四十二話 速さの猛襲
サードルマに辿り着いた次の日。
イアンは一人、サードルマ近辺の草むら立ち、戦斧を振っていた。
ブン! ブワッ! ブオッ!
イアンは、左手に持った戦斧を振り下ろし、横薙ぎ、振り上げを繰り返す。
「はぁ…はぁ……ダメだ、遅すぎる」
イアンは、戦斧を杖にして膝をつく。
今、イアンが思い悩んでいるのは、斧を振る前と後の僅かな時間であった。
その振る前と後の動作をなるべく短くしようと、先程から戦斧を振り続けているが、一向にイメージを超えることはなかった。
イメージとは、森林にてイアンの首に傷を付けた、謎の赤いローブである。
奴は拳を使い、イアンを襲撃してきた。
イアンは、間一髪といえど、確かに拳を躱したはずだが、首の皮が切られていた。
それをイアンは、拳の速度による、衝撃波の類であると判断した。
そして、イメージの中で赤いローブと戦っていたが、イアンの戦斧が当たらず、赤いローブの拳が頭と腹を貫くイメージばかりを想像してしまうのだった。
その拳が入るときが決まって、戦斧を振りかぶった時と振り切った後なのだ。
「…このままでは、ロロット達に申し訳が立たないな」
今、イアンはロロット達と別行動をしていた。
今日も集団戦闘の練習をするはずだったが、イアンが無理を言って別行動をしているのだ。
ロロット達は、右の突き指が完治していないイアンを一人にできないと反対していたが、サードルマの近辺から離れないことを条件に納得した。
「奴を倒すには、速度が必要だ。だが、一体どうすれば早くなる…」
イアンは、戦斧から手を離し、空を見上げて呟いた。
昼になり、イアンは昼食を取るべく町に戻った。
昼食時の今、どこの飲食店も満員で、イアンの入れそうな店は見当たらなかった。
飲食店で昼食を諦め、宿屋の食堂に体を向けたとき――
ドン!
「うお!? 」
イアンは、何かにぶつかり尻餅をついた。
見上げると、巨大な白い甲冑がそこにた。
「おお、すみません! まだ、このヘルムに慣れていなくて……って、おめぇ、イアンべか? 」
「その声は、プリュ? 」
甲冑の男は、かつてイアンと共に旅をしたプリュディスであった。
プリュディスと再開した後、イアン達は宿屋の食堂で昼食を取っていた。
二人は、別れた後のそれぞれの話をした。
プリュディスはあの後、無事カジアル騎士団に入団し、今は新人教育でこのサードルマの駐屯所に駐在しているそうだ。
「イアンが元気そうで何より…なんだべがなぁ…」
「どうした、プリュ? 」
プリュディスが、顔を俯かせた。
ヘルムを被っているので表情はわからない。
「それが、最近この町に人攫いが出るようになって、しかも狙われるのは子供ばかりなんだべ」
「人攫い…恐らく、マヌーなんちゃら軍団が関わっているのだろうな」
イアンは、頷いた。
「それで、今日も見回りだべ」
「大変だな…」
「大変って…ガゼ――」
「きゃああああ! 人攫いよおお! 」
プリュディスが何かを言おうとしたとき、外から女性の悲鳴が聞こえてきた。
「プリュ! 」
「行くべ、イアン! 」
二人は、席を立ち上がり、宿屋を後にした。
宿屋を出たイアンの目の前に、手を地面について跪いている女性がいた。
「大丈夫ですか!? 」
プリュディスが、女性に駆け寄り騎士口調で話かけた。
「…私の坊やが…」
女性は、そう言って前方に指を差す。
「お子さんは、このカジアル騎士団が必ずお救いします」
「…騎士様、どうか……」
プリュディスとイアンは、人攫いが向かった方へ駆け出した。
しばらく走っていると、前方にプリュディスと同じ甲冑を着た男たちの人だかりができていた。
近づいて見ると、盗賊のような男達と戦っていた。
「隊長! 」
プリュディスが、その中の一人に声を掛けた。
「おっ! 来たかプリュディス」
ギン! ズバッ!
「ギャア―! 」
隊長と呼ばれた男は返事をしながら、盗賊風の男の剣を弾き、体を切り裂いた。
隊長という男は、プリュディスよりも小柄だが、剣のひと振りは強力なものだった。
「隊長、ここに子供を抱えた奴が来てねぇか? 」
「何ぃ? そうか…それで教官は! プリュディス、先に行って教官を援護してくれ」
「わかったべ! 」
「しかし、道が無いぞ」
イアンが、周りを見渡して呟く。
騎士と盗賊風の男達が剣をぶつけ合い、とても通れる所はなかった。
「君は、冒険者か…少し待っててくれ」
隊長は、剣を振りかぶり、それを思いっきり地面に叩きつけた。
ドォン!
