三十三話 狐獣人の忌み子
夜が開け、イアンは牢屋の一室にいた。
罠にはまったイアン達は、二人の獣人に連行され、獣人達が暮らす里の牢屋に閉じ込められた。
ロロットとニッカも他の牢屋に閉じ込められている。
戦斧も、ホルダーごと没収され、今は丸腰である。
「参ったな。どうにかして誤解を解かねば…」
イアンは、腕を組み考える。
そうしていると、牢屋の外の通路に、一人の男の獣人が現れた。
昨夜、先輩と呼ばれていた男の獣人だ。
「おい! 長がお前を呼んでいる、出ろ」
男の獣人は、鉄格子の一部に何かを指すと、そこが扉のように動いた。
どうやら、牢屋の鍵を開けたらしい。
「……」
イアンは黙って外へ出ると、男の獣人に剣先を向けられながら建物を出た。
外を出ると里の様子がよく見れた。
里の建物は、木で出来ており、屋根には板状の石が魚の鱗のように並んでいた。
里を歩く獣人達は皆、同じ民族衣装を着ている。
「お前達が来ている服はなんだ? 」
「……袴だ。男が馬乗袴、女が行灯袴を着るのが基本だ」
イアンの後ろを歩く、男の獣人は素直に答えてくれた。
ついでに、イアンは気になっていることを聞くことにした。
「忌み子とは何だ? 」
シン…
その言葉を、聞いた者達の動きが止まった。
「……無駄話はやめだ。さっさと歩け」
男の獣人は、イアンの体を押して強引に歩かせた。
男の声は、怒気を孕んでいるように聞こえたが、その中に怯えたような震えも混じっていた。
「ここだ入れ」
イアンは男に連れられ、一際大きい建物に入った。
三回階段を昇り、模様が描かれた扉らしき物の前に来た。
「お前も入らなくていいのか? 」
「お前一人で謁見するようにと、長からのお達しだ」
「そうか」
イアンは、そう言うと目の前の扉らしき物を押した。
「……開かん」
「……お前、何をしている? 」
「扉が開かないのだ。壊れているんじゃないか? ドアノブも見当たらないし」
男の獣人は顔に手を当てた。
「あのな…これは襖と言って、こう、横に引くんだ。こう…だぞ、わかったか?」
男の獣人は、イアンに出来るだけわかりやすく教えた。
「そうか、わかった」
スパァン!
「ばっ…勢いが強すぎだ! たわけが!! 」
「いや、思ったより軽かったから…仕方なかろう」
「良い、下がれショウよ」
イアンに、唾を飛ばしながら怒鳴るショウと呼ばれた男に声が掛けられた。
「はっ! 長、失礼しました」
ショウは一礼した後、キッとイアンを横目で睨み、通路の奥へ消えていった。
イアンは、部屋の中に目を向けると、中央に四角の布が敷いてあり、その前方は薄い幕で覆われており、長と思わしき人物のシルエットをうつしていた。
長のシルエットを見る限り、この里に住む獣人と同じ種族というのがわかった。
しかし、他の獣人達と異なり、何本か尻尾を複数持っているようだった。
「そこの者、名はなんという? 」
「イアン……イアン・ソマフ」
「イアン…ソマフ……ん? ソマフ!? お主、木こりか? 」
「え…? 何故わかった? 元木こりだが…」
イアンは、驚いた。
「我らの言葉でソマフとは、木こりと同じ意味を持つのじゃ」
「へぇ」
「まぁ、そんなことは良いじゃろ。そこに座れ」
「はぁ…」
座るよう促されたイアンは、四角の布の前に来るが、どう座れば良いか分からず、とりあえず布に尻を着け、両脚の膝を立て、それを両腕で囲む姿勢をとった。
「……まぁ、良いじゃろ、話が進まん」
幕越しに、呆れた声が聞こえてきた。
「わしは、この狐獣人の里の長、名をイトメという」
「…ここは、他とは違った文化があるようだな」
イアンが、周りを見ながら言った。
「遥か昔、わしらのご先祖様は次元を超えて、この世界にやってきたとかで、この里特有の文化は、そのご先祖様が元々いた世界のものだと言われておるでの」
「違う世界ときたか…ファンタジーだな…」
「そうじゃな、わしもあんまり信じておらん。話を進めるぞ」
イトメは、咳払いをした。
「この里には、人払いの結界が張ってあっての、普通は里に近づくことはできないんじゃが」
「オレ達……オレには入れてしまったと」
「そうじゃ。それでお主、何か心当たりはないかの? 」
「無いな。それに、この里に何かをしに来たわけじゃない。偶然、足を踏み入れてしまっただけだ」
「そうか…わかった、信じる」
「……! 」
イトメが、あっさりと了承するので驚くイアン。
「じゃから、もうこの里に来るな、他言も無用じゃ…良いな? 」
イトメが、ゆったりとそう言ってきた。
イアンが、この里に何の用もないことは信じてもらえただろう。
だが、もう二度と関わることなく、この里のことを外へ漏らすなというのだ。
「…一つ、聞いてもいいか? 」
「なんじゃ? 」
この質問は、ショウや他の獣人の反応を見る限り、一筋縄ではいかないだろう、そう思ったイアンは深呼吸をした。
「…忌み子とは何だ? 」
太陽の光が障子を越えて部屋を照らす。
その光を照明の代わりにして、獣人の少女は何かを書いていた。
そこへ少女の親代わりの狐獣人がやってくる。
「おや? キキョウ、何を書いておるのじゃ? 」
「あっ! イトメ! これ見てー」
「ショーギヒシアウヒョウ…? 」
「ショーギ必勝法! これで皆にショーギを教えて遊ぶんだ! 」
「……そう、必勝法とな。キキョウはショーギが強いからのう。皆もきっと喜ぶぞ」
「うん! 」
里の広場で狐獣人の子供達が駆け回っている。
少女は、物陰からその様子を見ていた。
そして、意を決すると物影から飛び出し、駆け回る狐獣人の子供達に声を掛けた。
「あ…あのっ…一緒にあそぼ…? 」
「……」
「……」
「……」
狐獣人の子供達は、黙って少女を見つめるだけだった。
そして、子供たちはそれぞれ、怒った顔、怯えた顔、笑った顔を浮かべて――
「「「あっちいけ――」」」
「忌み子…」
少女は、そう呟いて目を覚ました。
体を起こして辺りを見渡すと、日の光が部屋の奥まで届いている。
「…まだ、昼前か」
少女は、寝装束を脱ぎ、行灯袴に着替える。
着替えた後、鏡の前に座り、それを見つめる。
頭から生えるピンと伸びた耳、銀色の長い髪、赤い目が鏡に映っていた。
「忌み子だって、キキョウ」
鏡に映る自分に向かって、キキョウは自嘲するように言った。
すると、外から人の気配がするのを感じた。
気配から察するに二人の――
「人間と猿? ……イトメのヤツ、また何か企んでいるのね」
キキョウは、立ち上がり、本棚に向かって歩き出す。
「ま、せいぜい頑張りなさい」
本棚から本を一冊取り出し、それを読む。
彼女の一日は、それでいつも終わっていた。
イアンとロロットは、里の奥にある高い建物の前に来ていた。
高い建物は、この里の建物を積み重ねたような形状をしており、もはや塔であった。
イアンは手紙を手に持って、塔を見上げていた。
この手紙をここにいる者へ渡す、それが――
「今回の依頼だ」
サブタイトル―話数の入れ忘れにより、編集。




