三十八話 ファラト
――朝。
イアン達は、ハラン村から北にある森林を目指してフォーン平原北西部を歩いていた。
平原の北西部からは、カコーライオ山脈の山々がよく見え、山の下部には、森林が広がっていた。
「……ロロットよ、オレの顔はどう見える? 」
「……お、男の顔…」
「ふむ…キキョウは? 」
「とても雄々しい顔をなされてます」
「ほほう……ニッカ」
「……お…イ、イケメン…」
「うん? イケメンというのは? 」
「か、かっこいい顔をした男っていう意味だよ」
「ニッカよ……それは言いすぎだ。だが…そうだ、オレは男なんだ。女じゃない……うっ……ん…」
イアンが蹲る。
そんなイアンをロロット達は振り返って見ていた。
「な、なぁ…さっきからずっとあれ聞いてくるけど、いつまでやればいいんだ」
「兄様が立ち直ってくれるまでよ。それまで、女とそれに繋がる言葉は禁止よ」
「アニキ…いつもなら軽く流すのに……」
ロロット達は、イアンが早く立ち直ってくれるのを祈ることしかできなかった。
そのうちイアンはケロッと立ち直り、イアン達は、森林に辿り着いた。
森林の中は、高い木々に覆われ、木漏れ日が所々を照らすだけで薄暗かった。
その中を進んでいたイアン達の耳に、何かが聞こえてきた。
…ホォォォォォォォォォ
何かの叫び声のようなものだった。
イアンは立ち止まり、後ろにいるキキョウに訪ねる。
「聞こえたな…キキョウ、位置はわかるか」
「……ここから遠い所にいるみたい……移動をする気配もないわ」
耳をピンと立て、目を閉じたキキョウが答えた。
「ソステ村の様子が気になるな…皆、先に村に行くぞ。魔物は後だ、急げ」
「うん! 」
「はい! 」
「うん! 」
ロロット、キキョウ、、ニッカはイアンに返事をし、森林の奥を目指した。
イアン達は北へ進み、森林を抜けるとソステ村らしき村が視界に入った。
遠くから見た限りでは、村の中を歩く村人が見えず、人がいるような雰囲気がしなかった。
「イアンさん、とりあえず中へ」
「待て、ニッカ」
歩き出そうとしたニッカをイアンが止めた。
イアンは、しゃがみこんで地面を眺めていた。
「…なるほど、そういうことだったか…まずい…かもな」
「どうしたの? イアンさん」
「兄様? 」
「…アニキ、それ車輪の跡? 」
イアンの足元には、うっすらと二本の何かの跡が村の方へ続いていた。
「恐らくな。村に入るぞ、なるべく見つからないようにな」
イアン達が村に入った時、イアン達を歓迎するものは、いなかった。
その代わりにいたのは――
「……」
「……」
赤いローブを羽織った者達だった。
フードを目深に被っており、どんな顔をしているかわからない。
その赤いローブが通り過ぎるのをイアン達は、物陰から見ていた。
「キキョウよ、前へ進めるか? 」
「……はい、もうこちらに向かってくる気配はありません」
「よし皆、進むぞ」
イアン達は村の奥、この村の村長の家であろう大きい建物を目指して走った。
目的の建物に辿り着いたイアンは、キキョウに中の様子を探らせた。
「……どうだ、キキョウ? 」
「……ローブの男が三人と……子供の気配がたくさんあるわ」
「やはりな…」
「イ、イアンさん、これって…」
ニッカがイアンに問いかける。
イアンは、それに頷いた。
「ああ、ギルドから聞いてないか? あの人攫いの首謀者は、司祭だ」
「で、でも何だって、こんな村に? 」
「そうよ兄様。それに、この村の人達は一体どこへ行ったの? 」
「アニキ、わかる? 」
ニッカ、キキョウ、ロロットがそれぞれの疑問を口にする。
「ああ、あまり信じたくない推測だがな」
イアンは、大きく息を吸い、ニッカ達の疑問に答える。
「恐らくここの村人は全員、森林の魔物の召喚の生贄にされた。そして、攫った子供達もじきに、生贄となるだろう」
村長宅の広間に赤いローブの男達はいた。
男達の仕事は、攫った子供達の見張りである。
その子供達は、身を寄せ合ってブルブルと震えていた。
泣き喚いたり、暴れたりする者はいない。
なぜなら、口元と体を縄で縛られて声が出せないからだ。
男達が子供たちを見張っていると、入口のドアが開いた。
「……」
ドアから入って来たのは、同じ赤いローブを着た者だった。
「まだ、お祈りの時間にしては、早すぎますが…どうかなさいましたか? 」
赤いローブの男達の中の一人が、入ってきた者に訪ねた。
「……」
しかし、その者は何も答えず、ゆっくりと中へ入ってきた。
「……むっ!? こいつ、尻尾が!? 」
広間も端にいた赤いローブの男が、入ってきた者から、白い二本の尻尾がチラッと見えたのを確認した。
「チッ! もっと練習しとけば良かった…兄様! 」
パリィーーン!
