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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
十章 共に立つ者 支える者 光と闇の義侠人編
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三百三十八話 メッセージ

 ゆらゆらと揺らめく黒い炎が円状に広がっている。

その内には、黒いローブの者が立っている。

円状に広がる黒い炎は、彼が行使した大魔法によるもの。

その効果は、闇の魔力で出来た獣を生成することだ。

黒い炎からは、次々と黒い体毛と赤い目を持つ獣が現れており、それらは目標に目掛けて、ゆっくりと向かってゆく。

黒い獣達が目指す先、黒い炎の中心には、ネリーミア。

彼女は目を大きく見開き、顔を引きつらせて立ち尽くしていた。

それは、今の自分の状況に絶望しての表情ではなく、驚愕の表情であった。


(今度は、獣……いや、生物を作り出したというの? そんなことが……)


ネリーミアが視線を向けるのは、黒い獣達。

炎のように揺らめく体毛から、それらが普通の獣ではないことが想像できる。


「グルルッ……」


黒い獣達は、真っ赤に輝く一対の目をネリーミアに向け、唸り声を漏らして威圧してくる。

本物にも劣らない迫力があった。

これらを生み出したブルタリティホラーショウという大魔法が初めに使われていたら、黒い獣達が幻であると疑っていただろう。

しかし、先ほどの闇魔法による実体を持った剣の生成を見てしまえば幻だと疑うことができない。

ネリーミアは、黒いローブの者が闇魔法で、生物を作り出したのではないかと推測していた。


「ガアッ! 」


本物のさながらの雄叫びを上げ、一体の黒い獣がネリーミアへ襲いかかる。

黒い獣は、闇の魔力で出来ているにも関わらず、四本の足を動かし、地面を走ってくる。

そして、一直線に進むのではなく、方向転換を繰り返し、相手を翻弄するかのような動きも見せてくる。


「うっ…」


目の前の黒い獣は、本物の生物と変わらないものである。

ネリーミアは、そう推測しているものの、頭のどこかでは否定していた。

生物という実体があり意思をもつ存在を生成する。

そのことが高度すぎて不可能であると思わざるを得ないからだ。

故に、彼女は襲いかかる黒い獣に対しての反応が遅れてしまった。

迎撃が間に合わないと判断したネリーミアは、闇魔法によるプロテクターを纏った右腕で防御する。

その結果、彼女の腕に黒い獣が喰らいつく形となった。


「ぐうっ…」


ネリーミアは、苦悶の表情を浮かべた。

黒い獣が喰らいつく右腕は、ミシミシと音を立てている。

さらに、その右腕は地面へと引っ張られ、上体をも前に倒してしまう。


(やっぱり、これは本物だ! )


黒い獣には、腕を噛みちぎらんとするパワーと、少女一人を組み伏せられるほどの重量を持ち合わせていた。

そのことから、ネリーミアは、これらの黒い獣達が本物の獣と相違無い存在であると確信した。

そして、絶望の表情を浮かべ、視線を下方へ向ける。

視線の先には、地面に伏せた状態のセアレウス。


(まずい……なんてレベルのものじゃない! こんな……こんなことって! )


ネリーミアは心の中で、悲鳴のような叫びを上げずにはいられなかった。

闇の耐性がある彼女も危険ではあるが、ある程度は耐えられる。

爪や牙等の物理的なダメージしか受けないからだ。

しかし、耐性が無いであろうセアレウスは、そうはいかない。

黒い獣達は闇の魔力の塊である。

物理的なダメージの他に、闇属性特有の体力や魔力を奪う能力を持ち合わせているのだ。

さらに、今のセアレウスは体を録に動かせないほどの大きなダメージを受けている。

セアレウスを守りながら、黒い獣達を相手に戦うことを――


(こんなの……できっこない…)


ネリーミアは不可能であると思っていた。

闇魔法を強化する短剣を使うなど、自分が助かる道はいくらでもある。

しかし、セアレウスを救う手段を彼女は思いつかないのだ。


「うああああ!! 」


ネリーミアは、喰らいつく黒い獣を振りほどこうと、体を左右に揺らしながら右腕を振り回す。


(どうしよう! このままじゃあ、セラが死んじゃう! )


