四十話 強敵現る! イアン達に足りないのは?
イアンは、突き指をしたところに木の枝をあて、服の裾をちぎってそれを
巻いて、指が動かないよう枝に固定する。
突き指の応急処置だ。
(リュリュよ、力の一部を貸してくれてありがとう)
イアンは心の中でリュリュに向かって念じた。
(ごめんねー、本当はリュリュが行きたかったけど)
イアンの頭の中で、リュリュの申し訳なさそうな声が響く。
(それは、オレの力がまだ足りないせいだろう……そろそろ、ロロット達の方に行く。いつか、おまえを呼び出せるようになる。待っていてくれ)
(うん! ああ、リュリュスパークは念じなくても名前を出せば使えるようにしたからね! )
(助かる。じゃあ、またな)
(またね!)
頭の中にリュリュの声は響かなくなった。
イアンは、太い枝に刺さっていた戦斧をホルダーに戻すと、森林の中を歩き始めた。
森林の開けた場所にて、髭を生やした司祭に向かってロロットが走る。
ロロットは、中段に構えた槍を司祭の右肩目掛けて、突きを放つ。
「ふん! ファラトの手掌よ! 」
司祭は、後方に下がって突きを躱すと、ロロットに向けて赤黒い光の塊を放つ。
ロロットは、それを屈んで躱した後、立ち上がりながら槍を上段に構え、司祭の足に狙いを定めたが――
「風刃―なっ!? 」
ロロットの後ろから、キキョウが風刃を放った。
「えっ! わっ!? 」
「おや? ああ、またですか…」
ロロットが、キキョウの風刃に気づき、慌ててしゃがみ込む。
司祭も風刃に気づき、右腕を振りかぶる。
「ヴァズィンの豪腕よ! 」
司祭の右腕が赤黒い光に包まれて、それが巨大な腕の形を象った。
「ぬぅん! 」
「…ぐっ! 」
「…あ…ぐっ! 」
司祭はその巨大な腕を振り、ロロット、風刃、キキョウをまとめてなぎ払った。
風刃は掻き消え、ロロットとキキョウは吹き飛んでいく。
しばし空中を舞った後、二人は地面に着地して――
「どうして魔法を撃ったの!? 危ないじゃない! 」
「どうして立ち上がったのよ!? 気づかれたでしょうが! 」
二人は顔を見合わせて、声を荒らて言い争いを始めた。
ロロットとキキョウの言い争いは、これが一度や二度ではなかった。
ロロットが戦っている時に、キキョウが魔法を放って、槍が司祭を貫くのを妨げる。
キキョウの妖術と魔法で、司祭を追い詰めているところをロロットが突っ込み、キキョウの策略を滅茶苦茶にする。
互いに互いの行動を邪魔し合っているのだ。
敵対している司祭も呆れた声を出す。
「はぁ……あんな小娘達を屠れない自分が情けない。ファラトが戻って来るまでに終わりますかねぇ…」
先程から、攻めては言い争いを繰り返している彼女たちだが、司祭も決定打が与えられずにいた。
ガサガサ!
森林に生える草の揺れる音が聞こえてきた。
その音は、木々の手前の茂みから聞こえてきた。
「アニキ! 」
「兄様! 」
「……なんだ、まだやってたか」
イアンが茂みの中から現れた。
「なっ…馬鹿な!? ファラト、ファラトはどうしたのです!? 」
「倒したぞ。文字通り…ではないが…骨が折れたけどな」
イアンは、木の枝で固定された指をプラプラと見せつける。
「そ…そんな軽傷で神の……し、信じられないっ! ああ、ああああああ! 」
司祭は、頭を掻きむしって気が狂ったように叫びだした。
そして、司祭の血走った目がイアンを見つけると、右腕を天に向けて掲げ、巨大な赤黒い腕を作り出す。
「ああああ……よくもおおおおおお! 」
司祭は、赤黒い腕を振り上げながら、イアン目掛けて走ってくる。
「アニキ! 」
「兄様! 」
「いい……この程度、左手だけで十分だ」
イアンは、駆け寄ろうとするロロットとキキョウを左手を掲げて制す。
司祭が、巨大な赤黒い腕を振り下ろす。
イアンは、左に一歩動いてだけで司祭の腕を躱した後、ホルダーから戦斧を左手で取り出し、すれ違いざまに司祭の右脇腹を切り裂いた。
「ぎ、ぎゃああああああああ! 」
司祭が、脇腹を抑えて転げまわる。
イアンは、脇腹を浅めに切り裂いていた。
「まともに話が聞けそうにないが……おい、お前らはマヌーなんちゃら軍団とか言ったな。お前らの親玉は何処にいる」
「ぎゃあああ! ああああああ! 」
「……ダメか…とりあえず拘束を――」
「いやぁ、それは困りますね」
「…!? 」
司祭に近づこうとしたイアンの耳に、聞きなれない男の声がした。
その瞬間――
「……! 」
「なっ!? 」
後ろから、赤いローブを羽織った何者かがイアンに拳を突き出していた。
イアンは、それを間一髪で躱す。
ドォン!
