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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
十章 共に立つ者 支える者 光と闇の義侠人編
337/355

三百三十六話 闇の襲撃者

 ネリーミアがチャオミィに辿り着く少し前。

突如として、町の中に大量の謎の生物が侵入してきた。

侵入してきた謎の生物は、砦や家々等の施設を破壊

これに対応すべく、町にいた冒険者達は戦いを始める。

その中にセアレウスもいた。

彼女は、謎の生物の弱点となる属性を魔法を扱える者に指示しつつ戦っていた。

セアレウスと他の冒険者達により、白い泥の塊は増えてゆく。

しかし、戦況はチャオミィの冒険者達の劣勢にあった。

確実に謎の生物を倒しているものの、その数は一向に減ることはないからだ。

さらに、冒険者には負傷者が存在しており戦える者が少なく、弱点を突ける魔法を扱える者の数も少ない。

次々と迫り来る謎の生物達に対し、冒険者達の戦線を徐々に下げながらの戦いを余儀なくされた。

そして、とうとう戦線が負傷者を匿う施設の周辺になった頃。

状況を打開すべく、ケブディはセアレウスに提案した。

それは、謎の生物が町に侵入してくる場所を突き止めること、あわよくば、そこを封鎖することであった。

提案を受け、謎の生物の群衆の中を走るセアレウス。

そんな彼女が立ち止まったのは、町を取り囲む壁の門の付近。

セアレウスは、破壊された門を発見したのだ。

その光景を一目見た彼女は、そこから謎の生物が侵入してきたのだと判断した。

その時、付近に謎の生物はおらず、門の外にも姿はない。

侵入経路となるその場所を塞ぐには、絶好の機会であった。

セアレウスは、すぐに侵入迷路を塞ぐ作業に入る。

留水操により、巨大な水の壁を作るつもりである。

しかし、その作業はネリーミアが到着する時ですら行われることはなかった。


「……!? 」


何か嫌な予感を感じ取ったのか、セアレウスは後方へ飛び退る。

その瞬間、彼女のいた付近に爆発する勢いで黒い霧が発生した。


「闇魔法! いや……ただの闇魔法では! 」


宙に浮かぶ中、セアレウスはそう呟いた。

彼女の感覚では、黒い霧は闇魔法であり、自分への攻撃に行われたものであった。

しかし、様子を見るに、それだけではないようであった。

黒い霧は、煙幕のようにその場に立ち込めたのだが、その中から三体の謎の生物が現れたのだ。


「召喚魔法!? 闇魔法に重ねて使ったというのですか……」


セアレウスは、地面に着地すると同時にアックスエッジを持った左手を前方へ突き出す。

その後、現れた三体のうち一体に目掛けて、ウォーターブラストを放った。

謎の生物のうち、青色の模様を持つものは、水属性が弱点となる。

ウォーターブラストを受けた謎の生物は弱点の属性を受け、白い泥の塊と化していった。

結果、セアレウスが扱う水属性以外が弱点となる謎の生物だけが残る。


「あと二体は、骨が折れますが直接攻撃で……って、そんな場合じゃないか! 」


セアレウスは、残る二体のどちらにも攻撃をすることはなかった。

倒したものも含め、それらの謎の生物は召喚されているのだ。

つまり、この付近に召喚魔法を行った存在がいるはず。

そう考えるセアレウスは、その存在による攻撃を警戒し、再び後方へ飛び退るという回避行動を取ったのだ。

彼女のこの判断は正しいようで、先程までいた場所に、黒く細長いものが伸びてきた。

ぼやっとして霧状であることから、闇魔法の類のものだろう。

伸びてきた方向は上部、つまり空からの攻撃であり、セアレウスは顔をそちらに向けた。

敵の姿を確認するための行動だが、それが叶うことはなかった。


「うぐっ!? な、なんですって!? 」


自分の片足に痛みを感じ、そこへ目を向けたセアレウスは、驚愕の声を上げた。

彼女の右足首に、黒く細長い闇魔法が縄のように巻き付いていたのだ。

先ほど上空から伸びてきたそれは、地面で跳ね返り、セアレウスの右足へ向かうことで、この結果となっていた。

セアレウスは、上空を見上げてしまったことで、この攻撃を見逃してしまったのだった。

