三十九話 森林に落ちた雷
ホォォォォォォォ!
ファラトが、咆哮をあげながら、イアンに向けて右の拳を放った。
ドォン!
イアンは、拳を跳躍で躱し、そのままファラトの腕を駆け上がる。
ファラトが、駆け上がってくるイアンをなぎ払おうと、左腕を振るが、再びイアンが跳躍したため当たらなかった。
「…ふっ! 」
宙に浮いたイアンが、上半身を横に捻り、体を回転させて戦斧をファラトの顔に叩き込んだ。
タァン!
「…チッ! 固いな」
戦斧は弾かれ、それを確認したイアンは、身を翻してファラトの顔から離脱する。
ファラトは、顔を掻いた。ダメージも与えていないようだった。
「風刃! 」
キキョウが、ファラトの首目掛けて風刃を放った。
フワッ!
「なっ!? 風刃が弾かれた? 」
風刃は、ファラトの首に当たると、硬い物にでも当たったかのように霧散した。
キキョウの元へ、ロロットが走って向かっていく。
「狐っ! ボサッとすんな! 」
「猿!? きゃ!? 」
ロロットがキキョウに飛びつき、二人は重なりながら転がった。
キキョウのいた場所に、赤黒い光の塊が通り過ぎていった。
「私もいるのですよ」
司祭が、右手を突き出していた。
「ロロット、キキョウ! 大丈夫か!? 」
ドォン!!
イアンがロロット達に駆け寄ろうとした時、ファラトが跳躍してイアンの前に立ちはだかった。
ホォォォォォォ!
「ぐ―っあ!! 」
ガサガサガサ!
ファラトが、下から突き上げながら拳を振り、イアンは木々の向こうへ吹き飛んでいった。
ホォォォウホッ!
ファラトは、イアンが飛んでいった方向に跳躍していった。
「アニキ! 」
「兄様! 」
「よそ見をして…余裕ですね! 」
「「…!! 」」
バァン!
司祭の攻撃を二人は、別々の方向に飛んで躱した。
ロロットとキキョウは、体勢を立て直し、司祭を見据える。
「猿…奴を倒して早く兄様の助太刀に行くわよ」
「言われなくても分かってる…いちいち命令すんな…」
キキョウとロロットが、目を合わせないで会話をする。
司祭が、両手を突き出した構えを取った。
「さぁ、あなた方には、計画を台無しにした代償を払ってもらいましょう」
吹き飛ばされたイアンは、体勢を立て直し、木の枝の上に着地していた。
ファラトの拳が当たる瞬間、戦斧を盾にしたおかげで特に怪我を負うことなく済んだ。
「…あいつ、斧が効かなかったな。あの猪の魔物以上の硬さだ」
イアンは、痺れた右手をブラブラと振る。
すると、辺りがより一層暗くなっているのに気がつき、上を見上げた。
ホォォォォォォォォ!
「こいつ! 巨体の割になんて身軽な動きを」
空からファラトが迫ってきたのだ。
イアンは、急いで後ろに向かって跳躍した。
ファラトは、バキバキと木の枝を折りながら地面に着地し、再びイアン目掛けて跳躍する。
宙に浮いているイアンの後ろに回り込み、両手を組んでハンマーのように、振り上げた。
シュル! ガッ!
ブォン!
イアンが縄斧を取り出し、それを前方の木の幹に投げつけて、自身の移動を止めたため、ファラトの攻撃はイアンに当たらなかった。
イアンは木に取り付くと、ロープを掴みながら木を駆け上がり、木の幹に刺さった縄斧を抜く。
ガッ!
代わりに戦斧を木の幹に刺し、イアンは自身が落ちないよう幹に張り付いた。
「さて、困ったな」
イアンは、ファラトが自分を見失っているうちに考える。
戦斧が弾かれたことで、イアンのあらゆる斧の技、張縄伸斧撃でさえ効かないであろう。
そして、イアンは使えないが、キキョウの風刃を弾いたことから魔法も効かないこともわかった。
しかし、イアンの頭に、とあるキキョウの言葉が蘇った。
『雪砲程度でそんなに痛がる……お前、氷属性の耐性が…』
その言葉を察するに、人それぞれに属性の耐性というものがあるようだった。
それは魔物も同様だろう。
風刃が弾かれたのが、その耐性によるものだとしたら、他の属性の魔法が聞くかも知れない。
「他の魔法…キキョウの雪砲は、オレには効くんだけどな…ガゼルの炎魔法は強力だが、それを使える奴が…」
ふと、イアンは顔を上げて閃いた。
「そうだ! リュリュを呼ぼう……どうすればいいんだ? 」
雷を操る妖精のリュリュを思い出したイアンだが、肝心のリュリュの呼び方を教わっていなかった。
「…呼べば来ると言っていたな……来てくれ、リュリュ! 」
何も起こらなかった。
「……あっ! あいつみたいに念じないと伝わらないのか? 」
イアンは、出来るかどうかわからなかったが、とりあえず目を閉じて、リュリュの名前を心の中で呼んでみた。
(リュリュ! )
……デュン♪ デンデンデデンデン♪
イアンの頭の中で、軽快なリズムの音楽が響いた。
(イアン! 待ってたよー!)
音楽が鳴った後、リュリュの声が頭に響いた。
リュリュが念じて話掛けてくる時は、こんな感じの喋り方である。
(…リュリュよ、さっきの音楽は何だ? )
イアンは、リュリュに通じることができたことよりも、音楽のほうが気になった。
(そんなことより、リュリュの力を借りたいんでしょ? 今行くね!)
