四十六話 潜入! スラセーヌ教会
――次の日の朝
イアン達は、ルエリアに昨晩入った部屋へ呼び出された。
テーブルの椅子に腰掛けると、侍従達が料理を運んでくる。
運ばれた料理は、昨晩のものに勝るとも劣らない美味しさであった。
皆が食べ終わると、ルエリアが昨日思いついたという作戦を話しだした。
「教会に忍び込む方法だけど、教会の人に変装していくよ」
「はっ! 安直な方法ね。他に無かったの? 」
キキョウがふんぞり返りながら口を出した。
「誰かさんの、すぐバレる変身よりはマシなんじゃない? 」
「うぐっ…」
ロロットに、自分の未熟なところを指摘され、キキョウは呻いた。
「教会のローブは、もう用意出来てるから、これ持って部屋で着替えたら、またここに集合ね! 」
ルエリアがそう言うと、イアン達の前に服の入った袋が置かれた。
ルエリアとガゼルの分もあった。
「用意が早いな」
「数日前から、従者に変装させて王都にある全部の教会に忍び込ませていたの! 今配ったのが、昨日イアンくん達が怪しいって言った教会のだよ! 」
「ほう」
ルエリアは、フォルムに来る前に、従者に教会を探らせていたそうだ。
しかし、彼らでは教会の地下の存在までは分からなかったらしい。
「何の作戦をするかと思えば変装か…ガゼルよ、たいして構える必要などなかったではないか」
「え、ええ…そうみたい…ですね」
ガゼルは、イアンに同意をしつつもその顔は晴れないものだった。
――数分後。
屋敷の一室に、青色のローブを着込んだ集団が現れた。
皆、フードを被っているので、顔は見えない。
その集団の一人が、フードに手をかけ、皆に言った。
「みんな、フードを上げて」
ローブの集団は全員、フードを上げた。
そこにいたのは、ルエリア達であった。
ロロットは、キョロキョロと周りを見て、一人足りないことに気づいた。
「あれ? アニキがいないけど…」
「そういえば…」
「え? あっ! 本当だ、イアンさんがいない」
キキョウとニッカもそのことに気がついた。
「んー着替えるのに時間が掛かってるんじゃないかな? 」
「…まさか、ルエリアさん」
ニヤニヤしながら言ったルエリアに、ガゼルは不安を覚えた。
その時――
バァン!
突然、部屋のドアが勢いよく開かれた。
ガゼル達が、何事かとドアのほうへ顔を向ける。
「……」
そこには、水色の短髪が綺麗な女性がいた。
服装からして町の住民だろう。
その女性は、ルエリアを見つけると、凄い形相で睨みつけた。
「ルエリアよ…謀ったな」
「ア、アニキ!? 」
「なんと…兄様ならぬ姉様!? 」
「え? 誰この美人! ってイアンさんか!? 」
「ああっ! だから言ったのに…」
ロロット達は、その女性がイアンだと気づき、各々の言葉で驚いた。
ガゼルは、まんまとルエリアの思惑にはまってしまったイアンに同情しつつ、右目だけを何度も瞬きさせた。
「……ガゼルよ、右の目の具合が悪いのか? 」
「…!? あ、ああ、ちょっと、目にゴミが入っただけですよ…」
そのことを指摘され、ガゼルは動揺した。
イアンに女装を促した張本人であるルエリアは、じっとイアンを見つめていた。
「…ル、ルエリアさん? 」
ガゼルは、恐る恐る彼女の名前を呼んだ。
イアンを笑い飛ばすのだとばかりに思っていたが、彼女の目は真剣だったからである。
「…まずいかも。イアンくん、外に出るときはこれを頭に被せなさい」
ルエリアはそう言うと、余ったローブをイアンに渡した。
「なんなのだ、自分で女装させといて…」
「嫌なら着なきゃいいのに…」
渋々ローブを受け取るイアンを見て、ロロットが呟く。
ローブを渡したルエリアに、キキョウが訊ねる。
「どうして、顔を? 」
「んー…もしかしたら、私の家の力でも、どうしよもできないことに発展しそうだから? 」
「…? 」
キキョウは、ルエリアの言うことが理解出来なかった。
「で、オレが女の格好をする意図は? 」
「ん? イアンくんには、どこかの町から連れてこられた可哀想な女の子をやってもらいます! 私達でイアンくんを教会に連れて行って、中に入るのよ! 」
「オレじゃなくてもいいではないか」
「女の子にそんな危険な役は任せられないしー、そもそもイアンくんは私の作戦に乗るって言ったよね? 」
「むむむ…」
「イアンさん、これが彼女のやり方です」
イアンの耳に、ガゼルが耳打ちする。
「しかし、ローブを被っていては、まともに歩けんぞ」
