四十四話 いざ王都へ
フォーン王国の王都フォルムがあるのは、フォーン平原の北東部である。
サードルマから東に続く街道は、フォルムへと続いている。
イアン達は、その街道に沿ってフォルムに向かうため進んでいた。
王都に続く街道であるため、商人や貴族の馬車、騎士団、冒険者等の多くの人達とすれ違った。
太陽が真上に差し掛かったあたりで街道の湾曲部、東から北に進む方角が変わる地点に辿り着いた。
そこは、フォルムとサードルマ間の街道の中間地点という場所で、行商人達が露店を開いている。
イアン達は、これ幸いと食べ物を売っている露店でパンを買い、ここで休憩することにした。
「…結構歩いたが、後どれくらいで着きそうなんだ? 」
パンをかじりながらキキョウに聞いた。
キキョウは行儀よく、行商人が提供しているシートの上で座っている。
キキョウは、口にいれたパンを飲み込むと、扇で口元を隠しながら地図を確認し、イアンの問いに答えた。
「もう半日…夕方になる頃には着くでしょう」
「そうか…そういえば、ここから南に進むとオレの家の近くになる…か」
イアンは、南の方角に目を向けた。
遠くのほうに、南へ続く街道が見えた。
目を閉じて頭の中で、その街道を進んでみる。
街道を真っ直ぐ進み途中で東に行けばトカク村…の跡地、そしてその先にイアンの家があった。
「……思えばだいぶ遠くに来たはずが…結構近いものだとはな」
イアンは一人呟く。
ふと、イアンは思い出した。
「そういえばロロットよ…この辺の風景に見覚えはないのか? 」
イアンは、ロロットに聞いてみた。
ロロットがイアンと出会う前、母と共に旅をしていたと言っていた。
イアンは、ロロットがこの辺りを通ったのではないかと思ったのだ。
「……ううん、知らない。というか、暗かったから覚えてない…」
ロロットは周りを見渡した後、首を横に振った。
イアンは、それっきり詮索することを控えた。
彼女は知らないと言ったが、もしかしたらこの辺りで母を殺されたのかも知れないから。
ひとしきり休憩した後、イアン達は王都フォルムを目指し、再び街道を進みだした。
湾曲部を越えたので、今は北の方角に向かっている。
街道の東には、広大な森が広がっていた。
「……」
ロロットは、その森を視界に入れることはなかった。
イアンはそのことに気づいていたが、聞こうとは思わなかった。
湾曲部から歩き続けて数時間、イアン達は立ち止まった。
視界の先に王都らしきものが見えているのだが、その門から人と馬車が入り混じった長い行列が並んでいたからだ。
「なんだ? 何かあったのか? 」
イアンは、行列の最後尾に並んでいる行商人に聞いてみることにした。
「おい、この行列はなんだ? 」
「ん? ああ、この行列かい? これは、入都審査を受けるために並んでいるのさ」
「入都審査? 」
「最近、あちこちの町や村で、子供が誘拐されてるのを耳にするだろ? そのせいで王都フォルムに入る俺達よそ者を検査して、人攫いかどうかを見極めるんだと」
王都フォルムは、既に人攫いの対策を講じているようだった。
行商人の話をさらに聞くと、王都から出る時は検問を実施し、積荷の中に子供がいないか調べられるそうだ。
「まぁ、この話は全部すれ違った同業者に聞いた話だがね」
「ふむ…そうか、ありがとう」
イアンがそう言った時、行列の横を豪華な馬車が進んで行くのが見えた。
「あれは、いいのか? 」
「あれって…貴族様じゃないか。いいよなぁ、貴族様は審査も検問もやる必要ないんだから」
行商人が、豪華な馬車を羨ましそうに見ていた。
イアンもボウっと馬車を見ていると、袖をキキョウに引っ張られた。
