五十三話 前途多難な護衛依頼
修練場を後にして、イアン達はギルドの待ち合い室にいる。
向かい合った椅子が並んでおり、その間にテーブルが置いてある。
片側にイアン、ロロット、キキョウが、その反対側にローブの男とネリーミアが座った。
ローブの男が帽子を外して、テーブルの上に置いた。
「まずは、自己紹介だな! おれは、ハンケン! 法師をやっている」
「オレの名は、イアンだ」
「……ロロット」
「キキョウと申します」
イアンに続いて、ロロットとキキョウも自分の名前を口にした。
「…一番最後になっちゃった。僕の名前は、ネリーミア。ハンケンの護衛兼弟子みたいなものかな」
出遅れたネリーミアも自分の名前と役割を言った。
今のネリーミア髪は、イアンと出会った時とは異なり、長い髪を後ろの耳より低い位置、首筋の上辺りで二つに結ばれていた。
「よし! 自己紹介も終わったことだし、依頼について説明するぜ」
ハンケンは、依頼内容を話しだした。
このバイリア大陸の西の方面に、世界で三番目に広い大陸がある。
その大陸の名前は、ザータイレン。
ザータイレン大陸の西にあるユンプイヤという国のカーリマン寺院まで、ハンケンを護衛するのが今回の依頼というものだ。
その国に行くには、カジアルから西にある港町ノールドから、船で一ヶ月程で到着する。
旅のほとんどが船の上で過ごすことになる。
そのため護衛を雇うほどの危険な旅ではなく、元々ハンケンは、護衛を雇うつもりはなかった。
しかし、ネリーミアからイアンのことを聞き、興味をもったハンケンはイアンを護衛として雇おうとしたのだ。
肝心な名前を忘れて、先程の騒動に発展したことは、ハンケンも反省していた。
「法師とはなんだ? 」
イアンは、ハンケンの自己紹介の時から、疑問に思っていたことを訊ねた。
「法師ってのは、傷ついた者を癒したり、神様のおつげに従って何かする人達のことだ」
「前半は凄いと思うけれど、後半はよく分からないわね」
キキョウが、ハンケンの適当な説明に呆れた。
「カーリマン寺院の法師をやってて、修行の旅に出てたら、急に呼び出しくらってよ。そんで、カーリマン寺院を目指すのさ」
「僕は、ハンケンが旅をしているときに出会ったんだ。その時からハンケンの旅の共をさせてもらっているよ」
ハンケンとネリーミアは、長い付き合いのようだった。
「一つ気になっていたのだが、いいか? 」
「なに? 」
イアンは、ネリーミアに聞きたいことがあった。
「何故、顔を隠していた? オレと会った時は、顔を出していたではないか」
「あー…それはね、僕の顔を見るとみんなが怖がるんだ。だから…顔を隠しているんだ。あの時は、この街でならって思い上がっちゃって…」
ネリーミアは微笑みながら言うが、その声は小さく震えていた。
「そうか……では、もう顔を隠すのをやめろ。でなければ、依頼は受けない」
「「「「……! 」」」」
この場にいた全員が、イアンの言葉に目を見張った。
ネリーミアは、数秒間瞬きをした後――
「…それは困るなぁ。うん、わかった。もう顔を隠さないよ」
あっさり、イアンに従った。
「えっ!? 」
これに一番驚いたのは、ハンケンだった。
ハンケンも、顔を隠しているネリーミアを良くは思っていなかったが、強くは言えず、彼女は頑なに顔を隠し続けていた。
しかし、イアンは出会って数日、否一回会っただけでネリーミアの心を開いたのだ。
「い、いいのか、ネリィ? 」
思わず本当に良かったのかを聞いてしまった。
「うん…正直、まだ不安だけど頑張ってみるよ」
「そ、そうか…辛くなったら言えよ? なぁ、無理はしなくていいよな? 」
「……辛いと言うのなら、やむを得まい」
「そっか! ありがとうよ」
ハンケンはイアンに満面の笑みを向けた。
(頑なに顔を隠したがってたってのに……このイアンって奴に惹かれるもんがある。それは、確かなようだな、ネリィ)
笑みを浮かべる中、ハンケンはそのようなことを思っていた。
それを微塵も顔に出すことなく、笑顔のまま立ち上がる。
そして、イアンの前に立つと、彼に向けて右手を差し出した。
「改めてお願いするぜ。よろしくな、イアン! 」
「ああ、任せておけ」
イアンも右手を出し、ハンケンと握手をする。
その後、出発は明日ということで、イアン達は解散した。
イアン達は明日の準備を行うため、今日は他の依頼を受けないを受けず、宿屋に帰ることにした。
途中、道具屋などへ入り、長旅に必要そうな物を買いながら進む。
ロロットは、おもむろに口を開いた。
「ねぇ、アニキ。なんであんなこと言ったの? 」
「あんなこととは? 」
「顔を晒さないと依頼は受けない…と言ったことよ」
キキョウが話に入ってきた。
彼女もあの言葉を発した理由が気になっていた。
「ああ…顔を隠されると、誰か分からんだろう」
「「…………それだけ!? 」」
平然と言いのけたイアンに、二人は仰天した。
すると――
「あっ! 」
「わっ!? 」
「ひっ!? 兄様、どうしたの? 」
突然、イアンが声を上げ、二人はまた仰天した。
「あいつ、ショウケンとかいう偽名も使っていたな。それも気になっていたが、聞きそびれてしまった」
「あーそういえば」
「はぁ…兄様を完全に理解できる日は、短くなさそうね」
