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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
十章 共に立つ者 支える者 光と闇の義侠人編
336/355

三百三十五話 沼地の古き魔物

 

 「この! 離せ! お前を倒して、私は! 」


巨大な魔物の口にくわえられているレリアが喚き声を上げる。

彼女は今、腹から胸の辺りを締め付けられている状態だ。

加えて、両腕も巻き込まれている。

その状態では、得意の剣術も魔法も使うことができず、バタバタと足を動かしつつ、喚くことしかできなかった。

そんなレリアを見上げるネリーミアは、呆然としていた。

体力の消耗により動けなくなっている彼女は、地面にアヒル座りの状態である。

地面に接する足と尻が泥濘(ぬかるみ)により、ドロドロに汚れている。

そのことに気づいていないほど、彼女は呆然としていた。

今のネリーミアの心境は――


(何がなんだか……)


という一言に尽きる。

ネリーミアはレリアによって、あと一歩のところで殺される窮地の状況にあった。

しかし、その前に巨大な魔物がレリアをくわえたことにより、窮地から脱することができた。

その代償として、今はレリアが窮地に陥っている。

巨大な魔物にくわえている彼女は、そのまま食われるか、地面に叩きつけられるかで死ぬ可能性があるからだ。

結果として、思わぬ出来事ににより助かったことは、ネリーミアは理解している。

しかし、そうなったことに納得できないでいた。

何故、巨大な魔物は自分ではなく、レリアを狙ったのかと。

その疑問がネリーミアの頭の中でグルグルと巡っており、未だに呆然としているのだ。

加えて、体を録に動かせない彼女には何もできない。

どのみち呆然とすることしかできないのだ。


「魔物め! 大人しく、私が歴史上最高のロラ・リュミエルになる糧に……あ…ああっ! 」


喚いていたレリアだが、急に静かになる。

目を見開き、口は大きく開けられている。

その表情からは、既に怒りを感じることはない。

感じることができるのは、抗えぬ痛みによる苦しみだけだった。


「レリア! 」


ネリーミアは、思わずレリアの名を叫んだ。

状況が変化したことにより、彼女は呆然とした状態から脱していた。

レリアの苦しみの正体は、強い圧迫。

彼女をくわえている巨大な魔物の口が徐々に閉じつつあるのだ。

このままではレリアは、為すすべなく押しつぶされて死んでしまい、巨大な魔物の昼飯となるだろう。


「や……やめろーっ! 」


自分を殺そうとした相手とはいえ、同じ依頼を共にする仲間。

ネリーミアは、無駄だと分かっていても、そう叫ばずにはいられなかった。


「え、ええっ!? 」


しかし、その叫びは驚愕のものへと変化する。

何故なら、唐突に巨大な魔物の口が開かれたからだ。

つまり、やめろと言った自分の言葉通りになったのだ。


「ぐっ……こ、この…」


巨大な魔物の口から落下するレリア。

締め付けられたダメージのせいか、ぐったりとしている様子である。


(げっ!? )