黒い獣は振りほどけず、セアレウスを救う手段も思いつかない。

焦りと悔しさを募らせる中、彼女の両目は涙で(にじ)んでいる。


「ククッ、ハハハッ! 」


そんなネリーミアを見て、黒いローブの者は笑う。

声を張り上げ、声を高々と上げるような清々しいものではない。

その様は、まるで不幸に合う者を影から見ているかのようで、不気味であった。


「このっ、離せ! ……うっ!? 」


右腕を振り回していたネリーミアの動きがピタリと止まった。

呆然とした表情の彼女は、ゆっくりと辺りを見回す。

自分達を取り囲んでいた黒い獣達がじりじりと近寄ってきていた。

直に、一斉に黒い獣達が襲ってくる。

ネリーミアは、とうとう自分達の命運が尽きることを予期し、抗うことを諦めてしまったのだ。


「うっ……ううっ…」


目に溜まっていた涙が大きく膨れ上がり、溢れ出そうとする。


「た……」


その時、しばらくの間沈黙を続けていたセアレウスの口から声が漏れた。


「た……い…」


セアレウスは、掠れた声を発し続ける。

何かは不明だが言葉を繰り返しているようであった。

その声は誰の耳にも届くことはない。

セアレウスは、大きく息を吸った後――


「た……助けてください! お願いします! 」


と、大きく叫んだ。

彼女の叫びが発せられた瞬間、ネリーミア、黒い獣達、黒いローブの者の動きが止まった。

聞く者によって、その印象は異なるが、唐突に発せられた大声により、皆驚いていた様子であった。







 地面にうつ伏せに倒れていたセアレウスは、顔を黒いローブの者に向けていた。

そんな彼女の表情は悲痛である。

顔は引きつり、あちこちに砂がこびり付いている。

目からは、僅かに涙を滴り落ちていた。

そして口にする言葉は――


「助けてください……なんでもしますから……」


助けを請うものであった。

絶望的な状況を打開する方法がないのは、彼女も同じなのだろう。

セアレウスは、唯一助かる方法が命乞いであると判断したのだ。

そんな彼女を見下ろす黒いローブの者の口元は横に広がり、白い歯がむき出しになる。


「ククク、ハハハハハハッ! 」


黒いローブの者は体を後ろへ逸らしながら、大きく口を開けて笑った。

その彼の笑いは、セアレウスを嘲笑うもの。

彼の目には、セアレウスは情けなくみっともない姿に見えていた。


「おい、どうするよ! お仲間はこう言ってるぜ! ハハハ! 」


黒いローブの者に、ネリーミアは返事をすることはなかった。

彼女は、呆然とした表情で、足元のセアレウスを見つめるだけであった。


「……さい。……くない……」


「んん? 聞こえんなぁ? もっとでけぇ声で言わないと! 頑張れ~ハハハ! 」


「助けて…ください。死にたく……ない! 」


嘲笑われようが仲間に呆然とした視線を向けられようが、セアレウスが口を閉じることはなかった。


「そうか、助かりたいか」


「は……はい! 助かりたいです! 」


黒いローブの者の言葉に、必死に頷くセアレウス。


「そうか。そんなに必死に頼むのなら、しょおおおがないなあああ! 」


「や、やった……」


「だが……うーん、一人だけだ。どちらか、一人だけ助けてやろう」


彼は、セアレウスにそう提案した。

言い方を変えれば、仲間を犠牲にしろということ。

仲間を持つ者にとって、仲間を大切にする者にとって、とても残酷な提案だと言えよう。

さらに、残酷なことがある。


(ククク、この提案に乗ってみろ。片方を半殺したあとに、もう片方とも殺してやる)