解除を行う間もなく、セアレウスは右足から引っ張られ、宙に投げ出されてしまう。


「ううっ!! 」


その後、抵抗することができないまま、セアレウスは地面に叩きつけられてしまった。

鞭で足首を掴まれ、地面に叩きつけられる。

背中に走る激痛を受けつつ、セアレウスはそのような感覚を味わった。


「うっ……ううっ! 」


地面に仰向けに倒れていたセアレウスだが、痛みに耐えながらも立ち上がる。


「あ…ぐっ……」


しかし、立つ力を維持できないのか片膝を地面についてしまう。

セアレウスは、相当なダメージを受けているようであった。

そして、先ほど召喚された二体の謎の生物は、既にこの付近にはいなかった。

セアレウスが攻撃を受けている間に、町の奥へ行ってしまったのだろう。

その代わりに、膝をつくセアレウスの前方には黒い影が立っていた。

苦痛で歪んだ表情のまま、セアレウスはその黒い影を見上げる。

黒い影の正体は、黒いローブを羽織った人物であった。

ローブにはフードがついており、それを頭に被った人物の顔の全容は把握できない。

ただ、口元はよく見え、どうやら笑っているようであった。

あと、その人物に関して分かるのは、黒い靴を履いていること。

黒いローブに包まれて、着ている服、持っている武器などは一切分からなかった。


「ふん、タフなやつだ」


開かれた黒いローブの者の口から、そのような言葉が発せられた。

声音からして、その人物は若い男性のようであった。







 「最近、ヴィジブロポイドの数が激減している。そう言われて襲撃してみれば、なかなか落ないもんだ」

 

黒いローブの者がそう言った。

彼はセアレウスを見ているのではなく、その後ろにそびえ立つ砦を見ていた。

つまり、この町全体のことを言っているようであった。

黒いローブの者はふぅと短い息を吐くと、再びセアレウスに目を向ける。


「減りが早い原因はお前だな? さっきの見てたぞ」


「さっきの……とは? 」


「とぼけるな。お前は、ヴィジブロポイドの弱点を把握してんだろ? でなきゃ、的確に自分が使う魔法の属性が弱点の奴に攻撃できない」


彼のことの言葉を聞き、セアレウスは確信した。

この者が謎の生物――ヴィジブロポイドに関係する者だと。

そうなれば、情報をより多く聞き出したいものである。


「あなたの目的はなんのですか? 」


「目的? お前のような邪魔者の抹殺かな。お前みたいな奴がいると困るんだとよ。これで満足か? 」


「……いえ。では、ヴィジブロポイドを生み出す目的は? 」


「世界中を混沌で溢れ返させるため……いや、少し違うか。これは、俺達の目的であって、奴の目的じゃあない」


「……? どういうことですか? 」


「……もう気にすんな。最後に俺からのアドバイスを言ってやる。今聞いたことは、全て忘れろ」


この時、黒い口元から笑みが消えた。


「ここでお前は死ぬ。死にゆく中で、未練は少な方がいいだろうからな」


そう言うと、黒いローブから真横へ右手が突き出された。

その右手には、先端に黒く輝く宝石が付いた杖が握られている。

彼は闇魔法によって、セアレウスを殺害するつもりであった。

しかし、すぐに実行することはなかった。


「んん? コソコソしている奴がいるな! そこか! 」


黒いローブの者は、勢いよく後方へ振り返る。

それと同時に、振り回された右手に持つ杖から闇魔法が放たれる。

放たれた闇魔法は、鞭のように伸びる黒い霧。

先ほど、セアレウスに攻撃したもと同じ魔法のようであった。

しかし、今回は何かに巻きつくことはなく、破壊された門の残骸を貫いた。

残骸は黒く染まると、粉々に砕けてゆく。

その残骸の大きさは、人間の大人一人を隠してしまうほど。

それが跡形もなくなくなった様子を見て、セアレウスは青ざめた表情をしていた。

その時の彼女は、彼の闇魔法は強力であり、倒すにはかなり苦労すると考えていた。


「……気のせいか? なんかいると思ったんだけどな。まぁ、いいや」


自分の勘が外れたのか、黒いローブの者は首を傾げた。

その後、ゆっくりと再びセアレウスの方へ体を向け――


「さて、待たせたな。お前も粉微塵にしてやるよ」


セアレウスの顔に、右手の杖を突きつけてくるのであった。








 (危ない、危ない)