真上から落下してくるレリアに、顔を引きつつネリーミア。

彼女はまだ、ホッとすることはできなかった。

それは、このままだとレリアと激突してしまうから。

否、そうではなく、問題はレリアに意識があることであった。

巨大な魔物に目が向いているとはいえ、彼女は先ほどまでネリーミアを殺そうとしていたのである。

また、ネリーミアを標的にしてもおかしくはない。

さらに、レリアはダークエルフである彼女との接触を拒んだことがある。

落下する彼女を受けとめた際に、体に触れたことに対して何を言われるか分かったものではない。

何はともあれ厄介なのは変わりはないのだ。

故に、ネリーミアはラム・プルリールを上部に向けて構え――


「マ、マルヴァーグッ! 」


落下するレリアに闇魔法を放った。

ラム・プルリールから勢いよく黒い霧状の闇の魔力が放たれ、レリアを包み込む。


「……!? 」


レリアは黒い霧に包まれて意識を失った。

彼女は闇魔法を受けたことを認識することもなく、声を上げる間もなかった。

つまり、一瞬で意識を失ったのだ。


「んっ! 」


力なく落下するレリアをネリーミアが受けとめる。

ネリーミアは、両腕でレリアの体を抱え上げ、意識のない彼女の顔を見ると――


「今のは、ずっと話を聞いてくれなかった仕返しだよ。これで、僕の気は済んだ……ってことにしてあげるよ」


と言って、大きな溜息をついた。

ネリーミアの放った闇魔法は手加減をしたものの、思うことがあり若干強めであった。

その証拠に、レリアは一瞬で意識を失ったのだった。

溜息をついたネリーミアは、さらに一息つく。

その後、頭上を見上げてこう言った。


「あの……もうどこかに行ってほしい……のだけど……」


その言葉は、巨大な魔物に向けてのものだった。

先ほどの口を開いた行為は、自分の言うことを聞いてくれた故のこと。

もしかしたら、今回も言うことを聞くのではという希望が含まれた言葉であった。

すると、言葉に反応したのか、巨大な魔物の高々と上げられた首は、ネリーミアのいる真下に向けられる。


「ふん、命の恩人に随分なことを言うものだな。ダークエルフの小娘よ」


そして、苔に覆われた首から、年老いた男性のような声が発せられたのだった。

その声音は高圧的なものではなく、どこかからかっているようで、敵意や殺意を感じることはない。

なぜか友好的な雰囲気であり――


「は、はぁ……ご、ごめんなさい。ありがとう……ございました? 」


ネリーミアは苦笑いを浮かべながらも、そう答えた。

まるで年上の男性と接するかのようだと、ネリーミアは感じていた。

そのせいか、この時は魔物が言葉を話すという疑問を持つことを忘れていたのであった。







 ずしりずしりと沼地の地面が揺れ動く。

苔に覆われた魔物が沼地を歩いていた。

その魔物はある場所に辿り着くと足を曲げて、その場に座り込む。

そこは、ネリーミアの前方であり、首の先端は彼女へ向けられていた。


「さて、せっかくここまで来たんだ。ちょっと年寄りに付き合ってもらおうか」


どうやら魔物は、ネリーミアと話をするつもりであった。


「色々と聞きたいことがあるけど、とりあえず。僕はネリーミア……と申します」


ネリーミアは魔物に合わせることを決め、まずは名乗ることにした。


「ネリーミア……それが今時のダークエルフの名前か。昔とは雰囲気が違うな。これがナウいというやつか」


「ナウい……えっと、あなたの名前は? 」


「ん? わしか。わしはオゲラトリスと言う。気軽にオゲラと呼ぶがいい」


「オゲラさん……ナウい名前ですね」


「んん? 古臭い名前だと思うが……いや、今の子にしたら、古いものが新しいものに感じるか。ははは、面白い。長生きはするものだな」


巨大な魔物――オゲラトリスは上機嫌な様子。


「それにしてもだ。このような場所に何をしにきた? 」


このオゲラトリスの答えに、ネリーミアは嘘偽りなく自分達の目的を伝えた。

彼のことを敵ではないと判断しているからである。


「なるほど。ならば、残念だったな」


「え? 」


オゲラトリスの言葉に、思わずネリーミアは間の抜けた声を出してしまう。

彼女にとって、その返答は予想外のものだったからだ。

そして、疑問に思った。

残念とはどういうことかと。


「先ほどもおったな。あの白い連中は。あ奴らは、この沼地から来ているのではない」


そう言うと、オゲラトリスは首を上げて、その先端を北の方角に向ける。


「北だ。ここからでは見えんと思うが、北の山から来ている」


ここで、ネリーミアはようやく理解した。

謎の生物が発生する場所がここではないことを。


(そういえば、ここに来る途中、大きな山が見えた。あれのことか)


この陰鬱の森の北部、そこをさらに北に超えた場所に山がある。

ストロ山と言い、草木も生えない岩山である。

ここ一帯に村や町がないことと、目星(めぼ)い資源がないこと。

山に立ち入る理由がないため、この島の人々にとっても未開の地となる。


「あの山に何があるのやら。もう少し若ければ、確かめに行ってたんだがなぁ」


オゲラトリスも知らないようであった。


「そうですか……そういえば、あなたにとっても敵になるのですか? 」


「おまえも見ていただろうに。もちろん敵さ」


オゲラトリスは首を下ろすと、再びネリーミアへ首の先端を向ける。


「戦が終わり、役目を終えたわしは、長い眠りにつくことにした。しかし、あやつらが騒がしくするものだから起きてしまってなぁ。あやつらは、どんなものでも襲いかかりやがる。このわしも含めてな」


