四十八話 教団を束ねる者
イアンは、ベルギアが来た方向へ通路を進むと、上へと続く階段に辿り着く。
その階段を昇ると、前へ進むと十字に別れた通路に出てきた。
「ここは、さっきのところか。ルエリア達に会わなかったということは、今オレが進んでいた通路は、始めに通らなかった左の通路になるか…」
つまり、イアンが真っ直ぐ進めば、ルエリアとニッカが進んだ通路に入り、左に進めば、イアンの先へ進んだロロットとキキョウの通路である。
イアンは、どちらへ進むか悩んだ後、ロロット達の進んだ左の通路を選んだ。
その通路を走っていると、イアンが落下した落とし穴に辿り着き、そこを跳躍して飛び越えた。
「縄斧があれば、こんなに苦労はしなかったのだがな…」
着地し、再び通路を走り始める。
「むっ!? 」
イアンは、通路の床に白い何かが落ちているのに気がつき足を止める。
近づいて見てみると、それは雪だった。
顔を上げ、遠くに目を凝らすと、足の大きさ程の小さな雪溜りが点々と続いていた。
イアンは足を伸ばして、手前の雪溜りを踏んでみた。
ガコン! ヒュ!
イアンの眼前で、矢が横へ通り抜けた。
雪溜りは、罠のスイッチの場所を示していたのだ。
「わざわざ印をつけてくれたのか…助かる」
イアンは、雪溜りを避けながら、罠が仕掛けられている通路を通り抜けていった。
床の雪溜りが消え、しばらく走っていると、通路の先に扉があるのが見えた。
近づくと、扉は鉄で出来ており、取手を掴むとその重さを感じ取ることができた。
そのままゆっくりと取手を押して扉を開く。
部屋の中に入り、周りを見渡すとその空間は広く、左右の壁際にいくつもの何かの銅像が並んでいた。
人の気配を感じたイアンは、部屋の奥へ目を凝らす。
床には段差が等間隔にあり、奥に行くほど高くなっている。
その一番上の段差に大きな影があり、その影の上の部分が離れ、こちらに向かって飛んできた。
「……!! なっ!?」
イアンは飛んできた影の正体に気づき、慌てて受け止めた。
影の正体は――
「ロロット、キキョウ! 」
気を失ったロロットとキキョウであった。
二人の外観に目立った傷は無いものの、その顔は苦痛に染まっていた。
イアンの呼びかけに二人は答えない。
「貴様が、その二匹の獣の飼い主か? 猿の馬鹿力と狐の悪巧みで少々手こずったが、私の敵ではなかったぞ」
二人を投げつけてきた影がカツカツと靴を鳴らしながら近づいてくる。
イアンは、二人を脇に寝かせて、戦斧を手に持ち、近づいてきた影を睨みつけた。
「……保護者のようなものだ。で、お前が大司教とやらか? 」
「いかにも、この私がマヌーワ第二信仰教団の長にして、マヌーワ様とその腕を司るヴァズィンを崇めし者」
影は、銅像の持つ松明の明かりに照らされて、その姿を顕わにする。
「大司教アムーデルである」
巨大な男は、イアンの前で手を広げた。
大司教は、装飾の凝った赤いローブを羽織っており、邪悪な笑みを浮かべる。
その目は、充血でもしているかのように赤かった。
大司教は、広げていた腕を下ろし、その周辺を歩き出す。
「マヌーワ様召喚のため、生贄を求めてこの地に辿り着いて数ヶ月…順調に進んでいた計画は、徐々に終息してゆき…優秀な司祭達も消えていった…貴様のせいだな」
大司教が歩るくのを止め、イアンに顔を向けた。
その大司教の顔は、無表情であったが、その真っ赤な目は怒りに燃えているように見える。
「全てがオレのせいとは言い切れないが、少々邪魔をさせてもらった。そして、一連の騒動の首謀者として、お前を国に引き渡す。おまえで最後だ」
「…はぁ」
大司教は、それが返事だといわんばかりにため息ついた。
「勝手に決められては困るな……それにまだ終わってない! 」
ザァァァァ!
「…! 」
大司教の右手から放たれた赤黒い光の塊が、ロロットとキキョウへ向かっていく。
イアンは二人の前に立ち、戦斧を盾にして光の塊を防御した。
「しかし、この国での活動は終わりだ。貴様等を始末した後、他の国に渡る。そこで新たに司祭と助祭達を召集し、マヌーワ様へ捧げる贄を集めるのだ」
ザザザザッ!
