよ」
「そうか……では村長よ、今から伝える報酬を、オレ達が妖魔を倒して帰ってくるまでに用意しとけよ」
「な、何をご用意すれば? 」
村長は、ツバを揉み込んでイアンの発言を待つ。
「うまいご馳走を頼む。帰る頃には、食欲が戻っているかもしれんからな」
グゥゥゥ…
「…ぷっ! 」
イアンは、手で腹を叩いて言った。
その後に、イアンの腹の虫が鳴った音が、隣にいたネリーミアにしか聞こえなかったのは、イアンにとって幸いだろう。
10月15日―誤字修正
この俺様の傷を付けおった! → この俺様に傷を付けおった!
2019年3月6日 誤字修正
盗賊トカゲは、二本の後ろ足でつ立ち、前足の鉤爪で攻撃してくる魔物である。 → 盗賊トカゲは、二本の後ろ足で立ち、前足の鉤爪で攻撃してくる魔物である。
◇ご報告ありがとうございました◇




