三百二十七話 傲慢なレリア 歩み寄るセアレウス
「……あ、そうなの~分かったわ。寺院の方に言っておくねぇ~」
メルヴァルドがニコニコと微笑みながら言った。
「お願いします」
彼の発言に対して、目の前のライトエルフの少女 レリア・ロラ・リュミエルが、そう答えた。
すると、レリアは背を向けて、再び掲示板を眺め始める。
レリアは、メルヴァルド達に対して、興味を持たなかった。
自分の話したいこと以外はことは話す必要はない。
これがレリアは気持ちである。
「ほっ……」
背を向けたレリアの姿に、メルヴァルドは、安堵した様子で息を吐く。
そんな彼の心の中はーー
(強いんだろうけど……性格がねぇ。トラブルを起こしまくるタイプだわぁ)
であった。
「さて、さっさと募集状況を確認しましょうかね」
メルヴァルドもレリアと同様に、必要以上の会話をすることはない。
彼はレリアを知り、その結果、あまり関わりたくはないと判断したのだ。
(なんか協調性もなさそうだし、もし一緒に行くことになったら、きっと苦労するわねぇ。どうやって注意したらいい分からないもの。こういう子ってさ……)
レリアが噂通りの強さを持っているのなら、護衛に加える人物としては最適と言える。
しかし、彼女には問題があり、それこそメルヴァルドが彼女を誘えなかった原因であった。
我が強いのか、レリアの口振りにはトゲがある。
そのせいで敵を作りやすいことは想像に容易い。
レリアの性格は問題と言え、正すべきことである。
そう思いつつも、メルヴァルドはレリアに注意すらできなかった。
彼は彼女に手を差し伸べる勇気がなく、自分には彼女の心を開かせる器量も持ち合わせてはいないと思っている。
故に、レリアと関わろうとはしなかったのだ。
「メルヴァルドさん、この子を雇いませんか? 」
しかし、セアレウスは彼とは違うようであった。
「何人いるか……な!? セラちゃん!? 」
メルヴァルドが驚愕の表情で、セアレウスに顔を会わせると――
「ちょっと、こっちに」
彼女の手を掴み、掲示板から離れてゆく。
「どゆこと? レリアちゃんを雇うって本気で? 」
壁際に辿り着くと、メルヴァルドはそう問いかけた。
掲示板から離れたのは、レリアに聞こえない場所で話すためである。
メルヴァルドは、セアレウスの考えを理解できないのだ。
「前も言ったように、あの子が三人のBランクの冒険者を一度に倒したエルフの子で、ほぼ間違いない。さらに、噂通りであれば、戦力としてすごく頼もしいではありませんか」
「そりゃそうだけど、性格がアレじゃあ……」
「確かに、わたしもあの子の性格には思うところはあります。一緒に旅をするとなると、苦労することは多いでしょう」
セアレウスはそう言うと、掲示板の前に立つレリアに目を向ける。
「でも、その分あの子の良いところも見られると思うのです。あの性格が目立つだけで、本当は良い子なのかも……と」
「……レリアちゃんに似た人がいた? 」
セアレウスの目を見るメルヴァルドは、そう訊ねた。
レリアを見るセアレウスの目は、厄介な人物を見るような冷たいものではない。
暖かく優しげで、親しみが込められている。
その親しみは、レリアではない誰かであると、メルヴァルドは感じていた。
「はい。その人は、初めはわたしに冷たく、嫌がらせをしてきました」
そう語るセアレウスの目が僅かに細くなる。
今、彼女の頭に思い浮かぶ人物はキキョウで、厳密に言えばゲンセイの姿の時の彼女である。
「でも、色々あって仲良くなることはできました。わたしを嫌っていた理由は、未だにわかりませんが……」
セアレウスはそう言いながら、メルヴァルドに顔を向けた。
この時のセアレウスは、はにかむように微笑んでいた。
「セラちゃんは、レリアちゃんとも仲良くなれると? 」
「はい。なれるかも……という予感ですが」
「なるほどね」
「メルヴァルドさんは、あの子を雇うのに反対ですか? 」
「私? そうだねぇ……」
メルヴァルドは腕を組んで、顔を俯かせる。
その時の彼の表情は渋く、閉ざされた口から小さな唸り声が聞こえる。
レリアを雇うことに、迷っているか反対かのどちらかの様子であり、セアレウスはメルヴァルドを不安そうに見つめていた。
そんな中、メルヴァルドはチラリとセアレウスを見ると――
「……ふふっ」
