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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
二章 対決! マヌーワ第二信仰教団
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三十五話 妖術剣士キキョウ

 イアンは、立ち上がった少女の姿を見る。

少女は、黒色の模様が入った白地の行灯袴を着ていた。

袴の腰から裾に入ったスリット等の独自のアレンジが所々に施されたいた。

頭からピンと伸びた耳は、里の獣人と同じ形をしていたが、耳と長く伸びた髪、尻尾は銀色に輝き、目は血のように赤かった。

ゆらゆらと揺れる二本の尻尾は細長く、先端だけ木の葉のように膨らんでいた。

身長は、ロロットと同じくらいで、端正な顔立ちをしていた。

少女は、左手で広げた扇で口元を隠す。


「おや? 男性かと思ったのだけれど、女の子? 」


「……いや、オレは男だ。おまえの思った通り…な」


イアンは、なるべく平静と言葉を返した。

少女は、あからさまにイアンを挑発したのだ。

少女は、挑発に乗らなかったイアンをつまらなそうに見つめた。


「ふぅん……それにしても、ここまで来たのはお前が初めてよ。ご褒美をあげましょうか」


「ご褒美? 」


少女は、扇を閉じ、机の置いてある鞘に収まった剣を拾った。


「私が、直々にお前を殺してあげる」


少女は、柄を掴み鞘から刀身を抜くと、イアンにその切っ先を向けた。

剣の刀身は、細く伸びたもので、片側に刃がついた細剣だった。


「……はぁ」


刃を向けられたイアンは、腰に手をかけると、ホルダーを外し、それを横へ投げた。


「…なんのつもり? 」


「おまえ程度、こいつで充分だ」


イアンは、右の拳を突き出した。


「…素手? お前、私を舐めているの? 」


「いや、ただな…おまえじゃ、オレの一撃()は受けきれないと思ってな」


「そう…じゃあ、武器を使えば良かったと、後悔しながら死ね! 」


少女は、左手に持った扇を開き、イアンに向けて横に振った。


風刃(ふうじん)! 」


「…!? 」


横に伸びた空気の塊が、イアンを襲う。

イアンは、それを屈んで避け、少女に接近する。


スパッ!


空気の塊は、襖を横に切り裂いた。


「魔法を使うか…だが、当たらなければ…」


イアンは、少女に組み敷こうと右手を伸ばした。


「まだまだ…雪砲(せっぽう)! 」


少女が、扇を突き出すと、そこから雪玉が出現し、イアンに向けて放った。


「何ぃ…二種類の!?」


イアンは、右手を戻し、左手を盾にして雪玉を防いだ。


パァン!


イアンの左腕に、雪玉が炸裂し、左腕の一部に霜が張り付く。


パッキィィィン!


その瞬間、イアンの左腕にとてつもない激痛が走った。


「がああああああああ!? 」


「……え? 」


イアンは、あまりの激痛に転げまわる。

少女は、その姿を見て呆気にとられた。


「雪砲程度でそんなに痛がる……お前、氷属性の耐性が… 」


「はぁ…はぁ…クソッ! 左腕が…」


イアンは、転げまわりながら少女との距離を取った。

霜が張り付いた左腕は、動かなかった。

イアンは、動かない左腕をだらんと下げ、右腕を突き出して、立ち上がった。

視線は、しっかりと少女を(とら)えていた。


「……うっ!? 」


少女は、動けなかった。


「どうした? 喜べ、敵の攻撃手段を減らしたのだぞ……これが、戦いだ」


「…くっ! 舐めるなぁ! 」


すると、少女の体が、一人、二人と、どんどん増えていく。


「妖術 真似鏡像(しんじきょうぞう)! 」


「これは? 」


イアンは、周りを見渡す。

増えた少女がイアンの周りを囲み、イアンは身動きがとれなくなってしまった。

少女達は、全員同じ動きをする。


「ふふん…もう、あなたは終わりよ」


「……!? 」


少女の声がした方へ振り向こうとした瞬間、前方から風刃が飛んできた。

今後は、縦に長く、イアンはそれを横に飛んで躱した。

その動きに会わせて少女達も横へ動く。


「ちっ! どうあがいても出れないみたいだな」


「さぁ…いつまで躱し続けられるか、見ものね」


四方八方から少女の魔法、風刃と雪砲がイアンを襲い続ける。

イアンは、身を捻り、屈み、飛んで、それらを躱し続ける。

完全に防戦一方のイアンである。

しかし、魔法を避けた後、イアンは魔法が飛んできた反対の方向に飛び出し、思いっきり右手を伸ばした。


「…あっ!? ぐぅ…」


「…やはりな」


ダァン!!


