三百五十一話 託するは黄金の太陽
赤々と発光する太い光の線が空間を一直線に走り抜ける。
光の線は、凄まじい熱量を持ち、直撃した地面は赤々と発光しながら溶けてしまう。
「くっ……! 」
かつて、自分が立っていた地面を横に見つつ、レリアは苦い表情をしていた。
彼女は、アルフ・ヴィガントの攻撃手段の一つを躱したところである。
そして、今はもう一つの攻撃手段を目の当たりにしている最中だった。
アルフ・ヴィガントが振り上げた片腕を振り下ろし始める。
向かう先はレリアの立つ位置であり、彼女に対する追撃であった。
レリアは前方へ飛び出すように跳躍し、叩き潰されるのを免れる。
着地し体勢を整えると、彼女は一目散にその場から離れていった。
すると間もなく、そこには赤い閃光が放出された。
「くうっ! セアレウスさん、どの程度の光魔法を撃てばいいのですか!? 」
レリアは走りながら、遠くにいるセアレウスへ声を掛ける。
「……あなたが出せる最大です。ホワイトアローでは、恐らく足りないでしょう」
答えたセアレウスも走っており、彼女にも赤い閃光や拳が向けられていた。
この戦いにおける前線で戦うセアレウスとレリア。
そして――
「うわっ!? またこっちにも飛んできた! 」
離れた場所にいるメルヴァルドでさえ、アルフ・ヴィガントの猛襲に苦しめらていた。
少しでも気を抜けば、赤い閃光か拳の攻撃を受けてしまう。
もし一回でも、さらにかすった程度でも、大きなダメージを受けるとは避けられない。
そのような状況であった。
それでも、セアレウスとレリアは、攻撃の合間の僅かな時間の中で、魔法による反撃を行っていた。
「無理です! こんなんじゃ、大魔法を撃つ余裕なんてないですよ! 」
自分の中で最大威力となる光魔法とは大魔法の類になる。
レリアは、そう考えていたのが現状では使用は困難と言えた。
大魔法はその強力な威力や効果を持つが、それ相応の準備が要する。
彼女が行使しようとする大魔法は、準備に魔法陣を必要とするもの。
陣は地面に線を描くことで生成するため、定められた道を走り回る必要がある。
攻撃という名の妨害が頻繁に行われ中、今の状況では不可能に近いことであった。
「……」
セアレウスは、何も答えなかった。
アルフ・ヴィガントを睨み付けるように眺め、自分に向かってくる攻撃を躱すのみである。
(なんで何も言ってこないですか……! )
彼女の反応に、レリアは焦りを感じていた。
レリアがこうして戦えているのは、ネリーミアがやられてもなお戦い続けるセアレウスに、心を打たれたからである。
希望であり頼りになる存在で、この戦いにおける彼女にとっての道標とも言える。
いわば、セアレウスがいてこその今のレリアであった。
それがここに来て、自分が向かうべき道を示してはくれなくなったのだ。
レリアが焦りを感じるのは、無理もないことであった。
(……いや、そうですか)
しかし、レリアから焦る気持ちは消えてなくなった。
彼女が見るセアレウスの顔は、苦し気であった。
そんな彼女の顔を見て、レリアは思った。
(セアレウスさんは、言えないのですか……)
セアレウスも自分と同じく、どうすればいいのか分からないのだと。
苦し気な彼女の顔をレリアは、最善の答えを考えようとする中での必死の形相だと捉えたのだ。
この時、レリアは思い知らされた。
(私は、セアレウスさんの隣に立っていなかった)
自分が隣だと思っていた場所は、実際にはセアレウスの後ろであり、そこでひたすら彼女を真似そしていたことを。
セアレウスが動きを止めてしまえば、真似をする自分も動きを止めることになる。
真似をし続ける限り、その対象が動かぬ限り、自分が動くことはない。
そうなってから、レリアは初めて気づいたのだ。
セアレウスの真似をして、自分が彼女達のようになったと思い込んでいたことに。
そして、ここのままでは、一生彼女達の元へ辿り着けないとも思った。
しかし、やり方は間違ってはいない。
ただ、真似をする場所が違うだけだったのだ。
レリアは、そのことにも既に気づいており、すぐに実行する。
「セアレウスさん」
レリアは、離れた場所で戦うセアレウスを呼んだ。
すると、セアレウスは驚いた表情を彼女に見せた。
この時、セアレウスは初めて聞いたのだ。
他人を威圧するのではなく、人を労わるような優しい声であった。
それがレリアのものであることが、セアレウスにとって驚きであった。
「本当に……本当にあの人へ光魔法を撃ってもいいのですか? 」
「……はい。お願いします」
「分かりました」
この二人のやり取りは、ほんの僅かな時間であった。
セアレウスから顔を逸らすと、レリアはさらに遠くへ離れてゆく。
「ふふっ……」
彼女の背中を見るセアレウスは笑っていた。
(レリアさんに任せて問題ないようですね。本当に頼もしいです)