表情が柔らかいものとなり、クスクスと小さく笑った。
そんな彼が考え出した答えは――
「セラちゃんが良いと言うのなら、私も賛成かな」
セアレウスの意見を尊重することであった。
(こうやって人と仲良くなるんだっけ。忘れてたなぁ)
メルヴァルドは、セアレウスの考えを尊く感じていた。
それは彼が思うに、自分が持たない純粋な気持ちであるからだ。
それと同時に、大切にするべきだと思い、セアレウスの意見を尊重することとなったのである。
(でも、結局は仲良くなりたいってことでしょ? じゃあ、もうしょうがないよねぇ)
しかし、一番の決め手となったのは、セアレウスがレリアと仲良くなりたいのでは、と思い込んだからである。
「え!? 良いのですか!? やったあああああ!! 」
メルヴァルドが賛成だと言った瞬間、セアレウスは両手を上げて喜んだ。
「うおっ!? そんなに嬉しいの? 」
予想以上に喜ぶセアレウスに、驚いたメルヴァルド。
一瞬の彼の驚きの声は、僅かに野太いものであった。
「あ……すみません。あの子の実力を間近に見られるのだと思って、つい……」
セアレウスは恥ずかしそうに、僅かに顔を赤らめながら言った。
レリアを雇いたいと思うのは口から出た通り、レリアの実力を直に見たいがためであった。
ちなみに、セアレウスが恥ずかしく思ったのは、自分が無遠慮に喜んだことである。
「え……ああ、それが本音ね。うーん、なんだかなぁ」
メルヴァルドは肩を落とし、気の抜けた声を出した。
この時、彼は――
(セラちゃんって、よく分からないわぁ。ちょっぴり……変よねぇ)
と思い、自分の持つセアレウスの印象が少しだけ変化したのであった。
「ま、とりあえず、募集状況を確認しましょ。レリアちゃんを雇うのは良いけど、私達の依頼を受けたい人を優先に雇わないとね」
「分かりました」
メルヴァルドとセアレウスは、再び掲示板へと向かった。
セアレウス達の張り出した依頼の書類には、名前を記入する欄がある。
そこは、冒険者が記入する場所で、そこに名前が記入されていれば、彼女達の依頼を受ける者がいるということになる。
掲示板の前に戻ってきた二人が確認した結果、そこの欄は無記入であった。
「……ふ、ふーん、なるほどね」
そう呟いたメルヴァルドの声は、僅かに上ずっている。
依頼を出してから、まだ一日しか経っておらず、依頼者がいないことは珍しいことではない。
それでも、メルヴァルドにとっては、ショックなことであったようだ。
「あの、少しよろしいでしょうか? 」
そんなメルヴァルドに構うことなく、セアレウスは隣に立つレリアに声を掛ける。
彼女はまだ、掲示板の前に立ち、張られた書類を眺めている最中であった。
「……なんですか? 」
セアレウスに顔を向けることなく、レリアが返事をする。
「まだ、依頼は決まっていないですか? 」
「そうですけど、見て分かりませんか? 」
「キツイなぁ……」
二人のやり取りを聞いていたメルヴァルドは、思わずそう呟いた。
「そうですか、なら良かった。よろしければ、わたし達の依頼を受けませんか? 」
「依頼……? って、見覚えのある人達ですね」
ようやくセアレウスの方に顔を向けたレリアは、そこで彼女達が誰であるかを認識した。
「あはは、どーもー」
「……それで、あなた達の依頼とは? 」
微笑みながら手を振るメルヴァルドを一瞥した後、セアレウスに訊ねた。
「この方の護衛で、一緒にウィンドリンへ行くというものです」
「……! 」
セアレウスの発言に、レリアは目を見開いた。
すると、彼女は掲示板から一枚の書類を剥がすと、それをセアレウス達に見せる。
「もしかして、この依頼と同じですか? 」
「あ、それです」
その書類は、セアレウス達が出した依頼が記載されたものであった。
「そうですか。直に依頼主が現れるなんて運がいい」
このレリアの様子を見るに、セアレウス達の依頼は、彼女が受けたいと思っていた依頼のようであった。
しかし、書類には彼女の名前は記入されていない。
その疑問は、セアレウスの頭の中にも浮かんだのだが――
「良いでしょう。あなた達の依頼を受けます」
「ほ、本当ですか! ありがとうございます! 」
すぐに消えてしまう。
レリアの依頼を受けるという言葉により、かき消されてしまったのだ。