イアンの右手は、少女の一人の首を掴み、そのまま床に叩きつけた。

その瞬間、他の少女達は、スゥと消えていった。


「……どう…して…? 」


「…はぁ…はぁ…簡単なことだ。逃げる時は、遠くへ逃げたいもんだろう? 」


「…そんな…ぐう……ぜん…」


少女は、首を抑えられ、苦しそうに呻いた。


「……まぁ、何はともあれ、オレの勝ちだ。おまえに――」


「……グ…ゥゥゥウウウウ! 」


「…なっ!? 」


イアンが、手紙を渡そうと手を離したとき、少女が(うな)り、気温が一気に下がった。

イアンは、身の危険を感じ、後ろに飛んで距離を取る。


「ガアッ! 」


少女は、起き上がり、獣のように四足で立ち上がった。

少女の髪や耳、尻尾に黒い模様が浮かび上がり、少女の周りを冷気が覆っていた。

先ほどの、優雅な雰囲気は、もうどこにもなかった。


「ガルアアアッ! 」


「くっ! 」


少女は、イアンの方に向かって飛び上がる。

イアンは、右腕で防御の構えを取ったが、少女はイアンを飛び越えて本棚の前に着地した。


「ガルァ! ガルァ! 」


バキッ! バキィ!


「な…なんだ? 」


少女は、拳を振るい、本棚を滅茶苦茶にし始めた。

本棚が瓦礫と化し、次は化粧台、その次は机を滅茶苦茶に殴り出した。


「…これは、知ってるぞ。子供が上手くいかないことに腹を立て、周りの物に当たり散らすアレだ! 」


「フーッ! フーッ! ガルァ! 」


少女は、机を叩き潰した後、次の目標を探して辺りを見渡し、イアンを見つけた。

そして、今度こそイアンに向かって飛びかかった。


「ガルアアアアアア! 」


「ふん! おまえ、さっきよりも弱くなっているな」


「ガッ!? 」


イアンは、真っ直ぐ飛びかかってきた少女の首を右手で掴んだ。


「ガアブッ! 」


「うっ!?うぐああああああ!! 」


少女は、イアンの右手に噛み付き、両手の爪を立てて右腕に食い込ませる。

少女の牙と爪から霜が広がっていく。


「がああああ! いっ! いい加減にしろおおおお! 」


ゴッ!


イアンは、身を振って左腕を振り回し、少女の頭に思い切り叩き込んだ。


「…ガッ!? ル……ぁ」


少女は、頭に衝撃を受け、仰向けに倒れた。

イアンは、両腕をだらんとぶら下げ、息絶え絶えに立っていた。


「はぁ…はぁ…オレの一撃()は、こんなもんじゃないぞ…」


イアンは、そう言うと荒れた部屋の床に座り込んだ。





「……うっ…ひっく…」


「……」


イアンは、泣く少女と二人で部屋に居た。

仰向けになった少女は急に泣き出し、イアンは、どうすればよいか分からず困っていた。


「むぅ……その…なんだ…」


「…………うっ…ううううううう! 」


「おおお? おまえ、だい――痛っ! 」


急に少女が、大泣きしそうになった。

流石のイアンも慌てて駆け寄ろうとしたとき、何かに躓いた。


「…? 四角い…木の箱と…木の破片? 」


「うっ! ……うう? 」


イアンが、黒い線でマスが区切られた木の箱と小さい木の破片のような物を手に持った。

木の破片には、[歩]という字が書かれていた。

少女は、顔を覆っていた腕をずらし、イアンをじっと見ていた。


「……」


「……」






「これで、終わり! 」


バコッ!