ネリーミアは、壁に寄りかかるように座っていた。

彼女は汗だくの状態で、息が荒い。

そんな彼女の視線は、何もない場所に向けられていた。

そこはかつて、自分が隠れていた門の残骸があった場所。

ネリーミアは、間一髪のところで黒いローブの者の攻撃を躱していたのだ。


「セラが一応無事で良かった。でも、あいつと戦うのは厳しい」


そう言うと、ネリーミアは背負っていたレリアを壁に寄りかかるように座らせる。


「かと言って、僕でも厳しい相手だと思うけど、やるしかないよね」


ネリーミアは、錫杖を右手に持つと、それをレリアに向けた。


「守護光壁。僕の力じゃあ、気休め程度にしかならないけど、やらないよりマシなはず」


錫杖から白い光が放たれ、レリアの周囲を覆っていく。

やがて、白い光は透き通った白色の(まゆ)となってレリアを包み込んだ。

これは、守護光壁という包み込んだ者の身を守る法術だ。

物理的に守るだけではなく、魔物に存在を感知しにくくさせる効果も持っている。

ネリーミアは、黒いローブの者と戦うつもりでいた。

その間に、レリアを危険に晒させないため、こうして法術で守ることにしたのだ。

法術がかけ終わると、ネリーミアは右手に持つ錫杖をラム・プルリールに持ち替えた。


「次はセラを守らなくちゃね。僕がやるんだ」


自分に言い聞かせるようにそう言うと、ネリーミアは駆け出した。

彼女が向かう先は、町の中。

破壊された門の残骸を交わしながら、そこに到達すると――


「マルトネール! 」


ラム・プルリールを振り回し、刀身から黒い稲妻を放った。

マルトネールは、ネリーミアが扱う闇魔法の中でもスピードが速い。

それを背を向けている黒いローブの者に放ったのだ。

防御も回避もさせる暇を与えない奇襲攻撃である。


「……!? 」


自分に迫り来る攻撃を感知したのか、黒いローブの者は素早く後ろへ振り返った。

つまり、ネリーミアの方向へ向いたのである。

しかし、振り向いた時には、もう黒い稲妻が彼の眼前にまで近づいていた。

そして、真正面から受ける形で、黒い稲妻が黒いローブの者に直撃した。

その瞬間、バリバリと音を立てていた黒い稲妻は、ボウボウと燃える黒い炎と化した。


「これは、ネリィのマルトネール! 帰ってきたのですか! 」


「ごめん! ちょっと遅れたみたいだね」


黒いローブの者を挟んで、二人は言葉を交わした。

その時、セアレウスは立ち上がろうとしたのだが、腰すらも上げることが出来なかった。


(セラ……! やっぱり、まともに動けないほどダメージを。だけど、もう大丈夫だ)