この時、セアレウスは安心していた。
先ほどのやり取りの中で、レリアに強い意志があると感じたからだ。
レリアなら必ずやり遂げてくれると思えるほどに。
それは、彼女の天才という肩書に裏付けられた期待ではない。
同じ目標に向かって進む仲間として、セアレウスは信頼することができたのだ。
だからこそ、彼女は自然と笑みを浮かべたのだった。
(さあ、考えるです! どうすれば、この状況でも最大威力の光魔法……大魔法を使う方法を! )
レリアは、行動を始める。
現状を打開する方法――いかにして、今の状況で大魔法を放つ方法を自ら考える。
依然として苦しい状況であるものの、その表情に苦しさは見受けられない。
むしろ嬉しそうであった。
ようやく、自分が目指していた場所に辿り着けた
「当たらないですよ! 」
絶対に当たるつもりはない。
そう言わんばかりに、レリアは声を上げ、ラム・ソルセリアを鞘へ戻し、代わりに虹色の刀身を持つ短剣ラクロエルファを手に取った。
その刀身を見つめながら、レリアは考える。
彼女の頭の中で、あらゆる大魔法が行使され消えてゆく。
どれも高威力を誇る光属性の大魔法であった。
(どれも……これも手間がかかりすぎるです! )
しかし、大魔法であるが故に準備が大掛かりなものばかりであった。
(今使えそうな大魔法は……ない…)
レリアの額に汗が滲み出す。
彼女は、準備に手間がかからないという条件に合った大魔法を知らなかったのだ。
むしろ、そんなものは元々無かったのかもしれない。
そんな考えが過る中、レリアにある考えが生まれた。
(いや、違うです。大魔法を使うのが目的じゃない! )
それは、威力の高い魔法が大魔法に限った話ではないということだ。
(最大威力の魔法です。威力の高い魔法を……魔法の威力を高めるには……)
つまり、方法は何でもよく、高威力を出されば良いのだ。
(そうです! 単純な話、魔力を多く込めればいいのです! )
そして、レリアが考えた方法は、大量の魔力を込めて魔法を放つことだ。
この方法では、詠唱や魔法陣等の大掛かりな準備は必要としない。
ただ、魔法を行使する際にいつもより多くの魔力を込めればいいだけの話である。
より強く物を叩くには、より力を込めて殴ればいいというような単純なことであった。
(でも、私が込められる魔力量では大魔法は超えられない)
しかし、実際に行うとなると、そう簡単にはいかない。
魔法とは、魔力を材料にして発生し、その質と良ければ良いほど、量が多ければ多いほど効果の高いものとなる。
量についての話になるのだが、一つの魔法を行使する際に込めることができる魔力の量には限界がある。
例えるのなら、吐く息のようなものだ。
一回で吐くことが出来る息の量にも限界がある。
限界を超えようものなら、苦しくなり息を吐くことを中断せざるを得なくなるからだ。
それと同じで、魔力を込め続けていれば、急激な大量魔力消費により、息切れに似た疲労感と共に苦痛が生じる。
個人差はあれ、そう多くの量を一つの魔法に込めることが出来ない。
これこそがレリアが考えた方法を行う上での一番の問題であった。
魔力を込めることが出来る限界を超えなければ、大魔法の威力を上回ることができないからだ。
(限界を超えるには……)
レリアは、左手で鞘からラム・ソルセリアを抜く。
右手に短剣、左手に剣を持った状態である。
そして、左手を上げて剣の切っ先を天井へ向け――
「ホワイトアロー! 」
光魔法を放った。
高威力とは呼べないほどの下級の魔法であった。
光る刀身から放たれた白い光の矢は、剣の切っ先の先に目掛けて真っ直ぐ飛んでゆく。
「ホワイトアロー! ホワイトアロー! 」
一度でも二度でもなく、レリアは同じ魔法を行使し続ける。
放つ方向も同じである。
(限界は超えるには……いえ、超えるのは後でいいです! )
レリアには明確な狙いがあった。
彼女の狙いを証明するものがあり、それは天井より少し下に浮かぶ白く発光する球体のことだ。
白く発光する球体の正体は、かつてはホワイトアローだった光属性の魔力の塊である。
これは、ホワイトアローにホワイトアローをぶつけたことで発生した。
初めは、握り拳程度の大きさくらいであったが何度も同じ魔法をぶつけることで、今は人一人包み込めそうなほどの大きさに成長していた。
(一回の魔法で足りないなら、その一回一回を重ねればいいだけのこと! )
空中に発生した白く発光する球体こそ、一回の魔法で込められる魔力の限界という問題の解決した証であった。
レリアは、複数のホワイトアローを合体させることで、大量の光属性の魔力を作り上げたのだ。
その魔力の塊があるのはこの空間の上部であり、アルフ・ヴィガントの攻撃を受けることはない。
「なんだ? あらぬ方向へ魔法を撃って……気でも狂ったか? 」
謎の男性もレリアの思惑に気づいていない様子である。