赤いローブの人物の拳が地面に突き刺さり、土煙が舞い上がる。
舞い上がった土煙が晴れると、赤いローブの人物が司祭を肩に担いでいた。
「これ以上司祭といえど、駒を失うわけには行きませんので」
男の声でそう言うと、スタスタと歩き去ろうとする。
「ま、待てぇー!」
「そう易々と逃がしはしない」
「待て! 」
武器を構えて追おうとしたロロットとキキョウをイアンは止めた。
二人が振り返ると、膝をついて、左手で首を抑えているイアンの姿がそこにあった。
「奴に手を出すな……こうなるぞ」
イアンは、首から左手を離し、その手のひらを二人に見せる。
首から血が滴り、その血で手のひらは真っ赤になっていた。
「…ああああ! アニキ! 」
「兄様ぁ! 血が! 首を抑えて! 」
二人の顔は真っ青になり、慌ててイアンに駆け寄る。
「ふふ、掠っただけで良かったですねぇ…次はどうなるかわかりませんよ。では、さようなら」
「……くっ! 」
男の声がした方向に顔を向けたが、もう赤いローブの人物は見えなかった。
首を抑えるイアンの視界は徐々に暗くなっていった。
イアンが意識を取り戻した時、彼は何処かの部屋のベッドで寝ていた。
とりあえず、自分の体を確認する。
首に手を当てると、布が巻かれていることがわかった。
まだ右の指には痛みが残っている。
それらを確認した後、体を起こすと暗い部屋を月の光が、窓から照らしているのがわかった。
「……」
しばらく、ぼうっとするイアン。
すると、外から誰かの声が聞こえてきた。
「ふ、二人共、落ち着いて! 」
ニッカの声だ。
イアンはベッドから出て、窓から外の様子を伺う。
村長の家の前で、ニッカが掴み合っている二人を宥めようとしていた。
「……あいつら、なにやってんだ? 」
イアンは、ニッカの所へ行こうと部屋のドアを開けた。
「おお、イアン様。意識を取り戻されたようじゃな」
「むっ! 村長か…ちょうどいい。オレの連れが、子供を連れて馬車で先に来ていたはずだが、あれからどうなった? 」
「おお、ソステ村にいた子供達は皆、冒険者に頼んで元の村に帰りました。ローブの男たちも連行してもらいました」
ニッカが、馬車でカジアルに向かい冒険者ギルドに子供達とローブの男を引き渡したようだった。
「そうか…すまない。オレたちが行った時にはソステ村はもう…」
「聞きましたとも。ソステ村は……村の皆はもういないんじゃろう…? 」
「ああ…」
「……気付かなかったわしらが悪いのじゃ。あの魔物は倒して下さったのでしょう? イアン様達はよくやってくださいました」
「う…ん……それで、さっきからニッカは何をやっているんだ? 」
「それが、イアン様のお連れのお嬢ちゃん達が喧嘩を始めてのう」
村長が頭を掻きながら答えた。
村長も二人の喧嘩に困っているようだ。
「小僧が止めようとしてくれるのじゃが、一向にやめる兆しがしないのじゃ」
「…はぁ」
イアンは、溜息をついた。
そして、村長の横を通り、部屋を出る。
「止めてくる…迷惑をかけたな」
イアンが村長の家から出ると、ロロットとキキョウが掴み合って言い争いをしており、その手前でニッカがオロオロしていた。
イアンは、ニッカの肩をポンと叩き、後ろに下がらせた。
「あ、イアンさん」
「ニッカよ、色々と世話をかけたな…」
イアンはそう言うと、前に向き直り、掴み合う二人の襟を掴んで引き剥がした。
「なっ! アニキ…」
「……兄様」