ネリーミアの視界には、動けない様子のセアレウスと炎のように揺らめく黒い炎の塊。

先ほどよりも黒い炎の背が低くなっていることから、その中にいる黒いローブの者が両膝から崩れ落ちたのあと推測できる。

全身を闇の魔力に包まれては、ひとたまりもない。

多くの者は、為すすべなく息絶えてしまうだろう。

奇襲に加えて容赦のない闇魔法による攻撃。

ネリーミアは、黒いローブの者とまともに戦うことを避け、一撃で倒すことにしたのだ。

彼女から見て、彼はそれほど危険な存在であったのだ。


「はははっ! えげつないなぁ! ったくよぉ! 」


「「……!? 」」


ネリーミアとセアレウスは、驚愕の表情を浮かべた。

何故なら、聞こえるはずのない声が聞こえたからだ。

否、彼女達がそう思い込んでいただけで、黒いローブの者は死ぬことはおろか、戦闘不能の状態に陥ってもいなかったのだ。

ネリーミアは、再び彼に闇魔法を放つべく、ラム・プルリールを構える。

しかし――


「マル――」


「遅い! ダークパワーシェル! 」


彼女は、闇魔法を放つことができなかった。

黒いローブの者に先を越されたのだ。

杖を構える彼の前方に、黒い霧状の闇の魔力が集まりだす。

闇の魔力は丸く大きな塊となり、ネリーミアへと向かっていた。

黒いローブの者が行使した闇魔法は、ダークパワーシェル。

闇の魔力で作り出した砲弾を撃ち出す闇魔法だ。

砲弾の速度は矢よりも速い。


「ぐっ! 」


ネリーミアは、行使しようとした闇魔法を中断することもできず、正面から闇の砲弾を受けてしまう。


「ネリィ……」


砲弾をその身に受けながら、勢いよく後方へ押されてゆくネリーミア。

そんな彼女を助けようと留水操を試みるも、実現することは叶わなかった。


(……くっ、魔力がなくなっている!? もしや、さっきの闇魔法を受けた時に……)


セアレウスの魔力は、留水操を使えるほど残ってはいなかったのだ。

その原因は、セアレウスを叩きつけた時に巻き付いた闇魔法だと、彼女は推測した。

闇属性には、触れた者の体力を消耗させる効果がある。

それは一般的なものであり、中には魔力をも消耗させる効果も有り得る。

セアレウスは、そう考えたのだ。


「……いてぇ。一応、闇属性には耐性がある方なんだが、ダークエルフはどいつもこいつも強力な闇魔法を使いやがる」


ぐらりとよろめきながら立ち上がる黒いローブの者。

死んだり致命傷を負ってはいないが、多少のダメージは受けているようであった。

しかし、フードから覗くことが出来る口元は笑っていた。

それが何の意味を表しているのか定かではないが、彼に余裕があるのは確かなことであろう。


「つーことで、その程度の闇魔法なんか屁でもないよなぁ! なぁ、おい! 」


黒いローブの者が呼びかける相手は、ネリーミア。

彼女は闇の砲弾を受けている最中で、その呼びかけに答える余裕はない。


「……いや、大したものだと思うよ。君の闇魔法は」


そう思いきや、ネリーミアは彼に言葉を返した。

その時、彼女を押していた闇の砲弾の勢いはかなり弱く、ネリーミアの体を押す力もなくなっていた。

やがて、闇の砲弾は消え去り、そこに二本の足でしっかりと立つ彼女の姿があった。


「闇魔法のスペシャリスト……その一種族であるダークエルフに、褒められるとは光栄だ。だが、嘘はよくない」


「嘘? なにが? 」


「今の俺の闇魔法は、大したものじゃあない。それと、俺を超える闇魔法の使い手をダークエルフのお前なら知っているはずだ」


「嘘じゃあない。僕が生きてきた中でも、君は強力な闇魔法の使い手だ」


「……そうか、なるほど。お前は可哀想なやつなんだな」


ネリーミアの言葉は皮肉ではなく、真に心の中で思ったこと。

黒いローブの者は、その言葉を受けて、喜ぶことも怒ることもなかった。

不思議なことに、彼はネリーミアに哀れむような言葉を投げかけたのだ。


「お前は、本当の闇魔法を知らないんだな」


彼のこの言葉に対して、ネリーミアは何も言葉を返さない。

それが戯言であると判断したのだ。


「情けなのないやつ。宝の持ち腐れだ。やはり、お前達のような闇の眷族は、悪の道を行くべきなんだ」


それでも、ネリーミアが言葉を返そうとしなくても、黒いローブの者は言葉を続けた。


「いいだろう。俺が本当の闇魔法の一旦を教えてやる。冥土の土産にでもするんだな」


そして、彼の言葉はようやく止まった。

その直前の言葉は、殺意に満ちたものであった。

これから、彼の本気の闇魔法が行使される。

その予感を感じさせるもので、ネリーミアの右手に持つラム・プルリールは、強く握り締められていた。




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