三十四話 忌み子の塔
イアンとロロットが塔に来る少し前――
「忌み子…それを聞いて、お主はどうする? 」
イトメは、質問の真意を探るため、イアンへ問い返した。
「どうもしない…ただ、気になっただけだ」
「…ふむ」
イトメは、口を閉じ、しばらく考え込んだ。
部屋は、静寂に包まれ、流石のイアンも緊張した。
先に声を出したのはイトメだった。
「お主、忌み子なる者に会うか? 」
「会えるのか? そいつに」
イアンの表情が明るくなった。
「…ちと、違うな。会えるのではない、お主が会いに行くのじゃ」
「…? 」
すると、幕の下から折られた紙が出てきた。
「この里の奥に、塔がある。その最上階に奴は篭っておるよ。ついでに、この手紙を渡してくれ」
「……」
イアンは、手紙を受け取らず、じっとイトメのシルエットを見ているだけだった。
「…? どうした? 」
「それは…依頼か? 」
イアンは、幕の向こうにいるイトメの目を見据える。
「依頼? 手紙はついでじゃ、お主が会いたいのじゃろう? 」
イアンは、イトメの問いかけに笑みをこぼした。
「会いたいとは言っていないぞ。どうもしないとは言ったが」
「なっ!? 」
イトメは、口を手で押さえる。
「い、依頼というなら、報酬か? な、何が望みだ? 」
「牢屋に閉じ込められている、オレの二人の仲間を開放し、無事三人でこの里から出ることだ」
「……!? 」
イトメは、思わず立ち上がってしまう。
「いつからだ……お主は、いつから感づいておった!? 」
「オレが、牢屋から出された時からおかしいと思っていたが、お前がオレに、結界について聞いたところで確信した」
イアンは、自分だけが牢屋から出されたことに疑問を持っていた。
何故、自分だけなのだと。
そして、イアンを呼び出したイトメは、イアンにだけ結界を破った方法を聞き出そうとした。
つまり、イアンが結界を破った張本人だと知っていたのだ。
その後、ロロットやニッカには全く触れず、イアンにだけ帰れと言った。
イアンは、イトメに向けて指を差す。
「お前、他の二人は帰す気なかったな? 」
「……そうだ、お主だけ帰して、他の二人は殺すつもりじゃった……里を見たものは、生かして帰したくはないのでの」
イトメは、観念したかのように座り込んだ。
「じゃが、お主は例外じゃ。お主を殺す勇気は、わしらにない」
幕の向こうでサラサラと何かを書く音が聞こえた。
すると、幕の下から先程とは違う紙が出てきた。
「お主に依頼する。あの子に会いに行ってくれ、手紙はついでじゃ」
「報酬……ロロットとニッカの開放を…」
「約束する。じゃが、依頼が終わるまで一人は牢屋にいてもらうがの。もう一つの報酬も手紙を渡せば、あの子が用意してくれる」
「もう一つ? 」
幕にうつるイトメのシルエットが、低くなる。
座ったまま、礼をしているのだろう。
「イアン殿、会って自分の目で確かめてくだされ、あの子が本当に忌み子かどうかを…」
――現在。
イアンは、ロロットを連れて塔の前に来ている。
牢屋に置いてきたのは、ニッカ。特に理由はない。
イアンの腰には斧が三丁ついたホルダー、ロロットの背中には槍があり、武器はロロットを牢屋から出す際に取り戻したのだ。
「アニキ…」
「ああ、行くか…」
イアンは扉を開け、イアンとロロットは、塔の中へ入った。
塔の中に入ったイアンとロロットは、長い廊下を歩いていた。
廊下の幅は、人が五人横へ並べば、塞がっってしまうほどの広さだった。
「…気をつけろ、ロロット。何か罠が仕掛けられているかもしれん」
前を歩くイアンが、後ろのロロットに注意を促す。
「うん、気をつける」
二人が長い廊下を歩いていると、突き当たりに曲がり角があるのが確認できた。
「ふむ……曲がり角か…」
「そこに来た時に、何かありそうだね…」
「ああ、充分警戒して通ろ…う!?」
その時、曲がり角の手前に足を置いたイアンは異変に気づいた。
「下がれ、ロロット! 」
「な、アニキ!? 」
ガコン!
イアンが立つ床の一帯が下に開き、穴が開いた。
ロロットは、イアンに突き飛ばされ助かったが、イアンはその穴へ落下していく。
シュル! ガッ!