槍を縦に振り下ろし、人形がバラバラになる。

ロロットは、槍の石突きを床に突き立てる。

彼女の周りには、人形の残骸が散らばっていた。


「…はぁ、だいぶ手こずっちゃった。早くアニキの所に行かないと」


ロロットは、階段を駆け上がった。


「ここが、最上階……あ、あれは!? 」


階段を上がったロロットは、奥の部屋が滅茶苦茶に荒れているのが見えた。


「あ、アニキィィィィィいいいい?」


ロロットは、急いで部屋に向かったが、部屋の中は奇妙な光景が広がっていた。


「……」


「……」


イアンと銀髪の少女が、向かい合って座り、二人の間に置かれた木の箱をじっと見ていた。

二人の格好はボロボロで、イアンの両腕は、包帯でぐるぐる巻きにされていた。


「……あの、アニキ」


事情を聞こうとロロットは、話かけたが……


「……ロロットか、少し静かにしていてくれ。すぐ、終わる」


「は、はぁ…」


イアンは、木の箱の上に置かれた、木の破片をパチッと動かした。


「……ほう、少しはやるようになったわね」


「まあな。さあ、どうする? 次で終わりだぞ」


「それは、あなたよ」


少女も木の箱の上に置かれた、木の破片をススッと動かした。

イアンの顔が青くなっていく。


「なっ…いつの間に、これでは王が逃げられない……くっ!」


「ふふん! これで23勝0敗ね! さあ、もう一回やりましょ! 」


「望むところだ。次こそは、勝ってやるからな」


二人は、楽しそうに木の破片を並べていた。


「……」


そんな二人を面白くなさそうに眺めながら、ロロットは部屋の隅に座り込んだ。


――夕方。


「これで50勝0敗! 」


「……か、勝てない。何故だ? 」


イアンは、跪いて拳を床に叩きつける。


「ふふん! そう簡単に私は負けないわ! さあ、もう一回やりましょう」


少女は、木の破片を並べ直す。


「…残念だが、もう終わりだ。日が暮れる」


イアンは、そう言って立ち上がる。


「え……」


少女は、辺りを見渡す。

夕日の光が部屋を真っ赤に染めていた。


「…そう、行ってしまうのね…」


少女のピンと張った耳が垂れる。


「ああ、その前に…」


イアンは、手紙を取り出すと少女に渡した。

少女は、包みを広げ、手紙を読み出した。


「イトメからだ。これで、俺たちの依頼は終了だな。行くぞ、ロロット。ニッカが待っている」


「うん! 」


イアンとロロットは踵を返し、階段へ向かおうとした。


「待って! 」


すると、少女に呼び止められた。


「なんだ? ああ、報酬か」


「報酬……違う! 報酬なんかじゃない! 」


少女は、床に膝を揃えて畳み、手を床についた。


「私を…あなたの側に置いてください! お願いします! 」


少女は、そのまま額が床につくほど、深く頭を下げた。


「おまえが、おれの旅についてくるのか? それでは報酬と同じ――」


「同じなどではありません! 私の意思です! 」


イアンの言葉を遮って、少女は声を上げた。


「…今日、あなたと出会って初めて、イトメ以外に名前を呼ばれました、人と戦いました、倒されました、叱られました、遊びました、そして――」


少女の体が震えだす。


「……もっと遊びたい……一緒にいたいと思いました」


「……」


「……」


イアンとロロットは、少女の話を黙って聞いている。


「あなたに(おこな)った、数々の非礼は詫びても詫びきれませんが、きっと役に立って見せます。だから、私を連れて行ってください」


少女は、より一層頭を深く下げようとする。

イアンは、腰を下ろし、少女の肩に手を乗せた。


「…おまえの名前を…おまえの口からまだ聞いていないな。顔を上げて教えてくれないか? 」


少女は、顔を上げ、イアンの顔を見つめる。

少女の赤い目は、より赤く腫れ、その端正な顔は涙で、くしゃくしゃになっていた。


「……キキョウです! 」


「そうか、キキョウか。よし、キキョウ! オレについてこい。次は、ショーギで勝つからな! 」


イアンは、キキョウに向けて右手を差し出した。


「う…うわああああああああ! 」


キキョウは、イアンの右手を両手で包み込み、大声で泣いた。

イアンは、左手でキキョウの頭を撫でてやった。


