五十一話 林に咲いた一輪の花
イアンが意識を取り戻してから二日後。
イアンは、王都を出てカジアルに向かうことにした。
ルエリアは、ベルギアを開放させるため王都に残るため、イアン、ロロット、キキョウ、ニッカ、ガゼルの五人は、ルエリアが用意した馬車に乗り、カジアルヘ出発した。
数時間でサードルマに辿り着き、イアンはこの町に用事があるので、ここで降りることにした。
「アニキが降りるなら」
「兄様と共に」
ロロットとキキョウも降りてきた。
「じゃあ、おれたちはこのままカジアルに向かうよ」
「イアンさん、言い忘れていましたが、また会えて嬉しかったです」
ニッカとガゼルが、馬車の中から顔を出す。
ニッカは家族の元へ帰り、しばらく休んだ後、冒険者稼業を再開するそうだ。
つまり、ニッカとはここで別れることになる。
「いやー…おれがいなくても泣くんじゃないよ、イアンさん」
「ああ」
「…………えっ!? そんだけ!? 」
最後まで適当な扱いを受けるニッカであった。
ガゼルは、これまで通り魔法学校で魔法の勉強をするそうだ。
「では、またどこかで会いましょう」
「ああ、その時まで互いに強くなろう」
「イ、イアンさん、おれもつよ――」
「ふふ、そろそろ出発しますよ! はぁ!! 」
何か言おうとしたニッカを遮って、従者が声を上げた。
「ヒヒーン! 」
ルエリアの従者が手綱を引き、馬車を走らせる。
イアン達は、馬車を見送った後、縄斧を取りに武器屋へ向かった。
武器屋に入ると、いつも通りカウンターで頬杖をついて店主が出迎えてくれる。
「…客に対してあの態度…接客がなってないわね」
「キキョウ、あれがこの店のスタイルだ。あまり悪く言わないでくれ」
「兄様がそう言うなら…」
その店主の態度に、キキョウが眉をひそめるが、イアンに目を瞑るように言われ、あっさりと元のすまし顔に戻る。
イアンは、カウンターに近づき、自分の預けた縄斧がどうなったか訊ねた。
「店主、縄斧はどうなったか? 」
「イアンか、よく来たな。待ってろ、きっとお前は気に入るぞ! 」
店主はそう言うと、店の奥にある鍛冶場に入っていった。
そのやり取りを見て、ロロットがイアンに訊ねる。
「アニキ、どんな武器を作ったの? 」
「さあな…店主がどれだけ縄斧を研究したかによるな」
そう話している間に、店主が斧を持ってやって来た。
「こいつだ」
カウンターに置かれた斧を見る。
斧の部分に変わりは無いが、縄が鎖に変わっていた。
斧から伸びた鎖がは丸い箱のような物の中に入っていて、イアンはそれが何のためにあるかわからなかった。
「縄斧改め鎖斧ってところだな」
「店主よ、この箱はなんだ? 中に鎖が入っているのか」
「おお、そいつはなボックスって言うんだ。俺が考えた」
店主が、嬉しそうに語る。
その箱は鎖を格納し、伸びた鎖を自動的に巻いてくれる物らしい。
「まぁ、実際に使ったほうがいいだろう。こいつを腰につけてくれ」
「……結構ごちゃごちゃしてきたな」
「片方のショートホークのホルダーを手前にもってこい。そんで、空いた腰の側面につけるといいんじゃないか。
イアンは店主の言うとおり、右のショートホークのホルダーを手前に移動させ、空いたところにボックスを取り付けた。
そして、鎖斧を引っ張ってみる。
ジャラジャラジャラ…
ボックスから次々と鎖が出てきた。
「おお! 結構出てくるな」
「ああ、出てくる分しまうのが大変だろう? ボックスの突起してるところを押してくれ」
「ここか」
イアンは、ボックスから小さい棒が出ているのに気づき、そこを押してみる。
ジャラジャラジャラ…
「「「おお!」」」
鎖がどんどんボックスに、戻っていく。
イアン、ロロット、キキョウがその光景を見て感嘆の声を上げた。
「すげぇだろう? ボックスが鎖を巻き上げてくれるから、その間に他のことができるだろ」
「ああ、とんでもない物を開発したな。本当に、貰っていいのか? 」
イアンが、鎖斧を丁寧に持ちながら聞いた。
「元々お前のだからな。それに、すげぇ勉強になったから、その勉強代だ。使ってくれ」
イアンは、鎖斧をホルダーの三番目のスロットへ取り付けた。
「…じゃあ、ありがたく頂戴する。また、何かあったら来る」
「じゃあな。また来いよ」
イアンは、新しい斧を手に入れ、意気揚々と武器屋を後にした。
――数日後。
イアン達は、カジアルのキャドウの宿に宿泊しながら、冒険者として依頼をこなす日々に明け暮れていた。
キキョウも冒険者として登録し、ロロット共に魔物の討伐等の依頼に参加している。
ちなみに、キキョウの登録時のランクは、E+で今のイアンより高い。
キキョウは、イアンよりも高いランクになったことを不敬と感じ――
『兄様ぁ! 申し訳ございませんっ! 』
と土下座と言うキキョウの里に伝わる最大級の謝罪をしてきた。
この行為は逆効果で、薄れていたイアンのランクコンプレックスを再び呼び起こしたのであった。
未だにランクアップが開放される期間を越えていないため、イアンのランクはE-である。
そして、今日もイアンは、薬草採取の依頼をこなすため、いつもの林に来ているのだった。
「…むっ! 雑草も一緒に摘んでしまった。久々だから腕が鈍っているな」
薬草採取の作業に、そんなことを呟くイアン。
地下の化物を倒した者とは思えない姿である。
イアンは立ち上がり、次の薬草群生ポイントへ向かうと、薬草が生えている草むらの中に一輪の花が咲いているのに気づいた。
薬草の群生地帯に花が咲いているのは珍しく、イアンは腰を下ろして、その花を眺める。
緑色の薬草の中に、その紫色の花が咲いているので、より目立ち、宝石のように輝いて見えた。
パキッ!