「ギャ―!? 」
「オゥワァァ―!? 」
衝撃で土煙が舞い上がり、ついでに近くにいた盗賊風の男が吹き飛んだ。
「今だ、突っ走れ! 冒険者殿もご助力願いたい」
「任せろ」
「隊長、ここは任せたべ」
イアンとプリュディスは、土煙の中を突っ走った。
その二人の背中を見送った隊長は、天に向けて剣を掲げた。
「教官と我らのエースが、卑劣な人攫いから子供を救出しに行った! 我々も早々にカタをつけ、援護に向かうぞ! 」
「「「「うおおおおおおおおお」」」」
騎士団は雄叫びをあげて、盗賊風の男達に立ち向かった。
土煙を抜けて、真っ直ぐ走ると、前方で誰かが戦っているのが見えた。
子供を抱えた男に、三人の盗賊風の男達が剣を振る。
ガン! キン! カァン!
子供を抱えた男は、右手に持った剣で盗賊風の男たちの剣を全て弾いていた。
「教官! 」
「むっ! 貴様は……誰だ? 」
プリュディスが、転びそうになるほど体勢を崩した。
「プ、プリュディスです! 」
「ああ、プリュディスか。皆、同じ格好だから見分けがつかん」
教官は、そう言いながらこちらに体を向けた。
教官の身なりは、プリュディス達のようにガッシリとした甲冑ではなく、胸当てや篭手等の最小限の防具を身につけていた。
金の髪に、年季の入った顔から光る青い目は、海のように深い黒さを持っていた。
「教官! 子供を助けたのなら…」
「いや、一人にしては危ない。この町で安全な所といえば? 」
「教官の近くです…」
「そうだ。まぁ…三対一に加え、片手が塞がっていてな…少々、手こずっていたのだ、貴様が来てくれたおかげで楽ができる」
教官はそう言うと、背後に迫っていた二人の盗賊風の男の剣を躱し、体を回転させながら、二人を蹴り飛ばした。
「ぐは―!? 」
「ぐえ―!? 」
蹴り飛ばされた盗賊風の男達は、イアン達の前で跪いた。
「ちっ! ディア兄、あいつ強いよ!? 」
「くそっ! 王都騎士団がいないと聞いてきてみれば、カジアル騎士団にあんな奴いるなんて…」
二人は、立ち上がり、イアンとプリュディスを見た。
「モルド…この町から出よう…親分は用済みだ」
「そうだね…でも、こいつら邪魔だよ、殺そう! 」
ディアとモルドがイアンとプリュディスに向かって来た。
「来るぞ、プリュ」
「へへ、おめぇと戦うのは、ファトム山以来だべな」
イアンが左手に戦斧を持ち、プリュディスは、剣を両手で持った。
カァン! キン!
剣と戦斧、剣と剣がぶつかり合った。
イアンは、盗賊風の男の一人―ディアに向けて、戦斧の背を振り下ろす。
ディアは、それを体を捻って躱し、イアンの顔目掛けて剣を突き出した。
「ぐっ! 」
イアンは、顔を傾かせて突きを躱すと、ディアが後ろに飛んで間合いを離される。
「もう少し…か。右手を負傷しながらよく動く」
「…はぁ…はぁ…やはり、速度が…」
イアンの攻撃は、ディアに当たらなかった。
掠りもせずに、完璧によけられているのだ。
イアンは、プリュディスの方を見た。
「おりゃりゃりゃりゃ」
ガン! キン! カァン! キン!
「ぐ…ぅ…こいつも強い…! 」
プリュディスの連続攻撃をもう片方の盗賊風の男―モルドが必死に剣で受けていた。
「…弟のピンチだ。早々にお前を倒して、助けに行くとするか」
ディアがそう言うと、イアンの周りをグルグルと走り出した。
そして、イアンの右側面から近づいた。
目でディアを追っていたイアンは、ディア目掛けて戦斧を振り下ろすが――
ブォン!
サッ…
「なっ!? 」
ディアは、戦斧の間合いに入る前に後ろに下がり、再び走り出した。
そして、イアンの背後に回り込み、剣を突き出す。
イアンは、体を捻って躱そうとするが――
ビッ!
