三百二十六話 ライトエルフの剣士
リーザイトの草原地帯にて、口から呻き声を漏らしつつ地面に倒れる青年達がいた。
彼らは自分達の仲間が倒されたと思い、セアレウス達に戦闘を仕掛けた者達である。
戦闘の結果、セアレウスとネリーミアのコンビネーションに圧倒され、地面の上に倒れることとなったのだ。
戦いが終わった今、ネリーミアとメルヴァルドの治癒術によって、彼らは治療されていた。
「うーん……マースって言ったっけ? この人が一番ひどい。やっぱり、やりすぎたんだ」
ネリーミアは、倒れるマースの傍に腰を下ろしながら、苦笑いを浮かべていた。
今、彼女が治療を行っている者はマースと言い、この青年達のリーダー的存在であった。
そんな彼は大怪我を負っていないものの、他の者とは様子が異なる。
苦しげな表情を浮かべて呻き声を漏らす者が大半であるのだが、その者だけが白目をむき、呻き声は一切漏らしていなかった。
戦いの終盤で、セアレウスとネリーミアは彼に蹴りを放ったのだが、この蹴りが彼の顔面に当たっている。
今の彼の顔は、その時の歪んだ表情のまま固まっていた。
「治りますよね? 」
セアレウスがネリーミアの隣で、マースを心配そうに見つめる。
「……まぁ、治ると思うけど、僕じゃあ治りが遅いかな。メルヴァルドさん、この人の治療をお願います」
「はーい、すぐ行くよー」
ネリーミアが呼ぶと、メルヴァルドは他の青年の治療を終え、彼女の元へやって来る。
「あー……派手にやったねぇ。可愛い顔が台無しだよ」
「うっ、すみません……」
ネリーミアは、メルヴァルドの隣で申し訳なさそうな顔をする。
「うん……特に右の方がひどいかな」
「おや? 右は確か……ネリィの方では? 」
蹴りを放つ際の二人の位置は、左がセアレウスで右がネリーミア。
彼女達からの視点から考えれば、ネリーミア側のダメージが大きいと言うことになる。
「いや、メルヴァルドが言ってるのは、この人から見て右だから。こういう時の右左は、治療を受ける人の視点で言うんだよ」
「ということは、わたし達から見て左……わたしの方ですか」
「あ、ごめん。私から見て右ね。だから、ネリィちゃんの方になるね」
「えっ!? 」
メルヴァルドの言葉に、ネリーミアの表情は凍りついたかのように固まる。
意気揚々と蹴りを放ったセアレウスよりも、自分の方が加減をしていなかったことに、ショックを受けているのだ。
「おーい! 」
「おや? 誰かの声が聞こえましたよ」
メルヴァルドがマースを治療している中、セアレウスは何者かの声を耳にした。
声の主を探すため周囲を見渡せば、体格の良い男性の姿を目にすることができた。
その男性は、セアレウス達に向かって走っている最中である。
「あら、素敵な人……」
メルヴァルドが男性を見て、うっとりとした表情で呟いた。
「人が沢山倒れているじゃあないか。一体、何があったんだ? 」
ほどなくして、その男性が三人の目の前まで辿り着いた。
男性は、大人数の青年達が倒れている光景を目にし、ただならぬ事が起きたのではと駆けつけて来たようであった。
セアレウスが状況を説明するために、口を開いた時ーー
「お、おおっ!? マースじゃないか! 」
男性が驚愕の声を上げた。
今、彼の視線はメルヴァルドが治療している男性に向けられている。
「それに、グラインズも……他奴らも……」
男性は、倒れている青年達を知っているようであった。
よく見れば、男性の身なりは青年達と似ており、腰に一本の剣を下げていることから、青年達の仲間の冒険者であることが伺える。
「うん? 君はダークエルフ……なのか? 」
男性はネリーミアを視界に入れた途端に、表情を険しくさせた。
彼がネリーミアを見る目は、まるで得体の知れないものを見るかのようである。
そんな視線を浴びれば、気分が良いものではないのだろうが――
「……」
ネリーミアは、ただ黙って俯いているだけであった。
彼女が何もしない間、男性の右手は徐々に腰の剣へと伸びつつある。
男性も青年達のように、ネリーミア達を疑い、敵であると認識しているのだ。
今にも戦闘が始まりそうな緊迫した空気に包まれる中、口を開く者が現れる。