「ただし、条件があります。出発は今日。すぐにウィンドリンに行きましょう」
「「え? 」」
レリアの発言に、セアレウスとメルヴァルドは驚きの声を漏らす。
「ちょっと待って。まだ、護衛の数は、あなたの含めて三人よ。これだけじゃあ、少ないんじゃない?」
メルヴァルドがレリアに、そう言った。
彼の考えでは、護衛は最低でもあと一人は欲しいと思っており、レリアの条件は受け入れられないのだ。
「へぇ、あと一人いるですか。充分だと思いますよ。それだけいれば……いや、むしろ、私一人でも充分ですね」
「ええっ!? い、いやぁ、あなたが強いのは分かってるけど――」
「いえ、分かっていませんよ。だから、納得出来ないんです」
メルヴァルドの声を遮りつつ、レリアは言った。
「まず、私が強いというのは、いつのことを言っているですか? 」
「いつ……かは分からないけど、剣術は大人顔負けで、魔法は三種類の属性を使えるとか……」
「古いです。恐らく、そう言われていたのは、私が冒険者になる前のこと。剣術はその時よりも遥かに上達してますし……」
レリアは、そう言うとメルヴァルドの顔前に自分の右手を突き出す。
右手は広げられ、五本の指が立っている状態である。
「五」
「ご、五? 」
「今は五つの属性の魔法を使えます。光、火、水、風、土の五つですよ」
「え……ええっ!? 」
レリアの発言に、メルヴァルドは驚愕した。
彼女の歳で、三種類の属性の魔法を使えるだけでも凄いと言えるのに、それを越える五種類の属性の魔法を使えると言うのだ。
「すごい……ってレベルじゃない」
レリアの魔法の技術は、メルヴァルドの知る言葉では表現できない水準であった。
「これだけ言っても納得できませんか? 」
「うっ……セ、セラちゃ~ん、どうしよ~」
「どうしようと言われましても、わたしも人数的には彼女と同意見です」
「そんなぁ~」
メルヴァルドは、ガックリと肩を落とすと――
「男の人……欲しかったな……」
そう呟いて、さらに項垂れた。
結局、彼は男性の冒険者を雇いたいだけであった。
「とは言っても、流石に今日は急すぎると思います。出発は明日に出来ませんか? 」
「明日……まぁ、いいでしょう」
「ありがとうございます。それにしても――」
セアレウスが何事か聞こうとした時――
「そういえば、先ほど私は名乗りましたが、あなた達は名乗っていませんね」
それを遮る形で、レリアは言った。
彼女の発言は、セアレウス達に名乗るよう要求するもので――
「あ……はい。私はセアレウスと言い、この方はメルヴァルドと言います。あと、わたしの他にもう一人護衛がいて、その娘はネリーミアと言います」
セアレウスは仕方なく、レリアの発言に従うことにした。
「ふーん。私、10歳」
「え? ああ、わたしは12歳です」
「やっぱり歳上ですか。なら、このまま敬語で話しますが、別に尊敬とかしてませんから」
「ええ……どうして、そんなことを言うのですか? 」
思わず、セアレウスは、そう聞いてしまう。
レリアの発言は未だかつて聞いたことがなく、言われるとも思っていなかったのだ。
(本当だよ)
セアレウスだけではなく、メルヴァルドも同じ気持ちであった。
「敬語を使われているだけで、自分が敬われていると思っている人っているじゃないですか。嫌いなんですよ、そういう人」
「……そうですか」
セアレウスは、それしか返す言葉が見つからなかった。
「あと、歳上だからって偉そうには――」
「ま、まぁ、とりあえず、これからよろしくお願いします」
セアレウスは、レリアに左手を差し出した。
「左手ですか。まぁ……やってあげますよ」
そう言って、セアレウスの左手に、自分の左手を伸ばした瞬間――
「……!? 」
レリアは何かに驚いた様子で、手を引き戻しながら後退る。
その時の彼女は、普段の澄ました顔ではなく、引きつった顔をしていた。
「え、なに!? なんかあったの?」
「どうかしましたか!? 」
レリアの尋常ではない様子を見て、二人は彼女を心配して声を掛ける。
「……いや、何でもないです! ほら、握手をするなら早くするですよ! 」
「あ、はい」
「あなたもです! 」
「え? 私は別に良かったんだけどなぁ。あ、痛い! もっと、優しくして」
レリアは立ち直ると、セアレウスに続いてメルヴァルドとも強引に握手を交わした。