「つまり……魔物にも襲いかかるということですか? 」


「うむ。そのせいで、この付近にいた魔物達は、皆どこかに行ってしまったようだ。わしは、起きて以来ずっとここで戦い続けているがな」


「お強いんですね」


「ふん! わしもまだまだよ!というか、あんな得体の知れん奴らに負けたくない! 」


首の先端部分を覆う毛のように伸びた苔が勢いよく舞い上がる。

大きな鼻息を吹いたようであった。


「しかし、敵といえば]


鼻息により揺れていた毛のようなコケが動きを止めると、オゲラトリスはおもむろに声を発した。


「そのライトエルフはおまえの敵ではないのか?」


「あ……いえ、敵ではないですよ」


彼の問いかけに、ネリーミアは微笑みながら答えた。

敵と思われても仕方がない。

そう言わんばかりの微笑みであった。


「ならば、なおさら分からん。何故、襲われておったのだ? 」


「……僕が……この子のことをよく知らないからかな」


少しの間を置いた後、ネリーミアは答えた。

彼女の答えは悪く言えば、便宜上のものだ。

何故ならば、自分がダークエルフだからという一言で済ませられるからだ。

ネリーミアは、自分以外の者ならば、レリアが人を殺そうとはしなかったと思っている。

実際にその通りであり、レリアは彼女がダークエルフが故に、殺すという手段と取ることができたのだ。

この件に関しては、ネリーミアに落ち度はない。

ダークエルフが悪い存在という世間と、レリアの育った環境が最もな原因と言えよう。

しかし、それでもネリーミアは自分に原因があると答えた。

何故ならば、彼女はレリアと仲を深めることができると信じているからだ。

そんな都合の良いことを自分を殺そうとした相手に対して思っているのだ。


「ほう、自分を殺そうとした相手に、よくそんなことが言えるな。わしが見た限りでは、相当嫌われておるな」


「慣れっこさ、もう…………いや、強がりだ。正直、すごく辛いし傷つく」


ネリーミアは俯いてしまう。

この時の彼女は、イアンに出会うまでの姿をしていた。

しかし――


「でも……こんな嫌われ者の僕でも、一緒にいてくれたり、友達になってくれる人達がいる」


すぐに顔を上げた。

そこには、セアレウスに出会ってからのネリーミアの姿があった。


「そんな人達を知っているから、僕は希望を持つことができるんだ。最初からそうでない人でも、仲良くなれるってことに」


「……ふふっ」


ネリーミアの言葉を聞いたオゲラトリスは笑みを零した。

それは、彼女を嘲笑するものではない。


「あ……い、いや、仲良くなれたらいいなぁ……って感じかな。ちょっと、大げさだったよね? あはは…」


しかし、そうだと捉えたネリーミアは、顔を赤くしながら誤魔化しの言葉を並べるのであった。


「気にするな。馬鹿にしたのではない。変わったダークエルフだなと……いや、ダークエルフも変わったなと思っただけだ」


一応弁解の言葉を言ったオゲラトリス。


「う、うーん……」


しかし、ネリーミアには伝わらず、彼女に微妙な顔をさせるだけであった。


「あ、そういえば」


「ん? 」


ネリーミアの声に反応し、オゲラトリスは首の先端をくねりと曲げ、首を傾げるような動作をする。


「どうして、僕を助けるようなことをした……したのですか? 」


「ようなことではない。助けたのだ。あと、無理に畏まる必要はないぞ」


「も、申し訳ございません」


オゲラトリスの声音は、若干叱り気味な声音であった。

そのせいか、ネリーミアは萎縮し、畏まった言葉で謝罪してしまう。


「古い友人におまえと同じダークエルフがいてな。まぁ、友人にダークエルフがいたから、贔屓(ひいき)しただけだ」


「そのダークエルフは、どんな人だった? 」


「そうさなぁ……一言で言えば、おまえとは真逆の性格だったよ。残忍で冷酷なんて生易しい言葉じゃあ表現できん。ひょっとしたら、おまえの言う嫌われ者のダークエルフのイメージは、奴が作ったのかもな」