大司教の右手から、連続で赤黒い光の塊が放たれる。
イアンは、戦斧でそれらを弾いて防戦する。
「はははは! そんなに獣が大事か! 」
大司教は、赤黒い光の玉を打ち続ける。
それがロロット達に当たらないよう、イアンは戦斧で弾き続ける。
イアンの体力が徐々に減っていく一方で、手も足も出なかった。
「…じわじわとなぶり殺しか…そこら辺のゴロツキ共と変わらんな」
「何とでも言え、貴様等は簡単には殺さん」
その時――
バン!
「イアン殿ーっ! おおっ、防戦一方でござるな! 」
ベルギアが扉を蹴飛ばして、部屋の中に入ってきた。
そして、右拳を引き、その拳に橙色の炎のようなものを纏わせる。
「はぁーっ! 」
ベルギアの掛け声と共に、右拳を突き出し、橙色の炎が大司教に向かって放たれる。
「司教!? 馬鹿な、奴の洗脳が解けたというのか! 」
放たれた炎を大司教は、後ろへ大きく跳躍して躱し、一番上の段に着地した。
その隙に、ベルギアはイアンの元へ駆け寄る。
「イアン殿! 無事でござるか!? 」
「ああ、助かった。しかし、おまえのそのモヤモヤは、打ち出せたりもできるのだな」
「モ、モヤモヤ…せめて炎と言ってくだされ。イアン殿の言うとおり、この闘豹気炎は、拳に纏わせるだけではなく、打ち出しすこともできます! 」
ベルギアは、両手をグッと握った。
「そうか…ベルギア、この二人を任せる。頼んだぞ」
「お任せを」
バシッ!
ベルギアは、二人の前に立ち、自分の拳を打ち合わせた。
イアンは、ロロットとキキョウをベルギアに託し、大司教の元へ段差を駆け上がる。
「小癪な! ファラトの掴指! 」
「その魔法は既に見た! 」
イアンは、大司教から放たれた赤黒い爪を大きく横へ飛ぶことで、完全に躱しきる。
「ならば、ヴァズィンの――」
「遅い! 」
大司教の右腕が上がりきる前に、イアンが大司教に向かって真っ直ぐ跳躍した。
空中で戦斧を振りかぶり、大司教の腹に目掛けて、戦斧の背を横に振り回す。
ドッコ!
「ぐぅあ! 」
「もう一撃」
イアンは、振り切った戦斧の勢いに任せて一回転、再び戦斧の背を振り回した。
ゴッ!
「ぐぅうあああ! 」
またも戦斧を腹に受け、吹き飛んだ大司教は、後方の壁面に叩きつけられた。
「おお! 横回転のニ連撃! 流石です、イアン殿! 」
ベルギアがイアンの技を見て感嘆の声を上げた。
横に回転しながら着地し、イアンは大司教を見た。
叩きつけられた壁から剥がれ落ち、下の床にうつ伏せになって倒れていた。
「……」
イアンは、その様子を黙って見つめていた。
もう戦いが終わったのだと、ベルギアがイアンの元へ駆け寄ってくる。
「イアン殿、どうされた? 」
「…大司教というのはこの程度のものなのか? 」
「え……」
その時、大司教の頭だけが動き、こちらに顔を向けてきた。
「「…!? 」」
イアンとベルギアは、その顔を見てゾッとした。
その顔が、のっぺりとして目が無くなり、裂けた口から数多の牙が覗いたものに変わっていたのだ。
「キサマラ、モウオワッタゾ」
ビリビリビリ!
大司教が人とは思えない声でそういった後、体が膨れ上がり、着ていた服とローブを引き裂いていく。
ムクムクと膨れ上がった大司教は、人だった時の面影を残してはいなかった。
頭から、後ろへ伸びる角のようなものが生え、目の無い顔には避けた口があるだけである。
体長は、三メートルほどで体毛が無い赤黒い肌は、ゴツゴツとしていて硬そうであった。
そして、その化物の象徴であろう大木のように太い腕は、四本も生えていた。
「グギャアアアア! 」
その化物は、避けた口を大きく開いて、まるで産声を上げるように吠えた。
「イ、イアン殿…」
「ベルギア、ロロットとキキョウを連れてここから逃げてくれ…」
イアンがベルギアの前に立ち、戦斧を構える。
「大司教は召喚したのか…自分を生贄に、ヴァズィンとやらを」