その時、イアンの前方の方で、何かが小枝を踏んだ音がした。
顔を上げると、そこには紫色の長髪の少女が立っていた。
少女は、町の女の子が着るような戦いに向いていない服を着ており、武器は何も持っていない。
魔物の数が少ないとはいえ、武器を装備せず一人でこんなところに来るのはおかしい。
そのはずなのだが、イアンは不思議とその少女が怪しいとは思わなかった。
そして――
「綺麗な花を見つけたのだが、こっちに来て近くで見ないか? 」
手招きをしてこちらに呼び寄せた。
今のイアンは、珍しい花を見つけた喜びで機嫌が良かった。
少女は、しばし逡巡した後、おずおずと歩いて、イアンの手前に腰を下ろした。
「…きれい」
少女からその言葉がこぼれ落ち、イアンはうんうんと頷く。
しばらく二人で花を見つめていると、少女がおもむろに口を開いた。
「ねぇ…君は僕が怖くないのかい? 」
「……うん? 」
イアンは、少女の言っている意味がわからず首を傾げる。
「おまえのどこが怖いのだ? 」
イアンは、逆に少女へ聞き返した。
「えっ!? えっと…こんなところに一人でいるし、何より僕の肌が…その…」
「…ああ」
イアンは、少女の言わんとすることを理解した。
彼女の肌は褐色で、横に長い耳を持っていた。
つまり――
「……それが、どうした? 」
イアンには、少女の正体はわからなかった。
少女の青に近い緑色の目が驚きに染まる。
「え、えーと…僕は、ダークエルフっていう種族なの。魔族と共に魔王に味方した種族の末裔なのだけれど…」
少女が身構えながらイアンに説明した。
悪の種族と言って、イアンは軽蔑してくると思ったのだ。
「ほう……そういえば、魔族と会ったことがあるぞ」
「ごめんなさいっ……って、えぇ!? 魔族とあったことがあるの!? ……じゃなくて!! 」
イアンは軽蔑するどころか、軽く流して、魔族と会ったことを話した。
少女は、イアンのペースに巻き込まれそうになるも、踏みとどまって話を戻す。
「ダークエルフは卑しいとか、悪の種族めとか思わないの? 」
「他の奴はそうかもしれんな。だが、おまえは違うのだろう? 」
「…!? ……はぁ…君はどこか、他の人とは違うみたいだね」
少女は、観念したかのように項垂れた。
そんな少女を見て、イアンは胸を張る。
「観念したか…どうだ、参ったか! 」
今のイアンは、機嫌がいいため普段言わないことも言ってしまうのだ。
もちろん、ノリで言っているので本人も意味は分からない。
「ふふ…うん、参った」
少女は、微笑みながら両手を上げて降参の意の構えをとった。
その後、少女はイアンの薬草採取手伝った。
彼女にも薬草の知識があるようで、すぐに薬草が定量分集めることができた。
少女もカジアルに宿を取っていたようなので、二人で帰ることにした。
「おまえは、旅をしているのか? 」
「うん。あっ! 今の服は町用の服で、戦闘用の服は別だよ」
「戦えるのか…というか、何の武器も持たずに外を出歩くのは危険だぞ」
イアンは、一応少女を叱っておく。
少女は、はにかみながら顔を俯かせた。
「その…町の中を見て回るつもりだったけど、外の方が気持ちよさそうだったから、つい…」
「……」
少女は、恥ずかしそうにしているが、一瞬だけ少女の表情が曇っていた。
イアンはそれを見逃さなかった。
イアンと少女は、カジアルへ辿り着いた。
少女はイアンが冒険者ギルドへ、依頼を達成報告をするところまで付き合ってくれた。
キャドウの宿屋と少女の取った宿屋は別方向のようで、ここで別れることになる。
「じゃあ、僕の宿はあっちだからここで…」
「待て」
イアンは、立ち去ろうとした少女を呼び止めた。
少女は、何事かと振り返る。
「オレの名は、イアンだ。おまえは? 」
少女は目を見張った後、嬉しそうな顔をして答えた。
「僕の名前は、ネリーミア! イアンは、ネリィって呼んでもいいよ! 」
「そうか、ネリィ! またな」
「またね、イアン! 」
手を振るイアンに、ネリーミアは手を振り返し、宿屋へ繋がる道を歩いた。
すれ違う人々の中に、彼女へ軽蔑した眼差しを向けたり、彼女の種族についてヒソヒソと呟いている者がいるが――
「ふふっ」
今のネリーミアに、それらが目に入ったり、耳に入ることはなかった。