どこかにいる彼から見えない位置にあるのか、白く発光する様から、彼が付けた光を放つ装置の一つだと勘違いしているか。
そのどちらかの理由で気づかないのだろう。
つまりは、妨害される心配はなかった。
ただ、やることは同じ方向に目掛けてホワイトアローを放つだけである。
それだけで、大量の光属性の魔力を用意することが出来た。
「くっ……あとは! 」
ホワイトアローを放ち続け、レリアが持つ魔力量が限界に近づく。
あとは、溜めた光属性の魔力を使い、大魔法を超える威力の光魔法を放つだけである。
レリアは、ラム・ソルセリアを下げ、代わりにラクロエルファを上部へ掲げた。
すると、その虹色の刀身に引き寄せられる形で、光属性の魔力の塊が下りてくる。
「ぐうっ! 」
レリアは苦悶の表情を浮かべた。
膨大な量の魔力を受け止め、それを制御することは容易なことではない。
受け止めた魔法触媒がラム・ソルセリアであったなら、彼女の体は弾きとばれていただろう。
ラクロエルファが優秀な魔法触媒であるこそ、出来ることであった。
それでも、気を抜けば同じ結果を辿る可能性はある。
だからこそ、この時レリアは足を止め、暴れ回る光属性の魔力を抑えるのに必死であった。
「……!? 」
唐突にレリアが驚愕の表情を浮かべる。
「なっ、あれは……? 」
彼女を離れた場所で見守っていたセアレウスも同様に驚いていた。
レリアが受け止めていた光属性の魔力の塊は白く発光していた。
それが途中から、白ではなく黄色になったのだ。
否、光る様から黄色ではなく、もはや金色だった。
レリアは、ラクロエルファを天井目掛けて掲げている。
その刀身に金色に輝く巨大な球体があるのだ。
彼女本人もセアレウスも、この現象が何なのか分からなかった。
「馬鹿な!? いつのまにあの量の魔力を!? それに色が変化しただと!? 」
謎の男性も驚愕の声を上げていた。
ともかく、不思議な現象であった。
(金色に…・・いや、今はどうでもいいです! )
レリアは、掲げていた右腕を下げる。
天井に向けていたそれは、今度はネリーミアのいる場所へ向けられていた。
「これが私の全力……! 最大威力です! 受け取ってください! 」
そして、ようやく大量の光属性の魔力は放たれた。
膨大な光属性の魔力の塊は、黄金に輝く様から太陽のように見えた。
その小さな太陽は、ネリーミア目掛けて真っ直ぐ飛んでゆく。
レリアは、自分が放ったそれが必ずネリーミアの元へ届くと確信すると――
「お…願い……しますよ…」
膝から崩れ落ち、その場にへたり込んでしまった。
魔力が底をつく寸前であった。
そんな彼女に目掛けて、アルフ・ヴィガントの赤い閃光が放たれる。
自分に攻撃来るにも関わらず、レリアは避けようとはしなかった。
ここで死んでもよいと思えるほど、全力を尽くしたのだ。
最大威力の光魔法だけではなく、このアルフ・ヴィガントとの戦いの全てに。
それは、彼女に悔いが残らないほどであった。
「うああああ!! 」
しかし、レリアが赤い閃光に焼かれることはなかった。
寸前のところで、セアレウスが駆けつけ、彼女を抱えて赤い閃光を躱したのである。
その後、セアレウスはレリアを背負い、アルフ・ヴィガントの猛攻の中を駆け抜けてゆく。
「ありがとうございました! あとは、任せてください! 」
セアレウスが背中のレリアに向けて言った。
やはり、この時の彼女は笑顔であった。
全力で最高威力の光魔法を放ったことに、心から感謝していた。
「……セアレウスさん」
小さな声で、レリアがセアレウスに声を掛ける。
「なんですか? 」
「あれは、私のかつてないほどの全力です。それをあの人は、本当に受けきれるですか……? 」
「受けきれるに決まっていますよ」
レリアの問いかけに、セアレウスはそう答えた。
断言するようなきっぱりとした言い回しであった。
「レリアさんがこんなに頑張ったんです。それに応えてくれないと……いえ、応えてくれるのがネリィです」
セアレウスは、そう言ってネリーミアの方へ顔を向けた。
今、そこに目掛けて、巨大な黄金の球体が向かっている最中である。
間もなく、それはネリーミアに直撃するだろう。
今のセアレウスに、彼女が失敗をする不安はなかった。
彼女がレリアに言った通り、頑張りに応えてくることを信じているのだ。
「さあ、これからが正念場です! 一分でも十分でもいつまでも! 私はあなたを待ち続けますよ! 」
セアレウスは掛け声を発するかのように、高々とそう言った。
これは、自分への叱咤激励の言葉であった。
ネリーミアのやろうとしていることは、時間の掛かることである。
それを承知の上だからこそ、セアレウスはそう言えたのだ。
やがて、巨大な黄金の球体はネリーミアのいる壁面のくぼみに到達する。
そこで爆発するかのように、ひと際強烈な光を放つのであった。