「……おっ! ロロット、そこに落ちている物を拾ってくれ」


「えっ!? ああ、うん」


急に名前を呼ばれて驚いたロロットは、イアンの言ったものを拾い上げる。


「……ほう! それを報酬の代わりに持って行くぞ」


「ええ!? こんなものを 」


「こんなものとは何だ! 宝だぞ! キキョウには内密にな」


「はぁ……アニキがいいならいっか…」






 キキョウが泣き止んだ後、ニッカの待つ牢屋にイアン達は向かった。


「イアンさぁぁぁん! おれずっと牢屋で寝てたけ――」


「寝んな! こっちは、大変だったんだぞ! 特にアニキが! 」


「ぶへあ! 」


「イトメの奴、オレ達のことを見ていたのか? 」


牢屋に向かう途中、ニッカがイアン達に向かってきたが、ロロットにぶっ飛ばされた。

そんな光景を眺めていたイアンに、こそっとキキョウが話かけてきた。


「あっ…あの…」


「…ん? キキョウ、どうした? 」


「あの者は、あなたをアニキと呼んでいるけれど……」


「あの者? ああ、ロロットか。勝手にそう呼んでいるのだ、おまえも好きに呼ぶがいい」


「では、兄様とお呼びしても……」


「…ああ、好きにしろ」


「お主ら、だいぶ仲が良くなったのう」


こそこそ話し合うイアンとキキョウの間に、赤みかがった黄色の狐獣人が話しかけてきた。


「うお!? 誰だ? 」


「イ、イトメ? なんでここに? 」


イアンとキキョウに話しかけてきたのは、イトメだった。

イトメは、イアンと同じくらいの背で、尻尾が八本生えていた。


「キキョウ、お主の旅立ちの見送りをしようと思うてな」


「よ、余計なお世話だわ! 」


キキョウは、顔をプイッと背ける。

二本の尻尾はぐるぐる回っていた。


「ははは! 未熟者め! イアン殿に見捨てられぬよう、励むのだぞ」


「ふん! 言われなくても」


キキョウは、そう言葉を返すと里の外の方へ歩いていく。


「あっ! あいつ、あたしより先を…」


「ちょ! ロロットちゃん、待って」


ロロットとニッカも先へ行く。


「はぁ…あいつら元気だな」


イアンもキキョウ達に、追いつくべく歩き出した。


「イアン殿」


すると、イトメに呼び止められた。


「お主、自分が何者か…知りたくないかの? 」


「……いや、いい。それは、オレが決めることだ」


「そうか……これ以上は無粋よな。イアン殿、キキョウを頼みましたぞ! 」


「ああ、任せておけ」





――夜。 


イアン達は里を出た後、野宿をするため山の開けた場所で、焚き火を炊いていた。


カァン! キン! ヒュ! ドォン!


焚き火の近くで、ロロットとキキョウは戦っていた。

その様子を腰掛けながら、ニッカは眺めていた。


「はぁ…あの二人…いつまで戦うんだろう、イアンさん」


「さあな…決着がつくまでやり続けるのだろう」


ニッカに適当に言葉を帰すイアン。

ロロットとキキョウは、イアンを兄と呼ぶもの同士、どちらが姉になるかで揉めていた。


「先に、アニキについたあたしが姉に決まってる! でしゃばるな、狐!」


「黙りなさい猿。私は十一歳、おまえは十歳、私の方が年上なのだから、私が姉に決まっているでしょ。ほら、姉を敬いなさい」


細剣と槍をぶつけ合いながら、二人は言い合う。


「はぁ…さっきから同じこと言ってるよ、イアンさん」


「……そうだな」


「はぁ…イアンさん、ちゃんと聞いてくれよ! さっきから何読んでんの? 目悪くなるよ! 」


「黙れ、ニッカ。今、いい戦法が思いつきそうなのだ」


「最近、おれの扱いひどいなー。えーなになに…ショーギヒシアウヒョウ? 」


「ショーギ必勝法だ! おっと、キキョウにバレないようにしなくては。…バラすなよ? 」


「いや、そんな怖い顔しなくても…って、あっ! 二人が無言で掴み合ってる! マジだ、マジ喧嘩だ! うわっ、こっち来たぁ! 」


「これで次の勝負は勝ったな。覚悟しろよキキョウ」


二人の喧嘩に、巻き込まれるニッカをガン無視して、イアンは、報酬代わりに持ってきた本を読みながら、次のショーギの戦いに思いを馳せるのだった。

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