音楽の正体は、わからなかったが、リュリュがこちらに来てくれるようだ。
イアンは、ゆっくりと目を開けた。
しかし、周りを見渡してもリュリュの姿は見えなかった。
(ごめーん! やっぱむりー )
再び、頭の中でリュリュの声が響く。
(何故だ? )
(まだイアンの力が弱いから、リュリュの召喚は無理。リュリュを召喚できるまで、まだまだ時間がかかるけど頑張って! )
(今来て欲しいのだが…)
イアンは、ガッカリした。
(えぇー……あっ! リュリュの雷だけなら送れるかも! 右手出してー)
(おお! 雷を出せるのか。わかった、右手だな)
イアンは、戦斧を左手に持ち替え、ファラトに向けて右手を突き出す。
(んー…リュリュサンダーって言って! そうすれば雷が出るよ!)
「リュリュサンダー! 」
イアンは、右手に力を込めて叫んだ。
パリッ!
イアンの右手の平から、一瞬だけ小さい雷が出た。
ホォウ!? ホォォォォォォ!
ファラトがイアンに気づき、飛びかかってきた。
イアンは、慌てて戦斧を引き抜き、横に飛んでファラトの拳を躱す。
バッキィ!!
イアンのいた木が、ファラトの拳によりへし折られた。
落下するイアンの頭の中に、リュリュの声が響く。
(まさか、あそこまでしょぼくなるとは……リュリュサンダー改めリュリュスパークでお願い! )
(……しょぼいっておまえ…)
イアンは、身を翻して地面に着地する。
同時に、戦斧をホルダーへ戻す。
ファラトが体勢を立て直して、イアンに向かって跳躍した。
(それと、あと二発しかもう撃てないみたい)
(…二発…今、オレが撃てるのは一日三発が限界ってことか? )
(そう! だから大事に使ってね! )
ファラトが、イアン目掛けて拳を振り下ろす。
ドォン!
イアンは、跳躍で躱し、ファラトの拳の上に乗った。
そして、腰を下ろし、右手をファラトの拳に当てて叫んだ。
「リュリュ…スパーク! 」
パリッ!
ホォ!? ホォォォォォォォォォ!!
ファラトが拳を抑えながら、後ろへ仰け反った。
イアンは、空中で回転し、地面に着地する。
(効くみたいだな)
(でも、あと一発だよ)
すると、ファラトが後ろへ跳躍し、太い枝にぶら下がり、一気に体重をかけて枝をへし折る。
身の丈ほどの枝を振り回しながら、ファラトはイアンを見据えていた。
(警戒されてるね)
(ああ、こいつは骨が折れそうだ。リュリュ、雷をどこに撃てばいいと思う? )
(…目かな)
「わかった」
イアンは、ファラトに向かって走り出した。
ファラトが、イアンに枝を振り下ろす。
イアンは、避ける素振りをまったくせず、走り続けていた。
(イアン!? 避けないと! )
リュリュが、イアンの頭の中で叫ぶ。
すると、イアンはホルダーから、縄斧を右手で取り出し、戦斧を左手で取り出した。
そして、イアンの頭に枝が迫る。
このままだと、イアンは枝に脳天を叩きつぶれ、死んでしまうだろう。
だが、イアンは枝が当たる直前で動いた。
左手に持った戦斧を思いっきり振りかぶった後、円を描くように下から頭上に向けて振り上げた。
戦斧が枝の側面に突き刺さり、イアンはその反動で、戦斧の軌道をなぞるかのように――
ダァァン!
地面へ振り下ろされた枝の上に舞い降りた。
イアンは戦斧から手を離し、勢いを殺さず走り込み、ファラトの顔に向かって跳躍した。
ホォッ!?
しかし、イアンは、ファラトの顔を体を捻って躱し、通り過ぎていった。
「ふっ! 」
イアンは、空中で方向転換し、ファラトの持つ枝に向けて縄斧を投擲する。
ガッ!
縄斧が枝に刺さったことを確認したイアンは、左手でロープを掴み、横に向かって思いっきり両脚を振った。
遠心力により、イアンがファラトの周りを回転し、縄斧のロープがグルグルとファラトの顔に巻きついていく。
ホ、ホォォォ!?
ファラトが、ロープを解こうと枝から手を離した瞬間――
ブシュ!
「リュリュスパーク! 」
パリッ!
……!?
ファラトの顔に辿り着いたイアンが、右手をファラトの左目に突き刺して雷を放った。
ファラトは、ブルっと体を震わせると、前のめりに倒れだした。
イアンは、ホルダーの二番目のスロットから左手で戦斧を取り出し、ロープを切って脱出した。
ドォォン!
ファラトが地面に倒れた。
顔に巻かれたロープの間から、微かに煙が上がっていた。
イアンの放った雷は、一瞬だけ迸るものであったが、その一瞬でファラトの目、脳、心臓、足を体の内部から焼き尽くしながら通り、地面へと流れていった。
(ね! だから目を狙えっていたんだー!)
(……)
無邪気に笑うリュリュに、イアンは何も返せなかった。
(それにしても、さっきにはヒヤヒヤしたよー! でも、倒せたから結果オーライだね! )
(…ああ、でもな…)
イアンが、右手を抑えて蹲る。
(右指をやってしまった…当分、斧は持てそうにないな…)
イアンは、ファラトの目に手を突っ込んだ時、突き指をしていた。
(ありゃー…)
イアンの頭の中に、リュリュの間の抜けた声が響き渡った。
リュリュは強キャラ。