尻尾の生えたローブの者がそう叫んだ瞬間、窓が割れ――
「なっ――ぶっ!? 」
窓ガラスを割りながら、広間に入ってきたイアンの飛び蹴りが、広間の端にいた赤いローブの男の顔にめり込む。
「雪砲! 」
「わ――ぶっ!? 」
尻尾の生えたローブの者の左手の扇から、雪玉が放たれ、広間の奥にいた赤いローブの男の顔に当たった。
その間に、イアンが残った赤いローブの男を、戦斧の背で殴っていた。
「ふぅ…こちらは終了だな。キキョウよくやった、もう戻っていいぞ」
「いえ、途中でバレたわ。鏡映の術は苦手なの」
尻尾の生えたローブの者はそう言うと、ぐにゃあと体が歪み、キキョウの姿になった。
「そうだな、尻尾が丸見えだったな。さてと…」
イアンは、子供達を見渡し、年長らしき子供の前に屈み、縛っていた縄を外してやる。
「おまえ達はどこから連れてこられた? 」
「…全員、シカサ村。おねえちゃん達だぁれ? 」
「……」
「あ、兄様? 」
キキョウが、イアンの顔を覗く。
「大丈夫だ……オレ達は冒険者だ。おまえ達を……助けに来た」
すると、外から声が聞こえてきた。
「おーい、イアンさぁぁぁぁん」
ニッカが村長宅の広間に駆けてきた。
「村のローブ共はどうだ? 」
「全員縛って一箇所に集めておいたよ。今は、ロロットちゃんが見張ってくれてる」
「そうか…では、最後の仕上げに取り掛かるぞ」
――昼。
イアン達は村を出て、森林の前に来ていた。
ヒヒーン!
「うわぁ! どうどう! 」
ニッカは、幌馬車に乗り、手綱を操って馬を落ち着かせていた。
幌馬車は、村の入口近くにあった。
幌馬車の中には、子供達と縄で縛られた赤いローブの男達が乗っていた。
イアンは、子供達とローブの男達を一緒の馬車に乗せるのに難色を示していたが、ロロットが、顔をボコボコにされたローブの男達を引きずっているのを見て、何も言わなくなった。
「本当にいいんですか? 魔物を倒してからでも、いいと思うんだけど…」
ニッカが馬車の上からイアンに聞いた。
「大丈夫だ。オレは、召喚された魔物と戦い、二度勝利している」
「は、はぁ…」
「それに今回は、こいつらがいるからな。キキョウ、魔物の様子はどうだ? 」
「……動いてないわ」
イアンに聞かれ、キキョウが答えた。
「ふむ、ニッカ達がハラン村を目指して森林を進んでいる最中に、襲われることは無いだろう」
「うーん、イアンさん、無理だと思ったらハラン村に戻ってきて。無茶はいけないよ」
「ああ、では頼んだぞ」
ヒヒーン!