それは、黒いローブ者が約束を守るつもりがないことだ。

彼には慈悲の概念はなく、ただ二人を苦しめることしか頭にない。

セアレウスの提案は、初めから無駄なようなものであった。


「……!? 」


黒いローブの者の提案に、ネリーミアは驚愕する。

その一瞬、視線を彼に向けていたが、再びセアレウスへと戻した。

彼の提案に対して、セアレウスがどう答えるのか。

今のネリーミアには、想像もつかないことだからだ。


「……! 」


提案に答えるためか、セアレウスの口が開かれる。

そんな彼女を黒いローブの者は、にんまりと頬を吊り上げながら見下ろす。

対して、ネリーミアは引きつった表情で見守っていた。


「……だ。……い」


そして、セアレウスは答えた。

確かに彼女は口を動かして、言葉を発した。


「あ? 」


「……? 」


しかし、その声は小さく掠れたもので、黒いローブの者はおろか、傍にいるネリーミアでさえ聞き取ることが出来なかった。

この時、黒いローブの者の口元から笑みが消える。


「聞こえんわ。もう一回言え」


調子を崩されたことが気に入らなかったのだろうか。

黒いローブの者の声音には、僅かに怒気が含まれていた。


「それ……だ。ふ……とも……さい」


「だからさぁ、聞こえないんだってば! はいか、いいえか短く答えろよ! 」


一向に言葉が聞き取れず、黒いローブの者の苛立ちが顕になる。

その時――


「それは嫌だ。二人共、助けてください」


ようやく、セアレウスが黒いローブの者にも、聞き取れる言葉を発した。


「は? 」


やっと聞き取れたというのに、黒いローブの者は間の抜けた声を出す。

何故ならば、彼女の答えが予想外のものであったからだ。


「……おいおい。自分の立場を理解しているのか? いや、聞こえていなかったってのか? 」


彼の言葉の通りである。

提案されたのは、どちらか片方だけを助けること。

それに対し、セアレウスは二人共助けることを要求したのだ。

不利な状況の者が言えるようなことではない。

むしろ――


「それとも、俺の提案には乗れませんって言いたいのか? というか、そうだよなぁ! 」


提案を受けれないと言ったのも同然だった。

黒いローブの者が怒るのも無理なことではない。

ここにきて、助かりたいはずのセアレウスは、最もやってはいけないことをしていた。


「……ううっ」


怒る黒いローブの者から逃げるように、セアレウスは顔を伏せた。

少しの間、地面に顔を向けた後、再び黒いローブの者に顔を向ける。


「うっ……!? 」


黒いローブの者は、セアレウスの顔を見て狼狽えた。

彼女が涙をボロボロと流していたからだ。


「お願い……します。二人共、助けて……ください」


涙声で、なおも二人が助かることを要求するセアレウス。

強くそのことを願うせいか、彼女の涙は僅かに赤く、血が混じっているようであった。

そんな必死な形相を見せられて、黒いローブの者は――


「そ……そうか。そんなに、二人共助かりたいのか。ハハハ……どうしようかなぁ」


怒りを忘れた。


(もっと、揺さぶって絶望を引き出したやる。殺すのは、その後だ)


まだ、セアレウス達に絶望を味あわせることが出来る。

そう心変わりしたのだ。


「足りんなぁ! もっと必死に頼まないと殺すぞ? ハハハハハハ! 」


黒いローブの者は、笑いを堪えられないでいた。

人生で一番だと言えるほど、余りにも愉快だからだ。


「グハハ! 」


足を止める黒い獣達が奇妙な唸り声を上げる。

彼のように笑っているようであった。








 必死に命乞いをするセアレウス。

そんな彼女を見て、嘲笑う黒いローブの者と黒い獣達。

この中で、一番目立つ人物はネリーミアであろう。

彼女は今、右腕を黒い獣に引っ張られ、上体を前に倒した体勢で立っている。

視線はセアレウスに向けられていた。

そんなネリーミアの顔は引きつったままであった。

それは、命乞いをするセアレウスへの失望の表情ではなく――


(……どういうこと? )


疑問の表情であった。

ネリーミアは、セアレウスとは、まだ短い間の付き合いではなるが知らない仲ではない。

彼女の知るセアレウスは、どんな状況でも敵に命乞いをするような者ではない。

故に、ネリーミアはセアレウスが命乞いをした時には驚いた。

そして、今は何故命乞いをしたのか疑問に思っていた。


(セラがこんなことをするはずがない。助かるための交渉……いや、違う。そのつもりなら、二人共助けろなんて、はっきり言わない)


黒いローブの者との戦いを忘れて、思考に集中するネリーミア。

命乞いをするセアレウスの意図を読もうとするが――


(ダメだ、分からない。一体、何を考えているんだ? )


考えても分かるようなことではなかった。


(セラとは、一緒に修行をした仲だけど……ある程度のことは分かるけど、頭の中が全て分かるわけじゃない。いや、そもそも……)