「あなたは、この方々のお仲間さんでしょうか? 」
メルヴァルドだ。
この状況の中にあっても彼は微笑んでおり、その声は柔らかく落ち着いたものであった。
彼の声は、男性の耳に届いたようで――
「その通り、こいつらは私が率いる団体の団員だ。む、あなたは……カーリマン寺院の法師のようですね」
メルヴァルドに返事をすると、彼に顔を向けた。
男性はメルヴァルドの服装から、彼が法師である分かると、剣に伸びつつあった手を下げる。
「どうやら、私の仲間達の治療をしてくれたようですな。ありがとうございます」
男性は、メルヴァルドの前に立つと、彼に対して深く頭を下げた。
法師を知る者の大半は、その存在に対する信頼は厚い。
それは、世界中を回る法師達が怪我人や病人を癒したり、孤児や難民の保護などの慈善活動をしていることが知れ渡っているからだ。
この男性はそのことを知っており、メルヴァルドを信じることにしたのだ。
「それで、あなたが分かる範囲で状況を説明してくださると有難い」
今の状況に至るまでの説明を求めてきた。
「分かりました。セラちゃん、説明をお願いできる? 」
「あ、はい。では、わたし達がここにいる理由から話します」
メルヴァルドに促され、セアレウスが男性に説明することになった。
彼女の説明が続く間、男性は静かに彼女の言葉に耳を傾けていた。
「……なるほど。そういうことか」
そして、説明が終わると男性の顔は険しい表情になっていた。
その彼の表情から、説明に納得していないように思われるが違う。
「この度は団員達が迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ない」
全面的に自分の仲間達が悪いのだと思い、男性は申し訳なく思っているのだ。
「わたし達を信じてくれるのですか? 」
「ええ。それに、こいつらは最近騒ぎを起こしたばかりで……」
男性はそう言うと、倒れ伏す青年達に目を向ける。
「懲りたのだと目を離せば、この有様だ。起きたら、きつく叱ってやりますよ」
「どうか、愛のある叱責をお願いします……よし、最後の方も治療が終わりましたよ」
マースの治療を終えると、メルヴァルドは立ち上がった。
「ありがとうございます。後は私が見ておくので、あなた方はもう行ってください」
立ち上がった彼にそう言った後――
「あなたには悪いことをした。ダークエルフだからって悪党だと決めつけてしまい、本当に申し訳ない」
男性は、ネリーミアの前に立って頭を下げた。
「あ……いえ、気にしてませんよ。なので、僕に頭を下げるなんてことは……」
「それと、あなたも団員達の怪我を治療したと聞いた。本当に……ありがとう」
頭を上げるように言われても、男性は頭を下げ続けていた。
人にお礼を言われることに慣れていないネリーミアは、戸惑いつつも――
「ど、どういたしまして……」
と、俯きながら小さく言った。
そんな彼女をメルヴァルドは微笑ましく見ており、セアレウスはホッとしたように柔らかい表情をしていた。
――翌日の朝。
ゼプランシの町は未だに薄暗く、昇り始めたばかりの太陽の光は眩しく感じられる。
宿泊街の中にある路地は広場へ通じているにも関わらず、人の往来は少ない。
そうとは言うが、人の往来がピークとなる午後と比べればの話である。
現在、五十名ほどの人が広場から路地の端までの長い道の中を歩いている。
この数が多いと感じる者は、少なからず存在すると言えよう。
その五十名の中には、セアレウス達三人も含まれており、彼女達は冒険者ギルドを目指して歩いていた。
彼女達は、昨日の同行者募集の依頼の状況を確認するために、そこへ向かっているのだ。
「二人共、ちょっと別行動を取ってもいいかな? 」
その途中、ネリーミアが他の二人に対して、そう言った。
「いいよー」
「メルヴァルドさんもこう言ってますし構いませんが、何をするのですか? 」
セアレウスに問われると、ネリーミアは腰下げていた剣を取り出す。
彼女が持つ剣は、ブロードソードと呼ばれる刀身の幅が広い長剣である。
全体的に簡素な作りをしており、普通の剣という言葉が非常に似合っている。
