五十二話 依頼を受けるのは
イアンは今日も、薬草採取依頼を受けにギルドへ足を運んでいた。
ロロットとキキョウもイアンに同行し、今日は三人で薬草採取をしようというのだ。
何故、二人がわざわざ薬草の依頼についていくかというと、空いた時間で特訓するためである。
二人は大司教に敗北したにより、自分たちの力不足を認識した。
そこで、すぐに済む薬草依頼の後の、空いた時間で特訓することを考えたのだ。
イアンは、強くなろうとする二人を嬉しく思うが、自分の仕事が軽々しく見られている気がして、複雑な気持ちになった。
いつもの依頼書を掲示板から剥がそうと手を伸ばしたとき、ロロットが依頼書の一枚に指を差して、声を上げた。
「あっ! 護衛依頼だ」
「護衛…」
イアンは、その依頼書に目を通す。
依頼人を別大陸にある国、ユンプイヤのカーリマン教会まで護衛するものだった。
募集人数は、一名から三名で締切日は明日。
依頼内容と募集人数を確認した後、イアンは最も気になる情報を探す。
「希望冒険者ランクは……記述されてない? 」
依頼書に、依頼人からの指定ランクが記述されていなかった。
それならまだしも、ギルドからのランク制限もされていなかった。
「どういうことだ? こんなのタトウ以来だ」
「兄様は、この依頼を受けたいの? 」
キキョウが、扇で口元を覆いながら聞いてくる。
「……さあな…明日、依頼人が来るのか……とりあえず、今日は 薬草採取依頼とおまえ達の特訓だな」
「うん! 」
「はい」
イアンは、薬草採取の依頼書を掲示板から剥がすと、受付に持っていった。
いつもの林に来たイアンは、薬草採取に即行する。
薬草採取は、イアンの手によってすぐに終わった。
イアンは、以前のカンを取り戻すだけではなく、薬草採取の腕前さえも上達させたのだ。
「よし! 」
イアンは、綺麗に袋へ収納された薬草を見て、思わず拳をグッと握る。
「「……」」
そんなイアンの姿をロロットとキキョウは、微妙な顔をして見ていた。
二人には、ただ薬草を摘んでいるだけにしか見えなかった。
ちなみに、二人が手を出すまでもなく、イアン一人で薬草を集めきったのであった。
林の開けた場所で、ロロットとキキョウが武器を構えて対峙していた。
林に生える木々の間から、夕日が二人を照らしている。
「はぁ…く…」
「はぁ…ふぅ…」
先程から何度も槍と剣を打ち合い、二人の息は上がっていた。
キキョウは魔法を使えるが、人に向けるものではないため、他の機会に練習するらしく、今は剣を振っている。
キキョウは、ほぼ我流のロロットとは異なり、ある程度はイトメに剣術を教わっていた。
しかし、ひねくれ始めた時からサボり、基礎の部分しかできないようで、決定打となりうる技の数が少なかった。
対してロロットは、突きという攻撃方法を身につけてはいるが、まだまだ槍を使いこなしておらず、たびたび隙を突かれていた。
イアンは座っていた岩から腰を上げ、二人の元へ歩いていく。
「今日は、もう終わりだ。二人の戦いを見て、思ったことを言わせてもらう」
ロロットとキキョウは、倒れるように腰を下ろした。
息も絶え絶えで、どれほど特訓に励んでいたかが伺える。
しかし、真剣に取り組んだとしても、二人に注意するべき点は伝えなくてはならない。
イアンも二人の力になるべく、特訓を見守っていたのだ。
「まず、キキョウは剣筋が綺麗だが、相手を追い詰めるほどの力が無い。必殺の一撃を持つ技を身に付けるといいのではないか? 」
「必殺の一撃……わかりました、兄様。その技とやらを身に付けてみせましょう」
「うむ……次にロロット、槍を突くようになってから一段と強くなったようだが、まだ槍を存分に使いこなせていないように見えた。槍でもっと色んなことができるだろう? 」
「え…色んなことって? 」
「馬鹿! それはおまえが考えるのよ」
イアンの抽象的なアドバイスに首を傾げるロロット。
キキョウは、彼女に自分で考えるよう促した。
「それが一番いいのだが……槍っていうのは棒の先に刃がついた武器だろ? 棒みたいに使っていいのではないか? その方がおまえの馬鹿力を最大限に発揮できると思ったのだが…」
「うぇー…あの人と言ってることが違う。あと、馬鹿力って言わないで…」
「馬鹿! 応用を利かせろって、兄様は言いたかったのよ」
「そんなところだな。暗くなる前に、カジアルに帰るぞ」
イアンは、林の外へ足を向ける。
ロロットとキキョウは、重い体をなんとか持ち上げ、イアンの背中を追っていった。
イアン達がカジアルの門へ辿り着いたのは、日が暮れる前であった。