ネリーミアの顔が俯き始める。


(僕が分かっても仕方のないことなんじゃないか? きっと、セラにはあいつを倒す考えがあるんだ)


とうとうネリーミアは、思考をやめた。


(僕ができることは、もう……)


ネリーミアは、ゆっくりと体の力を抜き始める。

自分よりも瀕死に近い状態のセアレウスに、後を任せようというのだ。

彼女は、戦意すらも失くし、セアレウスと黒いローブの者の戦いの傍観者と成り下がっていた。


「お願いします! 」


セアレウスが今までより大きな声を上げた。


「お? いいねぇ! 今日一番の声だ。だが、まだ誠意が足りんなぁ。声は大きいが、ちょっと耳障りだったぞ」


その声は、黒いローブの者にとっては、ただの大きな声であった。


「……!? 」


対して、ネリーミアには違うものであった。

なぜか彼女の声が心の突き刺さるように感じ、ビクリと体を震わせてた。

ネリーミアは、彼女の声が自分を叱責するようなものに聞こえたのだ。

体を震わせた後、ネリーミアは俯いてた顔を上げる。


「こ……! 」


そして、思わず声を上げてしまいそうになるほど驚愕した。


(これは……そんな、どうして今まで気付かなかったんだ)


ネリーミアが向ける視線の先は、セアレウスの傍の地面。

そこには、いくつもの指でなぞった跡があった。


(セラは、ちゃんとメッセージをくれていたんだ。なのに、僕は……なんて、愚かなんだ)


指でなぞった跡は文字であった。

その文字は――


(記憶、思い出……魔法。これが君の伝えたいことか)


記憶と思い出と魔法の三つの言葉であった。

この三つの言葉を見た瞬間、ネリーミアは理解した。


(やっと、分かったよ。君の命乞いは、時間稼ぎだ! )


セアレウスは、ずっと時間稼ぎをしていたのだと。

さらに、彼女には理解していたことがあった。


(あと、すごいな君は。あいつの魔法の仕組みを理解していたんだね)


それは、セアレウスが黒いローブの者が行使したブルタリティホラーショウの仕組みを解読していたこと。

何故、このことが分かったのかといえば、三つの言葉のメッセージである。

ネリーミアはこれらを「記憶と思い出を使って魔法を使え」と読み取ったのだ。

つまり、セアレウスは、ネリーミアがブルタリティホラーショウと同等の魔法を使うまでの時間稼ぎをしていることになる。


(さっきのプロテクターと同じように、あの魔法と同じやつか……よし! )


自分のやるべきことを見つけ、目に光を宿すネリーミア。

先ほどとは打って変わって、やるきに満ち溢れていた。


(……いや、分かんないよ)


しかし、すぐにそれらの気持ちを行動に移すことができなかった。


(記憶と思い出? それをどう使って魔法を出せばいいんだ! )


やることは理解している。

しかし、肝心のブルタリティホラーショウと同等の魔法の生成方法がいまいち分かっていない。

分かっているのはセアレウスであり、ネリーミアにはさっぱりなのだ。

それは無理もないことと言えよう。

何故なら、セアレウスのメッセージの記憶と思い出は答えではなく、ヒントである。

書く時間が無かったのか、黒いローブの者に悟られるのを防ぐためか、それだけしか書かなかったのだ。

つまり、答えを教えてくれたわけではない。


(なんにせよ、早くしないと。記憶、思い出……記憶と思い出……? )


ネリーミアが目的の魔法を行使するには、それらのヒントから答えを導き出さればいけないのだ。







「どうか! 二人共……助けてください! 」


大きな声で命乞いの言葉を繰り返すセアレウス。


(さっきのプロテクターで確信しました。あなたの魔法は彼よりも優れている)


命乞いをする中で、彼女はそう思っていた。


(ネリィ、あなたが彼と同じ魔法を使えば、戦いに勝つことができます。わたしは、そう確信しています)


みっともなく命乞いをする姿とは異なり、心の中では冷静であった。

さらに、彼女の意思は仲間を信じて、勝つための行動する者のものだ。


(どうか、あの魔法を使ってください。記憶や思い出が鍵となるはずです)


瀕死に近い状態で、録に体を動かせない彼女も時間稼ぎという形で、戦っているのだ。




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