ローブを頭に被ったイアンが、ふらふらと歩く。
「うーん…じゃあ、アレも付けてもらおうかな。おーい、アレ持ってきてー」
ルエリアは、従者に何かを持ってくるよう頼んだ。
イアン達が、地下があると言った教会の名前は、スラセーヌ教会と言う。
フォーン王国に広まっている宗教の中で、二番目に信仰されている宗教の教会であった。
しかし、数年前からの信徒の減少により、神父達の人数は減らされ、この教会にいる神父及びその見習いの数は少数だという。
その教会に、複数のローブを来た者達がやって来た。
ルエリア達である。
「え、えーと…我々、スラセーヌ教会に何か御用ですか? 」
教会の中にいた神父見習いの男が、ルエリア達の存在に気づき、声を掛けた。
その男の羽織るローブは、ルエリア達と同じ色である青色をしていた。
「……こ、この教会の信徒なる者を連れて参りました」
「えっ!? 信徒を? な、何故? 」
神父見習いの男が動揺して答えた。
この反応に、ルエリア達も困惑する。
「ど、どうしよう? 」
ニッカが、前の男に聞こえないよう、ルエリア達に聞く。
「洗礼を受けさせに来たと言いなさい」
キキョウが、ニッカにそう言うよう促した。
「せ、洗礼を受けたいと申しまして…中に入ってもいいですか? 」
「は、はぁ…洗礼ですか。少しお待ちください」
見習いの男はそう言うと、奥でこちらを見ていた複数の神父らしき男達の元へ駆け足で向かった。
「せ、洗礼を受けに来たとおっしゃいますが…どうすれば」
「洗礼だと!? というかあの者達はどこの教会から来たのだ!? 」
「いえ、他の教会のことなど新入りの私にはわかりませぬ」
「わ、わたしもだ! お前より数ヶ月早く入ったばかりで、他のことなど知るわけがない」
「二人とも、落ち着きください。このような時は、司祭様にお知らせしましょう」
「おおっ! 司祭様ならご存知のはずだ! 知らせに参ってくる! 」
こちらに配慮していないのか話声が聞こえてくる。
「司祭…あの司祭のことか? 」
「…待っていれば、わかるんじゃない? 」
イアンとルエリアが声を小さくして会話する。
すると、先程イアン達と話していた見習いの男が戻ってきた。
「お待たせしました。上の者がもうすぐ参られますので、どうぞこちらへ」
「では…」
チャリ…
「えっ!? 」
見習いの男が異様なものを目の当たりにしてギョッとした。
ローブの者がローブを頭に被せた女の子の両手に枷を付けて、鎖で引っ張っていたからだ。
ルエリアは、見習いの男がイアンを見ていることに気づいた。
「…何か? 」
「い、いえ、何でもございません! 」
見習いの男は、言い知れぬ恐怖を感じ、なるべくイアンを見ないように案内した。
「アニキィ…なんか悪いことした人みたいだよぉ…」
「兄様…おいたわしや…」
「な、なんだろう! この胸の高鳴りは! 」
「ニ、ニッカさん、静かに……ふむ…」
ロロット達は、今のイアンの状況にそれぞれの感想を呟いた。
「イアンくん、もうちょっとだから頑張って! 」
「…ルエリア、やっぱり歩きにくいのだが」
イアンは、ルエリアに鎖を引っ張られ、やっぱり自分の力だけで歩けば良かったと思った。
教会の待合室のような場所にイアン達は連れてこられた。
ここに来るまでイアンは、ローブを頭に被っていたので、教会の中の様子はよく見えなかった。
イアン達は、その部屋の椅子に座り、司祭を待つことにした。
その間、キキョウに気配を探ってもらう。
「……この部屋を出た通路の奥の右の部屋…そこに隠し通路があるわ」
「そうか、隠し通路か」
「ええ、そこから人が出てきてこちらに向かってくる…恐らく司祭ね」
その時、イアン達の部屋のドアが開いた。
「信徒を連れて来たと聞いたが、君たちかね? 」
中に入って来たのは、禿頭の中年男性の司祭だった。
ローブの色は青色である。
「はい。こちらが信徒でございます」
「…!? 」
ルエリアは、立ち上がると鎖を引っ張り上げ、イアンを立たせる。
「おお、この娘が今回の…どれ、顔を見せてもらおうか」
司祭は、イアンが被っていたローブを取る。
「おおっ! なんと美しい娘だ! 素晴らしい、この娘ならば主もお喜びなされるだろう」
「……っぐ! 」
声を掛けられただけで、傷を負うイアンであった。
「司祭様、早速地下へ参りましょう」
「「「「…!? 」」」」
ルエリアの発言に、イアン達は驚愕した。
地下の存在は、この教会にいる者にしか知りえない可能性が高い。