港町ノールド――
主に漁業を生業としている港町である。
その他に、別大陸へ向かう船も出しており、フォーン王国の玄関としての役割を持っている。
そのため、この町には王都騎士団の駐屯所があり、他国から来た者の入国審査を行っている。
イアン達は、カジアルでハンケンとネリーミアに合流し、この町に来ていた。
船に乗るために港に向かうと、そこには大小さまざまな船が停泊していた。
「俺達が乗る船は、あれだ」
ハンケンが指を差した方に目を向けると、そこにはこの港に停泊している船の中で、中くらいの大きさの帆船だった。
「あれがユンプイヤ行きの船よ。まぁまぁのでかさだろう? 」
「……ふむ」
イアンの反応は、微妙なものだった。
イアンの視線は、船の下の方を向いていた。
「どうした? 」
「……いや…何でもない。もう出港するのだろう? 早く乗り込むぞ」
「ああっと、そうだった! おまえら、急げ! 」
イアン達は、急いで船に乗り込んだ。
船が出港してから二日経った。
初めての船旅で最初は、はしゃいでいた。特にロロットが。
しかし、見えるのは海ばかりで特にやることが無く、暇であった。
イアン達は、各々が別のことをやって、暇を潰していた。
「ふん! ふん! 」
「……」
ロロットは槍を振り回して素振りをし、キキョウは持ち込んだ本を読んでいた。
「わはははは! 」
ハンケンは、船員や他の客と談笑している。
だいたい下らない話である。
イアンは、どこでどうしているかというと――
「……」
甲板の下にある食料庫を歩き回っていた。
時折、床に寝そべってしばらく動かなくなる。
そこへ、ネリーミアがやって来て、ちょうど寝そべっていたイアンに声を掛けた。
「…何をやっているの? イアン」
「……音を聞いている」
イアンは、ネリーミアに顔を向けないで答えた。
「…音? ここから何の音が聞こえるの? 」
「……木が軋むような音…あ、ここか」
バキッ!
イアンが呟いた瞬間、木が折れるような音がした。
「……今の音はまずいよな」
「僕にも聞こえた。まずいんじゃないかな? 」
二人の顔から、だらだらと汗が出てきた。
「イ、イアンは、さっきからこれを探していたの? 」
「ああ、船員に知らせようかと思ったが、間に合わなかったな」
バキバキバキ!
木が折れる音は、どんどん広がっていき――
ドバアアアア!
船底から一気に海水が吹き出し、船体が傾いたことによって、イアンとネリーミアは海水の中へ落下した。
イアンは、ネリーミアを抱えて水面へ上がろうと藻掻くが、海水の流れが無茶苦茶で、どこが水面かわからなくなっていた。
尚も水面へ上がろうとするが、息が苦しくなってゆき、だんだんと意識が遠のいていった。
完全に意識を失う瞬間、何かに引っ張られるような感覚を最後に味わった。
「……ん」
イアンが意識を取り戻すと、砂浜で倒れていた。
体を起こして、周りを見渡すと海を砂しか見えなかった。
横に目を向けると、ネリーミアが横たわっていた。
「おい、ネリィ! 起きろ」
「……うっ…イアン? 」
ネリーミアは、ゆっくりと瞼を開けた。
イアンは、安堵して状況を整理することにした。
「確かオレたちは、食料庫で海水に巻き込まれたはずなのだが…運良く海に投げ出されて、どこかの島に流れ着いたのか」
「島…? はっ! ハンケンたちは!? 」
ネリーミアが覚醒し、周りを見渡す。
「ネリィ、ここにいるのはオレ達だけのようだ。みんなは何処にいるのだろうな? 」
「…そ、そうだね。きっと、僕たちみたいに生きているよね! 」
ネリーミアは、自分に言い聞かせるように言った。
「ところで、ここが何処なのかわからないか? 陸地の奥を見ても砂ばかりなのだが」
「砂? もしかして! 」
ネリーミアは、砂浜を駆け上がり、砂の盛り上がったところに立って、唖然としていた。
イアンは、ネリーミアの元へ駆け寄る。
「どうした? ここが何処なのか分かったのか? 」
「うん…ここは、ザータイレン大陸の東に広がる砂漠地帯――」
ネリーミアが、イアンに顔を向ける。
ネリーミアの顔は、絶望の色に染まっていた。
「サナザーン…僕たちは、ユンプイヤの反対側に流れついたんだ」
2017年8月20日――言葉変更
出遅れたネリーミアも自分の名前と役割をくちにした。 → 出遅れたネリーミアも自分の名前と役割を言った。
長い髪を後ろの耳より低い位置で二つに結んばれていた。 → 長い髪を後ろの耳より低い位置、首筋の上辺りで二つに結ばれていた。
――文章変更
「そ、そうか…辛くなったら言えよ? 」
ハンケンはそう言った後、イアンを見据える。
しばらく何事か考え込んだ後、立ち上がってイアンの前に立ち、右手を差し出した。
↓
「そ、そうか…辛くなったら言えよ? なぁ、無理はしなくていいよな? 」
「……辛いと言うのなら、やむを得まい」
「そっか! ありがとうよ」
ハンケンはイアンに満面の笑みを向けた。
(頑なに顔を隠したがってたってのに……このイアンって奴に惹かれるもんがある。それは、確かなようだな、ネリィ)
笑みを浮かべる中、ハンケンはそのようなことを思っていた。
それを微塵も顔に出すことなく、笑顔のまま立ち上がる。
そして、イアンの前に立つと、彼に向けて右手を差し出した。