「兄様、貴族以外にも審査や検問をしなくてもいい奴がいないか聞きましょう」
「ああ、わかった……商人よ、貴族以外にもそれを無視して王都に出入りできる者を知らないか? 」
「えぇ? 王族とか王都騎士団の人達ぐらいじゃ――」
「俺は、知ってるぜ! 」
行商人の言葉を遮って、こちらに向かってくる男が声を上げた。
「俺が入都審査を受けてるときによ、教会の奴らは審査を受けずにそのまま入っちまった」
「……その教会の者達の格好は? 」
イアンが、男に訪ねる。
「うーん…その時は夜だったからな、はっきりとは言えないが…」
男は腕を組んで、顔を俯かせた。
しばらく、その体勢で唸った後、男はゆっくり顔を上げた。
「…たしか、赤いローブを羽織っていたような…」
日が沈んでも行列が無くなることはなかった。
イアン達は、既に王都に入ったかというと、入ってはいなかった。
行列に並ぶと、王都に入れるまで日をまたぎそうだったからだ。
では、イアン達は列並ばず、どこへ向かったというと、門から少し離れた外壁の前にいた。
「なぁ…キキョウ、本当にここを通るのか…」
イアンが高い外壁を眺めながらキキョウに訪ねた。
「ええ、列に並んでいては、いつまで経っても中には入れないわ。それに用が済んだらさっさと出ればいい話だし」
キキョウは涼しい顔でイアンに答えた。
ニッカが浮かない顔をしている。
「まさか、フォルムに不法侵入するなんて…これが冒険か…」
「キキョウ…本当に大丈夫なの? 」
ロロットが不安げに、キキョウへ声を掛けた。
「人の気配を探りながら進めば誰にも見つからないわ、安心なさい。それより、二人共前へ出なさい」
「え? おれと…」
「あたし? 」
ニッカとロロットは、頭に疑問を浮かべながらキキョウの前に出た。
「そう、その位置…次に両手を口に当てて後ろを向きなさい」
「「…? 」」
二人は両手を口に当て、キキョウに背を向けた。
二人の目の前には、外壁がそびえている。
「……爆風! 」
キキョウが、扇を振り回した。
突風が吹き荒れ、空気の塊がニッカとロロットの足元で弾けとんだ。
ボフンッ!
「「…!? 」」
二人は、上空へ吹き飛ばされ外壁の向こう側に消えていった。
「えぇ…」
イアンは、苦笑いを浮かべながらその様子を見上げていた。
すると、キキョウがイアンの後ろに回り、抱きついてきた。
「さぁ、兄様。私達は、ゆっくり壁登りをしましょうか」
「おまえ、自分で登る気無いだろう…」
イアンは、両手に持ったショートホークを交互に突き刺して、外壁を登った。
「新しい武器の最初の出番がこれか…武器屋の店主に言ったら殺されるな…」
外壁を登りきると、ロロットとニッカが地面に突っ伏してぐったりしていた。
「おや、情けない。さっさと立ちなさい、教会か何かを探すのよ」
キキョウがイアンにおんぶをされながら言った。
「キキョウ…もう降りてもいいんじゃないか? 」
「……もう少し…」
「……そうか、わかった」
イアンはもう少しと言われて、まだこの状態でやることがあるのだと思い了承した。
「…アニキ」
「…イアンさん」
ロロットとニッカがゆらっと立ち上がり、キキョウを背負うイアンを呼んだ。
そして、二人はキキョウに指を差し――
「「そのクソ狐を今すぐ下ろせぇぇぇぇ! 」」
と叫ぶほど、キキョウに対して相当怒っていた。
外壁の上から、王都を見渡す。
一際大きい建物というより城は、この国の王が住まう王城だろう。
町並みに目を凝らすと、カジアルよりも狭い町に見えたが、どの建物も立派に作られていた。
だいたいに家が貴族が住み、王の指示を受けこの国の政治を行っているそうだ。
「あっ! 」
ロロットが声を出した。
