四十五話 名家の子女ルエリア
王都北東部に位置する教会へ潜り込もうとしていたイアンは、かつて共に旅をした少年ガゼルと再開した。
その後、ガゼルと共にフォルムに来たルエリアの屋敷がある王都北部へ案内された。
王都北部は、王城の膝下というだけあって、貴族の中でも優秀な名家が集う区画で、ルエリアの家もその中の一つであるという。
イアン達は、ルエリアの屋敷に辿り付き、その一室へ案内された。
その部屋の中央にある、縦長のテーブルの椅子にイアン達は座る。
ルエリアは、人数分の料理を侍従に用意させると、自分の胸に手を当てて自己紹介を始めた。
「私の名前は、ルエリア・フルーファス。いやーさっきはごめんね! 」
名前を言った後、ルエリアは急に砕けた言い方でイアンに謝った。
部屋のシャンデリアの照明で、彼女の姿がはっきり見える。
髪は淡い赤色の長髪で、彼女の動きに合わせてサラサラと揺れている。
顔はキキョウのような綺麗系の端正な顔立ちをしているが、性格のせいで幼く見える。
屋敷を歩いている時に見た限りでは、イアンよりも背は低く、ガゼルと同じくらいの身長であった。
服装は、魔法学校の制服であろう赤を強調した服を着ており、腰に黒色のスカートを履いていた。
ガゼルの服は、ルエリアの服と若干異なる部分があり、腰にはスカートではなく黒色のズボンを履いている。
「貴族って、もうちょっと厳格なイメージがあったんだけど…」
ニッカが、顔を強ばらせながら言った。
その言葉に、ガゼルが乾いた笑いをする。
「彼女が変わっているのです。普通の貴族の子は、自分の家の威厳や尊厳を守るため、気高く装ったり、威張り散らしていますよ」
「うんうん! みんな、もっと気楽に生きていけばいいのにね! ねーフーリカくん! 」
「…はは、君はもっと貴族らしく振舞ったほうがいいと思います…」
無邪気に笑うルエリアに、ガゼルは苦笑いを浮かべた。
イアンは、腕を組んで考えた後、頭に浮かんだ疑問をルエリアに聞くことにした。
「ルエリアよ、ガゼルの姓は確かトマソンだったはずだが? 」
「トマソン? ああーそれは本人に聞いて」
ルエリアは、ガゼルに聞くよう促した。
イアンが、ガゼルの方を見るとバツの悪そうな顔をしていた。
「それはですね…色々事情がありまして、母の旧姓を名乗っていたのです」
「…? 何故だ? 」
「イアンさん、ひょっとしたら家柄を隠したかったんじゃないかな? 」
ニッカが口を挟んできた。
「何か知っているのか? ニッカよ」
「知ってるも何も…フーリカと言ったら、たった数年で寂れた農村を街と呼ばれるまで発展させた男、現サブーナの町長であるゼバック・フーリカの姓だよ? 」
「……知らなかった」
「……あたしも」
「……ふぅん」
「ガゼルくん、イアンさんにはフーリカって名乗っても良かったんじゃない? 」
ニッカは、イアンと他二人に指を差しながら、ガゼルに言った。
「そ、そうかもしれませんね、ニッカさん」
ガゼルは、ガクッと肩を下ろす。
「それにしても、何故隠す? 立派な父の姓ではないか」
「いや、立派だからこそだよ。成功した人を妬む人は多いからね。トラブルを避けるために母の姓を名乗っていたそうよ」
イアンの疑問に、ルエリアが答えた。
「特に貴族はひどいよ。魔法学校に在籍している貴族の子が、フーリカくんを成り上がりの息子とか罵っているからね」
「…そうなのか…ガゼルよ、大変だな」
イアンは、ガゼルに労わりの言葉をかける。
ガゼルは、顔を俯かせてフルフルと震えていた。
しかし、急に顔を上げて立ち上がり、ルエリアに指を差した。
「いや、それはあなたが学校で、僕の姓をバラしたせいでしょうが! 」