「この剣は、一応両手持ち用なんだ。だから、片手じゃ使いにくくてね。新しい剣に買い替えに武器屋さんに行きたいんだ」
「そうですか。なら、お金は沢山あった方がいいですね」
セアレウスはそう言うと、ネリーミアに大量の硬貨の詰まった袋を手渡す。
「ありがと――ううっ! 重い……」
その袋は相変わらず重いようで、ネリーミアの体が僅かによろめいてしまう。
「そんなにあれば、カッコイイ剣を買うことができるでしょう」
「……いや、見た目じゃあ選ばないよ」
その後、広場に辿り着くとネリーミアが別れ、セアレウスとメルヴァルドの二人が冒険者ギルドへと向かうことになった。
――数分後。
セアレウスとメルヴァルドの二人は冒険者ギルドへ辿り着いた。
施設の中に入れば、まだ朝だというのに大勢の冒険者達で賑わっていた。
朝は、今日の依頼を受ける者が多く集まるため、一番冒険者ギルドが混む時間帯とされている。
しかし、ここにいる冒険者の中には、依頼を受け付けるカウンターに並ばずに仲間内で喋っている者や、ただ立っているだけの者も見られる。
故に、全員が依頼を受けに来たとは言い切れず、どの時間帯であってもここに来る目的は多種多様であると言えよう。
「いやー沢山良い男達がいるねぇ。この中に私達の依頼を受けた人がいるのかなぁ」
メルヴァルドは、にんまりとした顔で、そう呟いた。
彼の視線は、依頼を受けに来た男性の冒険者達に向けられている。
「うっ……なんだ、この感じは? 」
「嬉しいような残念なような……」
メルヴァルドの熱い視線を向けられた者達は、例外なく悪寒を感じており――
「……全然目が合わないや」
一人も彼の方へ顔を向ける者はいなかった。
「これだけの人がいれば、今日募集を受けた人もいそうで期待できますね。早速、確認してみましょう」
「そうしましょ」
二人は掲示板へと向かう。
「おや? 」
「どうしました? あ……」
その途中、二人は思わず足を止めてしまった。
彼女達の視線の先には掲示板があり、その手前に一人の少女が立っている。
「エルフ……」
セアレウスがぽつりと、そう呟いた。
少女の特徴は後ろ姿でも、確認することができる。
金色の髪に隠れがちだが、少女の頭から横に細長い耳が突き出ていた。
それはエルフの身体的特徴の一つであり、セアレウスとメルヴァルドはそこから少女がエルフであると判断した。
そして、二人が足を止めた理由は、少女がエルフというだけではない。
Bクラスの冒険者を一人で倒したエルフの少女が彼女でる可能性があるからだ。
二人が少女の姿を見て、足を止めたのは一瞬。
その一瞬が終わる頃、二人の視線に気付いたのか少女が後ろへ振り返る。
二人は少女と向かい合うかたちとなり、そこで初めて彼女の姿をはっきりと見ることができた。
先ほど触れたように少女の髪は金色で、リボンで二つに結ばれた髪は、それぞれ左右の肩の上に垂れている。
服装はシャツと丈の短いズボン。
靴は膝上まで高い革のブーツで、手には頑丈そうな革の手袋を身に付けていた。
そして、シャツの上には、丈が肘までの短いケープを羽織っている。
これらは、エルフとしては普通と言える服装であり、彼女がエルフというのは疑いようがなかった。
「……ふん」
振り向いて間もなく、少女は再び掲示板の方に体を向ける。
「ライトエルフ……ですか」
その時、セアレウスは自然と、そう呟いていた。
ライトエルフの身体的特徴は、瞳の色が金色であること。
少女の瞳は、金色であったのだ。
「メルヴァルドさん、あの子はライトエルフのようですが、もしかして……」
「……噂のロラ・リュミエルの子で間違いね。あれを見て」
そう言うと、メルヴァルドはライトエルフの少女の腰に指を差す。
少女の腰には、二本の鞘が取り付けられたベルトを身に付けている。
一本の鞘には短剣が、もう一本の鞘には長剣が収められているようであった。
「ライトエルフは、エルフの中でも魔法の扱いはトップクラス。弓はあるかもだけど、剣を扱うライトエルフは限られる……というか、私は一人しか知らない」
「その一人が噂のロラ・リュミエルの子。つまり、あの子で間違いないということですか」
「ええ。身長もセラちゃんより、少し低いくらいだし、歳も見た目通りでしょう。けど……」