何かを見つけたようだ。
「どうした? 」
「何か教会みたいなでかい建物があるよ」
ロロットは、ここから遠く離れた場所へ指を差した。
「よし、そこに行ってみるぞ」
イアン達は、外壁を降りて町の中に入った。
キキョウが気配を探り、町を巡回している騎士達に見つからないよう進んだ。
――数十分後。
イアン達は、目的の建物に辿り着いた。
その建物は縦に長く、三角屋根の上に十字架が立っていた。
ステンドグラスから光が漏れているため、まだ中で何かしらの活動をしているようだ。
キキョウは、目を閉じて耳をピンと立てる。
「中に…五…六人にいるわ」
「そうか…赤いローブと関係はありそうか? 」
イアンは、真上にあるステンドグラスを睨みながら、キキョウに訪ねる。
「ないと思うわ……待って! 他にも気配を感じる! 」
キキョウはそう言うと、屈み込んだ。
「どうした…? 見回りの騎士でも近づいているのか? 」
「いえ、中から…というか、下から感じる! 」
「なに? 」
「……兄様、この教会の地下に何かがあるわ」
キキョウは、ゆっくりと目を開けてイアンに言った。
「ち、地下室があるだけじゃないかな? 」
ニッカが、ビクビクしながら言う。
「いいえ、地下室にしては広すぎる。中に入って確かめたほうがいいわ」
「よし、隙を見て中に――」
「そこに誰かいるの!? 」
イアンが移動しようとしたとき、女の子の声がした。
その声がした方向に顔を向けると――
「ぶッ!? 」
靴の裏が迫っており、イアンは顔を蹴られて吹き飛んだ。
「アニキ!? 」
「兄様!? 」
「えっ!? 何が起こったの? 」
ロロット達は、何が起こったのかわからず吹き飛んだイアンを目で追った。
イアンを蹴り飛ばした女の子は、空中で反転して着地する。
「シュタ! あなた達、怪しいわ! 巷を騒がせてる人攫いでしょ! 」
女の子が、ロロット達に指を差した。
「ち、違う! むしろそいつらの…」
「お、おのれぇぇぇぇ! よくも兄様を足蹴にしたな! 」
「キキョウちゃん、落ち着いて…お願い…」
ロロットが弁解し、ニッカが今にも女の子に掴みかからんとするキキョウを止める。
その時、遠くのほうから男の声が聞こえてきた。
「おーい! ルエリアさーん……あっ! いたいた」
金髪の少年が女の子に向かって走ってくる。
「あっ! フーリカくん! こっちこっち! 」
ルエリアと呼ばれた女の子が、金髪の少年に手を振る。
金髪の少年は、ようやくルエリアに辿り着いた。
「はぁ…目を離すとすぐどっか行っちゃうんですから…」
「ごめん、ごめん。それより、怪しい奴らを捕まえたよ! きっとこいつらが人攫いだよ! 」
「人攫いですか……あっ! 」
「……あれ? 」
金髪の少年は、ロロットに目を合わせると驚きの声を出した。
ロロットも金髪の少年の顔を見て、首を傾げる。
「ロロット…ちゃん? 」
「…ガゼル? 」
「あ、あれ? 知り合いなの…? 」
ルエリアは、名前を呼び合う二人を交互に見る。
そして、顔を真っ青に染めた。
「じゃあ、も…もしかして、あれが…イアン? 」
ルエリラがゆっくりと、地面に転がっているイアンを指さした。
「ああっ! イ、イアンさぁぁぁん! 」
ガゼルが慌ててイアンに駆け寄った。
「オンナァァァァ!! 」
「つ、冷た! キキョウちゃん、寒い、寒いよ」
キキョウを止めるニッカの体に、どんどん霜が張り付いていく。
その前方で、ルエリアがペタンと腰を下ろし、口を開けて放心していた。
「えーと…とりあえず移動しない…かな? ……ああ…」
ロロットは、今の状況から逃げるように空を見上げた。
星がキラキラと輝いて綺麗だった。