「あっれ? そうだっけ? 」
ルエリアは、腕を組んで視線を上に彷徨わせる。
「とぼけないでくださいよ! だいたいなんでわかったんですか? 」
「ああ、前に王都で開かれたパーティに出た時に、フーリカくんのお父さんとお兄さんが出席してて、そこでフーリカくんの自慢をしているのを耳にしたの! 」
「王都のパーティに父様とゼーダイマ兄様が……はっ! あの時か! 」
「うん! そんで、うちのガゼルは天才だ! とか、あぁー弟が可愛いすぎて辛い! とか言いまくってたよ! 」
「父様ぁぁぁぁ! 兄様ぁぁぁぁ! 」
ガゼルは、赤面して突っ伏してしまった。
イアンは、ガゼルに同情しつつルエリアに声を掛ける。
「魔法学校の学生であるおまえ達が何故、王都にいるのだ? 」
「ん? 最近人攫いが流行ってるでしょ? 私とフーリカくんは、その黒幕を探っていたの! そんで、その黒幕がフォルムにいると睨んで帰ってきたの」
「……僕は、巻き込まれました…早く学校に帰りたい…」
テーブルに突っ伏したまま、ガゼルがプラプラと手を上げる。
「何言ってるの、フーリカくん達が赤ローブを倒したから、ここまで来たんじゃない! 」
「赤ローブ…ガゼル、おまえ司祭と戦ったのか! 」
イアンが、ガゼルに向かって声を上げた。
イアンに大きい声を出されて、ガゼルは飛び起きる。
「へ? え、あ! はい、学外授業の時に出くわして…」
「そうか…ガゼルも司祭達と…」
イアンは、森林で会った赤ローブの言葉を思い出す。
『これ以上司祭といえど、駒を失うわけには行きませんので』
イアン達以外にもガゼルのように、司祭を倒す者たちがいたのだ。
「ガゼルよ、その司祭は魔物を召喚してきたか? 」
「召喚…ああ! 恐らくですがしてきましたね。僕が阻止してしまいましたが」
「阻止? どうやって? 」
「その司祭…を爆発で吹き飛ばしました」
「……ほう」
「フーリカくんはね、爆炎のガゼルって呼ばれて、魔法学生のトップに君臨する三人の魔法士の四人目、第四魔法士候補として先生達から期待されてるんだよ! 」
「や、やめてくださいよ! 僕なんてまだまだなんですから」
ガゼルは、両手をブンブン振って否定する。
イアンは、魔法士というのに興味はなかったが、ガゼルが強くなっていることを素直に喜んだ。
「今度は、こっちから質問させてもらうよ! どうしてあんな所にいたの? 」
「ああ、それは…」
イアンは、これまでの司祭との戦いとフォルムに侵入した経緯、教会の側にいた理由をルエリアとガゼルに話した。
おちゃらけ放題のルエリアも真剣にイアンの話を聞いていた。
「なるほど、確かにそこが怪しいですね……というか、イアンさん達は不法侵入したんですか!? 」
ガゼルが、驚きのあまり立ち上がってしまう。
「…ああ、やはりまずいよな」
「まずいってレベルじゃ――」
「ん? 何とかなるけど? 」
ガゼルの言葉を遮ってルエリアが言った。
「お父さんに頼んで、特例で入都を許可してあげる! 」
「おおぅ…貴族ってスゲー…」
ニッカが、造作もなさそうに言ったルエリアに畏怖する。
「でも、条件があるよ! 」
「条件とは? 」
「教会に潜入するための作戦に付き合ってもらうこと! さっき考えた! 」
「教会に潜入する作戦か…願ったりだ」
「ちょ、イアンさん! 安請け合いはまずいですよ! 」
「そ、そうよ、兄様! この女は信用できないわ! 」
ガゼルとキキョウが慌てて、頷くイアンを諭そうとした。
イアンは、キキョウはともかく、何故ガゼルが必死になって、自分を止めようとしているか分からなかった。
「決まりだね! 今日はもう遅いし、明日話すよ! みんなの部屋は用意してるから! 女子は二階、男子は一階ね」