その可能性を無視して、ルエリアはさも知っているのが当然とでもいうように、平然と言いのけたのだ。
司祭もその発言に眉を寄せた。
「……なに? お主達…」
教会の一室は、静寂に包まれた。
そして――
「そうか! お主達は教団の者か! ならば、その娘を連れて共に来い」
司祭は、ルエリア達の同行を許した。
ルエリアの発言は、どう転ぶかわからない博打のようなものであったが、事がうまく運んだため、結果的にファインプレーとなった。
司祭に案内され、イアン達は通路の奥の部屋に来た。
キキョウの言った通り、右の部屋である。
司祭は、その部屋に置いてある本棚の前に立ち、一冊の本を取り出してそれを床に投げつけた。
ゴゴゴゴゴゴ…
すると、本棚が横へ動き、そこに通路が現れた。
「さ、ついて参れ」
その通路は、点々と松明の明かりで照らされただけの薄暗い長い通路であった。
しばらく、通路を進むと広い部屋に辿り着いた。
その部屋は丸く、床に何かの模様が描かれ、部屋の中心に一人の男が両膝をついて座っていた。
「…あいつ…か? 」
イアンが、小さい声で呟く。
その男は、ソステ村近辺の森林で魔物を使役し、謎の赤いローブに連れていかれた髭の司祭だった。
イアンが自身無さげに呟いたのは、その男の肌が赤黒く変色していたからだ。
「…ウ…ウゥ? 」
髭の司祭が、呻きながら青いローブの司祭に顔を向けた。
「司教殿がおられない…大司教様の元へ行かれたか」
「…アア…シカシ、シキョウハキニイラナイ……シンコウシンガナクトモ、ツヨケレバナレルノダカラナ…」
「むぅ…だいぶ人間離れしてきたな…」
青いローブの司祭は、自分の独り言に返答をした髭の司祭を気味悪がった。
髭の司祭の声は、もう人の声ではなかった。
「ほ、ほれ…新しい贄を連れてきたぞ」
「……ゥウ…」
髭の司祭がイアンの顔を見つめる。
「…ゥゥゥウウオマエハアアア!! 」
「なっ!? どうした!? 」
髭の司祭は、イアンの顔を見たとたん叫びだし、体が膨れ上がりだした。
青いローブの司祭は、状況がわからず、ただじっと髭の司祭の変貌を遂げるのを見ていることしか出来なかった。
「くっ! 人が魔物に!? 」
「ば、化物!? 」
ガゼルとニッカもその光景に驚愕し、声を出す。
「ルエリア、もういいだろ」
「はーい! イアンくん、ちょっと待ってね! 」
ルエリアは、袖から鍵を出すと、イアンの両手の枷を外した。
バッ!
そして、イアンが服を脱ぐと同時にルエリア達もローブを脱ぐ。
イアン達は、いつもの服装に戻った。
「コムスメェ…オマエノセイデ、ワタシハ…ァ…」
髭の男は、ファラトより小さいが、ファラトの体に髭の司祭の顔をくっつけたような姿をしていた。
「…なんということを…不完全のまま…」
「下がれ! 」
イアンが全員に後ろへ下がるよう促した。
「ウガァァァァァァ! 」
「ギャ――!? 」
ファラトになった司祭が腕を振り回して、それに巻き込まれた青いローブの司祭が吹き飛ばされ、壁面に激突した。
「ちっ! またこいつと――」
「イアンさん、待ってください! 」
戦斧を取り出そうとしたイアンをガゼルが引き止めた。
「イアンさん達は、先に奥へ行ってください」
「なに!? 」
「おっと、じゃあ私も――」
「いえ、一人で充分です。それより早く! 奥にいる人達が逃げてしまうかもしれません」
「しかし――」
「うーん、フーリカくんがそう言うなら行こっか! 」
ガゼルに異を唱えようとしたイアンをルエリアが前へ押して、先に進むよう促した。
「フーリカくんは、あんな大猿には負けないよ! 」
「……そうか。ガゼル、無理はするなよ! ロロット、キキョウ、ニッカ、先へ進むぞ! 」
「うん! 」
「承知! 」
「あ、あいよー」
イアン達はガゼルを残して、ファラトの成りそこないを躱すため、部屋を大きく回り、奥へ続く通路に入っていった。
「マァァァァテェェェ!! 」
「火炎球! 」
ボワッ!
「ヌゥゥゥゥ!? 」
イアン達を追おうとしたファラトの成りそこないに、ガゼルが炎魔法を放った。
「あなたの相手は僕ですよ」
「メザワリナァ…ツブスゥ…」
ファラトの成りそこないは、ガゼルのほうへ体を向けた。
「…もう人ではない…か……新しい魔法の実験にちょうどいいですね」
ガゼルはそう言うと、腰から剣の柄のような物を取り出した。
それは柄と鍔だけで、刀身が無く、鍔の上部に丸い穴が空いているだけであった。