キャドウの宿屋で食事を取った後、ロロットとキキョウは特訓で疲れたのか、早々に部屋に戻ってしまった。
イアンは、一人で食堂の席に座り、明日のことについて考えていた。
目的もなく依頼をこなしていく日々も悪くはないが、別大陸というものが気になる。
しかし、カジアルに戻ってきてから数日経ち、懐にも余裕はできているが、長旅となると心もとない。
ここに留まるか、しばらく別大陸にいくかをイアンは悩んだ。
そこへキャドウが、水差しを持ってイアンの元に来た。
「クク…お悩みでも抱えている様子…よろしければ、このキャドウに話してみてはいかがですか? 」
「ああ…実はな……」
イアンは、別大陸へ護衛する依頼について説明し、それを受けるかどうかで迷っていることをキャドウに話した。
キャドウは、定期的にクク…と小さく笑いながらも、真摯に耳を傾けてくれた。
話終わった後、キャドウの口が開いた。
「クク…依頼をお受けになったほうがよろしいかと」
「何故だ? 」
「クク…あなたは、冒険者でございましょう? クク…冒険しなくてどうするのですか? 」
「そうだが…そういう決め方でいいのだろうか…」
「クク…世界は広いです。クク…色々な場所を巡ってゆけば、あなたの本当にやりたいことも、見つかるのかもしれません」
「オレのやりたいこと……というか、探しているものがあるのだが」
イアンは腕を組んで考え込む。
ふと、ベティの言った言葉を思い出した。
『この大陸には無いんじゃない?』
ベティは、金の斧の伝承や記録が、この大陸に無いことを言っていた。
つまり、他の大陸に行けば金の斧の手掛かりがわかるかもしれないのだ。
「決まった、依頼を受けよう。キャドウ、ありがとう」
イアンはキャドウい礼を言うと、自分の部屋がある二階へ上がっていった。
「クク…また、寂しくなりますね…」
――次の日の朝。
イアン達は、ギルドに向かった。
掲示板の前に来ると、そこにローブを来た中年の男と屈強な体つきの冒険者達が楽しそうに話していた。
ローブの男が被る縦長の帽子には、十字架を模された模様が描かれたいる。
恐らく、ローブを着た男が依頼人だろう。
イアンは、ローブの男に話しかけた。
「…別大陸の護衛を受けたいのだが……」
「わはははは…ん? お嬢さん達も依頼を受けたいのかい? ああー、すまんな。もう、護衛をする冒険者は……ん? お前さん、ひょっとして…」
ローブの男が、イアンの顔を見据えながら、近づいてくる。
しかし、その間に屈強な冒険者達が割って入り――
「おう、わりぃな、嬢ちゃんたち。先に来た俺らで定員がいっぱいだ! 失せな」
「帰って、編み物でもしてろい うひゃひゃひゃひゃ! 」
「…………かわいい…」
とイアン達を嘲笑った。
ロロットがムッとなり、それをキキョウが制す。
イアンは、どうにか同行できないかと口を開きかけたとき――
「ちょ、お前さん達…おっ! 遅かったじゃねぇか! こっちこっち! 」
屈強な男達の壁から顔を除いたローブの男が、イアンの後ろにいた存在に気づき、手招きをした。
イアン達の後ろから、その存在がローブの男の元へ歩いていく。
「へへっ! こいつは、おれを護衛している……ショウケンだ。仲良くしろよ? 」
ローブの男は、ショウケンと呼ぶ者の肩をポンと叩く。
イアン達は何も言えず、そのショウケンと呼ばれた者を凝視していた。
なぜなら、そのショウケンは異様な出で立ちをしていたからだ。
騎士のような戦いをする服を着ており、腰には幅の広い剣と金色の棒をつけていた。
そして、顔を黒い帯状の布でグルグルと巻いていた。
その布によって顔が隠されている。
どう見ても怪しかった。
ショウケンは、ローブの男に耳打ちで何事か呟く。
「ん?……ほう! やっぱりそうか! 」
ショウケンの口に、耳を寄せていたローブの目が大きく見開く。
その先にいるのはイアンだった。
「すまんな、お前さんたち…話は面白かったぜ」
「「「はぁ!?」 」」
ローブの男は、屈強な男達に手を振ると、イアンの元に向かう。
屈強な男達は、素っ頓狂な声を上げた。
そして、ローブの男の前にたちはだかった。
「まちな、俺達のほうが早くきたじゃねぇか! どういうことだ!? 」
屈強な男達のリーダーであろう獣人の男が声を張り上げる。
「えーと…来て欲しい奴が来たんでな」
「じゃあ、そいつの名前で指定すりゃあ良かったじゃねぇか! 」
「それがな……依頼書を書くときに、ど忘れしちまって――痛っ!? 悪い、おれのミスだ! 」
ローブの男の脇腹をショウケンが小突いた。
屈強な獣人は、怒りが収まらずローブの男に詰め寄った。