メルヴァルドは顎に手を当てると、訝しむような顔をする。
「だとしたら、何故冒険者ギルドにあの子が? 冒険者になったっていうの? 分かんないわね~」
彼は、ここにライトエルフの少女がいる理由を考えているようであった。
「それは、考えても分からないでしょう。それより、一人でBクラスの冒険者を倒したエルフの子も、あの子で間違いありませんね」
「……ええっ!? そうなの? 」
セアレウスの言葉に、メルヴァルドは驚いたが――
「あ‥…でも、噂のロラ・リュミエルの子なら、驚くこともないかも」
すぐに納得した。
「でも、どうしてそう思うの? 」
「私は、今年のゾロヘイドの闘技大会に出場しました」
「へぇ、あの大会に! 」
セアレウスの話に興味があるのか、メルヴァルドは彼女に詰め寄っていく。
「それって、初級クラス? なんか、今年は凄かったらしいじゃない!」
「闘技大会の詳しい話は、そのうちさせていただくとして」
セアレウスは、詰め寄ってきたメルヴァルドをやんわりと押し返す。
「そこでわたしは多くの猛者を見てきました。その猛者達が持つ空気のようなものを、あの子からも感じたのです」
「ふーん……それは、戦士の世界の話だね。ちょっと私には分からないかな」
「そうですか。では、あの子の目を見てどう思いましたか? 」
「え……目? 」
セアレウスに問いかけられると、メルヴァルドは険しい表情をして考え込む。
「ああ! なんか分かったかも! 」
しばらくの間、唸り声を上げた後、彼の表情は晴々としたものへと変化した。
「気が強そう……って、言うのかな? なんか、そんな感じするよね? 」
実際に少女の目は、猛禽類のような鋭い目をしていた。
まるで、見る者を威圧しているのかのようで、自ら彼女に近づいていく者は、ますいない。
いるとすれば、彼女の目が気に食わないと思う者くらいであろう。
「思い返せば、本当に気が強うそうな子だなぁ。あの冒険者さん達との揉め事の原因って、案外あの子にあるのかもね。ね? 」
ニコニコ微笑みながら、メルヴァルドは隣に立つセアレウスに言う。
「あー……ちょっと、違いますね。というより、前……」
「え? あ……」
セアレウスに促され、正面に顔を向けたメルヴァルド。
彼の顔は一瞬で青ざめた。
二人の前には、ライトエルフの少女が立っており、その鋭い目は二人に向けられているのだ。
「さっきからぶつぶつと……あなた達が私のことを言っているのは聞こえていますよ。目がなんだとか」
ライトエルフの少女は、不快そうな表情でそう言ってくる。
表情だけではなく、声も自身の不快さを表しており――
「私に文句があるのなら、直接言ってください。さぁ、どうぞ」
このように刺のある言い方をしていた。
「い、いえ、文句じゃなくて……そう、あなたがロラ・リュミエルの子ではなかと……ね」
「……! その名前を知っている? 」
少女は僅かに目を見開き、少し驚いた様子を見せる。
「そういえば、あなたの格好は見たことある……法師ですか? カーリマン寺院の」
「え、ええ。そうなの~」
「なら、知っていてもおかしくないか。でも、私のことは、ロラ・リュミエルの名で覚えられたくはない」
ライトエルフの少女は、そう言った後――
「私の名はレリア。他の法師の方々にも、レリアと呼ぶようにとお伝えください」
と、自分の名を名乗った。
(へぇ、レリアって言うんだ……というか、気が強すぎて、もはや生意気の領域だよ! こんな子だったなんて意外すぎる! )
(メルヴァルドさんが言っていたことは、あながち有り得ない話ではないように思えますね……)
この短い間で、メルヴァルドとセアレウスは、レリアというエルフがどんな人物であるか理解できたように感じていた。
2017年11月12日 誤字修正
あの冒険者さん達と揉め事が原因って → あの冒険者さん達との揉め事の原因って
2017年11月12日 文章修正
剣を扱うエルフは限られる → 剣を扱うライトエルフは限られる
その一人がロラ・リュミエルの子ということですか → その一人が噂のロラ・リュミエルの子。つまり、あの子で間違いないということですか