剣が服を掠めた。
ディアは、そのままイアンを通り過ぎ、再び走り始める。
それを繰り返され、イアンの服はビリビリと破かれ、体力も削られる。
「ふっ…女の癖に、なかなか引き締まった体をしているな」
「…くっ……一撃…たった一撃が当たれば」
イアンは、今の自分の体の状態を呪った。
右手さえ使えれば何とかなるかも知れないと。
「右手が動けば…あ! 」
その時、イアンは閃いた。
「むっ! 何か、企みをしているな」
イアンの挙動によからぬものを感じたディアは、背後からイアンに接近する。
イアンは、振り返り戦斧を振るった。
サッ…
再び、ディアは後方に下がり、さらにイアンの背後に回って、剣を突き出した。
その瞬間、イアンの右手がホルダーの二番目のスロットの戦斧に伸びた。
「なんだと!? 」
キィィィン!
イアンは突き指を免れた、右手の小指と親指だけで戦斧を持ち、背後から迫っていた剣を防いだのだ。
右の戦斧で剣を押し返し、ディアの速度を弱める。
ゴトッ!
握力が耐え切れず、右指から戦斧を落としてしまう。
しかし、それで十分だった。
イアンは、左手の戦斧を振り上げながら体を捻り、空中で体を伸ばしきっているディアの背中めがけて、戦斧の背を叩き込んだ。
ドゴッ!
ダァン!
「ぐっ――はぁ! 」
ディアは、地面に叩きつけられ、意識を失った。
イアンは、左手に持った戦斧をホルダーに戻し、落とした戦斧を拾うため屈み込む。
「はぁ…プリュディスは…」
戦斧を拾いながら、プリュディスの方を見ると、プリュディスが腕でモルドの首を絞めていた。
モルドは、泡を吹きながら、プリュディスの腕を叩いている。
「…なぜ、そうなった……」
「終わったか…結構、時間をかけてしまったな」
「教官!、プリュディス! 」
イアンが呟いた後、子供を抱えながら盗賊風の男を引き摺る教官と、隊長が騎士団を引き連れて駆け寄ってきた。
こうして、カジアル騎士団新人部隊によって、人攫い集団によるサードルマ襲撃は終息した。
一人の盗賊風の男に尋問すると、他に攫った子供を町外れの林の中の幌馬車に閉じ込めているそうだ。
今回を最後に、その馬車をどこかに運びこもうとしていたらしい。
教官は少数の騎士達を引き連れて、その林に向かった。
残った騎士団が、盗賊風の男達を拘束し連行している中、イアンは暇そうなプリュディスに話しかけた。
「なぁ、プリュ」
「なんだべ、イアン? 」
「前使っていた大剣はどうした? 」
「…たいけん……ああ、大剣か」
プリュディスは、手をポンと叩いた。
「今日、会った時からジロジロ見ていたのは、それが気になってたべか」
「まぁ、そんなところだ。プリュといったら大剣だからな」
「へへへ、照れるべ」
プリュディスが、ヘルムを篭手でコリコリと掻く。
「今は、宿舎に置いてるべ。平原には大剣を使うような魔物はいないし、対人戦では不利になるから剣を使えって教官に言われたんだべ」
「そうか…やはり、大振りの武器は人との戦いには向いてないよな」
イアンは、自分の使う武器と技を思い浮かべる。
大振りなものや魔物を一撃で屠れるものばかりで、人に使えるようなものが少なかった。
「未熟なオレの技では、奴の速度に勝ることはできないだろう。ならば、対人戦に特化した振りの速い斧の用意だな。だいたい、形は決まっている」
イアンは、今の自分の方針を固めた。
すると、プリュディスに肩にマントのような物をかけられた。
「…? なんだこれ? 」
「イアン…その…そんな格好をしていると周りの騎士達が集中できなくて…」
プリュディスが申し訳なさそうに言った。
イアンはまず、自分の姿を確認する。
服はボロボロで、所々から肌が見えていた。
次に、辺りを見渡す。
騎士たちの視線がこちらに集中していることに気づいた。
ヘルムの隙間から、微かに湯気のようなものが見える。
「……こ、ここから、立ち去ろう。またな、プリュ」
「すまないべ…また会おう、イアン」
イアンは、身の危険を感じてこの場を去った。
2019年 3月5日 誤字修正
ロロット達は、右の突き指が完治っていないイアンを一人にできないと反対していたが、
↓
ロロット達は、右の突き指が完治していないイアンを一人にできないと反対していたが、
◇ご報告ありがとうございました◇