ルエリアはそう言うと、スタスタと部屋から出ていった。
イアン達も部屋から出てルエリアが用意してくれた部屋に向かった。
「では、兄様。また、明日」
「おやすみ、アニキ」
「ああ、ロロットは寝坊するなよ」
二階に部屋を用意されたロロットとキキョウと別れ、イアンとニッカ、ガゼルは自分達の部屋に向かった。
「おお、一人一部屋か…おれはこの部屋みたいだから、おやすみイアンさん…って、おーい! 」
イアンとガゼルは、部屋の前でブツブツ言っていたニッカを無視して廊下の奥に行っていた。
イアンの部屋は廊下の一番奥で、ガゼルはイアンの隣の部屋だった。
「ニッカと五つも部屋が離れていて鍵付きか…有難い」
「イアンさん…ちょっと…」
「…? 」
ガゼルが部屋から、イアンを手招きしていた。
イアンは、首を傾げながらガゼルの部屋に入った。
バタン…
「…ふぅ」
ガゼルが扉を閉めて、一息ついた。
「ガゼル、何か話があるのか? 」
「ええ、イアンさん。あなたは最近、何らかの力を身につけましたね? 恐らく、リュリュさんが関わっているような」
「…!? わかるのか? ……よし、見ててくれ」
イアンは、リュリュの力が使えるのを何故か知っているガゼルに驚きながらも、ガゼルなら力の増幅の方法を考えられるのではと思い、右手を出した。
「リュリュスパーク」
パリッ!
「……おお、一瞬でしたが強力な力ですね」
「わかるか? それで、この力をもっと引き出す方法に心当たりはないか? 」
イアンが尋ねると、ガゼルが口に手を当てて考え始めた。
しばらく、そうした後、ガゼルの口が開く。
「まず…力を出せるようになったきっかけは何ですか? 」
「きっかけ? リュリュと会った時だろう? 」
「いえ、その前に何かあったはずです。イアンさんが出身と答えたトカク村は壊滅したと聞きました。その時に何かありませんでしたか? 」
「あの時、村に魔物が現れて、その魔物を……」
イアンは、トカク村で起きた惨事を思い返した。
そして、自分が不可解な出来事にあっていた事に気づいた。
「…そうだ…オレは泉の精霊様に会った…そして、授かった斧で魔物を倒したんだ」
「泉…精霊…斧…………イアンさん、その出来事は夢じゃありませんか? 」
ガゼルが、真っ直ぐイアンの目を見据えてくる。
「いや…魔物は確かに斧で真っ二つにして、その魔物の死体も残っていた。夢ではない…と思う」
「では、授かった斧はどこに行ったか覚えていますか? 」
「確か…消えたな…」
「…!? 」
ガゼルの目が一瞬だけ見開いた。
「精霊と……らない。だけど、イアンさんが……のは…」
ガゼルがウロウロ歩きながら、ブツブツと呟き始めた。
早口なのと声が小さいため、イアンはあまり聞き取ることが出来なかった。
「…やはり、オレは魔法使いにはなれんな」
ガゼルの様子を見ながら、イアンはそう思った。
すると、ガゼルが立ち止まり、バッとイアンに体を向けた。
「イアンさん! 」
「うお! なんだ? 」
「まだ仮説に過ぎませんが、僕なりに考えがまとまりました」
「ほ、ほう、それで? 」
「まず、力の強化ですが、これは自然に強くなっていくと思います。そして、泉に関係することで飛躍的に伸びるでしょう」
「い、泉!? まぁ、自然に強くなるならいいか。で、次は? 」
「イアンさんが使った銀の斧は、名前を呼べば――」
「まさか…」
イアンは、ガゼルが次に言う言葉を想像し、驚愕する。
それは、猪の魔物をひと振りで真っ二つにした強力な力。
イアンはそれを――
「召喚できます」
ガゼルは家族から愛されています。良かったね!