イアンは、ホルダーから縄斧を取り出すと、上に向けて投擲し、天井に縄斧が刺さった。
縄斧のロープに掴まり、イアンは落下を停止させた。
下を見ると、先の尖った丸太がびっしりと埋め尽くされたいた。
「…殺す気満々だな」
その後も、壁から矢が飛び出してきたり、大量の水が押し寄せきたりと、様々な罠がイアン達襲いかかった。
それらを罠を掻い潜ったイアンとロロットは、三階にたどり着いた。
塔の三階は、一階や二階のような入り組んだ通路ではなく、広い部屋がそこにあった。
部屋の奥には、上に続く階段が見える。
「……何かあるな」
「……うん…」
イアンとロロットは、周りを警戒しながら、階段に向かって歩く。
ガコン! ガコン! ガコン! ガコン! ガコン!
イアン達が部屋の中央に来た時、部屋の壁が次々と開いていく。
無数の開いた穴の中から、イアンと同じくらいの大きさの、木で作られた人形が次々と部屋に侵入してくる。
「走れっ! 」
イアンが叫び、階段に向かって走る二人。
イアンが階段に辿りつくと、ロロットが立ち止まった。
「行って、アニキ」
ロロットは、背中から槍を取り出し、それを中段に構える。
「ロロット!? 何を…」
「ここで私が食い止めるから、アニキは! 」
ロロットは、迫ってきた一体の人形に槍を向ける。
ガッ! ガッ! ガッ! ガッ! ガッ!
ロロットが連続で放った突きは、人形の首、両肩、両脚の関節を貫いた。
人形は、体をバラバラにされ床に転がる。
「先に行って! 」
「ロロット……わかった、ここは任せる」
イアンは、ロロットが人形を倒すの見て、その成長に驚いた。
そして、強くなったロロットにこの場を任せて階段を駆け上がっていく。
「強くなったところをもっと見て欲しかったけど…」
ロロットは、イアンの背中を見送ると、階段を背にして槍を上段に構える。
「また、今度でいっか」
階段を昇りきったイアンは、襖の目の前にいた。
階の雰囲気から察するに、この襖の奥に、この塔の主がいるらしい。
イアンは、襖に手をかけて、横にゆっくりと開いた。
部屋の中は広く、左側には壁に沿って本棚が並んでおり、反対側の隅に化粧台が立っていた。
その間の奥に、机があり、銀色の長い髪をした狐獣人が、こちらを背にして座っていた。
イアンは、依頼を受けた時のことを思い返した。
「待て」
手紙を受け取ったイアンが、立ち上がろうとしたとき、イトメに呼び止められた。
「少し…昔話を聞いてくれぬか? 」
「何故だ? 」
「なんとなく…じゃ」
「そうか、勝手にしろ」
イアンは、その場に座り直した。
「ふふ…」
イトメは、冷たい言葉を放ちながらも、話を聞く姿勢になったイアンに、笑みを浮かべた。
十年程前――
この里に、目麗しい狐獣人の女がいた。
彼女は、明るく人当たりの良い性格で、里の人気者だった。
だが、狩りの最中に彼女は、行方不明となってしまう。
里を上げて、結界の外を出てまで、彼女を探し回ったが、ついぞ見つからなかった。
しかし、数年時が経った後、彼女は里へ戻ってきた。
里の皆は、彼女の帰還を大いに喜んだが、彼女の姿を見て絶句した。
金色の長い髪はボサボサで、体のあちこちに夥しい数の傷後が出来ていた。
そして、スタイルの良かった彼女の腹は、ポッコリと膨らんでいた。
彼女は、子を身ごもっていたのだ。
すぐに、産気づいて子供を生んだが、生まれた子供は、普通の獣人とは違う白い毛と細長い二本の尻尾を持っていた。
彼女は、出産を見守った親友に子供の名前を伝えると、息を引き取った。
里の皆は、人気者だった彼女の死を悲しんだ。
それは、次第に怒りとなり、生まれた子供へぶつけられることになる。
彼女を傷つけた奴らの子、生まれたことで母である彼女を殺した子、と子供を批難し始めたのだ。
やがて、子供は忌み子と呼ばれるようになった。
その忌み子と呼ばれる子供の名は――
「おまえが、キキョウか」
イアンが、銀色の髪をした狐獣人の少女に声をかけた。
本を読んでいた少女は、パタンと本を閉じると、立ち上がった。
「へぇ…お前は、知らないの? 」
少女の声は、鈴の転がしたような声だった。
少女は振り返り、薄笑いを浮かべながらイアンを見据える。
「私は、忌み子よ」
12月28日―漢字修正
口を手で抑える → 口を手で押さえる