そんな彼女の胸中は――
(なんだ、今の? 分からない。一体、何を恐れたというのか )
先ほど自分が感じた恐れについていっぱいであった。
しかし、考えても分からないため、レリアはセアレウスに聞くことにした。
何を聞くのかといえば――
「セアレウスさんって、人間? 」
セアレウスの種族についてである。
(そういえば、この人の気配って普通の人と違う気が……)
レセアレウスから感じる気配が独特なものであることに気づいたからだ。
エルフという種族は、人間に比べて人の気配に敏感な者が多い。
気配とは言っても、獣人達の言う存在を感知するものではなく、その人の本質を表す雰囲気のようなもの。
人間であれば人間の気配、獣人であれば獣人の気配を感じるのだ。
つまり、レリアはセアレウスから、妖精と魔物が混じった気配を僅かに感じ取っているのである。
しかし、その正体が分からないため、セアレウスに直接聞くことにしたのだ。
「え? に、ににに、人間ですよー人間、人間」
レリアの問いかけに対して、セアレウスはかなり動揺した様子で答えた。
誤魔化しているのは明確で――
(あ……セラちゃん、人間じゃないんだ)
メルヴァルドは、セアレウスが人間ではないことを察した。
「そうですか。変わった気配をしてますね、セアレウスさんは」
レリアはというと、セアレウスが誤魔化しているとは分からないようであった。
「ほっ……なんとか、誤魔化せたようですね」
「セラちゃん、本当に誤魔化したいなら、それを言っちゃダメだよ」
「え……? また! 冗談ですよね? 」
「冗談じゃないよ。あと、今更声小ちゃくしても遅いよ」
「……? 何をこそこそ話しているですか? 」
「あ、全然遅くなかった……」
「二人共、依頼を受けてくれた人はいた? 」
その時、セアレウスとメルヴァルドに声を掛ける者が現れた。
セアレウスが振り返ると、ネリーミアがすぐそこに立っていた。
「あ、ネリィ。ちょうど、その人が目の前にいますよ」
「良かった。募集してくれた人がいたんだね」
「募集ではなく、スカウトですけどね。それにしても、ちょうど良いところにきました。お互いに挨拶をしましょう」
「分かったよ」
セアレウスの後方から、ネリーミアが彼女の前へと移動する。
セアレウスが影となり、互いに姿が見えなかったネリーミアとレリア。
今、二人は互いに向かい合うように立ち――
「「……!? 」」
ほぼ同時に、ネリーミアとレリアは目を見開いた。
そして、凍りついたかのように、二人は動かなくなる。
「そういえば、二人はダークエルフとライトエルフですね。何か因縁とかあったりするんですか? 」
目の前の二人に聞こえない声で、セアレウスはメルヴァルドに問いかける。
「まさか……あるっちゃあるんだろうけど、二人は子供だし無いと思うけど……」
セアレウスとメルヴァルドが心配そうに見つめる中――
「……ぼ、僕はネリーミア。見ての通り……ダークエルフだよ」
「……私の名はレリア。ライトエルフ」
固まっていた二人は動き出し、互いに自分の名を名乗った。
「ほら、問題なーい」
「良かったです」
何事も無いようで、セアレウスとメルヴァルドは安堵した。
「……! 」
レリアが名乗ってくれたことでホッとしたのか、緊張していたネリーミアの顔が柔らかくなる。
「これからよろしくね」
そして、握手をしようと右手を差し出した。
「……よろしくお願いします」
「…………あ、あれ? 」
レリアが口を開いてしばらくした後、ネリーミアの口から疑問の声が漏れた。
一向にレリアが自分の右手を握ってこないからだ。
時間が経つにつれ、ネリーミアの顔が青くなり、やがて彼女は右手を引っ込めた。
「え……? どうしたのですか? まだ、握手は――」
「するわけがないですよ」
セアレウスの問いかけに答えたのはレリア。
彼女はネリーミアを冷たい目で見つつ――
「黒エルフなんかと握手なんて勘弁してください。不浄が移る」
僅かに薄ら笑いを浮かべながら、そう言うのだった。
2018年7月22日 誤字修正
セアレスウスさんって、人間? → セアレウスさんって、人間?
2018年10月21日 言葉変更
ダークエルフなんかと握手なんて勘弁してください。 → 黒エルフなんかと握手なんて勘弁してください。