悪評を並べるものの、オゲラトリスの声音は穏やかなものであった。

もしそうでなかったら、ネリーミアは彼の友人であるダークエルフのことを良くは思わないだろう。

故に、ネリーミアはこう答えた。


「オゲラさんにとって、その人はどんな友達だった? 」


すると、オゲラトリスは――


「……まぁ……悪くはなかったかな」


と答えた。

先ほど並べた悪評よりも短い言葉であった。

しかし、ネリーミアにとっては、彼とその友人であるダークエルフの関係を知るのに充分であった。


「……懐かしいな。あれからどのくらい時が経ったのか。おい」


「え、なに? 」


「うーん、なんと言えばいいか……一番大きな戦があったのはいつだ? 」


「え、えーと……ごめん。分からないかな? 」


ネリーミアは、オゲラトリスの問いがいまいち分からなかった。


「ふむ。では、魔族とかダークエルフとかが頭領と一緒に戦った戦。いや、頭領じゃあ伝わんないか。何て呼ばれてたかなぁ? 」


「魔族とかダークエルフ……もしかして、魔王? 」


「そう! 魔王だ! それで、どれくらい経った? 」


「えっと、四百年前くらいって僕は聞いてる……って、ええっ!? ちょっと、待って!? え……ええええええ!? 」


唐突に叫び声を上げるネリーミア。


「そうか、四百年か! って、そんなに経ってないな! ははは! 」


対して、オゲラトリスは上機嫌に笑っていた。

叫び声を上げていたネリーミアだが、程なく魂が抜け落ちたかのように呆然としだした。


「ん? どうした? 魂引っこ抜かれた奴みたいになってるぞ」


オゲラトリスが声をかけても反応することはない。

とてもではないが、魔王の配下である魔物の前で出来るようなことではなかった。








 ――夕方。


あの後、ネリーミアは、なんとか我を取り戻した。

そして、戦々恐々としながらもオゲラトリスに別れを告げ、陰鬱の森を出た今、チャオミィを目指して草原を歩いていた。

レリアといえば、未だに意識を失っており、ネリーミアに背負われてぐったりとしていた。


「ひぃ、ひぃ、こんなことなら、もう少し弱めにするんだった」


ネリーミアは、力に自信はない。

故にレリアを背負って歩くことは辛く、少し前の自分の行動を後悔していた。

結局、道中でレリアが意識を取り戻すことなく、彼女はチャオミィに辿りつくことができた。

これで、ネリーミアは荒くなった息を落ち着かせることができるだろう。


「……え?」


しかし、町に辿り着いた彼女が心休まることはなかった。

何故ならば、町を囲む壁は傷だらけであり、門は原型を留めていないほど破壊されているからだ。

極めつけは、中の家々や砦から黒い煙が立ち上っていることであり、異変が起きているのは疑いようのないことであった。

慌てて破壊された門から入ろうとするも、ネリーミアの足は寸でのところで止まった。

中の状況を把握しないまま飛び込むのは危険だと判断したからだ。

ネリーミアはレリアを背負ったまま、ゆっくりと破壊された門に向かう。

そこへ辿り着くと、町の中に自分の姿が見えないように門の残骸を壁にしつつ、中の様子を伺う。


「……!? セラ! 」


すると、ネリーミアは思わず、親友の名を叫んでしまった。

彼女の視界である町の中には、体のいたるところが傷つきボロボロの状態で膝をつくセアレウスの姿があったからだ。

そして、傷ついたセアレウスが見上げているのは、黒いローブを纏った者。

ネリーミアからの位置からに背を向けており、どんな者なのかを確認することはできない。

ただ一つ、この町に襲撃してきた者だということだけは把握することができた。




2018年10月28日 誤字修正

いや、今の子したら、古いものが新しいものに感じるか。 → いや、今の子にしたら、古いものが新しいものに感じるか。

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