ニッカが馬を叩き、馬車は森林の奥へ消えていった。
魔物の気配を追いながら、イアン達は、森林の中を進んでいた。
気配は、東の方からするらしく、イアン達は、森林の中を東に向かって進んでいた。
すると、前を進んでいたキキョウが、後ろのイアン達に停止を促した。
「近いのか? 」
「ええ、あれを」
キキョウが指を差す。
その先へ視線を向けると、木々の間から赤黒い獣の体毛のようなものが見えた。
イアン達は先へ進み、茂みの中からその体毛の正体を見上げた。
体毛の正体は、魔物であり、体長は六メートルほどの猿の魔物だった。
赤黒い体毛に身を包んでいるが、手足の先、顔と腹には毛が無く、黒い肌が見えていた。
その魔物は、森林の開けた場所で地面に拳を突き、顔を俯かせて丸くなっていた。
その魔物を取り囲むように、赤いローブの男たちが立って、何やら呟いている。
少し離れたところに、赤いローブを羽織った男がおり、大声で叫んだ。
その男は、長く伸びた髭を持っていた。
「祈りを捧げ続けるのです! まだファラトは完全ではありません!」
魔物を取り囲んでいるローブの男の一人が、長い髭の男に声を上げる。
「司祭様、限界です! これ以上、ファラト様を抑えることは出来ません! 」
「耐えるのです! あの者達と同じ末路を辿りますよ! 」
司祭と呼ばれた男が指を差した方向には、ベッタリと血がこびり付いた木があり、その下には赤いローブの男達の死体の山が出来ていた。
「ひ、ひぃ! 」
それを見た赤いローブの男は、必死に拝み始めた。
「次の子供達…いいえ、供物がそろそろ運ばれてきます。それまで持ちこたえるのです」
「残念だが、もう来ないぞ」
司祭の耳に、聞きなれない声が聞こえた。
「誰です!? 」
「オレだ。洞窟の中以来だな、司祭とやら」
茂みから出たイアンが、右手に持った戦斧を司祭に向けた。
この司祭は、人攫いのアジトである洞窟で、イアンを謎の魔法で突き飛ばし、人攫い集団を生贄に、魔物を召喚した男であった。
ロロットとキキョウも、イアンの後ろでそれぞれの武器を構える。
「…洞窟……はっ! まさか、あの時の小娘!? 馬鹿な! あの場から生きて出てきたというのか? 」
司祭の顔が、驚愕の色に染まる。
「ああ、あの時は大変だったぞ。カジアルに被害が及ぶところだった」
「…そうか。あの魔物を倒したのは、あなたでしたか……」
司祭が、ゆっくりと両手を掲げ始めた。
その様子を見た赤いローブの男達の一人が声を上げる。
「し、司祭様! まさか…! 」
司祭の掲げた両手が赤黒い光に包まれていく。
イアンはその構えを見て、背中に悪寒が走った。
「ロロット、キキョウ! 気をつけろ、何か――」
「もう遅いですよ! 助祭達も、我らマヌーワ第二信仰教団に仇なすあなたも、全員ファラトの供物になるのです! アナーグアラー! 」
司祭の両手から、赤黒い光が放たれた。
「くっ……熱っ! 」
イアンは赤黒い光に包まれながら、胸に熱い物が当たる感触がした。
そこに手を当てると、どうやら胸ポケットに何かが入っており、そこから熱を発しているようだった。
イアンは、胸ポケットからそれを取り出すと中に入っていたのは――
「これは、タトウからもらった白いアクセサリー!? 」
イアンの左手には、白いアクセサリーがあり、白い光を放ちながら輝いていた。
そして、一帯を包んでいた赤黒い光が徐々に弱まり、視界が晴れる。
「ああ…祈りを……」
「マヌーワ様ぁ…」
助祭達が魔物に集まって行くのが見えた。
「……ま、まぬ…わ様…」
「猿っ…か、体の自由が……兄様っ…」
「ロロット、キキョウ! 行ってはダメだ! 」
ロロットとキキョウもぎこちない動きで、魔物の方へ向かっていた。
イアンは、アクセサリーを胸ポケットに戻し、二人の肩に手を当てた。
「…あれ? アニキ、何してんの? 」
「あっ! 体が元に…ありがとう、兄様。兄様には何も影響は無かったようね」
ロロットとキキョウの正気或いは体の自由が戻った。
「ああ、オレの持つアクセサリーのおかげでな。それに、所持者が触れれば、その相手にも同じ効果を与えられるようだ」
グシャァ!
魔物に集まっていた赤いローブの男達が一斉に、赤黒い光となって弾けとんだ。
「ひぃ…! 」
「なんと悍ましい! 」
ロロットとキキョウがイアンに寄り添う。
そのイアン達の様子を見ていた司祭の顔は、苦虫を噛み潰したようだった。
「こ、小娘達が正気に…!? まあいい、ファラトがヴァズィンへと成り得なかったが…」
ホォォォォォォォォ!!
ファラトが起き上がり、両手の拳を天に付き上げて、咆哮をあげていた。
「キサマらを殺すには、十分だ」
「くっ…」
イアン達は、武器をファラトに向けて構える。
ファラトとイアン達の熾烈な戦いが始まろうとしていた。
司祭以外の下っ端の赤いローブの男達が助祭。
2019年3月5日 誤字修正
司祭と呼ばれた男が指を差した方向には、ベッタリと血がこびり付いいた木があり、その下には赤いローブの男達の死体の山が出来ていた。
↓
司祭と呼ばれた男が指を差した方向には、ベッタリと血がこびり付いた木があり、その下には赤いローブの男達の死体の山が出来ていた。
◇ご報告ありがとうございました◇