二人は、イアンの顔を見るとバツの悪そうな顔をして、視線を逸らした。
「どうした? 喧嘩するほどのことでもあったのか? 」
「……」
「……」
二人は黙って何も言わない。
イアンは、二人の口から言葉が出てくるのを諦め、ニッカに聞くことにした。
「ニッカ、こいつらは何と言い争っていた? 」
「へ? あ、ああ、なんかあのとき邪魔をしなきゃとか早く倒せなかったからイアンさんが怪我を…」
「…うっ! 」
「あっ! …うぅ…」
ロロットとキキョウが呻く。
どうやら、司祭と戦っているときに、互いに邪魔し合ってしまい、うまく戦えなかったようだ。
それが、イアンの負傷した原因だということで責め合っていたらしい。
イアンは、大きく溜息をついた。
「……今回の戦いでオレ達に足りないものがわかったな」
「イアンさん? どういうこと? 」
キョトンとするロロットとキキョウの代わりにニッカが聞いてくる。
「こいつらは一人で戦っていたんだ」
「えっ!? 二人で司祭って奴と戦っていたんじゃ……」
「いいや、司祭という一人の獲物を取り合っていただけだ」
「ん? ……ああ、そういうこと! 」
ニッカは、イアンの言わんとすることを理解した。
「そう…こいつらは、一人で戦っていたんだ。その戦い方しか知らないからな。……オレも含めてな」
「そういえば、一緒に戦うっていうより個々の力で魔物を倒すっていう感じで戦ってたね」
ニッカは、顎に手を当てて視線を上げた。
「そして今日、その戦いに限界が来た。俺たちは、他者と強力して戦う方法…集団戦闘を身につけなければならない」
イアンは、左手をグッと握る。
「ニッカ、この近くに、町はないか? 」
「え、えーと、フォーン平原の中心にあるサードルマっていう町があるけど……」
「そこに行こう」
「は、はぁ…その町で何かするの、イアンさん? 」
「道中にもやってもらうが…特訓……特訓だ! 奴らは…司祭より上の存在は、今のオレ達より遥かに強いだろう。オレの首に傷をつけた奴は特にな! 」
「でも、ロロットちゃんとキキョウちゃんに協力して戦うことができるかな…」
ニッカは、二人を見る。
二人は、つーんとそっぽを向いていた。
イアンは、二人の肩に手を置いて自分に寄せる。
「いつまでもつまらん意地を張るな。皆で、協力して戦えるようなるぞ! 」
「……アニキとならやってもいい…」
「……兄様と共に戦えればそれでいい…」
「お、おれもいるんだけどなぁ…ていうか、イアンさんテンション高いね。もしかして特訓とか好きなの? 」
ニッカは、そっぽを向いて不貞腐れてる二人の間のいつもよりテンションの高いイアンを見て思った。
11月15日 誤字修正
オレの首に傷をつけて奴は特にな! → オレの首に傷をつけた奴は特にな!
2019年3月5日 誤字修正
「倒したぞ。文字通り…ではないか…骨が折れたけどな」 → 「倒したぞ。文字通り…ではないが…骨が折れたけどな」
「……あいつ、なにやってんだ? 」 → 「……あいつら、なにやってんだ? 」
ニッカが、馬車でカジアル向かい冒険者ギルドに子供達とローブの男を引き渡したようだった。
↓
ニッカが、馬車でカジアルに向かい冒険者ギルドに子供達とローブの男を引き渡したようだった。
「聞きましたとも。ソステ村は……村の皆はもういないんじゃろう…」 → 「聞きましたとも。ソステ村は……村の皆はもういないんじゃろう…? 」
◇ご報告ありがとうございました◇