「人をコケにしやがって、依頼書に冒険者の指定は無い! 先に来た俺達を雇いやがれ! 」
「ひー…ショウケン! 」
詰め寄られたローブの男は、ショウケンに助けを求めた。
しかし、詰め寄る獣人にイアンが声を掛けた。
「決闘で勝負をつけようか。そのほうが手っ取り早いだろう? 」
獣人は、イアンを見る。
どう見てもその辺で、薬草を積んでいる少女にしか見えなかった。
「へへっ! いいねぇ、嬢ちゃんのその意気込みに免じて、決闘で決着をつけよう。ついて来な! 」
獣人の男とその仲間達は、ギルドの奥へ歩いていく。
開放されたローブの男が、イアンに駆け寄って来る。
「お、おい、いいのか? 元からお前さんに頼むつもりだったのだが…」
「いい…勝てばいいのだ」
イアンはそう言うと、獣人達の後を追った。
ロロットとキキョウもイアンに続く。
「うああ…おれがイアンの名前を忘れたばかりに…」
ローブの男は、頭を抱えて蹲った。
そんなローブの男の姿を見て、ショウケンは溜息をついた。
冒険者ギルドには、修練場と呼ばれる大きな部屋がある。
そこでは冒険者達が戦いの訓練を行ったり、冒険者達による武芸大会が行なわれたりしている。
イアン達は獣人達に連れられて、その修練場に来ていた。
今日は、他の利用者がおらず、この広い部屋を使いたい放題だった。
「へっ! 今日は空いてんなぁ、思いっきり戦えるぜ」
獣人は片腕を回し準備運動をした後、戦闘態勢の構えを取った。
シャッキン!
彼の両手に付けられた篭手から幅の広い刃が出てきた。
「……! 」
パチッ!
対するイアンは、小ホルダーの留め金具を外し、ニ丁のショートホークを両手に持った。
「はっ! なんだその武器は!? そんなちっせえ斧で、俺を倒せると思うなぁ! 」
獣人がイアンに向かって、走り出す。
イアンは、獣人が迫ってきているというのに、平然と構えているだけだった。
「はぁ…道に迷ったぜ。決闘は…って、おいっ! 避けろ! 」
修練場にやっと辿り着いたローブの男とショウケン。
ローブの男は修練場に着くなり、獣人の刃が迫っているのに、動かないイアンを目にして叫んだ。
「ははっ! 怖くなってちびっちまったかぁ!? 」
「…………かわいい…」
部屋の隅で獣人の仲間の男達がイアンを馬鹿にする。
「「……」」
対して、ロロットとキキョウは、黙ってイアンを見つめていた。
「肩だけで済ましてやるよぉ! そうらっ! 」
獣人がそのまま、右腕を伸ばし、刃をイアンの右肩目掛けて放った。
その刃がイアンの肩を傷つけることがなかった。
カン!
イアンは、右手のショートホークで獣人の刃を右にずらし、左に一歩踏み込んで、獣人の背後に回った。
イアンは、獣人の背後から両肩目掛けて、両手に持ったショートホークを打ち下ろした。
ゴッ!
「うっ!? うぎゃああああ!! 」
両肩にショートホークの背を打ち下ろされ、痛みにより、獣人は床を転げまわる。
イアンは、獣人から距離を取り、ショートホークを構え直した。
獣人も立ち上がろうとするが――
「ううっ……腕が上がらねぇ…」
獣人の両肩は、脱臼していた。
「どうした? 決闘はまだ始まったばかりだぞ? 」
腕を下げたまま呆然としていた獣人にイアンが声を掛けた。
「ひっ…!? う、腕が動かねぇ…お、俺の負けだ…」
「そうか……肩だけで済んで良かったな。おい、そこの二人! 肩を貸してやれ」
仲間の二人は獣人の元に駆け寄り、肩に腕を回して、獣人を担いで修練場を出ていった。
「アニキ、怒ってたのかな…? 」
「さぁ? でも、これで私達が依頼を受けるということで…よろしい? 」
キキョウは、隣で呆然としているローブの男に声を掛けた。
ローブの男は、キキョウの声で我に返った。
「あ、ああ…っていうか、最初からイ……イアン! そう、イアンが良かったんだよ」
ローブの男は、ショウケンに耳打ちされイアンの名前を口にした。
「兄様を? 」
キキョウが訝しんでいると、そこへイアンがやって来た。
「ふぅ…今まで戦ってきた中で、一番弱いかもしれんな」
「お前さん、結構強いんだな! 話を聞いた限りじゃあ、もうちっと弱い思っていたぜ」
「話? 誰から聞いた? 」
「ああ、こいつよ! 一緒に遊んでくれたんだってな」
ローブの男は、ショウケンの肩をポンっと叩いた。
「……? 」
イアンは、ショウケンのような人物に心辺りが無かった。
ショウケンは頭に手を駆け、黒い布を外していく。
「……おまえは!? 」
「久しぶり……でもないか」
ショウケンと名乗る者の正体は、イアンが林で出会った少女―ネリーミアだった。




